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チャーチルへの〝迷い〟…博物館で感じたイギリスの歴史観

イギリス旅行記の続き。過去2回分はこちら。


イギリスへ来た目的のひとつに「イギリスの歴史観について知りたい」という思いがあった。特に二度の世界大戦についてイギリスがどう語っているのか、敗戦国である日本とはどう違うのかを知りたかった。

そこで今回行ったのは、「帝国戦争博物館(IWM)」「IWM North」。それぞれロンドンとマンチェスターにあり、どちらも二度の世界大戦がテーマの博物館である。

帝国戦争博物館(IWM)
IWM North

ちなみにマンチェスターは雰囲気がめっちゃよくて、かなり気に入ってしまった。イギリスに住むならマンチェスター一択。写真を何枚か載せておきます。

街中を歩いていてあまりに気分がいいので、これからはマンチェスター・シティを応援することにした。スカーフも買った。この水色がいい感じ。


さて本題へ。

2つの博物館を巡った感想を正直に言うと、どちらもあまり心動かされる展示ではなかった。「歴史は勝者が語るもの」と言われるが、イギリスの戦争の語り口はまさに「世界史の教科書」のようだと感じた。山川出版社が監修したと言ってもいいくらいである。

帝国戦争博物館(IWM)
帝国戦争博物館(IWM)
IWM North
IWM North

もちろん博物館を隅々まで見れば、戦争が兵士に与えるトラウマを訴えるような展示もあるにはある。帝国戦争博物館のホロコーストを扱ったコーナーはその恐怖と惨劇を伝えるインパクトを持っている。

だが全体としてみれば、どこか第三者として戦争を眺めている印象を受けた。広島、長崎への原爆投下についても、その悲惨さはまったくといっていいほど描かれず、開発の経緯や終戦に与えた影響が客観的に示される。

IWM Northの原爆に関する展示

どちらの博物館でも戦争の当事者としての葛藤、もしくはその逆の勝者としての誇りのどちらも強くは感じられなかった。

むしろ僕の印象に強く残ったのは、戦争を正面から取り上げたわけではない2つの場所だった。

1つ目はチャーチル博物館だ。

この建物の地下に博物館がある

チャーチルと言えば、第二次世界大戦期に首相を務めたイギリスを代表する政治家である。

ウィンストン・チャーチル(1874−1965)

博物館はビッグベンやバッキンガム宮殿のすぐ近くにある。かつて内閣戦時執務室として使われていた地下施設を改装して作られた。そんな経緯があるとはいえ、いち政治家の博物館がこれだけの一等地に存在するところに、イギリス人にとってのチャーチルの存在の大きさがうかがえる。

館内には、チャーチルや側近たちが実際に使用していた会議室や食堂、寝室などの当時の姿が再現されている。

薄暗く天井の低い地下施設を歩いていると、戦時の緊張感が全身に伝わってくる。この張り詰めた空気の中で、世界の行く末を左右する決断を下していたのかと思うと、日本人である僕にも自然とチャーチルへの尊敬の念が湧く。

その上階の広々としたフロアには、チャーチルの遺品や彼の生涯を振り返る展示が並ぶ。彼の人生を知れると同時に、政治家らしからぬチャーミングなキャラクターを味わえる空間となっている。

この大きな展示室の隅に、はみだすような形で作られた小部屋がある。壁に「チャーチルと中東」と書かれた小部屋。気づかずに博物館を出てしまいそうなほどさりげない展示室である。

早期からナチスの危険性を訴え、第二次世界大戦の終結に貢献した名政治家のチャーチルにとって、中東政策は人生の汚点と言って間違いない。1921年のカイロ会議で民族や宗教の分布を無視した人工的な国境線を引き、場当たり的なパレスチナ統治を続け、イスラエルとアラブ諸国間の第一次中東戦争の一因を作った。現在まで続くパレスチナ問題の根幹にチャーチルは深く関わっている。

「チャーチルと中東」の小部屋では、彼が中東に対して何をしたのかを伝えるアニメーションが流れる。博物館はチャーチルの汚点を黙殺してはいない。しかしこの小部屋が置かれた位置に、その責任を正面から追及したくない〝迷い〟がある。中東問題は数十年にわたってこじれ、多くの犠牲者を出し続けていることを思えば、より強く責任を問うてもいいと個人的には思ったが。


2つ目の場所では、より積極的にイギリスの歴史の暗部を描く姿勢が見えた。

ロンドンドックランズ博物館。2003年開館の比較的新しい施設である。

この博物館はロンドンの主要な波止場のひとつウェスト・インディア・キーにあり、大航海時代から現在に続くまでの大西洋貿易の歴史を扱っている。

館内には当時の港で使われていた品々が置かれ、貿易の歴史を教えてくれる。展示品の前を歩いていると、黒人の存在を強く押し出していることに気づく。

その意図は、イギリスが大西洋貿易によって大英帝国を築き上げた栄光の歴史の中に、長く無視されてきた黒人奴隷の存在を置き直すことにある。

例えばこの展示。

右の絵に描かれているのはジョージ・ヒバート。彼は18世紀後半からジャマイカのプランテーションを使って莫大な富を築き、奴隷制の廃止運動に積極的なロビー活動で抵抗した人物である。1833年にイギリスの奴隷制が廃止された時点で1600人以上の奴隷を抱えていたという。

左側で同じポーズを取っているのは、ヒバートと同時代を生きたロバート・ウェダーバーン。ジャマイカで奴隷の子として生まれ、イギリス海軍を経て革命家に。カリブ海周辺の奴隷たちへ向けて蜂起を訴えた。

左の絵はヒバートの肖像画に合わせ、近年に描かれたものである。つまりこの博物館は2つの絵を並べることで、奴隷だったウェダーバーンこそが大英帝国の繁栄を支えたのであり、ヒバートのような富に浴する権利があったと静かに告発している。


チャーチル博物館の小部屋とドックランズ博物館の黒人展示。

この2つには明確な違いがある。前者が受動的、消極的なのに対して、後者は能動的、積極的である。もう少しわかりやすく言えば、ドックランズは黒人奴隷に対するスタンスが定まっているが、チャーチル博物館は中東問題をどう扱うべきか覚悟が決まっていない。

チャーチル博物館が抱える〝迷い〟は、現在のガザ問題に対するイギリス政府の態度と地続きである。停戦を求めながらもイスラエルへの明確な批判を避ける煮えきらなさ。チャーチルが引いた国境線の上で、今も人が死んでいるにもかかわらず。

実はイギリスをまわったあと、ドイツのベルリンへ行った。戦争をいかに記憶するか、いかに語るかという点では、ドイツのほうがはるかに示唆に富み、感銘を受けた。後日詳しく書きたい。


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