エディー・ジョーンズは、なぜ愛され、なぜ嫌われるのか。
2026年5月、日本ラグビーフットボール協会は、エディー・ジョーンズ日本代表ヘッドコーチに関するある発表を行いました。それは、日本ラグビー界に少なからず波紋を広げる内容でした。
対象となったのは、U-23日本代表のオーストラリア遠征中、現地レフェリー等に対して不適切な発言を行ったというもので、協会は倫理及び処分規程に基づき、4試合の出場停止、減俸、そして4月24日から6月5日までの6週間、日本代表ヘッドコーチとしての指導自粛を決定しました。
報道によると、遠征中、ジョーンズ氏が控え選手たちとともにタッチライン沿いに位置しながら、マッチオフィシャルに繰り返し抗議し、判定に疑問を呈していたとされています。
最も明確な例として報じられているのが、コフスハーバーで行われた日本対オーストラリアU20代表戦です。前半終了前、アンガス・グローバーがトライを挙げた後、ジョーンズ氏がコーナー付近まで歩いて行き、レフェリーのトッド・カミングスに長時間抗議する様子が中継映像に映っていたとされています。
そして、関係者によると、ジョーンズ氏のレフェリーに対する振る舞いは、試合後の報告書で複数回指摘され、その後、この問題はラグビーオーストラリア協会に引き上げられました。そして遠征終了後、ラグビーオーストラリア協会が日本ラグビーフットボール協会へ懸念を示す書簡を送る事態に発展したとされています。
ジョーンズ氏本人も、協会を通じて謝罪しました。自身の不適切な発言により、現地マッチオフィシャルを含む関係者に不快な思いをさせたとして、処分を真摯に受け止める意向を示しています。
この報道を読んだことをきっかけに、私はエディー・ジョーンズという人物について改めて興味を持ち、今回の執筆を計画しました。
彼はこれまで、いくつもの代表チームを変えてきました。日本代表を2015年ワールドカップで南アフリカ撃破へ導き、イングランド代表では2016年シックス・ネーションズのグランドスラム、2019年ワールドカップ準優勝を成し遂げました。オーストラリア代表でも、2003年ワールドカップ決勝に導いています。
一方で、彼の周囲には常に摩擦もありました。
厳しい要求。
選手との軋轢。
スタッフとの関係。
メディアとの衝突。
協会との緊張。
そして、今回のようなレフェリーとの問題。
エディー・ジョーンズというコーチは、結果を残してきた一方で、いつも評価を二つに割ってきました。
なぜ、彼はこれほど愛されるのでしょうか。そしてなぜ、これほど嫌われるのでしょうか。
その答えを、彼自身の言葉だけではなく、彼のもとでプレーした選手、共に働いた人々、彼を招聘した協会、そして彼と衝突、擁護した人々の証言をもとに、2015年から2022年のイングランド代表時代、2023年1月から11月までのオーストラリア代表時代を中心に推測していきたい思います。

・イングランド時代の証言。選手たちはエディーをどう見たのか。
エディー・ジョーンズ氏がイングランド代表ヘッドコーチに就任したのは、2015年11月。
イングランドはその直前、自国開催のワールドカップでプールステージ敗退を喫していました。開催国が決勝トーナメントへ進めなかったことで、イングランドラグビー界には大きな失望が広がっていました。
その状況で、RFUが新しいヘッドコーチとして選んだのがジョーンズ氏でした。そして同時にそれはイングランド代表史上初の外国人ヘッドコーチ招集でもありました。
結果はすぐに表れました。
2016年のシックス・ネーションズでグランドスラムを達成。翌2017年にも大会を制し、イングランド代表はジョーンズ氏のヘッドコーチ就任後、テストマッチ18連勝を記録しました。
前年のワールドカップでプール敗退したチームを、短期間で世界の上位へ戻す功績を早速残したジョーンズ氏ですが、当時の選手たちの証言を調べていくと、その立て直しが、単なる戦術変更だけではなく、練習の強度、細部への要求、規律、選手間の競争。
ジョーンズ氏は、代表チームで日常的に求められる基準そのものを変えようとしていたのかが伺えます。
