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「見て盗め」では、なぜ育たないのか

「とりあえず隣について、見て覚えて」

介護のOJTの定番です。私たちの世代の多くは、実際にこれで育ってきました。だから悪気なく次の世代にも同じ言葉を使う。でも、これで育つ新人と育たない新人がはっきり分かれることも、現場は知っています。今日はその種明かしと、代わりに何を用意するかの話です。

「盗めた人」には、からくりがあった

見て盗めで育った、と思っている人も、思い出してみると純粋に見ていただけではないはずです。

何を見るべきか自分で当たりをつけていた。やってみて、先輩に小さく直された。うまい人と自分の動きの差を、自分で探していた。つまり盗めた人は、見ることに加えて「差分を取って直す」作業を、誰に言われなくてもやっていた人です。それができる人は最初から少数派で、残りの人には、見る時間はただ流れていきます。

ここに、認めたくない可能性がひとつあります。「見て盗め」は育成法として機能していたのではなく、盗める人だけが残る選別法として機能していたのかもしれない。盗めなかった人は、育たなかったのではなく、辞めていっただけかもしれないのです。人が足りない時代に、この贅沢な方式を続ける理由はありません。

うまさの正体は、場数ではなく修正の数

体で覚える——移乗介助でも声かけでも、考えなくてもできる状態の正体は、脳の信号の通り道が太くなることだと説明されます。そして通り道を太くするのは反復です。

ただし、ただの反復ではありません。同じ癖のまま千回繰り返せば、癖が上手に固まるだけです。効くのは、修正つきの反復。一回やるたびに、理想との差分をひとつ見つけて、次で直す。数をこなす三年より、修正のある三ヶ月のほうが人を変えるのは、このためだと思います。

修正が「負け」の職場では、固まらない

もうひとつ大事なことがあります。修正の受け取られ方です。

怒られて直す修正は、怒る人がいる間しか続きません。ミスを列挙して、直させて、直ったら褒める——この順番は一見まっとうですが、修正が「負け」や「恥」として渡されると、人は学ぶより先に身を守ります。そして修正を避けるいちばん簡単な方法は、修正されそうな場面を隠すことです。ヒヤリハットが上がらなくなるのと、同じ仕組みです。

学びの早い人は、修正を面白がっています。負けではなく、答え合わせ。あの感覚を、素質ではなく設計で作れないか、というのが育成の本題だと思います。

代わりに用意するもの

うちで型にしていきたいのは、次の三つです。

一つ。1場面、1修正。気づいた点が五つあっても、その日は一つだけ伝える。全部伝えると、全部薄まります。

二つ。修正案を先に言い切らない。「今の移乗、理想との差はどこだったと思う?」と、本人が差分を見つける余地を残す。自分で見つけた差分は、言われた指摘の何倍も残ります。

三つ。その人の得意に引っかける。段取りが得意な新人には「移乗も段取りだよ」と渡す。入り口が得意側にあると、修正は苦行ではなくなります。

お気づきかもしれませんが、三つとも新しい発明ではありません。盗めた人が頭の中で勝手にやっていた作業を、外に取り出して、全員に配っているだけです。盗む才能を待つのをやめて、盗み方のほうを手渡す。それだけのことです。

「見て盗め」をやめることは、教育の手抜きをやめることです。育つかどうかは素質の問題ではなく、修正の渡し方の問題——そう考えたほうが、教える側にも打ち手があります。

だから、うちの定番の言葉も入れ替えようと思います。「とりあえず隣について、見て覚えて」から、こちらへ。

「とりあえず隣について、差をひとつ見つけて」


#介護 #デイサービス #通所介護 #人材育成 #OJT #新人教育

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