産後ケアを半年やって、わかった。助産師がいるだけでは、「実家」にはならない、だから。
2026年7月31日。
東京・中野で約半年間続けてきた産前産後ケア事業「Jicca(およびJicca Nakano)」を、9月以降も続けられることが決まりました。
本当に、ギリギリでした。実証事業としてスタートしたJiccaは、もともと2026年8月末までの予定。
その先も続けるのか。
事業として本当に成立するのか。
誰が、どんなリスクを、どこまで背負うのか。
最後までたくさんの議論がありました。
そして7月31日の夕方、継続のGOが出ました。
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.
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「やった!!!」
……と、もちろん思いました。
たぶん、2〜3分くらいは。笑
でも、そのあとすぐに私の中にやってきたのは、安心というよりもものすごい緊張感でした。実証期間中は、ある意味「実験」が許されていました。
失敗したら分析する。うまくいかなかったら改善する。この理想に事業としての可能性があるのかを、みんなで確かめていく。
でも、ここからは違う。「実証だから」という言い訳は、もうできません。
自分たちでお客さまに選んでいただき、売上をつくり、人件費を払い、ケアの質を守りながら、事業そのものを存続させていかなければいけない。
先日のJicca Nakano既存メンバーに向けた報告会でも、私はメンバーに「ここからは、一つの施設だった実証事業を、社会の文化にしていくための時間にしたい」と話しました。
半年間、本当にいろいろありました。
嬉しかったことも、悔しかったことも。
「ああ、Jiccaをつくってよかった」と心から思えた夜もあれば、
「これ、本当に続けられるんかな……」
と思った夜もありました。いや、その方が多かったかも。
でも、この半年を通して、確信したことがあります。
やっぱり、この社会には、Jiccaが必要です。
そして、もう一つ。
今回は未来の仲間に宛てたnoteなので、最初に伝えておきたいことです。
助産師がいるだけでは、「実家」にはならない。
つまりは、資格があればいい、ということではない。
授乳支援ができればいい、ということでもない。
赤ちゃんを安全にお預かりできれば、それだけで「良い産後ケア」になるわけでもない。
じゃあ、Jiccaに必要な助産師って、どんな人なんだろう。
そして、私たちはこれから誰とJiccaをつくりたいんだろう。
半年間やってきた今だから、半年前よりずっと具体的に話せるようになりました。今日はそのことを、できる限り正直に書いてみようと思います。
正直に、なので私の幼さが出てしまうかもしれません。
でもそれも隠さずに、正直に。
そして最後には、これからのJiccaを一緒につくってくださる仲間を、本気で募集します。
改めまして、私は「ケア」に執着している助産師です。
初めての方がこのnoteを読んでくれていると、嬉しいです。
株式会社With Midwife代表取締役の岸畑聖月です。
・・・ケアに執着している助産師、そうだなあと思う。笑
CCO(Chief Care Officer)を任命し、日々THE CAREもJiccaも。きちんとケアが届いているか、見守り続けるくらいには執着していると思います。笑
まだ、自分の求める「ケア」が何なのかは言語化途中ではあるのですが。
さて、改めて自己紹介させてもらいます。助産師・看護師・保健師の資格を持ち、会社を経営しながら、今も病院で助産師として働いています。
私は14歳のとき、大きな婦人科系疾患を経験しました。
手術を受け、将来、自分自身が妊娠・出産することは難しい(断言)と言われました。その時に思ったのが、