イングランド代表で97キャップを持ち、ジョーンズ氏の下で主将を務めたディラン・ハートリーは、後年、自身の著書やインタビューで、ジョーンズ氏を「自分が受けたコーチングの中でも最高レベルだった」と評価しています。
しかし一方で、負傷によって代表復帰が難しくなった際には、ジョーンズ氏から電話でわずか3ワードで代表キャリアの終わりを告げられ「残酷だった」と振り返り、またその過酷な管理手法や、選手を「消費期限切れの肉」のように扱う冷徹さに限界を感じていたと述べています。
ジョーンズの指導力を認めながら、対応には疲弊していた。
ハートリーの証言には、エディー・ジョーンズ氏に対する評価が一つに定まらない理由が、すでに表れているように思います。
オーウェン・ファレルも、ジョーンズ氏の下でプレーすることを「決して快適とは言えない」と表現しています。
ただし、これも単純な批判では無く、彼もまたジョーンズが非常に厳格な環境を作り上げるため、選手には常に最高のパフォーマンスが求められ、一瞬たりとも気が抜けない張り詰めた緊張感があることを明かしています。
そして、ジョーンズ氏のイングランド代表時代は、最初から最後まで順調だったわけではありません。
2018年には結果が落ち込み、シックス・ネーションズで5位に終わりました。それでもRFUはジョーンズを続投させ、2019年のワールドカップへ向かいました。
この判断は、結果的には大きな成果につながります。
2019年ワールドカップで、イングランドは準決勝でニュージーランドを破り、決勝へ進出しました。決勝では南アフリカに敗れましたが、ジョーンズ氏はイングランドを世界一まであと一歩のところへ導きました。
2015年の危機から始まったイングランド代表の再建は、2019年ワールドカップ決勝進出という形で、一つの大きな到達点を迎えたと言えます。
そして、2019年ワールドカップ後もジョーンズ氏はイングランド代表を率い、2020年にはシックス・ネーションズ優勝という結果を残しました。
しかし、その後は成績とともにチームの安定感が徐々に揺らぎ始め、当時の内部の雰囲気についても様々な証言が出てくるようになります。
「学校で誰かがいじめられているのを見て、自分がいじめられていなくてよかったと思った時の気持ちを覚えていますか?まさにそんな雰囲気でした」 ダニー・ケア
ダニー・ケアは後年、自身の自伝でエディー・ジョーンズ時代のイングランド代表が「独裁政権」のような恐怖に支配された環境であったと振り返り、アナリストの何人かは、別人のように抜け殻になってしまったと告発しました。
ケアは、チームがディストピアのような雰囲気で、誰もがジョーンズ氏を恐れ、精神的に疲弊していたと回想し、現役選手が公にコーチを批判することはキャリアのリスクを伴うため難しく、その実態を知りながら黙認してきたRFUの姿勢にも大きな問題があったと指摘しています。
ジェイミー・ジョージも、ジョーンズ体制時代は選手に精神的な負荷を強いるものだったと認め、ケアが当時の環境を「独裁政権」「恐怖の文化」と批判したことに対し、ジョージは当時の自身の経験と照らし合わせて「彼がそう感じたことを理解できる」と共感を示しました。
ただし、ジョージはジョーンズ氏の功績まで否定しているわけではなく、グランドスラム、シックス・ネーションズ優勝、ワールドカップ決勝進出。イングランドにもたらした成果は、やはり大きかったと受け止めてはいるものの、勝利のために「有害な環境」が不可欠だという考えには異を唱えています。
「エディーのやり方は非常に明確でした。今、私たちが持っているのは、スタッフ全員と議論し、受け入れ、対話ができる、より包摂的な環境です。以前は必ずしもそうではなかった、ということですね」ジェイミー・ジョージ
しかし、一方で、イングンランド代表時代のジョーンズ氏を非常に高く評価している選手もいます。それはベン・ヤングスです。
ヤングスはイングランド代表最多キャップを持つ選手で、ジョーンズの下でも長くプレーしましたが、スティーブ・ボースウィック現体制では、重要な試合でベンチに置かれることがあり、ヤングスはその理由について十分な対話がなかったと振り返っています。自分のプレーのどこが評価されていないのか、何を改善すべきなのかを話し合える関係ではなく、そこには共感も対話もなかったと感じていました。
