唐津街道4 前原宿→唐津宿
唐津街道は、北九州から玄界灘沿いに唐津までを結ぶ道で、古代より大陸からの物流を運ぶ重要な道でした。
安土桃山時代には豊臣秀吉の九州平定や朝鮮出兵に、江戸時代には参勤交代にも使われていました。
冬の街道歩きは三年連続で九州、2024年長崎街道、2025年薩摩街道、2026年は唐津街道を歩きます。
2026.02.18
1.前原宿





前原幼稚園。
キリスト教団付属の幼稚園。
キリスト教伝来の地が近づいてきたので、この先はキリシタン文化が色濃く残っているかもしれません。



ヤーンボミング。
アメリカやイギリスから広がってきた、編み物で木を飾りつけるストリートアートでした。







小学生の通学時間、道が賑やかになってきました。





美咲が丘駅。
JR九州っぽい奇抜なデザインの駅舎。
第26回日本建築士連合会会員作品展優秀賞に選ばれています。

見る角度によっては、クチバシが黄色の赤い鳥が羽を広げている姿に見えるそうです。


2.加布里


ドライブイン鳥。
昨日の夜、居酒屋で知り合った人がお勧めしていたのが、ドライブインイン鳥。残念ながら開店前なので断念。

安全ラーメン。
店名と佇まいが素晴らしい店。
かなり気になりますがタイミング合わず。

牧のうどん 本店。
福岡県の三大うどん、ウエスト・資さん・牧のうどんの中で唯一食べていないのが牧のうどん。
朝うどんを食べたかったのですが、定休日でした。

昨夜居酒屋の常連さんに教えてもらったのですが、牧のうどんの出店する場所の選定は、本店で作った汁が90分で届けられる範囲と聞きました。
これぞ門外不出の味、ますます入りたくなります。

8時を過ぎ、そろそろ朝食を食べないと、お昼まで空腹のまま歩くことになりかねないと思った頃に、ベーカリーが現れました。

店の名前が、私の長女と同じ小梅。
並んでいるパンは、どれも優しそうな味。

イートインコーナーがあったので、暖かい店内でいただくことができました。
優しい味で、ほっこりしました。
店名の由来は、祖父母が創業した大阪の製麺所があった場所の、昔の地名が梅ヶ枝町(うめがえちょう)。
現在も大阪で梅ヶ枝製麺所として製造を続けており、店のメニューにその麺を使った焼きそばパンがありました。
その梅の字を引き継ぎ、時が経過し今の店名に至っているとの事です。

加布(かふり)区公民館の外壁に、見事な山笠の壁画が三つ描かれています。
祇園山笠祭りがあるのでしょうね。

常夜灯に灯が灯っていました。
街道を歩いてきた中で、数百の常夜灯を見てきましたが、あかりが灯っていたのはこれで三度目です。
最初は東海道の脇往還の姫街道。
暗くなり見附宿に入り、東海道と合流する直前に煌々と輝く常夜灯がありました。

静岡県磐田市
二度目は伊勢参宮道。
津宿の中心部を抜けて、街道から右に10m位奥に、街道には似つかない青銅の常夜灯があり、静かに灯っていました。

三重県津市




立派な山笠の格納庫がありました。
検索をしましたが、近年は山笠祭りが開催されていない様です。
加布里の山笠の勇姿を見てみたいですね。



海上に神秘的な神社があります。

箱島神社。
江戸時代には龍宮城と言われ、地元では箱島様と親しまれています。


箱島様は、恋愛や耳の病に御利益がある様です。


印象に残る神社でした。
3.松末五郎稲荷




街道を歩いていると、水田はよく目にしますが、麦畑はなかなか目にする事ができません。
それもそのはずで、国内産食糧用小麦の8割強を輸入に頼っていて、国内の収穫量の約7割が、歩いた事が無い北海道でした。
小麦収穫量 都道府県別ベスト5
順位 府県 収穫量(t) 割合
1位 北海道 714,200 69.4%
2位 福岡 52,800 5.1%
3位 佐賀 36,200 3.5%
4位 愛知 28,900 2.8%
5位 群馬 23,300 2.3%
いままでに街道で目にした中で、印象に残る麦畑を5つ紹介します。
中山道