「自分が産むことができないなら、私は小さな命を守る側になろう」
ということでした。
その後、自宅療養中に、育児に追い詰められたお母さんと、家に取り残されていた赤ちゃんに出会いました。
その経験から、
「医療だけでは、救えない命がある」
ということも知りました。
病気になってから治療する。
限界になってから支援につなぐ。
そうではなくて、もっと手前で、もっと生活の中で、もっと自然に誰かを支えることができないだろうか。
その問いがずっと、私の中にあります。
きっとこれが私のケアの原点で、
そして、それが助産師になった理由でもあり、
2019年にWith Midwifeという会社をつくった理由でもあります。
……と、ここを全部書き始めると、今回の記事が永遠にJiccaまで辿り着かないので(笑)、私自身のこれまでについては、35歳の誕生日にかなり赤裸々に書いたnoteがあります。
ありがたいことに、たくさんの方に読んでいただきました。
▼14歳で『産めない』と言われた私が、命を守る会社を作るまで。
もし「そもそも岸畑って何者なん?」と思った方は、こちらから読んでいただけると、今回のJiccaの話も少し違って見えるかもしれません。
私は、助産師という仕事が大好きです。
同時に、ずっと思っています。
助産師の力を、病院の中だけに置いておくのは、もったいない。
昔の「産婆さん」は、出産だけを支援する人ではありませんでした。
妊娠中も、産後も、育児も。
時には家族のことも、夫婦のことも。
その地域に暮らす人たちの人生そのものに近いところで、「大丈夫?」と声をかける専門家だった。
私は、そんな助産師の力を、現代の社会の中にもう一度実装したいと思っています。
With Midwifeではこれまで、その一つの方法として「THE CARE」という事業をつくってきました。
会社の中に医療専門職が入り、働く人とその家族を支える仕組みです。
妊娠や育児だけでなく、メンタルヘルス、介護、パートナーシップ、仕事との両立。生活の中の「ちょっと困った」の段階から専門家とつながれるようにする。
私はこれを、広く届けるケアだと思っています。
でも、事業を続ける中で、もう一つ考えるようになりました。
広くつながるだけではなく、
本当にしんどい時。
眠れない時。
ひとりで赤ちゃんを抱いて「もう無理かもしれない」と思う時。
もっと深く、もっと物理的に、生活そのものを支えられる場所が必要なんじゃないか。
THE CAREが「広く届けるものなら、「深く支える」場所も必要だ。
その答えの一つが、Jiccaです。
実際、2nd Season Kickoffでも、オンラインを中心に広くケアを届けてきたTHE CAREと、リアルな場所で深く支えるJiccaの両方があってこそ、私たちが目指す世界に近づけるのだと話しました。

ずっとつくりたかった。「里帰りのような、暮らしの中の産後ケア」という選択肢。
Jiccaのことを文章だけで説明するより、まずはこちらを見ていただいた方が早いかもしれません。
▼ Jicca Nakano プロモーション動画
私が産後ケアに強く関心を持ったのは、実はJiccaを始めるずっと前です。
京都大学大学院で助産学を学んでいた頃、私の研究テーマの一つが「宿泊型産後ケア」でした。
当時、日本では今ほど「産後ケア」という言葉自体が知られていませんでした。
韓国など海外の産後調理院がメディアで取り上げられ始め、一方、日本には里帰り文化や産屋、助産院を中心に古くから産後を支えてきた文化もある。
なのに、なぜ日本ならではの宿泊型の産後ケアがもっと広がらないんだろう。そんな疑問から、施設を運営する側、利用する側、それぞれを調査しました。
そこで見えてきたのが、大きく3つの壁でした。
価格の壁。
箱の壁。
そして、伝える壁。

産後ケアには人が必要です。
しかも、24時間安心して過ごせる場所をつくろうとすると、人件費は大きい。
