奥州街道 松前道11 一関宿→水沢宿
2025年春、薩摩街道を南下し鹿児島の地に辿り着きました。
次はどの街道を歩こうかと迷っていた頃、還暦を迎えた街道歩きの仲間から体力のピークの話をよく耳にする様になります。
現在57歳、体力があるうちに歩ける道を考えたら、一番過酷な道が頭に飛び込んできました。
いざ出陣、津軽半島最北端の三厩まで行けるか、年齢との戦いが始まります。
2025.08.23
1.スタート地点まで





東北新幹線の傾向として、停車駅が少ない、はやて号などはいつも混んでいます。
一方で停車駅が多いやまびこ号の自由席は空いていて快適。指定席が満席でも、自由席は繁忙期以外はほぼ座れます。
今乗っているやまびこ号も同様で、指定席はほぼ満席でしたが、自由席はガラガラ、3人掛けに1人で座れました。
東海道山陽新幹線の場合は、のぞみ号はいつも満席ですが、ひかり号の自由席が比較的空いています。

参考までに、新幹線の自由席に並ぶ際は偶数号車がおすすめ。トイレがないので座席数が10席くらい多いです。
偶数号車でも、運転席がある車両も座席数が少ないので、並ばない方が良いです。
奥州街道 松前道は、福島県白河から青森県三厩まで、合計約610kmを4回に分けて歩きます。
第1回 福島県縦断 100km
第2回 宮城県縦断 150km
第3回 岩手県縦断 160km
第4回 青森県縦断 200km
今回は第3回になります。
どの様に計画を立てるか、まずは1日の歩行距離25~35kmで宿泊する宿場を定めます。

宿場を定めたら宿泊施設があるか、そして予約が出来るかを確認し、覚悟を決めて宿泊代金を前払いで予約。
この覚悟が重要、予約した瞬間に気合が入ります。
私が利用する予約サイトはトラベルコ。地図上に空室と金額が同時に表示されるのでとても便利です。
難しいのが夏の計画。
猛暑日になると、30kmを超える歩行は熱中症リスクが高まるので、極力1日20~30kmで計画を立てます。
上の画像”今回の計画”を見ると、8/27が34kmとなっています。この付近は山岳地帯のため宿泊施設が無く、この距離を歩くしか方法はありません。
さらにルート上を調べると、25㎞近くコンビニエンスストア・飲食店・商店などが一切ありませんので、昼食と水分を携帯して歩きます。
この様な長距離を歩く日は、日の出と共に歩き始め、暑熱順応をして、コツコツと距離を稼ぎます。
一番暑い時間帯は、こまめに神社などの木陰で体温を下げながらゆっくり進みます。
真夏に35㎞以上歩く時のペース配分は、下記の様にしています。
05:00 宿発
8km移動/時速4kmペース
07:00~08:00 朝食
8km移動/時速4kmペース
10:00~10:30 休憩
6km移動/時速3kmペース
12:30~13:30 昼食
3km移動/時速3kmペース
14:30~15:00 休憩
3km移動/時速3kmペース
16:00~16:30 休憩
6km移動/時速4kmペース
18:00 宿着
旧道が山道の場合、悩ましいのが近年社会問題になっている熊対策。
早朝は遭遇する可能性が高いので日の出直後の出発は避け、現地の人に聞き込みをしてこまめに情報を入手して、状況によっては山道を避けて国道を歩きます。
使用する地図は毎回お世話になっている、"日本の街道地図と走り歩き旅"。
全国928の街道総延長41,341kmが、1/25000の地図6,678枚にまとめられています。
自由にプリントアウトができ、地図上に旧街道が100m間隔の点で記されているので、とても使いやすいです。


話は戻りますが、参考迄に猛暑の歩き方をまとめた記録がありますので、ご興味があればご覧ください↓
2.一関宿





東北の七夕は8月上旬に行われ、終わった後も街中に飾られています。
仙台が有名ですが、岩手県に入っても飾られていました。
東北の七夕の歴史をを調べてみると、青森秋田岩手で行われている、ねぶた祭りなどの山車は、七夕祭りが進化を繰り返し現在の形になっているそうです。



一関市は、国語辞典の原点と言われる”言海”の刊行を行なった、大槻文彦博士の出身地です。





芭蕉二夜庵跡。
芭蕉と曽良が奥の細道行脚で、この地にあった金森家に2泊し、その中日に平泉を訪れたそうです。
あの名句を詠った夜、芭蕉が過ごした場所に今立っており、この後同じ道を歩いて平泉に向かうと思うと、急に興奮してきました。


3.山目宿



ご当地力士、第二十九代横綱宮城山の説明看板を読むと、昭和2年に長らく対立していた東京・大阪の相撲協会が合併後の東京場所で優勝したと記されています。
日本の国技である相撲協会が、東西別々だったとは知りませんでした。









4.毛越寺










ご当地ナンバーの名称は、一定程度の人口がいる自治体名や、複数の地域にまたがる地域名である事が条件かと思っていましたが、人口が少ない平泉町単独でも導入が出来るのですね。
調べてみると、平泉ナンバーの対象自治体は、奥州市(人口10.6万)一関市(人口10.3万)・金ヶ崎町(人口1.5万)・平泉町(0.6万)でした。
ひょっとすると、日本一人口が少ない自治体名のナンバーかもしれません。