その対比として、ヤングスが名前を挙げているのがジョーンズ氏です。
ジョーンズ氏は、家族の状況で悩んでした自分の精神状態を気にかけ、ラグビー選手としてだけではなく、一人の人間として接してくれたと言います。
もちろん、ヤングス自身も、ジョーンズ氏が他の選手やコーチに対して時に残酷だったことは認めています。それでも、少なくともヤングスにとってのジョーンズ氏は、自分をより良くするために投資してくれたコーチだったと振り返っています。
この違いは、ジョーンズ氏の評価がさらに一つに定まらない理由だと思いますが、興味深い点としては、彼の作る環境は、選手によって全く違う形で作用している点です。
ある選手にとっては成長を促す緊張感になる。
別の選手にとっては、声を上げづらい圧力になる。
適切に作用すれば成果を引き出す効果がある一方で、過度に作用した場合には疲弊という副作用を引き起こすこともある。その両方の反応が、同じチームの中で同時に現れていたように見えます。
それは、マロ・イトジェの扱いにも表れています。
サラセンズで早くから高く評価され、イングランドの年代別代表でも実績を残していた有望株だったイトジェをテストマッチの舞台へ本格的に引き上げたのは、ジョーンズ体制初期のイングランドでした。
イトジェは2016年シックス・ネーションズのイタリア戦でテストデビューを果たし、その次のアイルランド戦では初先発を任されています。21歳だったイトジェを、ワールドカップ直後の再建期にあったイングランド代表へ組み込み、早い段階で大きな役割を与えたことは、ジョーンズ氏の大きな功績でしょう。
実際、その後のイトジェはイングランド代表の中心選手へ成長していきました。2016年のグランドスラム、同年のオーストラリア遠征での3連勝、そして2019年ワールドカップ決勝進出。その流れの中で、イトジェはイングランドの新しい時代を象徴する選手の一人になっていきます。
しかし、後年のジョーンズ氏のイトジェへのリーダーシップに関する評価は、どこか不可解なものでした。
ジョーンズ氏は、イトジェを内向的な性格と見ており、リーダーシップを引き出すために演技教室に参加させたと語っています。
しかし、イトジェは後に「あれは私という人間に対する誤った診断だと感じた」と反論。演技教室をめぐる説明についても「演技のレッスンなど一度も受けていない。当時取り組んでいたのは心理学者とのセッションで、より明確にコミュニケーションを取り、メッセージを効果的に伝える方法について学んでいた」とジョーンズ氏が語った内容とは異なる説明をしています。
ジョーンズ氏は選手に遠慮なく踏み込む印象があります。だからこそ、若い選手を早く引き上げ、役割を与え、成長を促すことが出来る一方、その見立てが本人の認識とズレた時にはイトジェのようなトラブルが起きてしまうのだと思います。
しかし、また興味深いことに、その見立てが選手のキャリアを押し上げた例もあります。代表的なのは、コートニー・ローズです。
ローズは、度重なる怪我の影響で低迷していた自身に対し、ジョーンズ氏はかつての強みであった積極的なボールキャリーを取り戻すよう厳しく指摘。この指摘を転機と捉えたローズは、自身のスタイルを進化させるべく自分を追い込むことで、国際舞台で再び通用するパフォーマンスを取り戻せたと振り返っています。
その後、ローズはロックとしてだけでなくブラインドサイドFLとしても存在感を高め、イングランド代表で長く重要な役割を担う選手へと成長しました。2022年には、ジョーンズ氏は自身のキャリアにとって非常に大きな存在であり、自分の可能性を引き出すために大きな力を貸してくれたと振り返っています。もし彼がいなければ、そしてジョーンズが厳しく背中を押してくれなければ、ライオンズに何度も選ばれることはなかっただろうとも語っています。
つまり、ジョーンズ氏の踏み込みは、選手にとって必ずしも傷だけを残すものではありません。本人の課題と噛み合えば、それはキャリアをもう一段引き上げるきっかけにもなります。
イトジェのように、自分への見立てを誤読と受け止めた選手がいる一方で、ローズのように、その見立てによって役割を広げ、キャリアを再び伸ばした選手もいる。
