秋葉原と僕・後編|それでも僕が秋葉原を歩く理由
で、結局どうしたかというと。
HDDはAmazonで買った。
そして次の週末、また秋葉原を歩いてた。
いや、おかしいでしょ。安いのはAmazonだって自分で確認したばっかりなのに。何しに来てるんだ、ぼくは。
じゃあ、もう秋葉原へ行く意味はないんだろうか。中編の最後をそう終わらせたまま宙ぶらりんにしてたけど、答えは足が先に出してた。行くんだよ。理由は自分でもうまく言えないまま。
中編はこちら。
だから今日は、それを確かめながら歩いてみることにした。
🎧 触らないと、何も決まらない
まず向かったのは、キーボードの店。
スイッチの重さ、打鍵感、打鍵音、キーキャップ、配列、サイズ、手との相性。
これさ、スペック表を何時間眺めても決まらないんだよ。押してみないと分からない。当たり前だけど。
その点、遊舎工房は強い。2019年1月オープン、日本初の自作キーボード専門店。工作スペースまで併設してて、その場で組み立てられるっていう気合いの入りよう。
で、この店ができた背景がちょっと切ないんだよね。
それまで秋葉原でキーボードをじっくり見られる店といえば、クレバリー2号店だった。1999年11月オープン、キーボードやマウスの入力デバイス専門店。ぼくもよく通ってた。
クレバリーは1号店、2号店、インターネット館の3店舗体制で、年始に「不幸箱」っていうジャンク詰め合わせを売るのが恒例でさ。あれ、覚えてる人いるんじゃないかな。
でも2012年2月末に1号店と2号店を閉めて統合、その3ヶ月も経たない5月に自己破産。負債3億3,200万円。
理由を読むと、けっこう胸に来る。2008年の秋葉原無差別殺傷事件と東日本大震災で客足が落ちて、さらに2011年のタイ洪水でHDD工場が被災、仕入れが困難になった。
今のHDD値上がりとは全然別の話だよ。あっちは洪水で工場が止まった。今はAI向けの需要に生産枠を持っていかれてる。原因も時期も違う。
でもさ。遠い国で起きたことが、めぐりめぐって秋葉原の値札や店の運命まで動かしちゃう。その構図だけは、15年経っても変わってないんだなあ。
そんなふうに試せる場所が減った後で、もっとマニアックな方向から新しい店が入ってきた。
減るだけじゃないんだよね、この街。
イヤホンも同じ。e☆イヤホンの秋葉原店なんて、中央通り沿いのビルが1棟まるごと店舗だよ。取り扱い25,000点以上、中古だけで7,000点以上。
音、音場、高音と低音のバランス、装着感、重さ、耳との相性。レビューを何十本読んでも、最後は自分の耳で聴くしかない。試聴機の前で、たぶん一番長く粘ってる客のひとりだと思う。

理由その1。触らないと分からないものがある。
ただ、これだけだと弱いんだよね。それなら家電量販店でも成立しちゃうもんね。
🔍 知らないものは、検索できない
次の角を曲がったところで、視界に飛び込んできた。
「何だこれ?」
何に使うか分からない。誰が買うのかも分からない。でもちょっと欲しい。
これなんだよ。Amazonでは絶対に起きないやつ。
だってさ、存在を知らないものって、検索できないんだよ。当たり前すぎて笑っちゃうけど、これ実はすごく大きな話だと思ってる。
あきばお〜なんて、その塊みたいな店だよね。PC周辺機器、輸入ガジェット、雑貨、LED、玩具、DIY用品が、なんの脈絡もなく同じ棚に並んでる。棚そのものが検索エンジンになってるみたいな店。

あと、あの店で延々流れてる謎の中国語ソング。あれ聴いたことある人、多いんじゃないかな。台湾の歌手によるアニソンカバーらしいんだけど、もう完全に店の一部というか、あの音が聞こえた瞬間に「あ、着いた」って思う。もはや条件反射。
もう一軒、さらに濃いのがある。
東京ラジオデパートの1階、「Shigezone〜深圳直送便〜」。マイコンボード、電子部品、そして深圳から直送されてくるガジェット。
店主の茂田カツノリさんは、この店を始める前から知っているライターの方で、開店までの流れも見てきた。2019年5月オープン。70年の歴史があるラジオデパートに、個人で新しく店を構えられたわけだよね。これ、なかなかできることじゃないと思う。
台湾ブランドのパーツが実は中国で作られてるって話をしたけど、Shigezoneはそのさらに先端を直接引っ張ってきてる感じ。深圳で今まさに生まれてる面白い機械が、ラジオデパートの棚に並んでるんだよ。
理由その2。知らないものに、出会える。
🍜 歩いてると、勝手に情報が入ってくる
そうこうしてるうちに、腹が減った。
昔と比べて、秋葉原は圧倒的に食べる所に困らなくなったよね。
わかりやすいのがケバブ。元祖は1999年、移動販売車1台から始まったらしい。2000年代前半に観光客が増えるのと一緒に屋台が増えて、今は常設店舗も複数ある。イートインできる店まである。路上から店舗へ、っていう変遷そのものが街の変化を映してるよね。
カレーも増えた。金沢カレーの店がいくつも出てきてる。隣の神田がカレーの街だから、その影響もあるのかもしれない。北陸出身のぼくとしては、ちょっと嬉しい。
一方で、昔から動かない店もある。老舗の牛丼屋「サンボ」は1979年創業で、今も外神田で健在。味は間違いない。九州じゃんがらも1984年頃からずっとある。昔「秋葉原で並ぶ店」といえばここだったんだよなあ。
もちろん消えていく店もあって、野郎ラーメンの秋葉原総本店は2025年8月に建物老朽化で閉店しちゃった。
ただ、まだ足りないものもある。Wi-Fiが繋がって、多少作業できる気軽なカフェ。メイドカフェは山ほどあるんだけどね。あれとはちょっと用途が違うんだよ。

