カウンセリングを受けた経験が、私の子育てをちょっとだけ変えたハナシ
朝、5歳の下の子が起きた途端泣き出した。
「保育園に行きたくない」
なぜ、と問うと
「ラキューで作った車を壊さないといけない」
と返ってきた。
同じ保育園出身の上の子が解説してくれた。
「みんなで遊べるように、1週間経つと壊さないといけないもんね」
なるほど。
私としては、遊びの時間が終われば「はい、片付けて〜」と問答無用に壊され、それで渋る子がいれば「お片付けが苦手」「切り替えが上手くできない」などと問題児扱いする大人も多い中、
この園は望めば「作品」として1週間棚に飾っておいてくれる素晴らしい園だと再確認した。
そうだとしても、やっぱり下の子は
「せっかく上手にできたのに〜」
と泣いている。
夫が「また作ればいいじゃん」と言った。
私も「この前写真に撮ったから残ってるよ」と言った。
言った後、このセリフはどうも下の子が望んでいるものじゃないような気がした。
少し考えて
「車を壊すのはなんでイヤ?
頑張ったことが無くなっちゃいそうで悲しい?
もっと車で遊びたかったからサミシイ?
壊すことがヒドイと思う?」
と聞いてみた。
下の子は「頑張ったことが無くなっちゃいそうで悲しい」と言った。
「だって難しかったんだよ。タイヤも工夫したんだよ」
「そっかぁ、頑張ったんだねぇ」
「うん、いっぱい頑張った。だから壊しちゃうのは悲しい」
例え作品が無くなったとしても、あなたが頑張ったという事実は消えないよ、などウンタラカンタラ言おうと思ったけど、
朝一でイマイチ頭が働かないのでやめておいた。
「そっかぁ、悲しいから保育園に行きたくないんだね」
おうむ返しで返してみる。
えーっと次はどうしたらいいかな…と思いつつも、時間も時間なので「ごはん食べる?」と声をかけると、
「うん、お腹空いた」と言って下の子はいつも通り準備をして、いつも通り登園していった。
私は元々「不安」や「イヤな気持ち」を扱うのが苦手だ。
ひとたび私の中に「不安」や「イヤな気持ち」の種が生まれると、どう扱ったらいいか分からない。
すぐにでも手放したくて、どうすればいいか試行錯誤してしまう。
どうすれば芽を出さないだろうか、どうすれば大きくならないだろうか、どうすれば枯れてくれるだろうか。
その結果、私の関心を栄養にして種は順調にむくむくと大きくなり大輪の花を咲かせるのだ(笑)
そんな私だけど、カウンセリングにしばらく通って感情の扱い方を1つ、教えてもらった。
それは「ただそこにあることを認める」こと。
なかなかに難しい、だけど全く知らなかったころよりは、少しはできる時もある。
「あ、不安の種がある。そうか、私はこういうことで不安に思うのか、ふーん」
「あ、イヤな気持ち。ああ、私、こういうことは嫌いだもんね」
どうにかして消してしまおう、こんな気持ちを持ち続けるのはイヤだ、不快だ…そう思ってあれこれするよりも、
ただ存在を確認するだけで、不思議といつのまにか消えている。
なんだか太陽と北風のあのお話のよう。
力づくでどうにかしようとしたって上手くいかない。
暖かく寄り添えば上手くいく。こともある。
子育てそのもののようだ、と思う。
少しずつ私も、私の感情に対して優しく扱えるようになってきた。
「そんなこと思うなんて、私は性格が悪い」「こんな風に捉えてはいけない」「もっとポジティブでいないと」「普通はこんな風には思わないはず」
思えば以前はなかなかにスパルタだった。
感情は否定せず、良し悪しの評価をせず
「ただそこにあることを認める」こと。
こねくり回さずに、ただ感情を味わってそっとしておく。
私も、わが子も一緒に練習中です☺️