ジョーンズ氏の指導は、正しく刺されば成長のきっかけになる。ただし、外れれば、選手には深い違和感や傷として残る。ここにも、エディー・ジョーンズというコーチの多面性があるように思います。

・ワラビーズ時代の証言。RAはエディーに何を期待したのか。
そして、2022年12月、ジョーンズ氏はイングランド代表ヘッドコーチを解任されます。
BBCは、解任直後の記事で、直接的な理由として2022年の成績不振を挙げ、イングランドはこの年、12テストマッチで5勝にとどまり、2008年以来最悪の成績と報じました。さらに、直前の秋のテストシリーズでは4試合で1勝しかできず、南アフリカ戦の敗戦後には、ホームのトゥイッケナムでファンから大きなブーイングを浴びていた事を取り上げています。
しかし問題は、成績だけではありませんでした。
RFUのビル・スウィーニーCEOはジョーンズ氏のイングランドラグビー界への「多大な貢献」を称賛した上で、解任の理由について、イングランド代表は4年に1度のワールドカップだけでなく、毎年行われるシックス・ネーションズでも競争力を保たなければならないと語っています。
実際、イングランドはジョーンズ体制の終盤、直近5大会のシックス・ネーションズのうち3大会で負け越し、うち2回は5位に沈んでいます。つまり、RFUやファンの側には「ワールドカップのために、目の前の大会や現在のファンが犠牲にされているのではないか」という不満が蓄積していたのでしょう。
さらに、ジョーンズ氏の好戦的で容赦のないマネジメントスタイルにも目が向けられ、7年間の在任期間中に18人ものアシスタントコーチが入れ替わったことにも触れ、早朝4時にスタッフへ電話をかけ、すぐに対応を求めるような過酷な労働環境があったとされるなどその異常な離脱率が、スタッフの燃え尽きや指導体制の継続性の低下につながっていた可能性も指摘されています。
そうした激動渦巻く最中、イングランド代表を解任された翌月、ジョーンズ氏はワラビーズのヘッドコーチに復帰する事となります。
普通に考えれば、成績不振、ファンの不満、スタッフの高い離脱率、マネジメントスタイルへの批判を抱えたコーチを、ワールドカップ本番まで約8か月という時期に呼ぶのは大きな賭けです。
しかし、当時ラグビーオーストラリア(以下RA)は、デイブ・レニーHCを解任し、ジョーンズ氏と2027年までの長期契約を結びました。しかも、ワラビーズだけでなく、女子代表ワラルーズのプログラムにも関わる役割を与えています。
当時のハミッシュ・マクレナンRA会長は、ジョーンズ氏のワラビーズ新ヘッドコーチ就任について「少し野性的で、どん欲な」オーストラリアらしさを取り戻す存在としてジョーンズ氏を以前から高く評価し、2021年から水面下で将来的な招聘の可能性を探っていましたが、RFUによる解任を受けて計画を前倒しする形で復帰を決断したと語っています。
厳しく妥協せず、組織に強く介入し、短期間でも基準を変えようとする。
つまり当時のRAは、イングランドでは問題視され始めていた性質が、オーストラリアでは「今のチームに必要なもの」として求めていたように見えます。
ここで、エディー・ジョーンズというコーチの重要な輪郭が見えてきます。
彼は、危機にある組織が「このままではいけない」と改革を望む時に呼びたくなるコーチであるという事です。
空気を変えてほしい。
古い序列を壊してほしい。
外部からの批判を引き受けても、それを前に進めてほしい。
2027年に自国ワールドカップを控えたRAが、ジョーンズ氏に期待したのは、そういう役割だったのではないかと思います。そして重要なのは、ジョーンズ氏自身もまた短期間で状況を変えられると考えており、協会側とコーチ側の期待が一致していたことです。
ジョーンズ氏の選考思想は、就任直後からかなりはっきりしていました。
2023年4月、ワラビーズのトレーニングキャンプに向けた初期スコッドについて、ジョーンズ氏は「解説者が選びそうなチーム」を作っているわけではないと説明しています。また彼は、「国際レベルではスキルを教えるのではなく、タフさを備えたスキルのある選手を選ぶ。どちらか一方だけではテストマッチでは成功できない」という趣旨の考えも示していました。
