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「山月蚘」読解李城の苊悩に共感するほど、他者を忘れおしたう構造

李城の苊悩に共感するほど、私たちは語られない他者を芋萜ずしおきたのかもしれない。

䞭島敊「山月蚘」は、
李城の苊悩が匷く前景化された䜜品です。

囜語の授業でも、
「臆病な自尊心」
「尊倧な矞恥心」
ずいった蚀葉に匕き蟌たれ、
李城の内面を䞭心に読んでいきたす。

ただ、それでよかったのでしょうか。

李城の苊悩の陰で、
劻子や袁傪ずいった他者は、
埌景化されおいったのです。

どのように他者が埌景化されおいくのか。
「山月蚘」を構造的に読解したす。


📚 本蚘事は、䜜品本文から考える「構造的読解」の実践䟋です。

なぜ本文を倧切に読むのか。
なぜ「䜜者の気持ちがわかった぀もり」が危ういのか。
その考え方に぀いおは、こちらの蚘事で敎理しおいたす。

👉 䜜者の気持ちは本圓に必芁か「わかった぀もり」が読解を止める



1. 埓来の読み方李城の苊悩に寄り添う読解

「山月蚘」を読むずいうこずは、
䜕よりも李城の苊悩をしっかりず受け止めるこずです。
囜語の授業では、その苊悩をテヌマずしお読解しおいたす。
これは、ずっず倉わらない読み方です。
そのために、李城が虎の姿で、草むらの陰から告癜する蚀葉を
䞁寧に受け止めようずしたす。

䟋えば、もっずも有名な䞀節。

 䜕故なぜこんな運呜になったか刀らぬず、先刻は蚀ったが、しかし、考えように䟝よれば、思い圓るこずが党然ないでもない。人間であった時、己おれは努めお人ずの亀たじわりを避けた。人々は己を倚傲きょごうだ、尊倧だずいった。実は、それが殆ほずんど矞恥心しゅうちしんに近いものであるこずを、人々は知らなかった。勿論もちろん、曟おの郷党きょうずうの鬌才ずいわれた自分に、自尊心が無かったずは云いわない。しかし、それは臆病おくびょうな自尊心ずでもいうべきものであった。己は詩によっお名を成そうず思いながら、進んで垫に就いたり、求めお詩友ず亀っお切磋琢磚せっさたくたに努めたりするこずをしなかった。かずいっお、又、己は俗物の間に䌍ごするこずも朔いさぎよしずしなかった。共に、我が臆病な自尊心ず、尊倧な矞恥心ずの所為せいである。己おのれの珠たたに非あらざるこずを惧おそれるが故ゆえに、敢あえお刻苊しお磚みがこうずもせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々ろくろくずしお瓊かわらに䌍するこずも出来なかった。己おれは次第に䞖ず離れ、人ず遠ざかり、憀悶ふんもんず慙恚ざんいずによっお益々たすたす己おのれの内なる臆病な自尊心を飌いふ’ず’ら’せ’る’結果になった。人間は誰でも猛獣䜿であり、その猛獣に圓るのが、各人の性情だずいう。己おれの堎合、この尊倧な矞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。これが己を損い、劻子を苊しめ、友人を傷぀け、果おは、己の倖圢をかくの劂く、内心にふさわしいものに倉えお了ったのだ。

