PT5年間の振り返り 5年目の時に意識できた指導•FBのポイント「+1」
今回の記事は、普段に比べ少しボリューミーな内容になった為、目次をつけてみましたので、ぜひ感想を聞かせてください。では、振り返り編の最後となる5年目です!
5年目:組織への貢献と教育への挑戦
そして迎えた5年目。急性期と外来の兼任を続けながら、ついにサブリーダーという大役を任せていただくことになりました。自分の臨床(PNFや成田先生の勉強会での学びは継続中!)や、院内勉強会の企画といった役割はもちろんですが、この年は「次世代の育成」という大きな一歩を踏み出した年でもあります。
理学療法実習指導者講習を修了:学生指導の正しい基盤を構築
母校のOSCE外部評価員を経験:客観的な評価の視点を養う
母校での特別講義を担当:自分の経験と言語化を後輩へ還元
これまで自分が先輩方から受け取ってきたバトンを、今度は自分が臨床実習生や母校の学生たち、そして職場の後輩たちへと繋いでいく。プレイヤーとしての楽しさだけでなく、マネジメントや教育という視点を得られたことで、点と点がつながり、自分のセラピスト人生に深い厚みが生まれた非常に濃い1年となりました。
同時に、人に伝えることの大変さや指導•FB(フィードバック)の難しさを改めて感じはじめて、悩んだ時期でもあります。2011年以降、理学療法士の国家資格合格者は10000名以上で、当然の事ながら後輩は増える一方です。また、近年では新型コロナウイルスによる影響から、対人関係や対患者•利用者に対するコミュニケーションの変化が話題になることが増え、より後輩への指導が難しくなっていると感じています。
前置きが長くなりましたが、今回は後輩や学生に対する指導やFB(フィードバック)について書いていこうと思います。
先に、自分が先輩から言われて今でも心がけていることがあります。それは、
「その人の +1の指導をしなさい。」
という言葉です。当時の尊敬していた先輩から教わった言葉でも、特に響いた言葉です。医療従事者であれば、当然患者さんや利用者さんのことが最優先であるあまり、後輩への指導が過多になる場面は多く出くわすのではないでしょうか。「伝えなければならないことを伝えたはずなのに、あまり変化が見られていないな。。。」と思う場面は、みなさんご経験されているかと思います。ではなぜ+1が良いのかを、改めて論文から紐解いていこうと思います。
「+1」の理由1:脳のメモリオーバーを起こさない
先輩が「教えすぎはNG」と言う最大の実践的理由は、受け手である後輩の「脳の容量制限」にあります。
教育心理学における**「認知負荷理論(Cognitive Load Theory)」**の提唱者であるSweller(1988)の研究をはじめ、学習科学では「人間が一度に処理できる作業記憶(ワーキングメモリ)には厳密な限界がある」ことが知られています。
Sweller, J. Cognitive load during problem solving: Effects on learning. Cognitive Science.1988
指導する側は「あれもこれも教えてあげたい」「早く一人前になってほしい」という心から、ついつい一度にたくさんの改善点を伝えてしまいがちです。しかし、一度に5も10もアドバイスを突きつけられると、後輩のワーキングメモリは一瞬でキャパオーバー(認知オーバーロード)を起こしてしまいます。
認知オーバーロードに陥ると、脳は受け取った情報を整理・記憶することができなくなります。結果として、後輩の頭の中には「結局、何から手をつければいいのかわからない」「処理しきれずにすべて忘れてしまった」という状態が残り、せっかくのアドバイスが何一つ定着しないという最悪の事態を招きます。
アドバイスを「+1」の具体的な改善策1〜2個に厳選して伝えることは、後輩の脳にかかる無用な負担を最小限に抑え、教えた内容の定着率を最大化させるための極めて合理的な戦略なのです。
「+1」の理由2:「自分で解決した!」という感覚が人を育てる
「過分に教えすぎない」ことには、後輩の「やる気(モチベーション)」と「自立心」を育てるという、もう一つの重要な側面があります。
心理学者のライアンとデシが提唱した「自己決定理論(Self-Determination Theory)」では、人間が内発的なモチベーションを感じて成長するためには、「自律性(自分が主体となって決定しているという感覚)」が不可欠であるとされています。
Ryan, R. M., & Deci, E. L. Self-determination theory and the facilitation of intrinsic motivation, social development, and well-being. American Psychologist.2000.
