「そっか、あの時も」第1話 英会話講師(後編)
大阪梅田にある教室で働いていたころ、
Takashi先生という講師がいた。
英会話講師なのに、口ひげを生やし、
サスペンダーがトレードマーク。
見た目だけではない。
少し不思議な人だった。
自分でビジネスをしながら、
英会話スクールでも教えている。
海外赴任を控えた人や海外営業の仕事をしている人、
そんな生徒をメインに担当していた。
Takashi先生とは帰る方向が同じ。
授業が終わると、よく一緒に電車で帰った。
その日の授業のこと。
生徒のこと。
仕事のこと。
どうでもいい話。
いつも、そんな話をしていた。
ある日の帰り道。
Takashi先生が、突然言った。
「君はさ、もうすぐ」
「就職のことを考え始めるよね」
少し間を置いて、続けた。
「君は英語ができるけど」
「英語以外にいったい何ができるの?」
えっ?
何を聞かれているのか分からなかった。
英語ができる。
留学もした。
英文科に通っている。
TOEICもほぼ満点。
英会話講師までしている。
英語ができれば、仕事だってできる。
そう思っていた。
なのに。
英語以外。
えっ。
英語できたら、それでいいでしょ?
そう思った瞬間。
何も浮かばなかった。
「今日はここで降りて歩きます」
最寄駅から2駅前。
電車を降りた。
4キロメートルの道のり。
答えを探した。
英語を取ったら。
自分には何が残るんだろう。
何ができるんだろう。
何もできない自分。
それが。
分かった。
――そして今。
なぜか私は、あの日の電車に乗っている。
この時間、この電車、この景色。
隣にはTakashi先生がいる。
頭が追い付かない。
電車の窓に映る自分の姿が若い。
これはもう。
物語で何度も見たやつだ。
すぐに理解した。
そして、このあと何を言われるのか。
もう分かっている。
だったら、心の準備をしておけばいい。
しばらくして、Takashi先生がこちらを見た。
「君は英語ができるけど」
「英語以外にいったい何ができるの?」
来た。
分かっていた。
電車が駅に到着した。
ドアが開き、Takashi先生が言った。
「ここで降りるよね?」
そう。
私の最寄り駅だった。
「いえ。もう少し話したいので、次まで行きます」
ドアが閉まった。
電車が走り出す。
よし。
やった。
やり直せた。
目を見て、避けなかった。
……で?
だから、なんだ。
何も変わっていない。
英語以外の何か。
突然できるようになったわけでもない。
人生が変わったわけでもない。
4キロメートルの道のり。
あのとき、とは違う道。
違う景色の中、
意識が遠くなっていった。