䞭島敊「山月蚘」
匕甚は青空文庫を䜿甚したした。以䞋同じです

省略なしで、匕甚したので長くなりたしたが、
その分、李城の告癜の特城がよくわかりたす。

改行なしに描かれおいるずころは、
告癜の切迫感を䌝えおきたす。
そのため、倚少熟語が難解であろうず、読み抜いおしたいたす。

その勢いに抌されおいるずきは気づきにくいですが、
李城は、かなり論理的に告癜をしおいたす。

蚀葉が積み䞊がっおいるこずに、ゆっくり読み盎すず気づきたす。
論理的に、冷静に自己分析した李城に思いが至りたす。

読み過ぎかもしれたせんが、
ここたで論理的に蚀葉を積み䞊げるためには、
どれほどの自分ずの向き合いの時間を過ごしたこずでしょうか。

それがさらに李城の孀独感を感じさせるのです。

李城が告癜の䞭で「運呜」を口にしたこずがよくわかりたす。

他でもない。自分は元来詩人ずしお名を成す積りでいた。しかも、業 未いただ成らざるに、この運呜に立至った。

「山月蚘」

その冷静な自己分析の蚀葉でもっずも心に刻たれるのが

  • 「臆病な自尊心」

  • 「尊倧な矞恥心」

です。
「臆病な自尊心」「尊倧な矞恥心」ずいう蚀葉は、
単なる感情ではありたせん。

李城は、自分の匱さを、
ほずんど抂念化するように語っおいるのです。
だからこそ、読者にはわかりやすく、届きやすいのです。


詩人になりたかったこず。

それは単なる倢ではなく、人生そのものを賭けた願いでした。

だからこそ、その願いによっお自分が壊れおいったこずが、
李城には「避けられなかった運呜」のように感じられおいるのでしょう。

たんに蟛いずか悲しいずかではないのです。

しかし、䜕故こんな事になったのだろう。分らぬ。党く䜕事も我々には刀わからぬ。理由も分らずに抌付けられたものを倧人しく受取っお、理由も分らずに生きお行くのが、我々生きもののさ’だ’め’だ。

「山月蚘」

「運呜」は、「理由も分らずに抌付けられたものを倧人しくしお受け取っお」いくしかなく、それをただ「理由もなく生きお行く」しかない。
虎になっおしたった理由はわからないけれども、
自分の人生を壊しおしたった原因の姿になった。

その確かさを匕き受けるしかない「さだめ」。

運呜が匕き受けるこずを抂念化しおいるずすれば、「さだめ」は芚悟ずいうこずでしょう。

「運呜」や「さだめ」ずいう蚀葉は、
李城の苊悩を単なる倱敗談ではなく、
生き方そのものの問題ずしお感じさせたす。

授業䞭、こうした読解を通じお、
李城の内面に匷く匕き蟌たれおいきたす。

孊校を卒業埌も、自分の人生ず照らし合わせお、思い出す人は倚いようです。

李城の苊悩は確かに深く、痛いほどに切ないです。
単なる感情を越えお、人生党䜓を飲み蟌むような重さを持っおいたす。

読む者の心を揺さぶる力がある。

だからこそ私たちは、自然ずこの䜜品を「李城の物語」ずしお読んでしたうのでしょう。

李城の告癜を読めず匷制されなくおも、そう読むのは、圓たり前です。


2. しかし、それだけだったのか語られない他者の存圚

そのように李城の苊悩を受け止めながら読んでいるず、
䞀方で、李城の告癜にある空癜が芋えおきたす。

そのきっかけになるのは、
李城自身が、自らの苊悩を分析し、抂念化しお語っおいるこずです。

李城は単に感情を吐き出しおいるのではありたせん。

「臆病な自尊心」

「尊倧な矞恥心」

ずいった蚀葉によっお、自分自身を客芳的に芋぀めおいたす。
前節で、論理的に、冷静に自己分析した李城を芋たずおりです。

だから読者もたた、
李城の苊悩に寄り添うだけでなく、その語り方そのものを芋぀めるこずができるのです。
告癜を聞く読むずいうこずは、内容だけでなく、語り方をみるこずでもあるのです。

するず、あるこずに気づきたす。

李城の語りの䞭心には、垞に「自分の苊悩」がありたす。
苊悩が前景化しおいたす。

その䞀方で、

劻子

が、語られたせん。
正確を期しお蚀うならば、最埌の最埌で袁傪にのちのこずを頌みたす。
この頌みは、自分の詩を曞き残しお、この䞖に残しおほしいずいう願いの埌です。

この願いが語られるのは、告癜のほずんど最埌です。

李城はたず自らの運呜や苊悩に぀いお語り、自䜜の詩を残すこずを願い、その埌になっお劻子のこずを頌みたす。

劻子のこずを頌むのですから、劻子ぞの思いがないずいうこずではありたせん。

しかし少なくずも語りの順序ずしおは、劻子は最埌に眮かれおいるのです。
順序ずしお、自分が虎になっおしたった運呜や苊悩、詩を残すこずが
先になっおいお、劻子のこずは埌になっおいるのです。
぀たり、劻子は埌景ぞ抌しやられおいるのです。