赤ちゃんを安全に預かるための設備もいる。
もちろん、宿泊してもらう場所もいる。
初期投資もかかる。
でも、利用する家族が支払える金額には当然一定の限度があります。
さらに、どれだけ素晴らしいサービスをつくったとしても、「産後ケアを使う」という文化そのものがまだ十分に根づいていなければ、知ってもらうところから始めなければならない。
研究をすればするほど、「これ、めちゃくちゃ難しい事業やな」と思いました。笑
すでに当時、1社別の会社を経営していたこともあるので、すぐにわかりました。この難しいということは、最近Youtubeのある番組でも話題になっていましたね。一つの助産院や、一社だけで乗り越えるには非常にリスクの大きい事業です。
そして研究から10年の年月が経ち、日本でも産後ケアサービスは少しずつ広がりました。ホテルのような非日常空間や美容、リラクゼーションなども提供する、ラグジュアリーな産後ケアも増えてきました。
一方で、自治体の支援を受けながら医療機関や助産院が提供する産後ケア事業もあります。こちらは一定の回数までは費用負担もある。
どちらも大切な選択肢です。
でも私は、その間にもう一つ、
「普通の暮らしのすぐ近くにある、ちょうどいい産後ケア」
があっていいと思っていました。
そこで思い出したのが、日本に昔からある「里帰り」です。
出産したら実家へ帰る。
家族がご飯をつくってくれる。
しんどい時には赤ちゃんを少し抱いてくれる。
夜、泣き止まない時に「代わろうか」と言ってくれる。
特別なプログラムがあるわけではない。
でも、
ご飯を食べられる。眠れる。分からないことを聞ける。
ひとりじゃない。
それだけで、産後の家族にとってどれほど大きな支えになるだろうと思いました。
ただ、他方で今の社会では、すべての人に「帰れる実家」があるわけではありません。
地元を離れて都市部で暮らす人。
両親が高齢になっている人。
親との関係性から里帰りを選ばない人。
共働きで、パートナーと一緒に育児のスタートを切りたい人。
そもそも頼れる家族がいない人。
だったら、
血縁としての実家に帰れない人にも、「帰れる実家」を社会の中につくればいい。
そんな発想から生まれたのが、Jicca(ジッカ)です。
ホテルでもなく、病院でもない。
マンションの一室で、できるだけ普段の暮らしに近い環境のまま過ごす。
パートナーも、上のお子さんも一緒に泊まれる。
温かいご飯がある。
必要な時には赤ちゃんを預けられる。
そして、24時間、すぐそばに助産師がいる。
何か特別なことをしてもらう場所ではなく、
「ちょっと実家に帰ってくる」ような場所。
そんな産後ケアをつくりたかった。
そして2026年3月、東京・中野で、大東建託さん、アカチャンホンポさんと一緒に、半年間の実証事業「Jicca Nakano」が始まりました。

10年越しに半年間、「実家」を本当にやってみた。
構想している時は、夢を語れます。笑
「こんな産後ケアがあったらいいよね」
「家族みんなで泊まれたらいいよね」
「実家みたいに友達も寄れるといいよね」
言葉にすると、全部とても素敵です。
でも、実際にやってみると当然ながら、毎日が答えのないことだらけでした。
最初の利用者さんを迎えた日の緊張感は、今でも覚えています。
入居の説明はこれで伝わっているかな。
この備品はここでいいかな。
夜、赤ちゃんが何人同時に泣いたらどうしよう。
食事は口に合うかな。
ご家族は本当にゆっくり過ごせるだろうか。
「実家のように」と言っている私たち自身が、まだJiccaという実家での暮らし方を誰よりも分かっていない、そんな状態からのスタートでした。
それでも、24時間現場を支える心強い助産師メンバーが一つずつ考えて、直して、マニュアルに反映し、また次の家族を迎えてくれました。
