「自分はダメ」って前提、疑ってみた。
他人にはいくらでもやさしくできるのに、自分にだけはそれがどうしてもできない。
これ、私がもうずーーーっと抱えてきた悩みです。
たとえば、自分の作品に自信のない誰かが目の前にいたら、私は迷わず言葉をかけられる。
「こんな素敵なんやから、
ちゃんとお金取ってやった方がいいよ!」
「その表現、もっと前に出してこ~」
「完璧に仕上がってなくても、
世に出していいじゃん」
作るものの話だけじゃなくて、
「無理せんと休むのも大事やん」
「そのままで十分魅力的じゃん」
こういうの、全部迷わず言えるんです。
嘘じゃなくて、本心。
なのに、自分にだけは、
優しい言葉が向けられない。
自分にだけ、特別厳しい。
驚きのスパルタ指導。
紐解いていくと、やっぱり
「自己肯定感が低い」
「自分に価値を感じられない」
「自分軸がない」
そんなところに行き着いてきてたわけです。
でも最近、ちょっと
その"前提"のほうを疑い始めてて。
そもそも私、
ほんまに今のままじゃあかんのか?と。
なんで自分には優しくしたくないのか。
なんで自分だけ適用外、対象外なのか。
たぶん、昔どこかで学習してるんですよね。
私はあることをきっかけにいじめが始まって、5年ぐらい孤独な学生時代を過ごしました。
そこから、なんとなく染みついてしまってるこんなことたち。

自分には厳しくしておこう。
前に出ないでおこう。
そのほうが安全だ。
しかもね、その後何回も、大人になってからも『調子に乗ると痛い目を見る』っていうのを繰り返してきて、だんだん自信を持つこと自体が怖くなった。
調子に乗るのと自信を持つのって別物なんですけど、紙一重な感じもあるから厄介。
自信を持たないようにしておくのって、その時々の自分を守るための防衛反応みたいなところあります。
生き延びるために覚えたこと。
しかし困るのは、その見張り番みたいな声が、必要以上に「前に出るな」って言い続けてること。
呼び込み君のBGMばりに頭から離れてくれない。
で、私はこの状態をなんとかしようと、それはもう色々やってきました。
一時期スピリチュアルにもどっぷりで、メンタルブロックを外すだの、自分のエネルギーを上げれば人生変わるだの、たくさんやってきた。
学びはあったし、否定はしません。
でも、じゃあ結局それで今どうなん?って言われたら、またこうやって、同じところでぐるぐるしてるわけです。
そんな時に、最近話題のavexの会長・松浦勝人さんの「自己肯定感は、上げなくていい」って記事を読みました。
Threadsやコメントで最近絡んでくださるりささんに教えてもらいました。
ナイスタイミング、スペシャルサンクス。
松浦さんの記事の中で一番刺さったのが、
この自己評価の低さこそが、有頂天になって足を踏み外すことから、ずっと自分を遠ざけてくれてた
っていう一文。
…いや、ほんまにそう、そうなんですよ。
私が調子に乗って痛い目を見ないように、この低さがずっと見張ってくれてた。
なんだ、敵だと思ってた見張り番、めちゃくちゃ働いてくれてたんやん、って。
でもね、これ続きあります。
僕を有頂天から一番遠ざけてくれたものが、この自己評価の低さだった。守ってもらった代わりに、僕は一生、自分を褒められない体になった。
私の中の見張り番に感謝はする。守ってくれてありがとう。
……でも、この低いままやと、私、一生"自分を褒められない身体"のままな可能性大ってこと???
それはさすがに嫌やなぁあぁぁあぁ…と思った笑
だから、ここから先だけは、ちょっと視点を変えてみることにしました。
私がこれまでやってきたこと全部に、ひとつ共通点があって。
それは、「自分は"ダメな人間"だ」という前提で、ずっと自分に向き合ってきた、ということ。
足りない。
埋めなきゃ。
上げなきゃ。
直さなきゃ。
これね、罠です、超どでかい落とし穴です。
自分はダメだから、常に成長していかないといけない、変わらないといけない。
前提に自分はダメな人間だというものがセットされたままで動いていくと、どんだけ努力しても永遠に終わりなんて来ない。
「まだ足りない」がずっと更新され続けるだけ。
でね、ふと思ったんです。
自分はダメって、それほんまなん?
自信って、積み上げて増やしていくものだと思い込んでたけど、もしかして、元々自分の中に既にあるものなんじゃないか、なんてことも思ったり。
足りないんじゃなくて、上に色々乗っかったり歪んでしまったりして、ちゃんと見えなくなってるだけなんじゃないか。
そう仮定してみると、やることが真逆になる。
「足す」んじゃなくて、「その"低い前提"のほうを、一回外してみる」。
外してみよっかな~ぐらいの気楽さでやっていくのがちょうど良い。
するとね、なんか見える景色
変わってきて楽になる。
はーん、もしかしてこういうこと?って感覚が、なんだか少しずつ増えてきてるなうです。
もうひとつ。
頭の中の自分を責める声とか、自信のない声って
正面から戦って黙らせようとするほど、
逆にでかくなる。
だから最近は、戦うのをやめるようにしてます。
かわりに、その声が聞こえない場所へ、
そっと移動する。
その方法のひとつに"夢中"があります。
何かに夢中になってる時って、今その瞬間にだけ集中してる。
「私なんて」って考える隙間が、なくなってる。
夢中が、勝手に黙らせてくれる。
戦って勝つんじゃなくて、
聞こえないところへ行く。
松浦さんの記事にもあったので、「え?私のこと見とったん?」ってなりました笑
これがシンクロってやつなのかも。
変にあれこれ自分と向き合うよりも夢中になれることに没頭する時間を増やしてみる。
私なら漫画、アニメ、映画、読書、カラオケ、画像生成、可愛い動物動画を見漁りまくるなどなど。

とはいえ、頭でさぁいざやろう!と思っててもついつい忘れるのが人間。
まだまだ私も実践中の段階。
今の私は、無理に自己肯定感を上げようとも、直そうともしていません。
かわりに、自分がどんな前提で物を考えているのか、今どの方向に意識が向いているかに着目するようにしてます。
自分に優しくできなくていい。
自分を愛さなくていい。
………とは思えない自分でもいい。
揺れる時は、誰にでもある。
ただ、そういう時、
自分の意識がどこに向いているのか。
何に注目しているのか。
自分を、どんな前提で見ているか。
そこにふっと気づけたら、
今はそれで良しにしてみよう。
そこからまた、始めていこう。
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