 最早、別れを告げねばならぬ。酔わねばならぬ時が、虎に還らねばならぬ時が近づいたから、ず、李城の声が蚀った。だが、お別れする前にもう䞀぀頌みがある。それは我が劻子のこずだ。圌等かれらは未ただ虢略かくりゃくにいる。固より、己の運呜に就いおは知る筈はずがない。君が南から垰ったら、己は既に死んだず圌等に告げお貰えないだろうか。決しお今日のこずだけは明かさないで欲しい。厚かたしいお願だが、圌等の孀匱を憐あわれんで、今埌ずも道塗どうずに飢凍きずうするこずのないように蚈らっお戎けるならば、自分にずっお、恩倖おんこう、これに過ぎたるは莫ない。

「山月蚘」

ここで重芁なのは、
李城が単玔に「冷酷」だずいうこずではありたせん。
告癜が「自分の苊悩」の吐露を䞭心にしおいるので、劻子が埌回しになるのもうなずけるでしょう。
それは仕方がないのかもしれたせん。

その仕方なさこそが、李城の告癜の構造をはっきりず芋せおいたす。
李城の告癜は、自らの苊悩を前景化する䞀方で、劻子ずいう他者を埌景化する構造を持っおいるのです。

前景化する「自分の苊悩」ず埌景化する劻子ずいう構造。
それは、苊悩が䞭心化されるこずで、劻子を呚瞁化するずも蚀えるでしょう。
劻子ずいう他者は、李城が自らの苊悩を論理的に語るその語りの䞭で、結果ずしお語られないたた残されおいるのです。
そしお、そのこずに気づきにくいほどに、読者は李城の告癜の気迫に呑み蟌たれおいるのです。
構造そのものが内容ずしお読みの察象にならないのは、その気づきにくさがあるからです。

しかし、構造ずしおは、埌景化され、呚瞁ぞ抌しやられた劻子が芋える。
語られないたた残される他者。
この他者の存圚こそ、
「山月蚘」を読み解く鍵になりたす。
語られないこずは、語られおいるこずず同じくらい匷い意味を持぀からです。


この捉え方は、䜜者䞭島敊が考えおいたこずではないでしょう。
重芁なのは、
䜜者がそう考えおいたかどうかではなく、
実際にそのように読めるずいうこずです。

うがった芋方をすれば、䜜者が考えようずいたいず、
䜜者の蚀いたいこずを超えお、䞊んでいる蚀葉の関係が
そう読み取れおしたうこずを、
かたち䜜っおいるずいうこずです。

これが構造ずいうこずです。


3. 劻子はなぜ回だけ登堎するのか

李城の劻子は、
䜜品党䜓で、ほずんど䞀床しか前面に珟れたせん。

しかもその堎面も、
李城が自分の境遇を語る流れの䞭で、
付随的に眮かれおいるように芋えたす。

前節で匕甚した劻子のこずを袁傪に頌む李城の蚀葉のあず、こうありたす。

 蚀終っお、叢䞭から慟哭どうこくの声が聞えた。袁もたた涙を泛うかべ、欣よろこんで李城の意に副そいたい旚むねを答えた。李城の声はしかし応たちたち又先刻の自嘲的な調子に戻もどっお、蚀った。
 本圓は、先たず、この事の方を先にお願いすべきだったのだ、己が人間だったなら。飢え凍えようずする劻子のこずよりも、己おのれの乏しい詩業の方を気にかけおいるような男だから、こんな獣に身を堕おずすのだ。

「山月蚘」

これを受け止めるず、
李城は劻子を倧切すべきだったこずは、わかっおいたのです。
「本圓は、先ず、この事の方を先にお願いすべきだった」

しかし、そうはならなかった。

それを考えるず、いかに「自分の苊悩」を䞭心に組み立おられおいるかに、思いが至りたす。
わかっおいるのに、しかし、できなかった李城がむメヌゞされたす。

確かに劻子の登堎は、物語の転換点でも感情の頂点でもありたせん。

ただ、李城の告癜の流れの䞭に埋もれるように眮かれおいるだけなのです。

劻子は存圚しおいる。

しかし、
告癜の䞭心には入っおこないのです。
蚀い過ぎを承知で述べれば、
李城は、劻子よりも、「己の詩業」の方が倧切だったのであり、虎になっおしたった境遇の苊悩を述べるこずに、今は粟いっぱいだったのです。
「本圓は、先ず、この事の方を先にお願いすべきだった」こずはわかっおいる。けれども、それができないほどに苊悩しおいた。だから劻子のこずは最埌になった。
そういう告癜の順序そのものが、李城の語りの特城を瀺しおいるのです。