そして半年間、本当にいろいろな家族がJiccaに「帰省」してくれました。
数日間滞在する方もいれば、1ヶ月以上長期間滞在してくださる方。
双子の赤ちゃんとの暮らしを整えるために来てくださったご家族。
パパと赤ちゃんだけで滞在してくださったケース。
行政や他機関と連携しながら支援したケース。
中野区だけではなく、東京都内のさまざまな場所から、そして都外からも足を運んでくださる方がいました。
当初タレントさんもお越しいただいたり、例えば滞在中に家探しして引越される活用例や、パパが仕事しながらJicca Nakanoを利用しママは家で休めるようにする活用法など、私たち自身も十分に想像できていなかった(素晴らしい!)使われ方も生まれました。
そして何より嬉しかったのは、
「また帰ってきたい」
と言ってくださる家族が100%いたことでした。
産後ケア施設なら、「また利用したい」でもいいはずなんです。
でもJiccaでは、自然と「帰る」という言葉が使われる。
「おかえり。」「ただいま。」が飛び交う。
過去に利用してくださった方の声にも、
「実家のようだった」
「第二の母のようだった」
という言葉が何度も登場しました。
たぶん、私たちが創りたかったものは間違っていなかった。
そう思えました。
そして、何よりメンバーも、本当にいろいろなことを自ら考え届けてくれました。
助産師としてのケアだけではありません。
時には食事をおにぎりに変える工夫や
何度も近くのスーパーやホームセンターでより安心できるようなものを揃えたり。
もっと利用してもらうにはどうすればいいかを考えたり。
SNSで発信したり。
利用者さんに喜んでもらえそうなことを考えたり。(パン作り体験とかも生まれてました🍞)
部屋を整えたり。
マニュアルをつくったり。
近くの楽しめるマップを全室に掲示したり。
次の勤務者が困らないように情報をわかりやすく整理したり。
「助産師として採用されたのに、こんなことまでするの?」
と思った人も、きっといたと思います。ごめんなさい。
もちろん、実際この問いはこの半年間、私自身も何度も考えました。
それでも、だんだん分かってきたことがあります。
Jiccaでは、
助産師業務と、それ以外の仕事を、そんなに綺麗に分けられない。
なぜなら、ここは病院ではなく、「実家」だからです。
ここについてはもう少し後でしっかり語ろうと思います。
さて、ただ一方で、この半年間が全部うまくいったかというと、まったくそんなことはありません。
稼働率は、事業として安定するにはまだまだ足りませんでした。
受け入れるかどうか判断に迷うケースもありました。
実際にはスタッフによってケアに差が出ることもありました。
現場と管理側で、見えている景色が違うこともありました。
採用も。教育も。マーケも。ルールも。収益性も。まだまだです。
だから、Jicca Nakanoの継続が決まった時、既存メンバーにはこう伝えました。
「まだまだ課題は多い。でも課題が見つかったことは、悪いことではない。目の前にボールを置けたことが大事なんだ」と。
例えば半年でこんな課題が見つかりました。
ハイリスクケースの受け入れ基準
ケア品質のばらつき
24時間動く現場と意思決定を担う管理側との連携
採用・教育・評価
収益性・持続可能性・公益性のバランス など
つまり、
Jiccaというサービスは、半年間でかなり形になりました。でも、Jiccaという文化は、まだできていない。
そして、ここからが今回のnoteで一番書きたかった話です。
半年間、家族を迎え続けて気づきました。
「良い産後ケア施設」をつくるだけなら、もっとルールを増やせばいいのかもしれません。
できること。
できないこと。
受け入れる人。
受け入れない人。
助産師がする仕事。
助産師がしない仕事。
境界線を明確にすれば、運営はずっと楽になります。
でも、実家って、そんなにルールでできていたっけ?
