赤山街道 千住道 千住→赤山陣屋
関東郡代の伊那忠治が、江戸時代初期にに築いた埼玉県川口市にある赤山陣屋。
そこにつながる道三つの街道の総称が赤山街道。大宮道・越谷道・千住道の三つがあり、大宮道は既に歩いたので本日は千住道を歩きます。
2022.08.22
1.スタート地点まで

自宅から最寄りの与野駅までは、通勤でも使っている、赤山街道・大宮道で向かいます。
詳しくはこちらのレポートをご覧ください。


スタート地点の小菅御殿は、北千住宿から荒川を渡った対岸、小菅駅の近くににあり、駅のホームからは荒川とスカイツリーが綺麗に眺められます。
2.小菅御殿












小菅御殿の跡地は、東京拘置所になってました。お殿様は天国で驚いているでしょうね。









荒川に沿って暫く歩きます。東武・つくばエクスプレス・JR東日本・東京メトロ、10本の線路の下をくぐるのですが、線路の軒下に鉄道会社の正式名称が書かれた木柱が立ってます。
東京メトロの正式名称は、東京地下鉄株式会社、なのですね。
3.日光道中









出発が遅かったので、早くも昼食。梅島駅前は、なんだか落ち着く商店街です。















鷲神社の鳥居の左右には、協賛者の名前が大きな看板の如くズラリと並んでいます。この様な表示方法もあるのですね。
4.赤山街道入口










赤山街道に入ります。
水戸街道・日光道中と、今まで歩いた道を2時間も歩いてきましたが、ここららスタートしても良かったことに、今頃気づきました。
日光道中はここでお別れ、詳しくはこちらをご覧ください。







地図を眺めていたら、少し街道からそれますが初代安藤広重の墓を発見。
東岳寺の門をくぐり左側に、静かに佇んでいまた。今は歌川広重という呼称が一般的となってます。







畑が現れたり、空が広くなったり、東京らしくない長閑な風景に変化してきます。
5.舎人宿












あと少しで埼玉県境。
我が家に近づいてました。







毛長川を渡り、少し歩くと埼玉県に。都県境が地続きなのは、川の流れが変わったからでしょうね。
6.植木の郷安行









武蔵一ノ宮が氷川神社なので、赤山街道沿いには多くの氷川神社が存在し、東本郷氷川神社は、本日三社目の氷川神社となります。




造園屋・花屋・植物園、植木の郷安行らしい風景が続きます。
安行は日本三大植木の生産地、とも言われてます。
7.安行原の蛇造り











石仏が多くなってきました。表現としては、多く残っているという表現の方が正しいですね。見護られている感じが強く、安心できます。




金剛寺の茅葺き屋根の山門。
街道を歩いていて、お寺は基本的に入らない様にしてますが、興味があるときは、山門に近づき判断してます。
茅葺き屋根が好きなので、少し入らせて頂きました。見ているだけで落ち着きますね。
8.赤山陣屋









街道沿いには大きな造園屋さんが続き、植木に囲まれた街の様です。
さぁ赤山陣屋まであと少し!








赤山陣屋は赤山城とも呼ばれています。
代官の事績を読むと、"利根川の東遍事業"という、東京湾に注いでいた利根川の流れを大掘削工事で、当時銚子に注いでいた鬼怒川に合流させる大土木事業を、1621~1655年の間に実施。
利根川の洪水を防止し、東京湾の地形を変えたとも言われてます。
工事の様子を、プロジェクトXで再現して欲しいものです。
9.延長戦




本日このルートを選んだ理由は、赤山陣屋から北に二里、埼玉スタジアムで、アジアチャンピオンズリーグの試合があるからです。
インターンシップが終わった後の、大学生の長男とスタジアムで待ち合わせ。





無事勝利しました!次は準決勝です。
街道歩きとサッカー観戦が一緒になるなんて、考えてもいませんでしたが、想い出に残る一日になりました。
自宅まではレンタルの馬で約30分の近さ。三つある赤山街道は、越ケ谷道を残すのみです。タイミングが合えば、サッカーのスケジュールとあわせて歩きます。
