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大震災とともに始まった身体からのSOS

※この記事は「普通の主婦だった私がシモーヌになるまで」の連載④です。

前回の記事

大震災と共に起きた身体の変化

東北の大震災を機に生き方が変わった人って多いと思いますが、
わたしもあの日に何かが変わりました。

厳密に言うと、大きく変わるのは1年後なんだけど、震災で大地が大きく揺れたのと連動するかのように、まずわたしの身体に異変が起こったのです。

2011年3月11日、TVで地震のニュースを観ながら、その日の夜、呆然と布団に入り寝たのですが、夜中何か違和感を感じて目を覚ました私は、トイレに行きました。

その違和感が何か分からなかったけど、顔に触れた時ベタっとした感触があり、洗面所で鏡を見るとそこに映っていたのは、数時間前の自分とは全く別人だったのです。。

そこに写っていた自分は、まるで化け物。

顔が腫れ上がり、ムーンフェイスになっていて、顔のベタつきの正体はリンパ液だった。

季節柄、肌が荒れていたところが、顔が腫れて皮膚が引っ張られたせいで、そこから滲出してたの。

きっとこれは悪い夢だ!と思って、どうか朝には治ってますようにと祈りながら一旦寝ることに😂

しかし、朝起きた時に、家族がビックリする顔を見て、夢じゃなかったことに絶望しました。

とりあえず病院に行き、ステロイドの点滴に数日通ったら、顔の大きさは元に戻ったけど、首から上だけが真っ赤な状態で、半年以上はアトピーのような肌だったと思う。

アレルギー検査をしても、特に何も出ず、原因不明なまま。

今なら、溜め込んだ我慢を口から出せなかったから、皮膚から出たんだと分かる。

そうやって身体はサインを出したんだけど、この時の私は、まだ気づけなかったので、異変は1年後、形を変えて再びやってきました。

1年後、再びの大爆発

顔が治った頃、わたしは自宅サロンでアロマのトリートメントをやってたのですが、精油の原液をたくさん使う施術だったので、そのうち手の指が荒れるようになってきたのです。

それでも、その施術を求めてる人がいたから、痛いのを我慢して続けてました。

その頃は、とにかく自分を大切にするという概念もなかったので、自分より、家族、お客様。

ある日、娘からプールに行きたいとせがまれます。

さすがに手荒れに塩素はヤバいと思ったので、断ったのだけど、まあ聞かない。

行きたい!行きたい!明日プールのテストだから!
と地団駄踏んで暴れるから根負けして、結局プールへ行くことに。

できるだけ手を濡らさないように、付き添いに徹したつもりだけど、やはり濡れてしまったみたいで、翌朝大変なことになりました。

手が動かない!と思ったら、両指に無数の水ぶくれができてパンパンに腫れて関節が曲がらなかったのです😭

そして、ところどころ、破れてリンパ液が流れてる。

1年前と同じだ・・・

そして、その流れるリンパ液が、自分の涙だと初めて感じたのです。

前回の記事で、セラピストが私の代わりに泣いてくれたエピソードを書いたけど、その時は、自分の悲しみが分からなかった。

でも、1年前の顔の腫れ、そして今回の手の水泡を経て、
やっと自分が溜め込んできたものに気づいたのです。

最初は顔に出て、次は指に出て、とにかく目につくところばかり。

身体は、人目を気にしていた私に気づかせたくて、見えるところに症状を出していたんだと思う。

地震を機に動き出したこの流れは、この後実家で大解放を迎えます。

つづく

次回予告

次回は、実家で母と対峙することに、、
娘、母、わたしに繋がる2人が無意識に繋がって解放劇が起こります。


アトピーなど皮膚に出るのって本当に辛いですよね。
皮膚に出しやすい人は、我慢癖を持ってる人が多いんじゃないかな。
何か感じたことがあれば、ぜひコメントで教えてください。

最後まで読んでくださりありがとうございます。
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