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完璧な妻になれば愛されると思っていた

新婚なのに求められない結婚生活

※この記事は「普通の主婦だった私がシモーヌになるまで」の連載③です。

前回の記事

遠距離恋愛で気づかなかったけど、実は旦那さんは淡白なんだと気づいた結婚生活。

せっかくずっと一緒にいられるようになったのに、、
と、新婚の頃から悶々としてました。

新婚なんて、きっと毎日、せめて毎週末、と思いきや、何もアクションしなければ、何もないまま月が変わる。。

ただ、旦那さんとは相性が良かったのか、子どもが欲しいと思ったら、2人ともすぐに授かって。

喜ばしいことなんだけど、回数を重ねることなく、1回でできてしまう、というのはセックスそのものを楽しみたかった私にとっては、少々複雑でした😂

妊娠中はもちろんのこと、生まれて1年経っても、何のアプローチもない。

この頃は、よく世間で聞く、待ちきれない旦那さん像が当たり前だと思ってたので、ずっと待ってたのに待ち人来らず💦

過去、何度かアメブロやSNSでもネタにしてるので、知ってる人は見飽きてるけど衝撃の過去写真。

これ、数年前にパソコンに入ってた写真を画面越しで撮ったものなので、粗さと暗さが余計に負のオーラを放ってるのですが(笑)

娘に、お母さん整形した?と真剣に聞かれました。。

自分でもこんな顔だったのか記憶にないのですが、セックスレスがブスを創ったのでしょう😂

愛されたくて頑張ったのに愛されない

とにかく愛されたくて仕方なかったわたしは、頑張る教に入信しました。

妊娠中からつわりも無縁だった私は、何かができなくなるということがなかったので、頼る、甘える機会がないまま子育てに入ったの。

産後は里帰り中はゆっくりさせてもらったものの、家に戻れば変わりなく家事をするのが素晴らしい妻だという信念の元、弁当作りもすぐに再開、ゴミ捨てなども旦那様にはさせません!という完璧な妻を目指しました。

旦那さんにいろいろ任せてるママ友を見て、私の方が完璧な妻だわ!という自負を持っていたけど、当時はなぜ彼女の方が旦那さんに甘やかされ愛されているのか分からなかった。

自分の内側が現実に現れるなんてことを知らなかったので、ちゃんとできればできるほど愛されると思って頑張ってたんだけど、頑張れば頑張るほど彼が厳しくなり、冷たく感じるようになっていきました。

ちなみに、今思い出してみると、旦那さんはそんなに冷たかったわけでも厳しかったわけでもなく、子育てにもいっぱい協力してくれてました。

でも、何か言われた時に、わたしが責められてる!という被害者モードになってたことがほとんどだったと思う。

それは、わたしの男性性が女性性をそのように扱っていたから当然なんだけどね。

そして、わたしは自分が両親の喧嘩の声に怯えて悲しんでいた子ども時代があったので、結婚したら喧嘩をしない夫婦になりたいと思ってたのもあり、事を荒立てるよりその場が平穏であることを選んでました。

多少の感情を出してはいたけど、ややこしくなる前に、必ず自分から謝ってた。

だけど、身体には我慢がどんどん溜まっていたのね。

ある時、身体を触ってもらった人に、小柄なのにわたしの脚が重たすぎてビックリされた事があった。

その時、その人に言われたの。

すごい悲しみが溜まっている。あなたの代わりに僕が泣きます。

と言って、涙をポロリと流されたことがありました。

その時は自分の悲しみとかに不感症になってたから全く分からなかったけどね、、

そして時は流れ、2011年3月11日。
東日本大震災が起こり、それと連動するようき、私の溜め込んだものが噴き上がりました。

続く

次回予告

次回は、東日本大震災をきっかけに起こった心身の変化について。
この出来事がターニングポイントの始まりでした。

私と同じように、愛される為に頑張る教に入信した人は多いんじゃないかな、
何か感じたことがあれば、ぜひコメントで教えてください。

最後まで読んでくださりありがとうございます。
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