その䟡倀の眮き方が、李城の告癜を構造的にかたち䜜るこずになるのです。
思いを吐露するこずで、その構造はかたちを成しおいったず蚀えるでしょう。

告癜は、自らの思いを語る行為です。
だからこそ、その語りは自然ず「自分の苊悩」を䞭心に組み立おられる。その結果ずしお、劻子ずいう他者は埌景ぞ抌しやられおいくのです。

思いを吐露するこずで、告癜の構造はかたちを成しおいく。
しかし同時に、その構造は劻子を埌景化する構造でもあったのです。
劻子がほずんど䞀床しか前面に珟れないこずが、この構造をかえっおはっきりず芋せおいるのです。


4. 李城の告癜は、袁傪すら埌景化する

前節で芋たように、李城の告癜は、自らの苊悩を前景化する䞀方で、
劻子を埌景化する構造を持っおいたした。

しかし、この構造は劻子だけに向けられおいるわけではありたせん。

実は、「山月蚘」党䜓に䜜甚しおいるのです。

李城の告癜は劻子を埌景に掚しやりたした。
劻子は蚀うたでもなく、李城にずっおは他者です。
李城の目の前には、
自分を気遣い、
耳を傟けおいる袁傪がいたす。
袁傪も李城にずっおは他者でしょう。

そもそも、袁傪が「我が友李城子ではないか」ず問いかけおくれなかったら、李城は告癜さえできたせんでした。

袁傪は、ひたすら李城の告癜を聞き届けたす。
李城の告癜は、
ほずんど䞀貫しお「自分の境遇」ぞ集䞭しおいたした。

読んでいるずきは、最初に述べたように、
李城の告癜の切迫感に気圧されお、それに気づきにくいのですが、
袁傪がこう蚀ったこずで、
李城の告癜に぀いお、考えるきっかけが䞎えられたす。

 袁傪は郚䞋に呜じ、筆を執っお叢䞭の声に随したがっお曞きずらせた。李城の声は叢の䞭から朗々ず響いた。長短凡およそ䞉十篇、栌調高雅、意趣卓逞、䞀読しお䜜者の才の非凡を思わせるものばかりである。しかし、袁傪は感嘆しながらも挠然ばくぜんず次のように感じおいた。成皋なるほど、䜜者の玠質が第䞀流に属するものであるこずは疑いない。しかし、このたたでは、第䞀流の䜜品ずなるのには、䜕凊どこか非垞に埮劙な点に斌おいお欠けるずころがあるのではないか、ず。

「山月蚘」

袁傪が感じた「非垞に埮劙な点」が䜕であるかは、さたざたに考えられるでしょう。

ここで重芁なのは、その内容そのものではありたせん。

袁傪が「挠然ず」感じたこず、
それが語られたこずで、
李城の告癜に察しお距離をずっおいる袁傪が芋えるこずです。

距離をずるこずができたずいう意味は、
「李城の告癜に匕き蟌たれる偎」から、
「李城の告癜の語りを芋る偎」ぞ移動する
ずいうこずです。

するず明らかになっおくるのは、次です。
李城が「自分の境遇」に集䞭しおいるのは、告癜ずしおは圓たり前でしょう。しかしそこには、袁傪に察する思いやりの蚀葉が䞀぀もないずいうこずでもあったのです。

袁傪は、李城の長い告癜を、ほずんど黙っお聞き続けたす。
その間、李城の語りは、䞀貫しお「自分の境遇」ぞ集䞭しおいる。
読んでいる最䞭は、その切迫感に抌されお気づきにくいのですが、
袁傪が「どこか欠けるずころがある」ず感じたこずで、
読者は初めお、この告癜そのものを芋盎す芖点を䞎えられたす。

䞀貫しお「自分の境遇」に集䞭しおいた李城の告癜にも、
最埌に袁傪を思いやる蚀葉をかけたす。

 そうしお、附加぀けくわえお蚀うこずに、袁傪が嶺南からの垰途には決しおこの途みちを通らないで欲しい、その時には自分が酔っおいお故人ずもを認めずに襲いかかるかも知れないから。又、今別れおから、前方癟歩の所にある、あの䞘に䞊ったら、歀方こちらを振りかえっお芋お貰いたい。自分は今の姿をもう䞀床お目に掛けよう。勇に誇ろうずしおではない。我が醜悪な姿を瀺しお、以もっお、再び歀凊ここを過ぎお自分に䌚おうずの気持を君に起させない為であるず。

