「そっか、あの時も」第2話 テレビ編成マン(前編)
そういえば。
あの質問のあと。
私は英語とはまったく違う世界へ進んだ。
新卒で入社したのは、名古屋にあるテレビ局。
英語とは、ほとんど関係のない仕事。
英語以外に、いったい何ができるのか。
だったら、英語を使わない世界で試してみればいい。
就職活動では、履歴書に書いたTOEIC980点を見て、
「海外に興味はありますか?」
「貿易関係の仕事はどうですか?」
そんなことを聞かれることが多かった。
でも。
この会社は違った。
面接官が履歴書を見ながら聞いた。
「TOEIC980点って、すごいの?」
ああ、この会社。
ここで働きたい。
入社後、配属されたのはテレビ編成。
番組を作る仕事ではなかった。
担当したのは、編成トラフィック。
番組やCMが予定どおり放送されるように、
番組の運行を守る仕事だった。
どの番組を、
何時何分何秒から放送するのか。
CMをどこに入れるのか。
番組と番組の間を、どうつなぐのか。
それを秒単位で計算し、
放送の進行表を作る。
当時の机。
パソコンはなく、
代わりに灰皿がデスクにあった。
目の前には、編成マン3種の神器。
30センチ定規。
とがった鉛筆。
特殊な電卓。
時間、分、秒の計算ができる60進法の電卓。
13時13分22秒+2分45秒=13時16分07秒
通常の電卓よりボタンは多いが、
時間を正しく計算できる。
あんなアナログな電卓、まだあるんかな?
一秒でも狂えば、放送事故につながる。
CMが一秒でも欠ければ、大きな損害が出る。
特に、編成が神経を使うのは、
災害や大事件による緊急特番の放送時だった。
普段、この仕事のメインは先輩。
その隣で、私は指示を受ける。
緊急特番の放送時、
営業や報道、放送運行など各部署との連携が始まる。
特番をどこから入れるのか。
通常番組をどう動かすのか。
CMをどうするのか。
その内容をもとに、先輩の指示を受け、
私は進行表を秒単位で組み直す。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ある日、午後の時間帯。
大きなニュースが入った。
緊急特番の放送が決定した。
ただ、その日に限って、
先輩が出張でいなかった。
誰がやる?
その日。
社内で放送進行を動かせるのは。
各部署の調整、番組調整、CM調整。
周囲の視線がこちらに向く。
私しかいなかった。
編成部長に一礼し、
営業担当者や報道関係者を集めた。
特番をどこから入れるのか。
通常番組をどうするのか。
どのCMを外すのか。
各部署と調整しながら、
進行表を秒単位で組み直す。
そして、関係者全員へ進行を伝えた。
「部長、これで行きます。」
「今から、お前はマスター室へ行け。」
「その進行どおりに放送が進むか、見てこい。」
「わかりました。」
「何かあれば俺が責任を取る。最後までやれ。」
緊急特番は、問題なく放送を終えた。
番組を作れば、
勝手に放送されるわけではない。
学生時代まで、ずっと英語の世界にいた。
この仕事では、英語を使わない。
それでも、放送は流れた。
マスター室のモニターを見ながら、
なんだか少し笑いたくなった。