ここから、私たちはとても難しい問いに向き合うことになりました。
「できません」で終わらない。実家は、病院みたいに全部をルールにはできなかった。
誤解のないように最初に書いておくと、私は「ルールなんていらない」と言いたいわけではありません。むしろ、赤ちゃんと産後のご家族をお預かりする場所だからこそ、安全に関する基準は絶対に必要です。
助産師は専門職です。
赤ちゃんの状態を観察すること。
産後のお母さんの身体やこころの変化を見逃さないこと。
必要な時には医療につなぐこと。
ここは、曖昧にしてはいけない。
でも半年間、いろいろなご家族を迎えていると、基準だけでは答えが出ないケースに何度も出会いました。
例えば、少しリスクの高い背景があるご家族からお問い合わせをいただいた時。
「この条件だから受け入れ不可です」
と決めてしまえば、運営としてはとても楽です。
でも、その人がどうしてJiccaを必要としているのかを聞いてみると、
「実家に頼れない」
「トラブルがありもう何日もまともに眠れていない」
「パートナーも限界になり、双子と離れて寝る時間が必要」
「他の産後ケアには断られてしまった」など
そんな背景が見えてくることがあります。
その時に“リスクがある人”という一言だけで、そのご家族を見てしまっていいのだろうか。
もちろん、「なんでも受け入れよう」という話ではありません。
命を預かる場所だからこそ、
何がリスクなのか。
Jiccaでできることは何か。
あくまでもサービスとして、私たちがいる意義は何か。
どのようにすれば最も安全なのか。
何か条件を変えれば支援できないか。
宿泊は難しくても、別の方法で支援できないか。
そこまで考え尽くした上で判断したい。
せっかくたどり着いたその手を、可能な限り離したくない。
私はこの半年で、
安全を守ることと、支援を諦めないことは、反対ではない
と思うようになりました。
無理をする必要はない。でも、「できない」を最初の答えにはしたくない。
これはJiccaの中で、すごく大切にしたい考えです。
そしてもう一つ。
私たちは、リスクは評価しても、人を評価したり、ラベリングしたりしないチームでいたいと思っています。
「要望が多い人」
「神経質な人」
「不安が強い人」
「対応が難しい家族」
「手がかかる利用者さん」
忙しい現場では、ついそういう言葉を使いたくなる瞬間もあると思います。
医療現場で私自身も、きっと無意識にそう見てしまったこともあるかもしれません。
でも、その言動の向こうには、その人なりの背景があります。
妊娠中に何があったのか。
どんなお産だったのか。
これまで何日眠れていないのか。
家族との関係はどうなのか。
仕事や経済的な不安はないのか。
過去に流産や死産、喪失の経験があったのか。
なぜ今、その要望が出ているのか。
そこまで見た時に、同じ言葉でも全く違って聞こえることがあります。
赤ちゃんだけを見るのではなく、
その赤ちゃんを迎えた家族が、どんな背景を背負って今ここにいるのかを見る。それもJiccaで届けたいケアだと思っています。
これは多分、簡単ではありません。
基準が一つあって、それに○か×をつける方がずっと楽です。
でも、
人の暮らしって、そんなに○と×でできていない。
だからこそJiccaは、難しい。だからこそ全スタッフが助産師という専門職である意味があるのだと思っています。
目の前の家族に、今届けられる「最大のギフト」を考える。
この半年間、私はメンバーに何度も、「目の前の家族に、今できる最大のギフトって何だろう?」と考えてほしいと思ってきました。
ここでいうギフトは、何かプレゼントを買うという意味ではありません。
その瞬間、私たちが持っている、
時間。人。専門性。場所。物。知識。つながり。
限られたものを組み合わせて、その家族にとって一番価値のあるものに変えることです。Jiccaは、何でもある場所ではありません。
むしろ、ホテル型の産後ケアに比べたら、ないものもたくさんあります。
豪華なスパもない。エステもない。コンシェルジュもいない…ほんと、話題の産後ケアと比べたらないものばかりです。
でも、それでいいと思っています。
なぜなら私たちが届けたいのは、「何でもあること」ではないから。
例えば、
眠れていないお母さんがいたら、どうしたらあと2時間安心して眠ってもらえるか。
食欲が落ちている人がいたら、既存のメニューをどうしたら少しでも食べやすくできるか。