つまり、ジョーンズ氏は、就任当初から既存の評価や序列にとらわれず、これから伸びる選手、強度に適応できる選手、チームの基準を変えられる選手を探していたのだと思います。
そうして、2023年ワールドカップのスコッドから、マイケル・フーパー、クウェイド・クーパー、バーナード・フォーリーら経験豊富な選手をスコッドから外します。
ワラビーズを長く支えてきた選手たちを外し、若いチームでワールドカップへ向かう。それは、過去の実績ではなく、これからの可能性に賭ける判断でした。
ジョーンズ氏はこの選考について、若い選手たちがオーストラリアラグビーを前へ進められると判断したと説明しています。
しかし、その賭けは大きな代償を伴いました。
ワラビーズは初戦でジョージアに勝利したものの、続くフィジー戦で15対22の敗戦を喫します。フィジーがワラビーズを破るのは1954年以来のことでした。
さらにグループリーグ突破を賭けたウェールズ戦では6対40で大敗。こうして、ワールドカップにおけるオーストラリア史上最大級の敗戦であり、ワラビーズは大会史上初めてプールステージで敗退することになってしまいます。
地元オーストラリアだけでなく、ラグビー界の主要メディアが一斉に「ワラビーズの崩壊」を報じた中、選考と準備に対して、最もはっきり疑問を投げかけた一人がクエイド・クーパーでした。
「ワールドカップに至るまでのこの半年間、私が苦労したことの一つは、私達に明確な計画が本当になかったことです」クエイド・クーパー
クーパーは、ワールドカップのメンバー発表まで、2023年を通してワラビーズのキャンプに参加していました。
そのため、彼の証言は大会に参加できなかった外部の選手による批判ではなく、ジョーンズ体制の準備過程を内部で経験した選手によるものでした。
前任のデイブ・レニーHC時代には、試合に向けた詳細な計画が用意されていたのに対し、ジョーンズ体制では試合についての話し合いは行われていても、実際にどのような構造で攻撃し、誰がどの役割を担うのかが十分に整理されていなかったと語っています。
またクーパーは、ジョーンズ氏の周囲にいた重要なスタッフの一部には十分な専門知識がなかったと述べ、ラグビーリーグの元プロップがワールドカップでワラビーズのアタックを担当したことについて、ラグビーユニオンの攻撃をどこまで理解していたのかと率直に疑問を呈しています。
そしてクーパーは、戦術やスタッフ編成だけでなく、ジョーンズ氏の日本代表復帰をめぐる一連の経緯にも触れています。
当時、日本のリーグワンでプレーしていたクーパー氏によれば、ジョーンズ氏が日本ラグビー協会側と面談したという話は、報道で公になる前から、多くの日本人選手の間で知られていたといいます。
そのため、ワールドカップ期間中に報道が出たこと自体には驚かなかったとしながらも、ワラビーズの選手たちに長期的な再建への献身を求めていたHCが、同時期に別の代表チームと接触していたとすれば、選手側にとって受け入れ難いものだったという趣旨の考えを示しました。
ジョーンズ氏は、ワラビーズ在任中に日本代表HCになるための面接を受けたことを否定しています。
したがって、面談の目的や内容を断定することはできません。
ただ、クーパーの証言からは、日本代表復帰をめぐる話が、ワールドカップ中に突然生まれた噂ではなく、少なくとも日本のラグビー界では以前から共有されていたことがうかがえます。
元オールブラックスのソニー・ビル・ウィリアムズも、ジョーンズ氏の一連の発言を厳しく批判した一人です。
ジョーンズ氏は大会後、マイケル・フーパー、クエイド・クーパー、バーナード・フォーリーについて「若いチームにとって適切なロールモデルではなかった」と述べました。また「彼らにとって勝利が最も重要ではなかった」という趣旨の見解も示しています。
ソニー・ビル・ウィリアムズが問題視したのは、ベテラン選手をワールドカップのメンバーから外した判断そのものではありませんでした。
長年にわたってワラビーズへ貢献してきた選手たちについて、勝利への姿勢や、若い選手の模範となる資質まで、公の場で否定する必要があったのかという点です。
