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エッセイ『脳梗塞を経て、60代の大学教員が小説を書き始めた理由』

 こんにちは、野村葉のむらようです。

 1960年(昭和35年)生まれの、福岡県在住の男性です。

 私は長年、大学で仕事をしてきました。

 学術論文の世界にいる人間が、定年退職まで数年という時になって、小説という表現形式に挑戦したのは理由があります。

 短編小説『スパルタ』の「木村浩」が脳梗塞を発症してから手術するまでのシーンは、私の実体験です。

 幸い症状は軽く、麻痺は残りませんでした。

 しかし、それまで大きな病気をしたことのなかった私にとって、これはショッキングな出来事でしたし人生観が変わりました。

 そして、原因となった部位の手術を終えて自宅で療養しているときに、この体験を小説にしてみたいと思ったのです。

 文学を本格的に勉強したことはありません。

 若い頃からSFが好きで、小松左京を文庫本で読んだり、通勤電車の中で、司馬遼太郎の歴史小説を開いたりといった程度です。

 しかしパソコンに向かうと、意外と短い期間で書き上げることができました。

  病が私に与えてくれたのは、「人は生き直すことができるのか」というテーマでした。

 こちらに投稿した物語はそこから生まれ出たものです。

 話は変わりますが、私は子どもの頃から怪獣映画が好きでした。

 最近は CGのおかげで、昔の「特撮とくさつ」では叶わなかった映像を観ることができるようになったのは大変うれしいことです。『シン・ウルトラマン』は公開初日に映画館に駆けつけました。私と同年代の男性がけっこういたのはおかしかったですね。

 今でも心に残っているのは、『ガメラ3』で鳥類学者を演じた中山忍の「生物は死ぬ瞬間まで生きようとしますよ」というセリフです。

 人はなぜこの世に生まれてきたのか、私にはわかりません。

 もちろん古代からさまざまな宗教や哲学が、「人はなぜ生きるのか」を説いてきたでしょう。

 しかし、一人ひとりが違う人間です。正解などあろうはずがありません。

 でも、誰でも死ぬまで生きるのです。

 私は今回の脳梗塞で、「あと何年生きられるのか」と、自分の生と死に初めて真摯に向き合うことができました。

 だからこそ、これからどう生きるべきかという「生き直し」を考える必要があると思ったのです。

 今自分の中にある可能性としての解答を物語に紡いでいきます。

 お読みいただき、コメント等いただけたら望外の喜びです。 

 (完結)

タイトル画像は、入院中に自分で撮影したものです。

 このエッセイのベースになった実録(ドキュメンタリー)『従心〜65歳大学教員の脳梗塞発症から手術までの48日間〜』はこちらからお読みいただけます。


 短編小説『神頼み【完全版】〜66歳の生き直し〜』です。1960年(昭和35年)生まれで高齢者の仲間入りをした木村浩の物語です。木村は私・野村葉の分身です。アバターと呼んでもいいと思います。 『神頼み①』『神頼み②』『神頼み③』として先に公開しているものをまとめました。 全部で2万字を超えますが、私の作品(小説)ではもっとも多いビューをいただいているシリーズです。お読みいただければ幸いです。マガジンの「連載小説『神頼み』」にも収納しています。

 短編小説『スパルタ 〜35年前の父の記憶が、私を救う〜』はフィクションですが、ベースになっているのは、私自身が脳梗塞を発症した時の実体験です。あわせてお読みいただければ幸いです。


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