で、腹を満たしてまた歩き出すと、気づくんだよね。
最初は意識してなかったんだよ。ただ次の店に向かって歩いてるだけ。でも視界の端で、勝手に何かを拾ってる。
あの店、前は自作PCのケースが並んでた棚に、今は3Dプリンタのフィラメントが積んである。こっちの店は、去年まで隅っこにちょっとだけあったガジェットのコーナーが、いつの間にか一列まるごと占領してる。見たことないメーカーのロゴが、やたらあちこちで目に入る。
そして何より、トレカの店。これ、ほんとに増えた。
まとめサイトを見たら、秋葉原のトレーディングカード店は80店舗以上あるらしい。80だよ。2023年なんて、3月にオープン、5月にオープン、7月にオープン、9月にオープンって、ほぼ隔月でどこかが開いてる。
極めつけが2024年11月。ラオックス秋葉原本店の地下1階に、トレカ専門店だけを集めた「トレカモーール秋葉原1号店」がオープンしてる。約80坪、トレカ専門店のみを集積した施設としては国内初らしい。
……ラオックス。中編で書いた、あのラオックスだよ。
同じ建物の地下に、今度はトレカのモールができてる。棚も店も、ずいぶん様変わりしたもんだなあ。
こういうのって、意識して調べに来たわけじゃないんだよね。歩いてたら勝手に入ってきた情報。
でも後から思い返すと、これがけっこう効いてる。
棚の面積って正直だからさ。店だって商売だから、売れないものにスペースは割かない。逆に言えば、面積が増えてるジャンルは、店側が「これから伸びる」と踏んでるってこと。つまり棚は、その店の目利きの結果がそのまま可視化されたものなんだよ。
しかも秋葉原には、それが何十軒分もある。同じジャンルの棚が複数の店で同時に膨らんでたら、それはもう業界の潮目が変わってるサインだったりする。
Amazonのランキングでも似たことはできるよ。でもあれって、結局「もう売れてるもの」しか教えてくれないんだよね。数字が出てから初めて可視化される。
街の棚は違う。まだ売れてないけど、店主が面白いと思って仕入れたもの。海外で流行り始めてるらしいけど日本ではまだ誰も知らないもの。そういう「これから来るかもしれないもの」が、売れ筋の隣に平然と置いてある。
ランキングは結果で、棚は予測なんだよな。
理由その3。歩くこと自体が、定点観測になってる。
しかも、それを狙ってやってるわけじゃない。ただ歩いてるだけで、勝手に業界の空気を吸い込んでる。
これ、けっこう贅沢な情報収集だと思わない?
💡 あれ、これ知ってるぞ
帰り道、今日回った店を頭の中で並べてみた。
遊舎工房。e☆イヤホン。あきばお〜。Shigezone。
触れる店と、知らないものに出会える店。理由その1と理由その2。うん、なるほどね。
……いや待って。
これ、どこかで見た構図じゃないか。
カメラ屋、オーディオ、無線機、電子部品、ジャンク、PC、Mac、CD、レーザーディスク、VHS、ゲーム、そしてなぜか釣具屋。路上には怪しいソフト売りとギャラリー勧誘。
前編で書いた、10代のぼくが見ていた秋葉原。
前編はこちら。
あの雑多さ、あきばお〜の棚とまったく同じじゃないか。
ラジオデパートで用途不明の部品を眺めてた感覚は、Shigezoneの深圳ガジェットとそのまま地続きだ。
オーディオ屋で試聴してた記憶は、e☆イヤホンでイヤホンを聴き比べてる今と、何ひとつ変わってない。
……ずっと同じことしてるじゃん、ぼく。
街は変わった。それは間違いない。看板も店も入れ替わって、パーツを安く買う場所でもなくなった。
でも、ぼくがこの街で楽しんでたものは、たぶん最初から一度も変わってなかった。
変わったのは、街じゃなくて、ぼくがそれに気づいてなかったってことだけ。
パーツを安く買うために通ってるつもりだった30年。本当は「何だこれ?」を探しに来てただけだったんだよ。
🚶 検索したものと、していなかったもの
Amazonと秋葉原を、わざわざ敵同士にする必要はないと思う。
欲しいものが決まってて、型番も分かってて、あとは値段を比べるだけ。そういう買い物はECが圧倒的に強い。今回のHDDがまさにそれだった。
一方で、体験しないと分からないもの。存在すら知らなかったもの。街から漂ってくる空気の変化。これは歩かないと手に入らない。
役割が違うだけなんだよね。
Amazonでは、検索したものが見つかる。 秋葉原では、検索していなかったものが見つかる。
街はずいぶん変わった。ぼくのパソコンとの付き合い方も変わった。値段の常識に至っては、20年もずれてた。
でもさ。
秋葉原を歩いて「何だこれ?」と立ち止まる楽しさだけは、10代のあの日からたぶん一ミリも変わってない。
だから今週も、また歩きに行くと思う。
あなたの秋葉原は、どんな街ですか。
Miccell - 検索できないものに、会いに行こう。
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