「できない理由」は、心があとから作っている。禅が教える「意欲」の育て方
禅には、「まず一歩を踏み出しなさい」という教えがあります。
考えすぎる前に、まず動く。
頭で答えを出そうとするより、体を動かしてみる。
禅寺では、座禅だけではなく、掃除や庭仕事、食事の準備も修行です。
「やる気が出たらやる」のではありません。
まず箒を持つ。
まず雑巾を絞る。
まず庭を掃く。
その一歩が、心を整えていきます。
私は、この考え方がとても好きです。
世の中には、「できない理由」を探すのが上手な人がいます。
時間がない。
才能がない。
年齢が遅い。
お金がない。
一つ理由が見つかると、次々と新しい理由が現れます。
でも、不思議なことがあります。
その人が本当にやりたいことになると、同じ人とは思えないほど行動的になります。
時間をつくり、
方法を調べ、
人に聞き、
工夫を始める。
今度は「できる理由」を探し始めるのです。
つまり、私たちは最初に「できる・できない」を判断しているのではありません。
もっと先にあるものがあります。
それは、「やりたい」という気持ちです。
理性は、とても優秀です。
でも、その優秀さは少し厄介でもあります。
やりたくないことには、もっともらしい言い訳を次々と作ります。
反対に、やりたいことには、驚くほど創造的な方法を考え出します。
理性は、真実を語っているとは限りません。
心が決めたことを、あとから説明しているだけなのかもしれません。
禅には、「放下着(ほうげじゃく)」という言葉があります。
「手放しなさい」という意味です。
執着や思い込みを手放すこと。
私は、その中には「できない」という思い込みも含まれているように思います。
私たちは、「できない」のではなく、「まだやっていない」だけなのかもしれません。
「向いていない」のではなく、「始めていない」だけなのかもしれません。
心が決めつける前に、一歩だけ動いてみる。
禅は、その一歩を大切にしています。
禅僧は、庭を掃くときも、床を磨くときも、未来のことを考えません。
「これをやったら得になるだろうか。」
「評価されるだろうか。」
そんなことではなく、ただ目の前の一掃きを丁寧に行います。
その積み重ねが、心を整えます。
人生も同じではないでしょうか。
「成功できるだろうか。」
「失敗しないだろうか。」
そんな答えを探し続けていると、何も始まりません。
まずは今日、一歩だけ歩く。
本を一ページ読む。
五分だけ机に向かう。
誰かに連絡してみる。
その小さな行動が、意欲を育てていきます。
「ポジティブになりたい。」
そう願う人は多いと思います。
でも、無理に前向きな言葉を唱えても、心はなかなか変わりません。
それよりも、自分の中の「やりたい」を育てること。
意欲が育てば、人は自然に「できる理由」を探し始めます。
禅は、心を無理に変えようとはしません。
ただ、今日できることを静かに積み重ねます。
その積み重ねが、いつの間にか心を変えていくのです。
私は、「ポジティブ」とは明るい性格のことではないと思っています。
「やってみよう。」
そう思える心のことです。
そして、その心は、生まれつきの才能ではなく、毎日の小さな実践の中で育っていきます。
禅が教えてくれるのは、とてもシンプルなことです。
「動けば、心はあとからついてくる。」
だから私は、「できるかどうか」を考える前に、「まず一歩」を大切にしたい。
その一歩が、「できない理由」を静かに手放し、「できる理由」を見つける人生へと導いてくれるのだと思っています。
📚今日の一冊
➡ 道をひらく 松下幸之助
この記事を読んで興味を持った人におすすめしたい本です。
日常の見え方が少し変わるきっかけになるかもしれません。