「山月蚘」

泚意深く受け止めるず、
「附加えお蚀うこずに」ず、わざわざ説明が加えられおいるこずに気づきたす。
「故人」である袁傪を思う蚀葉は、自分のこずを語り終えた最埌であり、しかも付け加えられた皋床だったのです。

ここで、劻子のこずを袁傪に頌んだこずが告癜の最埌であったこずを、考えあわせたしょう。

劻子ぞの配慮が最埌に珟れたように、
袁傪ぞの配慮もたた、自分のこずを語り終えたあずになっお初めお珟れる。
぀たり李城の語りは、劻子だけでなく、今たさに目の前で耳を傟けおいる袁傪すら、自らの苊悩の埌に眮いおいるのです。

そうずらえられるならば、
李城の告癜は、
劻子のこずを最埌にしただけでなく、
友である袁傪すら最埌に持っおくるずいえるでしょう。
埌景化したのは、劻子だけなく、袁傪もだったのです。
告癜の構造が、䜜品党䜓の構造ずなっおいるず蚀えるでしょう。
李城の告癜は、他者を埌景化するのです。

間違えないようにしたいのは、
李城が意図的に、埌景化しおいるのではない点です。
李城の語りが自分の苊悩を䞭心に組み立おられおいるため、
結果ずしお他者が埌景化されるのです。

それはこう蚀うこずもできるでしょう。
告癜ずいう語りそのものが、
他者を埌景ぞ抌しやりやすい構造を持っおいるずいうこずです。
告癜が自分のためであり、自分に぀いお行う行為だからです。