日光例幣使街道

秩父往還

長崎街道

日光千人同心街道

唐津街道に戻ります。


街道沿いにぽつんと鳥居が立っており、突き当たりには山の斜面がみえます。
参道の奥まで行くかためらいましたが、行ってみたら大正解でした。

赤い鳥居が、ぎっしりと並んでいます。

参道の途中からふり返ると、小麦畑の中を筑肥線が走っていました。

赤い鳥居、入り口付近だけかと思ったら、上の方まで鳥居が続いています。

なんと立派な舞台までありました。


拝殿と舞台があり、ここで終わりかと思ったら、更に参道が続いています。




素晴らしい眺めです。
参拝した事はありませんが、同じ佐賀県内にある祐徳稲荷神社には、立派な赤い柱の舞台があります。まだ歩いていない長崎街道の太良ルートが近くを通りますので、いつか歩いて行くことになるでしょう。

松末五郎稲荷、素晴らしい神社でした。

松末五郎稲荷の麓には、松末天満宮があります。
参考までに稲荷と天満宮の違いについて、大まかに説明します。
稲荷は農業の神様で、宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)が祀られています。
天満宮は学問の神様で、菅原道真が祀られています。天神は天満宮の別の呼び方になります。








4.深江宿






徳永寺 住職の言葉。
いい言葉ですね、社寺仏閣はお願いではなく、感謝をする所だと私は思います。











深江神社に秀吉が立寄った日に、念願の息子秀頼が誕生したので、社殿を再興するなどの優遇を受けたそうです。



猿田彦大神。
猿田彦大神は、天照大神の孫 天孫の道案内をした神様なので道の神様。
街道歩きとしては一番大切な神様になります。



住宅地の家々の前に、民泊反対の看板が多く掲げられています。
海辺の住宅地の悩みは重いですね。



糸島半島の岐志漁港から船で約16分、周囲3.8kmで約140人が暮らす島で、多くの島民は漁業に携わっています。



テナント募集の物件が3軒ほど立て続けに現れました。
観光案内でオシャレな糸島特集をよく見ますが、都市部から近いとどうしてもこうなってしまいますね。



海辺にはかなり大きな岩がゴロゴロしています。


大入駅。
景気が良い名前ですが、読み方は"だいにゅう"でした。



近所のじいちゃんばあちゃんが、楽しそうに酒を飲んでいました。
私もいつか、あんな生活を送るのでしょう。




夕日の小道。
魅力的な看板があるので入ってみます。


予想はしてましたが、いい眺めです。
5.立花峠





道の横に水路があると、往時の街道そのままの姿が目に浮かびます。
印象的だった、水路が道沿いにある宿場町を5つ紹介します。
中山道 茂田井間宿

中山道 醒井宿

北国街道 海野宿

三国街道 須川宿

北陸道 柳ケ瀬宿

唐津街道に戻ります。












トンネルの上に注連縄、珍しい光景です。
画像の右端に、神事に使われる幟旗の支柱が置いてありました。

あと12㎞で唐津です。
現代の道標、道路標識に元気づけられました。

筑紫線の車両前面に、旧国鉄のマークが描かれています。
復刻のカラーリングなのでしょう。

唐津湾が見えてきました。
奇岩の彼方、奥に見えるのが唐津半島です。
6.浜崎宿



七郎神社は咳 ぜんそくの神様、木刀を供える風習があるそうです。


石窟内には、大量の木刀が供えられていました。

包石。
かつては、筑前国と肥前国の境界を示す目印でした。
2002年9月の台風で一度倒壊しましたが、歴史的価値が高い石であったため、再建されています。
何人かの若者が、包石を見に来ていました。

唐津半島を眺めていると、山頂が不自然に突き出た小山が見えます。

良く見ると、唐津城でした。
往時の旅人と同じ景色を眺めていると思うと、感動して珍しく大声で「うおぉ~~~」と叫んでいました。
参勤交代の帰りの時は、あと少しで戻れると、眺めていたのだと思われます。
中山道で同じ様な光景を目にしました。
それは猛暑日に歩き熱中症にかかり、岐阜市内の加納宿でリタイヤした翌日のことでした。

まだコロナ禍で、岐阜駅前の信長はマスクで感染防止中。

岐阜県岐阜市
長良川の鏡島湊跡から街道をふり返ると、山の稜線にひとつ不自然な突起物があります。

岐阜県岐阜市
長良川の堤防に上り、よく見るとそれは岐阜城でした。
かつては織田信長が天下統一の際の本拠地にもなった城、長良川を渡った後も、しばらくの間はふり返ると城が眺められました。
唐津街道に戻ります。