おばあちゃんが育児を手伝ってくれる家庭なら、お母さんだけではなく、おばあちゃんにも抱っこ紐の使い方を伝えた方が、家に帰った後の安心につながるかもしれない。
パートナーが仕事から帰ってくるなら、そのタイミングで赤ちゃんのお世話を一緒に練習した方が、退去後の家族の負担を減らせるかもしれない。動画も撮っといてさしあげよう。
滞在中にたくさん撮った写真があるなら、それを一つの思い出にしてお渡ししたら、何年か後に「しんどかったけど、私たち頑張ってたね」と思えるものになるかもしれない。
実際にJiccaでは、そんな小さな工夫がたくさん生まれました。
一方で、ここにはもう一つ大切な視点があります。
何かを良くしたいと思った時に、
「これ買ってください」
「これもあった方がいいと思います」
「もっと人を増やしてほしいです」
と要望を出すこと自体は、とても簡単です。もちろん、本当に必要なものなら買います。ケアの質や安全を守るために必要なら、きちんと投資したい。
でもその前に、一歩だけ考えてほしい。
それは、本当に必要なのか。
それによって誰に、どんな価値が生まれるのか。
別の方法では実現できないのか。
今あるものを使えないのか。
そして、そのコストは最終的に誰が払うのか。
会社のお金は、どこかから無限に湧いてくるものではありません。
Jiccaで使うコストは、巡り巡って利用料金にも影響します。
私たちが「これも欲しい、あれも欲しい」と積み上げた結果、本当はJiccaを必要としている人が、「高くて使えない」となってしまったら。
それは、私たちが目指していたケアなのだろうか。
だから私は、ただ単に節約する、安ければいいと言う話ではなく、限られた資源を、最大の価値に変えることを考えられるチームにしたいと思っています。
ちなみにWith Midwifeの仲間にはよく話すことですが、これはお金だけではありません。自分たちの時間も同じです。
Jiccaには、赤ちゃんを預かっている時間もあれば、比較的落ち着いている時間もあります。
そんな時に、「暇やなあ」で終わるのか。
次の利用者さんの準備をするのか。
業務の中で不便だったことを改善するのか。
記録をもっと分かりやすくするのか。
新しい知識を学ぶのか。
同じ1時間でも、生み出せる価値は大きく違います。ただし、これは「暇な時間も1秒も休むな」という意味ではありません。笑
休憩は必要です。人をケアする人だからこそ、自分自身を整える時間も必要です。でも、勤務時間は利用者さんや会社から預かっている、大切な資源でもある。
だから、自分の時間を、次のケアの価値に変えられる人でありたい。
そんな話も、既存メンバーにはよく伝えました。ここまで書くと、「岸畑、結構細かいな」と思う人もいると思います。
そうです。結構、細かいと思います。笑
でもそれくらいしないと、“ちょうどいい価格で、ちゃんといいケアを届ける”という一番難しいところは、実現できないと思っています。
曝け出そう。そう痛感した。「いいケア」だけでも、Jiccaは続かない。
ここは、医療職として働いてきた私自身が、一番目を背けたくなるところでもあります。
どれだけ良いケアをしていても。
どれだけ利用者さんが喜んでくれても。
事業として赤字が続けば、Jiccaはなくなります。
ものすごく当たり前の話です。
私も、医療者として自分の考えるいいケアをし続けること”だけ”を考えたいなと思います。実は。
私も助産師なので、その感覚が全く分からないわけではありません。
でも私は逆に、続かないケアは、本当に優しいケアなんだろうかと思っています。
Jiccaは24時間、人がいます。
利用者さんがゼロの日でも、家賃は発生し、給与補償もしています。
予約が少なくても、シフトを組めば人件費は発生する。
食事、清掃、備品、システム、保険、光熱費。
部屋が空いていても、固定費は待ってくれません。
そしてJiccaは、スタッフを全員助産師で構成しています。そこは、簡単に削りたくない。
ちゃんとしたものを使いたい。
安心できる食事を届けたい。
家族が気兼ねなく滞在できる空間にしたい。
そうすると当然、原価は上がります。
でも、高くしすぎれば必要な人が使えなくなる……難しいんです。笑
本当に。
研究していた10年前に「この事業難しいな」と思いましたが、実際に経営してみて、「想像していたより、さらに難しいやん」となりました。笑
実際、私たちが目標としていた実証期間の稼働率はまだ未達です。事業として自立していくためには、まだ足りない。
