作家デビューを目指して10日目。まだ1行も書き始めていない。

二桁になりましたよ!作家デビューを目指してから10日目。2桁。
10日間も私は何していたんだ?

ということで、とりあえず今日の夜からでも書き始めましょうかね。たった1行を。
で、ネタは?
ジャンルは決まっている。というか、先日適当に決めた。SFだ!理系の素養のない私がサイエンス・フィクションを書けるのか?という素朴な疑問はあるが、サイエンス・ノンフィクションでないからいけるでしょ?というより、試しにやってみようということ。
SFは夢があって自由でいい。現実の重力には縛られたくない気持ち。

では、題材は?やはり今流行りのAIとか?まあもちろんAIは入ってくるけど、みんなやりそうだよね。意外性を求めて、AI以外の要素も入れたいが、意外性のあるネタってなんだ?それは書きながら考えよう。

本当はネタ探しを真剣にやるつもりだったが、以下のサイトで紹介されてい た津原泰水/著『小説教室 忘れられない小説を書く』(東京創元社)の試し読みのページを見たら、最初の章のタイトルが「テーマ探しは時間の無駄」とあったので、吹いたよ(笑)。
いや、まさにSFネタ探しが面白そうって、やる気満々なところだったんで、「あれ?無駄なのですか?」と思って読んだら、過激な印象も覚えるタイトルだった割には、内容は常識的で説得力のある説明がなされていた。
確かに、テーマ探しに時間をかけすぎる必要は無いなって思っちゃった。
とはいえ新たな科学的知見を日頃から追ってはいない私は、多少はネタ探しをしないとならないだろうなとは思うんだけどね。
それにしても、津原泰水さんのお話は大層面白い。
以下のサイトで試し読みできるページが結構あり(よっ、太っ腹!)、第二章まで読めるのだが、すっかり津原泰水さんという作家に惹きつけられてしまった。
それに、難しいことはよくわからないが、この方の書く文章はとても読みやすい。その上、手練れな感じもするのだった。

早速、用事のついでに立ち寄った書店で購入した。
その際、漫画家の清水玲子さんの麗しい絵(『輝夜姫』の主人公ですね。懐かしい♪)が表紙になっている雑誌もあったので、思わず手に取ると、なんと、吟鳥子さんがこの特集の監修をしておられる!
ご自身も『きみを死なせないための物語』というバリバリのSF漫画を描いておられる漫画家さんだ。
おぉっと思い、即購入を決めた。

やっぱりネット通販ではないリアルな本屋さんだと、思わぬ書籍との出会いがあって、いいよね。(ネット通販も便利で、ネット通販様様なのではあるのだが。)
「もうこれは買うしかない!」とホクホクとこれら2冊を購入したのだった。あ〜良き買い物ををした。

あれ?私、本を購入はしていても、今日も本を提供する側のムーヴは何もしていない…。
ま、あれだ。
これからだ。
うん。

そういえば、10日目にちなんで10といえば、十牛図。十牛図については説明を読んでも毎度ピンとこなくて、全然記憶に定着しないのよね。それが我ながら不思議でね。
なのでこの機会に改めて以下のサイトで確認してみることにした。

宋代の中国で、図と短い文を用いて仏教修行の過程を説明した禅文献があったのね。修行と悟りの過程を、本来の自己をあらわす牛と、その牛を飼いならす牧童にたとえた10の過程で説明するそうな。
尋牛
見跡
見牛
得牛
牧牛
騎牛帰家
忘牛存人
人牛倶忘
返本還源
入鄽垂手
これで10か。
この10枚の図を、十牛図というらしい。
牧童が、手元から逃げ出した牛を探しに行くところから始まるらしい。ロードムービー?
聖書で、サウルが逃げたロバを探しに行く話があるんだよね。それを思い出すなあ。サウルはロバを探しに行って、サムエルに出会い、イスラエルの民の初代王に選ばれるのであった。ただし、導入以降の展開や結末は十牛図とは全く異なる印象なのだけれどね。

さて、作家デビューを目指す私の今の段階は、十牛図でいうとどこにあたるだろう?2番目の「見跡(けんせき)」あたりかしら?
牧童が探している牛の足跡を見つけたところ。
作家の先人である津原泰水さんによる小説の書き方の講座の本を見つけたというところだから。
うん、まだ、これからだな。

今日の歌は…スピッツ『ビギナー』

懲りずに憧れ 練り上げた嘘が いつかは形を持つと信じてる

スピッツ『ビギナー』(作詞/草野正宗 作曲/草野正宗)より

いや、私はまだ1行も書いてないから、懲りずに憧れ練り上げてもまだいない。
それにしても、いい歌詞だなあ。

この歌はデビューから20年以上活動を続けていたスピッツが初心を思い出して作った歌だった。
だから、作家デビューを目指している私の現状とは合わないはずだ。そりゃそうだ。

創作を続けているアーティスト達には尊敬の念を禁じ得ない。

あ。今日、例題に答える形で2行は書いていたのを思い出した。
上掲の『小説教室 忘れられない小説を書く』を購入前に少し立ち読みした時に、うろ覚えだが、津原泰水さんが小説の書き方を教える講座で、受講生に「1行で100年経たせて下さい。」というようなお題を出したという話を見かけた。

百年経ったというと、夏目漱石『夢十夜』の第一夜のラストを思い出し、このお題は面白いなあとも思って以下の二つの答えを思いついて書いた。すなわち2行は書いた。

解1 あの肌の白く長い黒髪の女が植えていた種は、小さな池の片隅を覆い隠し心地よい木漏れ日をもたらす緑を茂らせるほど、大きな樹木に育っていた。

解2 あの日生まれた小さな男児は、中年になった3人の子供と10名近くの孫達に看取られて、その街の市民病院で往生を遂げ、今はその市から少し離れた山の麓のお寺の境内にあるお墓で眠っている。いい人生だったか。

おや、3行だったか。
解2の「いい人生だったか。」は蛇足だな。一文ではなくなってるし!
ただなんか加えたくなっちゃったのよね。
というかこれ誰のセリフなんだろう?
あの日生まれた男児が往生を遂げて今は山の麓の墓地に眠るのを見守って「いい人生だったか。」と呟いているのは誰?
そもそも津原泰水さんはこのお題を、誰の人称で書くべき一文だと想定して出していたのだろう?
神視点?
ちょっと待って。神視点以外の視点からも1行で100年経ったとわかる文を書けるかしら?

ちなみに夏目漱石『夢十夜』の第一夜の最後の一文は以下の通りだ。

「百年はもう来ていたんだな」とこの時始めて気がついた。

夏目漱石/著『夢十夜』

お見事。
そうか、セリフで百年経ったと言わせてしまう手もあったのか!

作家デビューを目指して10日目の投稿を『夢十夜』で締め括るのもよいか。
おやすみなさい。

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