さらに、ジョーンズ氏が選手たちにはオーストラリア代表への忠誠心と献身を求めながら、自身には日本代表ヘッドコーチ就任をめぐる面談が報じられていたことにも疑問を投げかけました。
選手に一つの代表チームへ身を捧げることを求めるのであれば、指揮官自身の行動にも、それに見合う一貫性が必要ではないか。
ソニー・ビル・ウィリアムズの批判は、ジョーンズ氏の言葉と行動の間にある矛盾へ向けられていました。
そして、ジョーンズ氏の選手に対する評価の変化を最も象徴していたのが、マイケル・フーパーの扱いでした。
2023年6月、ジョーンズ氏はフーパーとジェームズ・スリッパーを共同主将に任命しています。
その際には、二人を世界レベルの選手であり、ワラビーであることを体現する強いリーダーだと評価していました。
ところが、フーパーは負傷の影響もあり、最終的にワールドカップのスコッドから外されます。
さらに大会後には、クーパーやフォーリーとともに、若いチームにとって適切なロールモデルではなかったと説明されました。
シーズンの開始時には、代表を率いる人物として称賛されていた選手が、わずか数か月後には、新しいチームに必要な模範ではなかったと評価される。
この変化は、ジョーンズ氏の選手評価が、極めて速く、容赦なく切り替わることを示していました。
しかし、フーパーは、この発言に感情的な反論を返しませんでした。
「特に返す言葉はありません。私たち全員がゲームのファンであるように、彼にも自身の意見を持つ権利があります」マイケル・フーパー
そう答えた上で、自分はこれまでと変わらず、できる限り優れた選手になるために努力を続けるだけだという姿勢を示しました。
長年の代表歴や、主将としての実績を並べ、ジョーンズ氏の評価を正面から否定することもできたはずです。
しかしフーパーは、公の場で対立を深めることを選びませんでした。
その対応は、ジョーンズ氏が否定した「ロールモデル」としての資質を、皮肉にも示していたようにも見えます。
しかし一方で、全く異なるジョーンズ像を語っている選手がいます。それは、ワールドカップで主将を務めたウィル・スケルトンです。
ウェールズ戦で6対40という大敗を喫し、日本代表HC就任をめぐる報道が出た後も、スケルトンはジョーンズ氏への支持を崩しませんでした。
スケルトンは、ジョーンズ氏を「約束を守る人物」だと信じており、選手グループ全体から支持されていると語りました。
また、ジョーンズ氏について、非常に高いラグビー知識を持ち、複雑な競技を選手に分かりやすく整理できるコーチだと評価しています。結果を出せなかった責任についても、指導内容を試合で表現できなかった選手側にあると述べました。
そして、テイト・マクダーモットもジョーンズ氏の改革を前向きに受け止めていた選手の1人でした。
ジョーンズ体制が連敗で始まった中でも、マクダーモットは、過去のやり方では結果が出なかった以上、新しいゲームモデルには「成長痛」と適応期間が必要だと語っています。予想以上に時間がかかっていることは認めながらも、チームは前へ進んでいると考えていました。
その後、24歳でワラビーズの第86代主将に任命された際には、直近1か月で、問題を素早く解決することについて多くを学んだと話しています。
クーパーがジョーンズ体制の準備に明確さがなかったと感じた一方、マクダーモットは、同じ変化を、新しいチームを作るために必要な移行期間として受け止めていました。
経験や従来の序列ではなく、自分が可能性を感じた人物へ、大胆に責任を与え、投資する。
それは、ジョーンズ氏が若い選手から支持される理由の一つでしょう。
しかし、マクダーモットは、ジョーンズ氏の復帰後4試合で4人目の主将でもありました。
フーパーとスリッパーの共同主将から、アラン・アラアラトア、マクダーモット、そしてワールドカップではスケルトンへ。
若い選手へ権限を与えた改革の象徴である一方で、大会直前までリーダーシップの軸が定まっていなかったことも示しています。
ジョーンズ氏は新しいリーダーを探し続けました。
しかし、短期間で主将を次々と替えることは、将来への投資であると同時に、チームの現在地が定まっていないことの表れでだったようにも思います。
