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『HSPは優しい人』と言われることへの違和感。

こんにちは、HSP当事者のみもです。

皆さんは『HSP』というとどういうイメージがありますか?

繊細な人、感受性の強い人、優しい人
といったところだと思いますが

私はHSP当事者として、
「HSPは優しい」と言われることにずっと違和感がありました。

(動画でご覧になりたい方はこちら↑)

・思いやりの優しさとおおらかな優しさ


私は優しい人には2パターンあると思っています。

ひとつは思いやりがある人。
もうひとつが器が広いおおらかな人です。


HSPは『思いやりがある人』に分類されると思います。

人の気持ちに寄り添うことができて、
悲しんでる人を見ると自分も悲しくなったり、

事件のニュースを聞くとすごく感情移入して
全く無関係なのに辛くなってしまう、

そういう「人の気持ちを考えられる」
「人を思いやる」という優しさはたしかにHSPの人は持っています。

ただHSPって思いやりはあるけど、
おおらかさは全くないんですよね。


・私の中の『良い人』=おおらかな人


皆さんの周りにいる『良い人』や
好感度の高い芸能人を思い出してみてください。

『いつも明るくおおらかな雰囲気をまとってる人』
『誰にでも分け隔てなく平等に優しくできる人』
が思い浮かぶんじゃないでしょうか。

私はずっとそういう人に憧れて、
「誰からも好かれる器の大きい人になりたい」
と思ってきました。

でもある時「自分はそうなれない」ってことに気づいちゃったんですよね。

なぜなら繊細さとおおらかさは対極にあるから


人気者タイプの人は、
あまり細かいことを気にしない人が多いと見ていて感じます。だからこそどんな人でも平等に接することができる。

でもHSPの人は他人の言動行動のすごく細かいところまで気にしすぎてしまって、人に平等に接することができなくなりがちです。


・人の欠点を気にしすぎるHSP

たとえば『友達が失言をした』とします。

人気者タイプの人だったら
「そういう言い方は良くないよ」
って面と向かって注意できたり、

「まぁこいつはこういうやつだからなぁ」とそもそも気にしないおおらかなところがあって、

よっぽどのことがなければ友人関係を続けられると思います。


でもHSPは「え、平気でそういうこと言っちゃうって人としてどうなの??」と、
1度の失言を過剰に気にしてしまうんですよね

かといって「それは良くないよ」って
直接言える勇気もなく。

心の中で「うわーあの人やばい…」と軽蔑して、
よそよそしい態度をとってしまったりします。

しかも衝撃だったことはいつまでも覚えていてしまうので、それ以降その相手とはギクシャクしがちです。


他にもたとえば『お土産を配った時に相手のリアクションが薄かった、お礼を言われなかった』時。

「お礼を言わないなんてこの人常識ないわ…」
「もっと喜んでる風のリアクションしてくれないのかな?私だったらすごく喜んで見せるのに…」
と気にしてしまいます。

ホントにちょっとしたことですぐ不快になって、その相手に「みんなと平等に優しく接しよう」なんて思えなくなってしまいます。

分け隔てなく、どころか分け隔てだらけの人間関係です。


・「誰にでも優しく」ができない苦悩


「私も完璧な人間じゃないし
細かいとこまでいちいち気にするのは良くない」

「もっとおおらかにいろんな人を
受け入れられるようにならなきゃいけない」

と自分でも思っています。

でもどうしても相手に不快感を覚えると、その人と自然に接することができなくなってしまいます。


こうなってしまうのは、
HSPが危機察知能力が高いと言われてるからだと思います。

すぐに人を信頼しちゃってお金を貸したり騙されたりするよりは、「この人はなんか怪しいな…」と思ってサッと手を引けるというのは、ある意味HSPの人の強みだと思います。



ただ私には「どんな人も広い心で受け入れて
誰にでも平等に接することができる人でいたい」

という平和願望みたいなものありました。

なのにみんなを平等に扱えない、
人の悪いところばっかり気にしちゃう自分がすごく嫌でした。


「HSPは優しい」とよく言われてるし、
周りからも「みもちゃんは優しいね」って
しょっちゅう言われますが、

実際は心の内側はドス黒い感情ばっかりで、
1回ありがとうがなかっただけでグチグチと気にして。

結局私は優しくした見返りがほしいだけで、
それのどこが優しいんだと、
自分で思っていました。


・HSPなりの優しさを愛したい


「どんなに周りから優しい優しいと言われても、
自分が理想としてる優しい人、
おおらかで器の広い人になれない」

そこのギャップを私は気にしていた時期がありました。

ですがふと
「思いやりの優しさとおおらかな優しさは別だ」
ということに気づいた時、

「自分はおおらかな優しさを目指すのは無理かも」
「私はこのHSPらしい優しさを生かしていくのがきっといいんだな」

と思うようになってから、心が楽になりました。


私はずっと、おおらかな優しさを求めてきました。

だけど「人の痛みを自分の痛みのように感じられる、人に寄り添える」というHSPの優しさも、
誰もが持っているわけではない、
特別でとても素敵なもの。

それを自分は持っていたんだと、改めて自覚しました。


私は今まで自分にないものばかりを求めてきたけど、
「自分らしい思いやりの優しさ」を、これからは大切に育んで生きていこう
、と決めました。


・繊細で優しいあなたへ


私と同じように、「優しさ」について深く考えて、
優しいと言われることに違和感を感じていたHSPさんがいると思います。

そんな人も、
人に寄り添える優しさと
人を受け入れる優しさは別物なんだ』

っていうことが理解できると、少し心も楽になると思います。

そして自分にないものばかりに目を向けず、
自分の中にある「思いやりの心」に目を向けて、
自分の優しさを誇りに思って生きて行ってほしいなと思います。

そして、私は今友達がほとんどいませんが、
今いる友達は欠点なんて気にならないぐらい、
一緒にいて楽しいと思える存在です。

皆さんにもそういう存在の人が、もう既にいるかもしれないし、これから出会うかもしれません。

無理に「人を受け入れよう」、
「みんなと良い関係を結ぼう」とするよりも
本当に気の合う人との縁を大切にしていく。


そうすることできっと、私達が求めていた優しい世界が、自分の周りに広がってくると思います。


今回の記事で、HSP当事者の方に共感してもらえたり、「心が軽くなった」と思ってもらえれば、とても嬉しいです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!



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みも@ADHD×HSP 社会不適合の私が自分の強みを生かしながら、自分の力でお金を稼げるようになるために挑戦し続けています。チップで応援していただけると励みになります!

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