みんなが帰ったあと、俺だけ残された。その残業代が、10年で700万になった。
■はじめに
夜中の2時。
血清の分注が終わる。
あちこちで白衣を脱ぐ音がして、「お疲れー」の声が遠ざかっていく。
ドアが閉まる。
残っているのは、俺の机に積まれた報告書の山だけだった。
毎日これだった。
みんなは帰る。俺は残る。
理由ははっきりしていた。
俺が、仕事をできなかったからだ。
あなたの職場にもあると思う。
できる人から順に帰っていって、最後まで残っているのが自分、という時間が。
そういうとき、こう思う。
残されている自分は、無能だという証拠だ、と。
俺も10年、そう思っていた。
■血清分注が終われば、みんな帰れた
新卒で入ったのは、医療系のラボだった。
病院から届いた血液を夜のうちに検査して、朝までに結果を返す。
俺の担当は血清の分注。
届いた血液を遠心分離機にかけて、上澄みだけを別の容器に取り分ける仕事だ。
書くと簡単そうに見える。
実際は、取り違えたら人の検査結果が全部ひっくり返る。
俺はよく間違えた。
教える人はいなかった。マニュアルもなかった。
そのあたりの話は前に書いたので、興味があれば。
分注が終われば、他の社員は帰れる。
だが俺には、そのあとに「I/O」という仕事が付いていた。
出てきた検査結果の報告書を切って、病院ごとに仕分ける作業だ。
頭は使わない。ひたすら紙を分ける。
なぜ俺がやることになったのか。
分注で使いものにならないやつに、これくらいはやらせておけ、ということだったと思う。
俺の「できる」は、料理人で言えば、包丁を持ったことがありますくらいのレベルだった。
■朝5時から、手当はつかない
この仕分けには、みんなが嫌がる理由が一つあった。
朝5時を過ぎると、深夜手当がつかない。
夜勤の給料は、深夜の時間帯に働くから割増になる。
だが朝5時からは、その割増が消える。
同じように眠くて、同じように働いて、単価だけが落ちる時間帯だった。
だから誰もやりたがらない。
やりたがらない仕事は、断れない人間のところに落ちてくる。
俺だ。
当時は、これを罰だと思っていた。
みんなが帰る中で紙を切り分けながら、自分に点数をつけていた。
今日も残った。だから俺はダメなんだ、と。
閉店間際のスーパーを思い出してほしい。
みんなが手を伸ばす棚は、もう空っぽになっている。
残っているのは、誰も取らなかった棚だ。
俺は、その棚の前に立たされていると思っていた。
その棚に何が貼られているかは、見ていなかった。
■あの持ち場には、3つ入っていた
はっきり言う。
あなたが無能だから残されたんじゃない。
誰も取り合わない持ち場が、まるごと空いていただけだ。
取り合いがない場所には、誰の手も入っていない。
だから、そこにあるものは全部その場に残る。
俺の持ち場には、3つ残っていた。
1つ目は、金だ。
毎日残業になるということは、毎日残業代がつくということでもある。
基本給は14万。そこに残業代と深夜手当が乗って、手取りは21万から22万になっていた。
月7万。
眠い目をこすって紙を切っていただけで、それが毎月ついてきた。
2つ目は、距離だった。
その職場には上司がいた。
叩き上げの中卒で、説教で人を泣かせる人だった。女性の同僚も泣かせていた。
俺は心の中でジャイ夫と呼んでいた。心の中だけだ。口に出したら次は俺が泣かされる。
分注が終わって、みんなが帰る。
ジャイ夫も帰る。
俺が紙を切っていた時間は、その人がいない時間だった。
一日で一番、息ができた数時間だ。
3つ目は、人だった。
その時間に残っていた顔ぶれがいる。
樋口さん、エノさん。
それから、あだ名で呼んでいた休憩番長とサボりマン。
休憩番長は休憩の入り方が異常に上手かった。
サボりマンは、いない時間の作り方が芸の域だった。
二人とも、真面目という言葉からは遠かった。
でも、その人たちが夜中にくだらない話をしてくれたから、次の日もまた自転車をこいで職場に向かえた。
10年続いた理由を一つだけ挙げろと言われたら、能力でも根性でもない。
あの時間に、あの顔ぶれがいたことだ。
■日勤だったら、手取りは14万だった
10年経って、通帳には700万あった。
自分でもいつ貯めたのか思い出せない。