平泉の街並みが見えてきました。
黒瓦の建物が低くひろがる落ち着いた雰囲気。
本日は毛越寺・中尊寺の順に巡ります。






旧観自在王院庭園。
毛越寺が有名過ぎて知りませんでしたが、かなり立派で丁寧に手入がされた庭園が、毛越寺の門前にポツンと佇んでいます。世界遺産登録されていました。




芭蕉の名句、”夏草”を岩手県出身の新渡戸稲造が英訳し、毛筆で揮毫(きごう)してあります。
なんとも贅沢な句碑ですね。












毛越寺は30年ぶりでした。
最初に訪れた時の印象は、中央にこんなに大きな池がある回遊式庭園がある寺院は見た事がなく、まるで中国の寺院に来ているかの様でした。
その後、多くの国内の寺院を訪れましたが、毛越寺よりも広い寺院の池は見た事がありません。







5.中尊寺

中尊寺の門前に南部鉄器の店がありました。
南部鉄器に南部煎餅。
東北なのにどうして南部と呼ぶのだろうかと思っていたら、戦国時代に現在の青森県全域と岩手県の中部・北部とを所領としていたのが南部氏だったからでした。






中尊寺の本堂や金色堂に続く参道は、月見坂と呼ばれ長さは約800m。
沿道には多くのお堂や寺院が立ち並び、活気に満ち溢れています。





新覆堂(しんおおいどう)。
上の画像は金色堂を護る為に造られた新覆堂と呼ばれる建物です。
金色堂をすっぽりと覆う建物で、別の場所には先代の覆堂が移築されています。
金色堂は撮影禁止なので、興味があるかたは現地に行かれてみてください。
金箔ずくしのお堂は圧巻、そのお堂を支える柱などに埋め込まれた夜光貝を用いた螺鈿細工は、南洋の海から運ばれて来たそうです。





金色堂覆堂。
以前はこの建物に、金色堂が覆われていたそうです。







世界遺産の毛越寺と中尊寺、あまり街道歩きでは寄り道をしないのですが、3時間位楽しんできました。
文化庁のホームページを見ると、正式名称は、平泉 仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群、となっています。
現在国内の世界遺産登録地が26ヵ所あり、今までに街道を歩いた中で訪れた世界遺産は6ヵ所、世界遺産の登録順に紹介します。
姫路城 西国街道

原爆ドーム 西国街道

厳島神社

日光の社寺

琉球王国のグスク及び関連遺産群

佐渡島の金山

6.前沢宿

奥州市に入りました。
岩手県内では、人口27.8万人の盛岡市に次ぐ人口10.5万人の都市。
2006年に、水沢市・江刺市・前沢町・胆沢町・衣川村が合併した自治体です。

関山(かんざん)は、中尊寺がある山の名前。
天然の巨大な古墳の様です。





只今の気温は34℃。
これ以上上昇しない事を祈ります。




















前沢牛の産地、奥州市前沢地区に入ってきました。




岩手県に入ると、大衆演劇が急に増えてきました。北東北の特有の文化なのかもしれません。











三沢初子の釈迦像。
説明文を読むと高さが5.1cm、物凄く魅力的でしたが釈迦像がある久成寺が数百メートル先の山の中腹。
暑さに体力を奪われておらず、今回は諦めました。














猛暑日に迫る暑い一日でしたが、稲が黄金色に輝き頭を垂れ、空にはいつのまにか秋の雲が広がっていました。
暑い暑いといいながらも、季節は着々と前に進んでいいきます。

7.水沢宿













説枚看板に、かつて一里塚に植えられていた杉が落雷で枯れたが、その根元が残っていると記されています。

一里塚に近付いて覗き込むと、しっかりと根が残されています。
地味ですが今日一番の感動でした。


斎藤實墓所。
海軍大臣・海軍大将・朝鮮総督・内閣総理大臣、などを歴任した水沢出身の偉人。







火消しのモニュメントが、町の組ごとに建っています。
防災に対する意識が高い、安全な宿場だったと思われます。






大谷翔平の聖地巡礼マップがありました。
生きている人間の聖地巡礼マップ、なかなかお目にかかる事ができないと思います。

只今の時刻は19:00。
平泉でゆっくりし過ぎ、チェックインが遅くなってしまいました。
入浴と洗濯をすませてから、恒例夜のパトロールに出陣します。

魅力的な歓楽街が多いのですが、スナック文化が色濃く残っており、9割以上の店がスナック。
食べながら静かに飲めそうな店探しに苦労しました。


彷徨う事20分、1人でも入りやすそうな店を発見しました。


はる河。
厳選された日本酒が揃っていました。
飲み始めが20:30過ぎと遅めだったのとあと5日連続で歩くので、今夜は程々で撤退。

初日が終了。
先ほど前沢宿で通過した、岩手醸造の亀の尾をコンビニで発見したので、寝酒にチビチビやりながら、明日からの行軍に備えます。
