Ⅴ また、あしたね
私の泣いている声は、誰にも届かない。
――ごめんね、ごめんね。
私の泣いている声は、誰にも届かない。
―――
サキちゃんと私は、仲良しだ。
私のママとサキちゃんのママも、子どもの頃からずっと仲良しだ。昔のふたりも、きっと私たちみたいにいつも一緒に遊んでいたのだと思う。
家の近くの公園で、サキちゃんと私は、今日も大好きなどろ団子作りをする。家から持ってきた小さなバケツに水を汲み、砂場の砂に少し水を垂らす。染み渡っていくのを2人で息をひそめてじっと見つめる。砂をかき混ぜると、両手でおにぎりを握るときのようにぎゅっぎゅっと固めていく。崩れてヒビが入ったら少し水を足してまた固める。何度も繰り返して、丸い形に整ったら、さらさらの白い砂を2人で探す。その砂で綺麗にお化粧したら出来上がりだ。
「カスミちゃん、これ、持って帰ろう。」
サキちゃんは、私に自分が作ったどろ団子を見せながら嬉しそうに言った。
今日は、土曜日。サキちゃんのママはお仕事なので、私の家でサキちゃんは過ごすことになっている。2人でどろ団子を持って帰ると、玄関の扉の前に2つ並べた。サキちゃんは葉っぱをちぎって持ってきて、
「お皿ですよぉ。」
そう言って、葉っぱをどろ団子の下に敷いた。
私のパパとママとサキちゃんとお昼ご飯を食べると、また、2人で遊ぶ。
「カスミちゃん、どろ団子見に行こうよ。」
今度は、どろ団子の上に小さな花を飾って遊んでいると、サキちゃんは言った。
「私のママね、お仕事頑張ってるんだよ。みんながお休みの日もね、一生懸命頑張ってて、すごいんだよ。」
サキちゃんは得意気で、嬉しそうだった。サキちゃんのママは、お仕事が大変そうだけど、いつもにこにこして、私にも優しくしてくれる。大好きだ。それなのに、私は、なぜか心がいらいらして、思ってもいないことを言ってしまった。
「ふぅん。すごくなんてないよ。だって、サキちゃんのママ、――いつも家にいないでしょ。」
サキちゃんは俯いて、悲しそうな顔をした。ママはいつも言っている。
「サキちゃんには、パパがいないから、大変なことがあったら、いつでも助けてあげようね。」
意地悪な事を言った罪悪感に耐えられなくて、私は一人で2階に上がった。程なくして、サキちゃんのママが迎えにきたようだ。2階まで上がってきたサキちゃんは、背中を向けたままの私にこう言った。
「カスミちゃん、また、明日、公園で待ってるね。」
私はわざと返事をしなかった。サキちゃんは、帰っていった。
夕方、玄関のどろ団子は、私のだけ、ひび割れていた。
――
次の日、私は気まずい気持ちを抱えながら、公園へ向かった。一人でブランコに乗っていると、サキちゃんが泣きながら、サキちゃんのママとやってきた。
「サキちゃん!」
ブランコから降りて急いでサキちゃんの元へと駆け寄った。サキちゃんとは目が合わない。
「ねぇ、サキちゃん、どうしたの?」
サキちゃんは何も答えず、ただ泣きながら歩いていく。そして、公園の入り口近く、道路の向かいの電柱の前にしゃがみこんだ。サキちゃんのママは、カスミソウの花束を置いた。サキちゃんは、手紙のようなものを泣きながら置いている。
「サキちゃん!サキちゃん!」
そのとき、トラックのクラクションの音が聞こえた。
分からない。何もかも分からない。怖い。
怖くて怖くて、
私は大きな声で泣いた。
サキちゃん、
あのね、ちがうの。
ごめんね、ごめんね。
サキちゃん――
けれど、私の泣いている声は誰にも届かない。
――
「カスミ?!カスミ?!ねぇ、大丈夫なの?!」
私が、目を覚ますと、ママが心配そうに顔を覗き込んでいる。
「怖い夢でもみたの?」
私はしばらく天井を見て、あれが夢だったことを理解した。
「うん…怖い夢を見た。」
私の目は涙で濡れて、パジャマも汗で濡れて気持ちが悪かった。
サキちゃんが今日は公園で待っている。私は、少しでも早くサキちゃんの顔が見たくて、朝からすぐにママと公園に向かった。
サキちゃんは先に着いて、ブランコに乗って遊んでいる。サキちゃんのママがブランコを優しく押していた。
サキちゃんは、
「カスミちゃん!おはよぉ、どろ団子作ろう。」
そう言って笑顔で駆け寄ってきた。
サキちゃんとどろ団子を作りながら、私は勇気を出して切り出した。
「サキちゃん、昨日、ごめんね。意地悪なこと言って。サキちゃんのママ、優しいし、頑張ってるのに。私、サキちゃんのこともサキちゃんのママのことも、大好きなのに。」
言いながら、昨日の夢を思い出して涙がこみ上げた。けれど、どろ団子を作っているから、手が泥だらけで涙がふけない。顔を上げると、サキちゃんもどろ団子を手にしたまま、泣いていた。
「カスミちゃんと、会えなくなる夢を見たの。悲しくて、悲しくて、夢の中でずっと泣いてたの。ママから起こされるまで。」
「私もだよ。」
そう言って、私はサキちゃんに向かって微笑んだ。帰り際、サキちゃんは1枚手紙をくれた。私はお礼を言って、また明日会う約束をした。
サキちゃんは言った。
「また、あしたね。」
私も言う。
「また、あしたね。」
夜、眠る前に、手紙をよんだ。
――私の声、届いてたんだね。
――
カスミちゃんへ
きのうね カスミちゃんがなきながら
サキのことを さがしてるゆめをみたよ
なんども なんども なまえをよんだけど
カスミちゃん きがつかなかったの
ごめんね
ママたちみたいに、ずっといっしょにいようね
だいすきだよ
サキ

短編集 「あなたにうその花束を」より
***
あなたは、どのうその花束を選びますか?
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