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東京でプライドパレードが行われた週、ニューヨークではGrindr提供でマドンナが路上ライブしてた

この週末、僕は急に仕事が忙しくなって珍しく土日もずっと働いていた。だからTP(Tokyo Pride。かつてのTRP=東京レインポープライド)には行っていない。土曜の昼間、会場にいた友だちから呼ばれたけど、パス。もし行けば、楽しい方へ楽しい方へとふらふらと流れて行って、夜中まで飲んで日曜を無駄にして、週明け月曜からさっそくピンチになる未来が見えていた。

そんなわけで現地をこの目で見ていない僕にあれこれ語る資格はないけれど、友人たちから話を聞く限りはだいぶ角が取れて丸くなっていたみたい。良く言えば優等生的。悪く言えば骨抜き。

そもそも昨年から名称の「レインボー」が外れたことに納得がいっていない人は少なくないよね。僕もどちらかといえばそっち側。レインボーのモチーフ自体にこだわりたいというよりも、自分たちが掲げた旗を降ろす行為(より正しく言うと、先輩たちが掲げた旗を今降ろして良いのか)に感じちゃって。

一方、仕事を終えて夜中にYouTubeを見てたら、オススメに流れてきたのがこれ。

プライド月間のセレブレーションとしてマドンナがライブを行ったこと自体は、そんなに驚きはしない。彼女はクィアの歴史と文化を語る上で外せない人だし。ニューアルバムのプロモーションを兼ねてるのも明らかだったし。(『Confessions on a Dance Floor(2005)』の続編的アルバム『Confessions II』を近々リリース予定)

注目したいのは、「Grindr Presents」というところ。わざわざ説明する必要もないけれど、Grindr(グラインダー)はLGBTQ+のマッチングアプリですよ。もちろんユーザーの中には真剣な出会いを探している人もいるだろうけど、それよりは圧倒的にその日のお相手を探すためのアプリってイメージがあるんだけど……。

アプリのアイコンがでかでかとニューヨークの街中に貼られていて、トレーラーの上では半裸の若者が踊ってて。クィアに強烈な逆風が吹いているのはアメリカも同じ(というか日本以上)な印象があるんだけど、これやっちゃうんだ、やっちゃえるんだというのに驚いた。(ひょっとしてマムダニがNY市長になって風向きが変わった?)

日本に例えるなら、渋谷のスクランブル交差点でゲイのマッチングアプリ(名前はあえて言わない)のアイコンが四方八方の広告ディスプレイをジャックしているようなイメージに近いんじゃない?

もしそれをやったら、大炎上しちゃうことは想像に難くない。「子どもにも見えるところで教育に良くない、表に出て来るな」と口撃の材料を与えちゃうことになるし、クィアの中からも「もっとマジョリティへの配慮が必要」なんてことを言う人が出てくるよね。LIVEをしたアーティストにも批判の矛先が向き、謝罪をさせられる結末まで見える。残念ながら。

正直、やっぱりアメリカが羨ましい。僕はこの手の炎上や排外的な論調が起きる度に憤慨し、うんざりしていた。差別を正当化してまき散らす人がこんなにいることに恐怖した。彼らの意見に押されてちっとも公平な社会に進まないどころか、望んだものが本質から歪められていくことに絶望していた。だから、もうできればこういう人たちには関わりたくないと耳を塞いだ。ちょっと前までは。

ただ最近は、少し考え方が変わった。差別を容認するつもりはないけれど、差別を(気付かぬうちに)している個人の気持ちを理解できるようになりたい。彼らの主張をよくよく聞いてみると、根底にあるのは「不安」や「恐れ」なんだと感じるし、経済的不自由さも関係しているような気がする。

LGBTQ+とは関係ないけれど、僕だって自宅の家賃が急騰しているので、東京の不動産価格を上げている奴らは誰だと犯人捜しをしたい気持ちや、巷でその要因だとされるある属性の人々をうらめしく思う感情が一瞬芽生えたことを否定できない。これを拗らせて差別感情が大きくなっていくのかもしれないと気づいて、我に返った。

だから、一周まわって今年のTPもある面では仕方ないのかもしれない。過激な表現で不安や恐れを抱かせては対話にならないでしょ、という意味で。全面的に肯定はしないけれど。

海外が正しいとか、日本が遅れているとか、そういう主張をしたいわけではない。マイノリティが権利を獲得することだけでなく、この社会を構成するそれぞれが他の何者にも阻害されず幸せになれたら良いよね。簡単なことではないけれど。


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