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腹に六つの傷の男

今年の2月、健康診断で腎がんが見つかった話を書いた。今回は、その続きである。

3月。健康診断を受けた病院から静岡県立静岡がんセンターへ話が回り、ほどなく初診の運びとなった。

長泉町の小高い丘に建つがんセンターは、とにかく立派な外観だ。 2002年に開院したころ、東駿河湾環状道路から仰ぎ見る姿に、リゾートホテルか、高層マンションでもできたのか、と本気で勘違いした。
それが日本屈指のがん専門病院だと知ってからも、「見舞いでいいから、いつかあそこからの景色を眺めてみたい!」なんて、のんきに考えていた。
まさか、患者として本当に眺める日がくるとは、夢にも思わなかったのである。

バラ園での散策リハビリもいい

造影CTとMRIの画像が焼いてあるCDを提出し、さらにがんセンターで撮影範囲を拡張した造影CTを受け直した。
結果、転移はなし。ひとまず、ほっとする。 病巣が小さいので、右の腎臓を悪いところだけ部分的に切る方針となった。

ところで僕は、手術を決断するとき、主治医に必ず三つ尋ねることにしている。

・正式な術式名は?
・やらなかったら、どうなるか?
・ほかに手はあるか?

主治医の答えは、こうだった。

・ロボット支援腹腔鏡下腎部分切除術
・放っておけば、がんは太り、周りを侵し、そのうち転移する
・腎がんは放射線も抗がん剤も効きにくい、切除がベター

なるほど、と納得する。訊くだけ訊けば、腹も据わるというものだ。

腎がんは年間およそ3万人がり患する。胃、肺、大腸に比べれば、ずいぶんマイナーな部類らしい。
しかし、がんセンターでの手術待ちは最短でも2か月と言われた。もっとも、進行の遅いケースが多いそうで、それならと、この2か月を入院と心の支度にあてることにした。
実際この間、あっちこっちにせっせと出かけては飲み食いしたのだ。

そうして6月。ようやく入院である。
7階病棟の窓からは沼津と三島の街、その向こうに駿河湾と伊豆の山々が見える。この角度の眺めは、たぶんここでしか拝めない。病院の窓から絶景というのも、妙な話ではあるが、つい数週間前まで遠くの尾根沿いをバイクでブンブン走ってたのだ。

唯一無二の景色

手術当日。
通された手術室では、待ち構えていたスタッフが、F1クルーのピット作業よろしく、テキパキと私の体に管やらセンサーやらを取りつけていく。 主役であるはずの手術支援ロボット「ダ・ヴィンチ」の姿さえ、ゆっくり拝む暇もない。 ぐわん、と全身麻酔が来て、そのまま深い底へ落ちてしまった。

結局見ぬまま、手術支援ロボット「ダ・ヴィンチ」

3時間後。予定どおり、私の腹から病巣が抜き取られていた。
その代わり心電計、点滴、尿の管、ドレーンをひととおりぶら下げて、ICUで寝かされている。

一夜明けて、看護師さんが体を確かめると、医療テープやシリコンゴムにかぶれて、あちこちに水ぶくれができている。体を動かすとやりすぎた腹筋トレーニングの後みたいな鈍い痛みが走る。痛いのだが、ヘタをするとテープかぶれの痒みが勝って、肝心の傷の痛みを忘れるほどだ。なんとも締まらない話である。

腹を見おろせば、右を中心に、 ロボットのアームが通った傷が六つ。

胸に七つの傷の男といえば、世紀末救世主伝説だ。「アタタタタ…」と、ザコどもに百裂拳をお見舞いするアイツだ。
一方、腹に六つの傷の男に至っては、今や自分さえ救えるかどうか危ういのである。寝返るたびに「アタタタタ…」と、ぼやくのが関の山なのだ。

院内のミニストップ、紅ほっぺいちごパフェ🍓の臨時摂取こそ
六つの傷を持つ男の生きがいである

9日間で退院。
主治医から「術後1か月は出血リスクが高いから無茶しないように、万一出血しようものなら…」と強く念を押されながら病院を後にした。

術後3週間を経た診察のとき、取り出した病巣の画像を見せてもらった。
大きさは2センチほど。淡明細胞型腎細胞がん――タイプとしては、ごくありふれたやつらしい。 ただ、画面で見るかぎり、岸壁に打ち捨てられた「さきいか」に黒いつぶつぶをまぶした、異様かつ禍々しい、そして、どこか情けない姿であった。

予後の話になる。
腎機能の数値は手術前の水準に回復した。
一方、僕のタイプの腎がんは長い間の内に、1割ほどの確率で再発・転移の可能性があるという。だから半年~1年に1回は造影CTを受けろ、と。
5年どころか、10年以上たってから、体のどこかにがん細胞が飛び火してぶり返す特徴があるという。なかなかの根暗かつ粘着野郎なのだ。

noteを検索すると、年数を経てから再発する腎がんに、静かに決然と立ち向かっているクリエイターの記事だって読むことができる。
一生つきあう覚悟をしろ、ということらしい。

心房細動に、腎がん。ネチネチとつきまとう、いやらしい病が両手にある。 まあこれも、心臓の病と腎盂がんで逝った母の、置き土産みたいなものかもしれない。
そう思うと「ったくもう」な気分になるのである。


今回の教訓
・手術を決めるなら、三つの問いは必ず訊け
・テープかぶれは侮れない
・術後ひと月は「よいこ月間」だ
・腎がんに終わりは、ない



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