物凄い規模の車エビ養殖場。
丁度養殖の時期では無く、海水が貼られていない珍しい光景が楽しめました。


地元では人気の様で、年末は駐車場が車であふれるそうです。



魚ロッケ。
唐津発祥のご当地グルメで、魚肉のすり身と野菜で作るコロッケ。
酒のおつまみになりそうですね。




浜崎祇園祭子供山笠が展示されています。
本山笠の高さは約15m、展示されている子供山笠の倍くらいあるそうです。


けえらん。
浜崎宿にある諏訪神社で、豊臣秀吉が戦勝祈願をおこなった際に献上された和菓子。蒸したうるち米を平たく延ばした皮で、餡をくるりと巻いてあります。
食べた秀吉が口にした言葉が、「戦に勝つまで帰らない」。
その"帰らない"が訛り、”けえらん”になったと言われています。

元祖伊藤けえらん隣の店は、”けいらん”でした。




鷹が祀られています。
百済から大和朝廷に鷹が献上された際に、渡来した鷹匠と恋をした相手が諏訪姫。
鷹匠が帰国前に鷹狩りをしたところ蝮に殺され、嘆いた諏訪姫が自害した事から、諏訪神社に祀られました。
今では、諏訪神社の砂は蝮除けのご利益があるとさています。



鷹の爪に似ている楠の根。

鷹つながりで、ソフトバンクホークスとご縁が出来たそうです。

7.虹の松原

虹の松原に入ります。
三保の松原(静岡県)・気比の松原(福井県)と並ぶ、日本三大松原のひとつで5㎞弱の長さがあります。



松原は快適かと思っていたら、交通量が多く歩道が無く落ち葉が積みあがっていて、街道歩きには厳しい条件の道でした。


どこまで歩いてもこの風景。
飽きてきたので、足場が悪い松林の中を歩いたところ、草の種が膝から下にびっしりと付着していたので、再び道を歩くことに。




山頭火の句は、シンプルでコミカルで自由で、わかりやすいので好きです。


風が強いのですが、海が観たくなったので海岸にでます。

夕焼けの空が海の波しぶきで霞み、幻想的な風景が楽しめました。


浮嶽(うきだけ)。
標高805m、筑紫富士とも呼ばれ航海上の目印であったり、海上交通の安全を祈願する霊山でもありました。


高島。
周囲約3km、人口200人弱の漁業が盛んな島。
人気のパワースポット島内にある宝当神社(ほうとうじんじゃ)。
島民が1992年にに宝くじを購入した際に当選を祈願したところ、高額当選した評判が広がり、今では宝くじ購入者の聖地になっています。

唐津城が近付いて来たので街道に戻ります。

街道に戻ると風景が急変、大型リゾートホテルが立ち並んでいました。
8.唐津宿








唐津城。
調べてみると衝撃の事実が発覚。
築城当初は天守閣は無く、1966年に文化観光施設として天守閣を建てたそうです。
先程松原に入る手前で唐津城のシルエットを目にして、往時の旅人もこの景色をみていたのかと感動していたのが、馬鹿らしくなってきました。

上の古地図を見ても、天守閣がありません。



なんと、早稲田の大学付属校がありました。

早稲田大学の創設者が隣の佐賀藩の出身で、唐津藩には早稲田大学に所縁がある人物がいた関係で、この地に付属校を開校したそうです。
もともとこの場所には県立高校があったので、高校が移転するタイミングを利用した佐賀県の見事な誘致戦略だと思われます。



洗濯・入浴を済ませ、夜のパトロールに出ます。



魅惑の商店街を2周くらい彷徨い、本日の夕食会場を探します。

中が見えませんが、賑やかな声がするこの店を選択。
勇気を出して暖簾をくぐる瞬間が堪りません。

カウンターに座り、酒を頼んだ直後にマスターが開口一番、
「歩いて来たんですか?」
えっ、何でわかるんですか?と会話をしていたら、近所の散歩帰りのオッサンが、ふらっと入って来たと思ったそうです。

やがて、隣に妙齢のカップルが座り、女性が男性に告白しているのに煮え切らないと、本人を前に私に愚痴をこぼし、その男性に頑張んなきゃダメじゃない、と私が背中を押す会話を繰り返す不思議な時間でした。


魅惑の暖簾に導かれ、普段食べない締めのラーメンを食べてしまいました。
明日は伊万里を目指します。
