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【√と彼らの記憶遊戯】第一章_1話(1/5)「桜並木の通学路」

 四月。川沿いの桜並木は春の生暖かい風に吹かれ、淡い花びらがひらひらと晴れた空を舞い散っている。途中下車するバスは、そんな春の空気を吸い込みながら、終点である市立 須要ノ嶺しゅようのみね 高等学校へと向かっていく。

 俺__暖野簾李だんのれんりは赤髪とオレンジ色のグローブの派手さに反して、制服は指定のものを着る派だ。校則が緩くとも、ブレザーにワイシャツのスタイルが、一番洗濯が楽で良い。

 そして俺は、ヘッドホンで音楽を聴きながら、バスにのんびり揺られるこの時間がお気に入りだった。今朝も通勤ラッシュで混み合う時間を避けて2本早いバスに乗ってきたのだ。

 朝のバスには、スーツを着たサラリーマンから、どこかの制服を着た生徒、杖を突いた老人まで様々な人が乗って来る。今朝も乗った時には席が空いていたから、二人掛けの窓際の席に座って、車窓からの景色を眺めながらお気に入りのプレイリストを聴く。

 バスに揺られる時間は長い。なぜなら、終点が俺の通う高校だからだ。しかしプレイリストの中盤にあたった頃、段々とバスの乗客が増えてきたのを感じ、バス内に目をやる。周囲に席を譲る人がいないかを確かめると、まだ自分の隣が空いていることに気付く。
(早く出たつもりだったのに、今日はやけに混むな。)

 今朝のバスには、学生服を着た生徒が比較的多い。
  (それもそうか。今日が登校日の学校が多いと兄さんに聞いた。)

 兄、暖野光彰(だんのみつあき)はまさに今、俺が向かっている高等学校の校長を務めている。10歳ほど年上と言っても、20代後半にして校長を務められるその理由____。
 なんて細かい説明は今はいいか。きっと誰もが会えば納得するからだ。

 __つかの間バスが停車した。
 乗ってきたのは茶色いジャケットを着た白髪のおじいさんだった。
  おじいさんは席を探しているようで、後方にいる俺は、手を挙げて隣の席を指差す。
   (ここ、ここ。まだ空いてます。)
 それに気付いたおじいさんは、にこやかに会釈をすると、隣の座席に座ったのだった。バスが発車してしばらくして横目にみると、おじいさんは何やら本を読んでいるようだった。

 春とはなんて眠い季節だろうと思う。バスの揺れが心地よく、俺はつい眠気でうとうとしてしまう。
 隣のおじいさんはその間にバスを降りたようだ。空いた席におもむろに手を置くと、何かあることに気付いた。__目をやると、本の栞らしき物がそこにあった。

 「忘れ物!」つい声が出る。
   周囲の視線が少し集まるが_そんなこと今はどうでも良かった。

 それよりも、先程までの眠気で曖昧な記憶を手繰り寄せて、おじいさんが降りてから何回停車したのかを考える。
 「2つか3つ……このあたりのバス停は小刻みに停車したはずだからそう遠くない……!」
 そう結論が出るやいなや、僕は停車ボタンを押して、すぐさま降りるとバスとは反対に駆けていく。
 忘れ物は押し花が閉じ込められた美しい栞だった。これがどれ程大事なものなのか、今の俺には視ることができないから分からない。

  それでも、届けられる。だから俺は走った。

 そして、結局3つ前の停留所横の公園でおじいさんを見つけると、無事に忘れ物を届けたのだった。
 「ありがとう、若き青年よ。何かお礼を……」と、おじいさんは栞を大切に鞄にしまいながら申し出ようとする。しかし、
 「これは俺のエゴなんで気にしないでください」と俺は断った。

  (忘れ物は届ける。俺は当たり前のことをしたまでだ。)

  それは例え__以前は使えた異能力が無かったとしても、少し頭と体を使えば出来る範囲のことだ。
 そして俺は、おじいさんに軽く頭を下げると停留所へ向かい、また次のバスを待つのだった。

_つづく

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