【note創作大賞応募作品】 Ⅰ あなたのうそをもらいます (短編集 「あなたにうその花束を」より) 小説とエッセイの往還
あなたのうそをもらいます
“桜の木の下で”
此処は、団地の中にある公園。
朝から晩まで、私は一日をここで過ごす。
足元には、舞い落ちた桜の絨毯が敷き詰められている。
白髪を綺麗に纏めた女性は、私のすぐ隣に置かれたベンチに腰かけると、大きなため息をついた。
「私ね――もう、長くないの。子どもたちもいい歳だし、孫たちも大きくなったから、心配なのは、ねぇ、あの人くらい。」
私は何も答えず、ただ彼女の声に耳をすます。
「来年のあの人の誕生日も、ここで一緒に桜を見たいけど……。」
彼女はもう一度、大きなため息をつくと、ゆっくりと立ち上がり、公園を後にした。
私は彼女を静かに見送った。
次の日も、彼女はベンチに座り、私に話しかける。
「今日も、綺麗ねぇ。――私、あの人の前では平気なふりをしてるの。だって、あの人、すぐ泣いちゃうから。」
女性は私が広げた腕のあいだから、眩しそうに空を見あげた。
「本当はね、こわいし、今も――、すごく、辛い。でも、本当に辛いのは、私がいなくなった後の、あの人のことを想像するのが、一番辛い。」
そう言って、舞い散る桜を静かに眺めていた。
そのとき、女の子が一人、今にも泣きそうな顔をして公園にやってきた。女性の前を通り過ぎようとした、そのときだった。
「こんにちは。よかったらここに座って、一緒にお花見しない?」
女の子は、ぽろりと目から溢れた涙をぬぐって、女性の隣に座った。
「お名前は?」
「ハル」
「パパとママに、いい名前をつけてもらったのね。何歳?」
「八歳で、今、二年生。」
「何か悲しいことでもあったの?」
「――ママなんて嫌い……いつも弟たちばっかり。」
ハルは顔を真っ赤にして、涙が溢れないように空を見上げ、目をもう一度大きく開いた。
「ハルちゃん、私は毎日、気が向いたら公園まで散歩するんだけど、ある家の前を必ずいつも通るの。」
ハルは、下を向いたまま、小さく頷く。
「公園のすぐ近くの家なんだけどね、朝は早くから、ママは子どもたちを連れて仕事に出ていく。
子どもたちはみんな、ちゃんとした身なりなのにね、ママは後ろ頭にいつも寝グセをつけてる。
この前は、服を、前後反対向きに着てた日もあった。
夕方になると、いつもご飯の美味しそうな匂いがする。あぁ、昨日はかつおとしいたけ出汁の匂いがしてた。――煮物だったのかもね。
そうそう、子どもは、双子の男の子と、お姉ちゃんでね。お母さん、双子のお世話が大変そうなの。
でもね、この前そこのお店で見かけたんだけど、相変わらず寝グセをつけたまま、一生懸命、お姉ちゃんの髪ゴムを嬉しそうに選んでた。
あぁ、そう、ハルちゃんがつけてる、こんな可愛いゴムを。」
女性は、ハルの2つに結んだ髪につけられた桜の花びらの飾りがついたゴムをちょんちょんと指でつついた。
ハルは黙ったまま、しばらく桜を見ていたが、宙に向かって、そっと手のひらを差し出す。一枚、桜の花びらがふわりと手にのると同時に、ハルは言った。
「ウソついたの。ママが嫌いなんて、ウソ。」
「――それなら、そのウソは私がもらってあげる。」
2人は、目を見合わせて、笑った。
その日から、白髪の女性とハルは友だちになったようだ。桜が散り、鬱陶しい梅雨には、2人はすべり台の下で雨宿りをしていた。夏は夕方、涼しくなると、ベンチに座って2人で同じ時を過ごす。
金木犀がふわりと香る秋、桜色のニット帽をかぶった女性は、ハルに別れを告げた。ハルは泣いて、それでも笑った。女性も、ハルに何かを手渡し、泣いて、笑った。
二人の姿は見られないまま、春を迎えた。
ベンチには、年老いた男性が一人、座っている。男性は私に話しかける。
「なぁ、あいつよく此処に来てたろ。どんな話したんだ?」
それは言えない――約束だから。
「今年の春は一緒に迎えられなかった。娘や息子に孫たち、家族はいるけど、俺は一人になった気がしてさ。」
男性は大きくため息を一つ、ついた。
「さみしいなぁ。俺が先のつもりだったのにな…」
男性の濡れた頬に、舞い落ちた桜の花びらが一枚、貼りつく。
「今年も綺麗だな――せめて、誕生日くらい、一緒に、なぁ。」
そのとき、見覚えのある女の子が男性の隣に腰かけた。以前より少し大きくなり、髪の毛も伸びたようだ。
「こんにちは。桜が綺麗だね。」
「うん。」
「小学生かい?」
「三年生。ねぇ、おじいさん、泣いてたの?」
「ははっ、見られてたか。大切な人がいなくなって、さみしくなってね……」
「そっか……。」
ハルはそう言うと、空を見上げた。
「でもなぁ、今日は不思議なことがあったんだ。
…亡くなったおばあさんから、手紙が届いたんだよ。家族に聞いても、みんな驚いてるばかりで。誰なんだろうなぁ。
まさか、本当におばあさんから、――なんてな。」
「天国から届いたんだね。」
そう言って、ハルは嬉しそうに笑った。
「そういうことになるなぁ。」
そう言うと、男性もつられて笑った。
「友だちができたとは聞いてたけど、まさかこんな小さいとはなぁ――。最後に会ったとき、何て言ってた?」
ハルは少し驚いた顔をして、すぐに、目を逸らし、
「知らない」
と言った。
「うそつきだな、二人とも」
と男性は笑った。
「長生きしてほしいって。」
ハルが小さな声でそう言うと、男性は眉間に皺を寄せ、また、目を赤くした。
「本当に泣き虫なんだね、おじいちゃん。来年も、その次も、ずっと、――届くよ。」
「長生き、しなきゃなぁ。」
男性は、悲しそうに、愛しそうに、笑った。赤い目の奥、微かに喜びの色が滲む。
「ハルー!帰るわよー!」
母親の呼ぶ声が聞こえる。ハルは返事をすると、男性に手を振り、母親と公園を後にした。
男性はしばらく座っていたが、やがて立ち上がった。そして、小さく何かを呟いて、帰っていった。
私は相変わらず、此処にいて、誰かのうそをもらう。誰かのうそは、今年も美しい桜を咲かせ、散っていく。
ただ、今年は小さな春風が、優しいうそを運んできた。春風が美しく舞い散らした桜の花びらたちは、優しい薄いピンクの絨毯となって、誰かの足元を、そっと彩る。
最後に、男性が呟いたうそは、私がもらおう。
――きっと、来年も泣くのだろう。

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あなたは、どのうその花束を選びますか。
📖短編集 「あなたにうその花束を」
Ⅱ 「てっちゃんとぼた餅」
Ⅲ 「豆腐小僧とぬらりひょん」
Ⅳ 「君が魔女だったとしても」
Ⅴ 「また、あしたね」
あとがきのかわりに/小説とエッセイの往還
Ⅵ 「あなたのうそをもらいます」
“藤の花を背に笑う人”
