【第2の人生|私の仕事観】①金融業界から介護の道へ
【第2の人生 私の仕事観シリーズ】5.6回でお届け予定の1回目♪
■ 母の教え
「それは第2の人生で歩きなさい。」
母の言葉を、私はずっと覚えています。大学進学を決めるとき、私は「保育・福祉・介護の仕事がしたい」と伝えました。でも母は、穏やかに、しかしはっきりとこう言いました。
「まずは大学へ行って、一流企業に入り、結婚、育児をしなさい。介護や福祉は、第2の人生でやる仕事よ。」
当時の私は、「そういうものなのか」と素直に受け入れました。母の言葉に逆らう勇気もなく、「いい子」でいることが自分の役割だと思っていたのです。
そして気づけば、母の言葉の通りの道を歩いていました。短大を出て、金融業界に長く勤め、結婚、育児、離婚。東京でタワマン暮らし・外車にも乗り、不自由なく、でも心は空虚で。目の前のことに精一杯で、自分が何をしたいのか、深く考える余裕もありませんでした。
■ 人生には流れがある
仕事を始めるタイミングも、辞めるタイミングも、頭で決めるというよりは、“自然とそうなる”時が来るのだと。
2024年4月。派遣契約の更新が終了。大学4年の息子、就職先が決まり、私はようやく、自分の心に耳を傾ける事に。
■ 今までは生活の為の仕事でもあった
1人息子、お金かけましたーーー。。。
・中・高・大と私立学校(夫の拘り)
・大学入る前に離婚(別居10年の末)
・大学費用は夫、息子の生活費は私(特に考えず)
母の教え【一流大学、一流企業 が幸せの定義】を、私は実際体験しましたが、そうは思いません。人生は思い出作り!(苦しい体験も成功体験も)
大学に行った息子に、私が言った事👇
大学とは一生付き合える友達を作る場所
勉強なんて適当で卒業さえできればいい!
お金を稼ぐためのバイトはするな!(成長できる仕事)
恋愛をしろ!
友達と遊べ!
旅行に行け!
学校・会社の近くに住め!
これ、私のエゴです。苦労をさせたほうが良い、苦学生?なんて言葉もありますが、家賃・生活費など15万弱の仕送り(でもこれでも足りんので、息子は高級飲食店でバイトしてました)
そう!息子への15万仕送り+私の生活費で最低30万は必要!で金融や医療メーカーで、楽しく働いていました(嫌になったら転職する主義で10社以上転職ww)
■ 第2の人生で何がしたいのか?
2024年5月末退職。未来の私は何をしているのだろう?とインドへ
6月ハローワークで失業保険の手続きを済ませ、しばらくは“何もしていない自分”を、静かに受け入れる時間にしました。不思議なことに、焦りはなく、どこかで「これでいい」と(インドアガスティアでも52歳までは何もしないように言われたしww)
あのとき母が言った“第2の人生”という言葉。
ずっと先の未来の話だと思っていたけれど、いまの私にとって、ようやくその扉が開かれた気がしました。
保育・介護といえば、低賃金の業界とも言われます。私がもし大学・金融の道ではなく、その道に行っていたら、今の自分はないかもしれません。
2024年。50歳。ここから私の「第2の人生」の始まり。もう“いい子”でいる必要はない。流れに身を任せて、自分の心が喜ぶ方向へ進んでいけばいい。その先に、“介護の道”がありました。
※次回:「資格より“心”を学んだ日々 — 介護初任者研修での気づき」をお話します!
※タイトル写真は、昨年はまったキャンプ。神奈川県小田原にある「なみのこ村」キャンプ場で、特大肉を焼く(2人で食べるww)
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