指導者が答えを1から10まで手取り足取り教えすぎてしまうと、後輩は出された指示に従うだけの「受け身の作業者」になってしまいます。これでは「自分の力で課題を解決した」という達成感が得られず、次回からも先輩の指示を待つだけの状態になりかねません。
また、近年の人材育成や高等教育の研究で非常に重要視されているのが「FBリテラシー(Feedback Literacy)」という概念です。
Carless, D., & Boud, D. The development of student feedback literacy: enabling uptake of feedback. Assessment & Evaluation in Higher Education.2018.
Carlessら(2018)の研究では、効果的なFBの本質は「指導者が何を言うか(発信側のスキル)」ではなく、「受け手がもらった情報をどう解釈し、自ら行動に変えられるか(受信側の能力)」にあると指摘されています。
あえて「答えを教えきらず、+1のヒントにとどめる(思考の余白を残す)」ことで、後輩の頭の中に「ここから先は自分で考えなきゃ」という良好な緊張感とスペースが生まれます。この「自分で解釈し、次の行動を試行錯誤するプロセス」を通じることでしか、後輩自身のFBリテラシー(=自ら学び取る力)は育ちません。教えすぎないことこそが、本当の意味での主体性を引き出すのです。
「+1」の理由3:心理的安全性を守り、次の「行動」を促す
最後に、近年(2020年代)のFB研究のトレンドから、「+1」というアプローチが持つ心理的・行動的な効果を見ていきましょう。
教育学者ハッティらの最新のメタ分析研究(Wisniewski et al., 2020)によると、FBにおいて最も重要なのは単なる正誤の指摘や人格への評価ではなく、「次にどんなプロセスや戦略で行動すればいいか」という具体的行動への指導であることが再確認されています。
Wisniewski, B., Zierer, K., & Hattie, J. The Power of Feedback Revisited: A Meta-Analysis of Educational Feedback Research. Frontiers in Psychology.2020.
また、組織行動学者エドモンドソンら(2021)の研究でも知られる通り、大量の不満点や改善点を一度に突きつける指導は、後輩に「自分の仕事を拒絶された」「攻撃された」という脅威を与え、職場の心理的安全性を著しく低下させます。不安や恐怖を感じている状態では、人間の脳は防衛モードに入り、新しい挑戦や学習に対して消極的になってしまいます。
Edmondson, A. C., & Mortensen, M. (2021). What Psychological Safety Looks Like in a Hybrid Workplace. Harvard Business Review (Digital Article).2,021
「今の段階では、まずこの+1の行動(Next Action)だけを変えてみよう」というスモールステップ(Micro-steps)の提示は、後輩の心理的安全性をしっかりと守ります。相手に無用なプレッシャーを与えず、「これくらいなら自分にもできそう!」という確信(自己効力感)を生み出すことができるのです。結果として、後輩は失敗を恐れずにすぐさま次の行動へと一歩を踏み出すことができます。
まとめ:引き算の指導こそが、後輩を最も成長させる
「+1』しか教えないことは、一見すると「手抜き」や「控えめな指導」に思えるかもしれませんが、その背景には現代の学習科学や組織心理学が証明する、極めて合理的で強力なメカニズムが隠されていました。
・ 脳のワーキングメモリの限界を考慮し、パンクを防ぐ(Sweller, 1988)
・あえて余白を残すことで自律性と学び取る力を育てる(Ryan & Deci, 2000; Carless & Boud, 2018)
・ 心理的安全性を守り、具体的な一歩(Next Action)へ導く(Wisniewski et al., 2020; Edmondson & Mortensen, 2021)
後輩指導で本当に必要なのは、自分の知識や経験をすべて出し切る「足し算の指導」ではありません。相手の脳のキャパシティやモチベーション、心理的状態に合わせて情報を削ぎ落とす「引き算の指導」です。
明日からの後輩へのフィードバックでは、ぜひ「この子にとっての今日の『+1』は何だろう?」と一歩立ち止まって考えてみてください。指導内容をキュッと1つに絞り込むだけで、後輩の表情の明るさや、その後の行動スピードが驚くほど変わるはずです!
最後まで、お読みいただきありがとうご
ざいました。今回で、転職前(ケアミックス病院時代)の5年間の振り返りを一区切りとさせていただきます。今後の投稿は、最初の投稿でお伝えしたように、日々の臨床での学びや悩みを書いていこうと思います。もちろん、今までの経験からも記事を書かせていただくことはあると思いますので、ぜひお付き合い下さい。
ムラマサ 拝