節約した記憶がない。我慢した記憶もない。
実家に5万入れて、あとは普通に使っていた。
中田英寿がセリエAに行った年、試合が見たくてスカパーに入った。
中田のセリエA伝説のデビュー戦
弱小ペルージャで、あのユベントス相手に2得点入れている。
当時ユベントスにいたメンツ
ジダン、デルピエロ、インザーギ、ダービッツ。
ゲームも本も買った。自作PCのパーツも買った。
IBMのAptivaというパソコンを24万で買ったこともある。
24万だ。

それでも通帳には700万あった。
なんで残ったのか、正直、今でも不思議だ。
からくりは、たぶん単純だ。
日勤だったら、俺の手取りは14万だ。
実家にいたから、暮らしはその14万の中に収まっていた。
夜勤で乗った7万には、行き先がなかった。
使い道を考える前に、口座に残っていた。
全部が残ったわけじゃない。月によってばらつきもあったし、Aptivaみたいな買い物もした。
それでも均せば、毎月6万くらいが勝手に残っていた勘定になる。
7万を捻り出したんじゃない。
最初から余分に降ってきた7万を、置き場所がなくて放っておいただけだ。
『となりの億万長者』という本に、金を持っている人ほど地味に見える、という話が出てくる。
派手に稼いだ人ではなく、入ってきた分をそのまま残した人が積み上がっている、という話だ。
俺は完全に地味な側だった。
夜中に紙を切っていただけだから、地味というより、そもそも誰にも見えていなかった。
このあと俺は、この700万を投資に回した。
インデックスから始めて、日本株、米国株まで自分で動かせるようになるまで何年もかかっている。
投資に絶対はないので、そこは各自で判断してほしい。
ただ、その勉強を始められたのは、種銭が手元にあったからだ。
そして種銭は、俺が優秀だったから貯まったわけじゃない。
優秀じゃなかったから、貯まった。
■残りもの棚卸し3ステップ
今、誰もやりたがらない仕事を押し付けられている人へ。
その仕事に何が付いてきているか、一度だけ数えてみてほしい。
紙を1枚出して、今あなたに回ってきている「誰も手を挙げなかった仕事」を1つ書く。
その下に3つの欄を作って埋める。
金の欄:その仕事で、手当・残業代・単価が増えているか。増えているなら月いくらか。
人の欄:その時間、誰と一緒にいるか。そして、誰から離れていられるか。
時間の欄:何時から何時か。人が少ない時間か。邪魔が入らない時間か。
○が付いた欄を数える。
1つでも付いたなら、それは罰じゃなく持ち場だ。
その持ち場は誰も取りに来ない。だから、しばらくは全部あなたのものになる。
0個なら話は別で、それはただの押し付けだ。
その紙は「動く時期が来た」というデータとして使えばいい。
金の欄を埋めるには、給与明細を出して基本給と手当を分けて見ることになる。
俺は10年、それをやらなかった。
数字は毎月手元に届いていたのに、見ようとしなかった。
■まとめ
閉店間際の棚の話に戻る。
誰も手を伸ばさなかったあの棚には、半額のシールが貼られていた。
俺はそれを10年見ていない。
売れ残りの前に立たされていると思っていたから、値札を見る気にならなかった。
見ないまま、拾い続けていた。
拾い続けたものが、10年で700万になっていた。
当時の俺には、今の自分は想像できなかったと思う。
夜中に紙を切っている男が、いつか会社を辞めて自由になるとは、本人ですら思っていない。
俺はよく、自分は運がいいと言う。
親父が持ってきた求人が、たまたま夜勤だった。
できないやつだったから、たまたま手当のつく残業に回された。
その時間に、たまたまいい人たちがいた。
自分で選んだものは、一つもない。
ただ、それを「ついてた」と思ってきた。ずっとだ。
それが正しかったのかは、正直よく分からない。
でも、そう思っていなかったら10年は続かなかったと思う。
もし今、あの棚の前に立っている人がいるなら。
値札だけは見といた方がいい。
ちなみにこの700万、貯めようとして貯めたわけじゃない。
そのあと、どうやって減らさずに済んだかは別の記事に書いている。
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