Ⅳ 君が魔女だったとしても
「今日、帰りは?」
「いつも通り。晩御飯も、家で食べるよ。」
「分かった。食べたいもの、あるの?」
「…何でもいい。」
毎朝、妻とは決まった会話をして、僕は会社へ向かう。子どもはいない。結婚して今年で10年目だ。
特に妻に対して大きな不満は、ない。ただ、飯が不味いだけだ。離婚を考えるほどではない。それ以外は、妻はパーフェクトだと思う。
食事が、不味いというのも、絶妙に、不味い。食べれないほどではないのだが、味が決まる前の味だ。いつも、どことなく何かが絶妙に足りない。出汁も塩味も薄いような、味気ない味といったところだろう。
とはいえ、妻はいつも僕のために料理を作り、家事をして、合間にパートだってしてくれているわけで、文句は言えない。僕の心にあるのは感謝のみだ。
今夜の晩御飯は、カレーだったが、これまた絶妙に薄く、シャバシャバとしたカレーだった。しかし、食べれないことはない。妻は僕の目の前で、いつも通り食べている。僕もいつも通り、シャバシャバとしたカレーを食べる。
妻は毎食必ず聞いてくる。
「美味しい?」
僕は必ず答える。
「美味しいよ。」
味気なく感じても、塩も醤油もソースも僕は足さない。君がいれば、完成するのだから。
ただ、ある日、不思議なことがあった。
肉じゃがが入った鍋が2つある。妻は、風呂の掃除をしているようだ。お腹もすいたので、片方の鍋の肉じゃがを一口味見してみた。
――美味い。
今日の夕飯は、当たりだ。
僕はそう思った。しかし、夕飯に出てきたのは味気のない肉じゃがだった。目の前の妻は美味しそうに食べている。いいんだ、君がいればこの肉じゃがは完成するのだから。
ある日、妻がパソコンで調べ物をしていたらしい。僕も調べたいことがあったので、検索しようと文字を打ち込むと検索履歴が上がってきた。僕は背筋が冷えるのを感じた。
「離婚」「不倫」「慰謝料」
そんなワードが並んでいた。
妻には男がいるのだろうか。もしかすると、僕と離婚を望んでいるのだろうか。料理が不味いのはそのせいなのだろうか。そもそも料理が不味いと感じるようになったのは、2年前の大きな喧嘩の後からだ。それも関係しているのだろうか。
その日の夜の晩御飯も味気ない唐揚げだった。けれど、涙を飲んで食べたからか、唐揚げの塩加減は丁度良いような気もした。
君はいつも通り、僕に聞く。
「美味しい?」
「あぁ、美味しいよ。」
君がいるから、完成するんだよ、僕は心の中でそっと呟いた。
妻は、現時点で離婚を口にする様子はない。僕が何も知らない顔をしていれば、これまで通り一緒にいられるはずだ、僕はそう思った。どんなに不味い料理を出されても。
僕は、妻に少しでも振り向いてほしくて、金曜日の夜は小さな花束を買って帰ることにした。
眠る前には、僕が妻を愛していることを一言だけでも伝えることにした。
妻が興味のありそうな場所やほしいものをさりげなくリサーチしては、デートに誘うことにした。
妻の料理は相変わらず、不味い。けれど、君がいれば完成するのだから、何も問題はなかった。たまに、普段つけない香水の香りがすると、僕はいてもたってもいられなくなったりしたけれど。
君が魔女のように、ひっそりと毒をいれるなら、僕は知らないふりをして食べよう。
「美味しい?」
そう聞いてくれたら、いつも通り、答えるよ。
「あぁ、美味しいよ。」
いつか、僕の元から愛しい魔女はいなくなってしまうのだろうか。
―――
そんなことを思っていたが、いなくなったのは僕の方だった。――仕事帰りにトラックに追突された。即死だった。
空の上から、
僕は、今日も君の様子を眺めている。
僕がいなくなって、もう2年も経つのに
君はまだ僕の写真を見て泣いている。
再婚するのかと思ったら、そんな気配もない。
毎日、2人分食事を作っては、僕の前に供える。
君の作る料理は相変わらず不味いまま?
それでもいい。君がいれば、完成するのだから。
mashiro
短編小説 「あなたにうその花束を」より
***
あなたは、どのうその花束を選びますか?
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