『狂い咲く、フーコー』──重田園江先生による一撃(その2)
さて、その2である。
その1はこちら↑
読書人新書から2021年に出版された『狂い咲く、フーコー』(以下「本件書籍」)を久々に書棚から引っ張り出してきて読んだ。
「その1」にも記したとおり、二段組で600頁近い大部『フーコー研究』(岩波書店)に収録されている千葉雅也の論文「生き様のパレーシア」(以下「千葉論文」)についての重田園江や千葉自身のコメントが好きで、ほかの論考には目を通さず私は本件書籍を書棚に眠らせたままにしていた。
ひょんなことから数年振りに本件書籍を引っ張り出し、読んでみるや否や、重田と数名の研究者との間で実に興味深い議論が繰り広げられていることに今更ながら気づいた。
というか、本件書籍を購入した人であれば、何より真っ先に目がいくのがこの議論なのではないだろうかと今更ながら思う。
我ながら不覚であった。千葉論文についての箇所しかマークしていなかった。
逆に言えば、それほどまでに私は千葉論文を素晴らしいものであると思っているのだし、千葉論文に感動を覚えた重田の感性に私のそれは通ずるのだろう。
★★★
というわけで、私が今回夢中になって読んだ重田らの議論の端緒をまずは記してみようと思う。
ちなみに、本件書籍は、2021年3月に上梓された『フーコー研究』の出版を記念して同月27日に京都大学人文科学研究所主催で開催されたシンポジウムの記録なのだが、当然ながら発言者による加筆もなされており、それが議論を少し難しくしている面はある。
本件書籍(というか当該シンポジウム)の冒頭の挨拶(立木康介)とイントロダクション(小泉義之)の後、重田による『フーコー研究』全体へのコメントが始まる。
この分厚い大著(『フーコー研究』)が完成して間もなく、その全てに目を通した上で早速コメントを求められる(しかも短時間にまとめる)というのも中々大変なことではあるのだが、発売前には重田は著者のうちの誰かなり出版社なりからこの本を贈られているとは思う。勿論、それでも骨の折れる仕事ではあろう。
重田は「フーコーをいかに読むか」の方法論に関して、いくつかの論文に対しての感想も述べるのだが(千葉論文についての言及もその一つ)、『フーコー研究』全体について大きく二つの質問を、同書収録の各論文の執筆者に対して投げかけた。
1 フーコーの全体像をどう捉えるか
重田によれば、『フーコー研究』の各論文は内容が詳細かつ多岐にわたるため、全体像が見えにくい。確かに、いくつかの論文がまとまりを成し、啓蒙、パレーシア、統治などの問題系は浮かびあがってくるが、同書が全体としてどのようなフーコー像を示そうとしているかについては必ずしも明確ではないとのことである。
そのため、重田は同書の示そうとするフーコー像がいかなるものであったかを執筆者たちに対して問いかけた。
2 フーコーと新自由主義との関係をいかに論じるべきか
これこそが今回私が夢中になって読んだ議論へと繋がる問いかけである。
そして、ここの問いかけは、重田が駆け足で議論を詰め込んで話しているようにも見受けられるので、論点が若干錯綜して分かりにくくなってもいる(時間が限られていたことも影響しているものと思われる)。
それなので、私がここにそれをまとめることもやや困難は伴うのだが、重田による問いかけの要旨はこうである。
重田は、フーコーと新自由主義の問題を繋げて論じる際には、些か注意を要し、慎重にならなければならないという。
重田によれば、フーコーは経済学史に自分の仕事を接続したかったわけではなく、「新しい統治のテクノロジー」などを論じるに際し経済学への言及を限定つきで行ったに過ぎない。
そのため、フーコーによる限定や留保を超えて議論を広げる際はかなり注意が必要となるのではないか、というのが重田による疑問の投げかけである。
★★★
重田から投げかけられた大きな問いかけは以上二点である。
実は、それぞれの問いの中に、さらに入れ子構造のように問いや疑義の投げかけがあるので、内容は(特に二点目については)もっと複雑なのであるが。
一点目の問いについては、比較的分かりやすいと思う。
二点目の問いについては少し補足が必要で、重田の著書によれば、フーコーは新自由主義について1979年のコレージュ・ド・フランスでの講義以外ではほとんど言及していない(重田園江『フーコーの風向き』(青土社)p.385)。
そのため、重田としては、フーコーと新自由主義との間の距離感がいかなるものであったかは必ずしも明らかではなく、端的に言ってしまえば「それってフーコーに結びつけて論じなければならないものなの?」というような思いを、『フーコー研究』収録の新自由主義関係のいくつかの論文に対して抱いた、ということである。
(その3に続く。)
↑その3はこちら
(本記事においては、タイトルにおける記述を除いて敬称略とさせていただいております。何卒ご了承ください。)