またワールドカップでアシスタントコーチを務めたピエール=アンリ・ブロンカンは、選手には、プレッシャーの中で精度を保ち、試合を戦術的に動かす力が不足していた。また、RAが世界基準の環境や支援体制を用意できていたのかにも疑問を示しました。
しかし翌2024年3月に発表された選手やスタッフなど94人が参加した外部レビューには興味深い23項目の改善策が示されました。
正式な選手リーダーシップ構造の再設定、選手とコーチによる共有型リーダーシップ、選考におけるヘッドコーチと主将の役割の明確化、選考過程の透明性向上。
さらに、一貫したトレーニング方針を作り、選手へ明確さを与えることや、サポートスタッフの人数、役割、能力、経験を見直すことも求められました。
これらの提言は、クーパーが語った戦術上の不明確さや、スタッフの専門性に対する疑問と重なっています。
また、RA理事会と代表選手の交流を増やし、組織への信頼を回復する必要性も指摘されました。
RAは今も、代表成績の低迷、選手育成、スーパーラグビーとの連携、財政、州協会との対立、組織統治といった複数の問題を抱えています。
つまり、2023年の失敗は、ジョーンズ氏の問題だけでなく、それを支えるRAの組織体制にも問題があったということです。
RAは当時、州協会やスーパーラグビークラブごとに分かれていたハイパフォーマンス体制を見直し、選手育成、コーチング、契約、代表選考を、より一体的に運営する「戦略的リセット」を進めようとしていました。
州協会やクラブがそれぞれ異なる方向を向くのではなく、育成年代からスーパーラグビー、そして代表までを同じ基準でつなぎ、オーストラリアラグビー全体を一つの方向へ揃える構想です。
つまりジョーンズ氏は、ワールドカップまで約8か月しかない中で、世代交代、主将の再選定、戦術の変更、スタッフ編成、チーム文化、将来の育成、そして組織全体の方向転換まで、同時に進めようとしていたのです。
しかし実際には、経験を切り離しながら即座の結果も求めるという、極めて難しい状況に自らを追い込む形となったのです。
ワールドカップ直後の10月中旬の段階でジョーンズ氏は「2027年の自国開催W杯まで100%コミットする」と語り、続投の意志を強く示していました。しかしその後、RAには再建に必要な資金や明確な戦略がないとして退任に向けた協議に入る事になります。
そして、2023年10月30日、RAはジョーンズ氏の辞任を正式に受理します。就任から僅か約10か月の出来事でした。
さらに、ジョーンズ氏の招聘を主導したハミッシュ・マクレナンRA会長も、その責任を問われます。
2023年11月、クイーンズランド、ACT、西オーストラリア、南オーストラリア、タスマニア、ノーザンテリトリーの6協会は、過去12か月間の一連の判断がオーストラリアラグビーの立場と評判を傷つけ、男子ワールドカップでの歴史的失敗につながったとして、マクレナン氏に会長及び取締役からの即時退任を要求しました。
マクレナン氏は当初これを拒否しましたが、その後の緊急理事会で会長職を解かれ、ダニエル・ハーバート氏が後任に選出されました。マクレナン氏は取締役からも退き、事実上、RAから追われる形になりました。
危機にある組織ほど、ジョーンズ氏のような改革者を必要とします。イングランドで問題視された性質を、RAはオーストラリア再建のために必要な力として求めました。
しかし、当時のワラビーズで起きたことは、それが全て裏目に出てしまったという事です。
空気を変える力は、それまで築かれてきた関係まで壊す力にもなる。古い序列を壊す決断は、チームに残されていた経験と継続性を失わせることもある。批判を引き受けて前へ進む姿勢は、結果が伴わなくなれば、周囲の声を聞かずに突き進む頑なさにも見えてきます。
そうして結果的には、その性質は改革の推進力として機能する前に、副作用だけを表面化させ、イングランド時代とよく似た結末を招きました。
こうして、オーストラリアラグビーの改革を進めようとしていた二人の中心人物は、同じ年にRAを去ることになったのです。

そして再び日本へ。三度目の改革は何を残すのか
イングランド代表を解任され、ワラビーズでの改革にも失敗したジョーンズ氏は、2023年12月、再び日本代表のヘッドコーチに就任しました。