袁傪は、確かに李城の苊悩に共感し、涙たで流しおいたす。

しかし同時に、その告癜を倖から芋おもいたのです。
だからこそ「䜕か欠けおいる」ず感じたず蚀えるでしょう。

李城の語りに匕き蟌たれながらも、
それを距離を眮いお芋぀める袁傪の䜍眮は、そのたた読者の䜍眮にもなりたす。

袁傪が前面に出たこずは、李城の苊悩を理解する芖点だけではないのです。

李城の苊悩によっお埌景化されたものを芋る芖点でもあったのです。


5. テヌマ読解は、䜜品が埌景化した他者を再び埌景化しおいた

李城の告癜の気迫ず勢いに、呑たれお、ひたすら苊悩を感じ取っおきたのは、読者も同じでした。

埓来の授業で行われおきたテヌマ読解は、それを的確に読み解きたす。

  • 「臆病な自尊心」

  • 「尊倧な矞恥心」

  • 李城の苊悩

  • 内面の葛藀

これらを䞭心に読む読解は、
確かに䜜品の重芁な䞀面をずらえおいたす。

しかしこのずらえ方は、
䞀方で、李城の語りの特城であった埌景化を、
そのたた読解ずしお再生産しおいたのではないでしょうか。

䜜品の䞭で埌景化された劻子や袁傪は、
読解の䞭でも再び埌景化されおいたのです。

぀たり読者は、
李城の苊悩に匷く共感するほど、
他者を芋萜ずしおしたう構造の䞭に入っおいたのです。

読解ずは、䜜品の語りをそのたた受け取るこずです。

しかし同時に、その語りが䜕を芋せ、䜕を隠しおいるかに気づく行為でもありたす。

テヌマ読解は長く、李城の苊悩を読み続けおきたした。

だからこそ今床は、その苊悩によっお埌景化された他者ぞも芖線を向けおみたいのです。
「山月蚘」の構造は、その読みを私たちに促しおいるのです。



✹ この「語られない他者」ぞの芖線は、『矅生門』でさらに鮮明に珟れたす。
䞋人の心理を語る芖点が、たさにこの構造を際立たせおいるのです。



6. 「山月蚘」ずいう題名が瀺しおいるもの

「山月蚘」の構造には、埌景化が芋られたした。
それはタむトルに暗瀺されおいたす。
なぜ「山月蚘」なのか。
ここで改めお、
䜜品の題名に立ち返っおみたす。

この䜜品のタむトルは、
「李城䌝」でも、
「虎になった男の嘆き」でも
「苊悩する男の告癜」でもありたせん。

「山月蚘」です。

少なくずもこの題名は、
李城の内面だけを指しおいるわけではないでしょう。

むしろ、
李城の告癜の倖偎ぞ、
読者の芖線を開く題名ずしお読むこずができるのではないでしょうか。

告癜だけを䞭心に芋るなら、

  • 劻子

  • 袁傪

  • å±±

  • 月

は呚瞁化されたす。

しかし題名は、その呚瞁ぞ芖線を向けさせたす。
なぜなら、この䜜品の題名には「李城」ずいう名前がないからです。

䜜品の䞭心にいるはずの人物ではなく、

「山」ず「月」ずいう、むしろ李城を取り巻く䞖界が題名になっおいる。

それは読者の芖線を、李城の告癜そのものではなく、その倖偎ぞ向けようずする働きを持っおいるのではないでしょうか。


「山月蚘」ずは、
苊悩の告癜だけではなく、
その倖偎に眮き去りにされたものに気づく物語だったのです。

少なくずもこの䜜品の題名は、物語の䞭心人物を瀺しおいるのではありたせん。
むしろ、どこからこの物語を芋るかずいう芖点を瀺しおいるように思えたす。

「山月蚘」ずいう題名は、李城の語りの倖偎にある䞖界ぞ、
読者の芖線をそっず導いおいるのです。

それは、李城の苊悩を芋る芖線であるず同時に、
その苊悩によっお埌景化されたものを芋る芖線でもあるのでしょう。


7. 結論埌景化されたものに気づくずき、「山月蚘」は倉わる

李城の苊悩は、確かに深いです。
最初に述べたように、読者の心に刻たれたす。
それほどに、この告癜は、匷く匕き蟌みたす。

しかし、
その苊悩に寄り添うだけでは、
䜜品の構造ずしお、もう䞀぀の重芁なこずを芋萜ずしおしたいたす。

劻子。
袁傪。
そしお、告癜の倖偎に広がる山ず月。

それらは、
李城の語りの䞭で埌景化されおいたした。

そしお読者もたた、
テヌマを読み取る限り、
その埌景化を繰り返しおいたのです。

「山月蚘」ずは、
埌景に抌しやられた存圚ぞ、
もう䞀床芖線を向け盎す物語なのかもしれたせん。

私たちはこれたで、
どれだけ倚くの埌景に抌しやられた他者、
もっず蚀えば語られない他者を、
読みの䞭で埌景化しおきたのでしょうか。

「山月蚘」は、私たちが䞭心ばかりを芋おしたう読み方そのものを、
呚瞁から静かに問い返しおいる䜜品なのかもしれたせん。


今回の読解では、李城の苊悩そのものではなく、その苊悩によっお埌景化された他者ぞ芖線を向けたした。

🔗 このような「䜕が語られ、䜕が語られないか」を読む方法に぀いおは、
こちらで詳しく説明しおいたす。
👉 æ§‹é€ çš„読解ずは䜕か──感想で終わらない読み方

👉 å•é¡Œã¯æ„èŠ‹ã§ã¯ãªã„â”€â”€è­°è«–ãŒãšã‚Œã‚‹ãšãã®æ§‹é€ çš„æ€è€ƒ


🔗『山月蚘』に芋出した構造は、『矅生門』で、いっそう鮮烈に姿を珟れたす。
物語の語りがどのように私たちを導いおいるのか、次の蚘事でじっくりずたどっおいたす。
👉 é«˜æ ¡å›œèªžã§å·®ãŒã€ãïŒã€ŽçŸ…生門』を深く読むための実践読解法|マガゞン案内




🔗 「山月蚘」を授業䞭の発蚀から考察した蚘事。

この蚘事ず合わせお、読解の蚀葉から「山月蚘」読解を考えるず、理論ず実践が䞀぀になりたす。
👉 ã€æŽˆæ¥­DX】䞭島敊「山月蚘」読解正統的な読み方が芋萜ずす他者の重み。察話型ICT支揎ツヌル「コトポス」が可芖化する救枈の〈気づき〉

👉 ã€æŽˆæ¥­DX】察話の“栞”ず“広がり”を可芖化しお共に創る 察話型ICT支揎ツヌル「コトポス」のWordcloudで支揎する孊びの堎

👉 ã€æŽˆæ¥­DX】授業 話し合いの構造を読み解く 共起ネットワヌク分析を察話型ICT支揎ツヌル「コトポス」で導入する

🎥 コトポスを甚いた「山月蚘」授業䟋は、以䞋の動画もありたす。

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