そして、先日謹慎期間を終え、オーストラリアニューカッスルで行われたアイルランド戦でジョーンズ氏は現場に復帰しました。
現在の日本代表でも、ジョーンズ氏が進めていることは、イングランド、ワラビーズ時代と大きく変わりません。
既存の序列にとらわれず、若い選手を抜擢する。チームに新しい基準を持ち込み、これまでの日本代表とは異なる戦い方を作ろうとする。
そして、JTSやU23日本代表を通じて、育成からシニア代表までをつなぐ仕組みを作ろうとしています。
その一方で、結果が伴わなければ、選手選考や戦術への疑問が強まり、厳しい要求や周囲との衝突が目立つようになります。
イングランドでは、改革が早い段階で結果を生みました。しかし時間が進むにつれ、選手やスタッフの消耗、相次ぐ離脱、信頼関係の低下へつながりました。
ワラビーズでは、成功へ結びつくまでの時間を持てないまま、急激な世代交代やスタッフ編成による副作用が先に表れました。
現在の日本では、JTSやU23日本代表によって、若い選手を時間をかけて育てる仕組みが作られています。
これはワラビーズ時代には実現できなかった改革です。
しかし同時に、若手の積極的な抜擢、新しい戦術への転換、厳しい要求、既存の序列との断絶という、過去二つの代表で見られた現象も繰り返されています。
その根底にあるのが、ジョーンズ氏のワールドカップに対する強い執着です。
「二つの見方があります。もちろん、次の試合が重要です。それが重要ではないなどと誰も言っていません。しかし同時に、ワールドカップこそが究極のタイトルです。例えばサッカーを見てください。この4年間を振り返った時、人々の記憶に残るチームは、今となってはアルゼンチンだけでしょう」エディー・ジョーンズ
ジョーンズ氏にとって、ワールドカップは四年に一度の大会というだけではありません。
選手選考も、若手育成も、戦術の変更も、スタッフ編成も、すべてはそこで勝つために逆算されています。
一方で、目前の試合や、それまで積み上げてきた関係まで、ワールドカップで勝つという目的のために切り離してしまう危うさにもつながります。
イングランドでは、その改革が結果へつながり、2019年のワールドカップで決勝まで進みました。しかし、その後は選手やスタッフの消耗が広がり、関係は次第に壊れていきました。
ワラビーズでは、結果へつながるまでの時間を持てないまま、改革の副作用だけが先に表れました。
つまり、ジョーンズ氏が愛される理由と、嫌われる理由は、正反対の性質から生まれているわけではなく、どちらも、同じ性質から生まれているように思います。
選手の可能性を見抜き、時には本人以上に強く信じる。古い序列を壊し、まだ実績のない若い選手にも、大きな機会を与える。
妥協を許さず、ワールドカップで勝つために、選手だけでなく、戦術やスタッフ、組織の仕組みまで変えようとする。
その決断によって人生が変わった選手にとって、ジョーンズ氏は、自分を見つけ、道を切り開いてくれた特別な指導者です。
成功すれば、古い常識を壊し、誰も見つけられなかった可能性を形にした改革者。
失敗すれば、人と組織を消耗させ、混乱だけを残した独裁者。
その評価は、結果によって大きく変わります。
ただ、どちらか一方だけが、本当のエディー・ジョーンズなのではありません。ワールドカップで勝つために、誰よりも大胆に未来を作ろうとすることと、その未来のために現在を壊してしまうこと。
そのすべてが、同じ人物の中に存在しています。
現在の日本代表が、イングランドのように改革を結果へ結びつけるのか。ワラビーズのように、結果が出る前に副作用が表面化するのか。あるいは、過去二つの経験を踏まえ、改革を持続可能なものへ変えられるのか。
その答えは、2027年のワールドカップと、その後の日本ラグビー界に何が残るのかによって示されることになります。
エディー・ジョーンズ氏が愛され、そして嫌われるのは、見る人によって評価が違うからだけではありません。
愛される理由と嫌われる理由が、切り離すことのできない、同じ性質の表と裏。
表裏一体。彼から放たれる強烈なパワーが、その光と影をより深く、そして、鮮明に私達に映し出している故なのかもしれません。