しかも9月からは、「実証だから守られている」というフェーズから一歩外に出ます。
既存メンバーとの本稼働のキックオフでも、「稼働率未達で継続できると聞いて驚いた」「ここからは、この事業自身で人件費も含めて稼いでいかないといけないんですよね」
という声が出ました。その通りです。
私自身も、継続が決まった数分後には、そのプレッシャーを感じていました。笑
でも私は、それを悲観しているわけではありません。
むしろ、だから面白い。と思っています。
行政や誰かのお金に頼り続けなければ成り立たない仕組みではなく、
本当に必要としている人から選ばれて、
そこで生まれた売上で、
助産師にちゃんと報酬を払い、
もっと良いケアに投資して、
次の街にもJiccaをつくる。
まだ誰もできてない。
でもそれができたら、
産後ケアは「一部の恵まれた場所だけにある取り組み」ではなくなる。
社会のインフラにできる。
私たちは、そこまでやりたい。
ケアを続けたいなら、経営から逃げてはいけない。
そのことを、この半年で改めて痛感しました。
必要な人に届かないケアは、「ない」のと同じだった。
さて、今回の実証で経営と同じくらい難しかったのが、
「どうやってJiccaを知ってもらうか」
でした。
研究していた頃から、産後ケアには「伝える壁」があると思っていました。そして10年後、自分でやってみても、やっぱりありました。笑
どれだけいい場所をつくっても、
知られていなければ、誰も来られません。
そもそも、「産後ケアって何?」という人もまだたくさんいます。
「困っている人だけが使うもの?」
「自治体のサービスじゃないの?」
私たちにとっては当たり前になっていることも、利用する人からすると分からないことだらけです。
しかも今回は限られた実証期間でメインターゲットは産後のご家族。
(通常産後ケアは妊娠初期に予約することが多い。)
だから眠れていない。
赤ちゃんは泣いている。
検索する体力すら残っていないこともある。
そんな人に届けなければいけない。
「素晴らしいサービスをつくりました。あとは見つけてください」では、届かない。
だからJiccaでは、現場の助産師たちにもたくさん発信をしてもらいました。
SNSでJiccaの日常を届けたり。
写真を撮ったり。
利用者さんの声を共有したり。
企画を考えたり。
どうしたらもっとJiccaを知ってもらえるかを、みんなで考えました。
助産師がマーケティング。
これもまた、「それ、助産師の仕事なん?」と言われそうなことの一つです。
でも、私は思うんです。目の前で困っている人にケアを届けることと、まだ出会えていない、困っている人がケアに辿り着けるようにすること。
本質的には、そんなに離れていないんじゃないか。
病院なら、患者さんは来てくれます。
基本的には、病院という場所を知っている。
具合が悪ければ「病院へ行く」という文化もある。
でも、Jiccaは違います。
まだこの社会に、「産後、しんどくなったらJiccaへ帰る」という文化はありません。
だから、その文化をつくるところから私たちの仕事です。
必要な人に、「ここに帰ってきていいんだよ」と伝える。
その人がその言葉に出会えるところまで、届ける。
私はそれも、ケアだと思っています。
必要な人に届かないケアは、存在していないのとほとんど同じです。
だから、ケアと経営。ケアとマーケティング。専門性と事業。
どちらかではなく、全部必要。
この半年、この境界線を行ったり来たりしながらJiccaをつくってきたからこそ、もう一つ、とても大きなことに気がつきました。
私たちが利用者さんに提供しているのは、本当に「産後ケア」なんだろうか。実は、利用者さんは「産後ケア」を買いに来ているわけではない。と思っています。
その人たちが、本当に欲しかったもの。それは何でしょうか。
「産後ケア」を買いに来ているわけではない。
Jiccaに帰省してくださる方が本当に欲しかったもの。
それは何か。
私はこの半年間、Jiccaで過ごすご家族を見ながら、ずっと考えていました。
授乳支援、乳房ケアでしょうか。
赤ちゃんを預かってもらうことでしょうか。
沐浴や肌ケアでしょうか。
育児のコツを教えてもらうことでしょうか。
もちろん、全部きっと大切です。
でも、それだけじゃない。
たぶん、ご家族が本当に求めているものは、「ここにいれば、大丈夫。」と思えることなんじゃないか。
私は今、そう思っています。
赤ちゃんが泣いても、
「あ、助産師さんいるし大丈夫。」
授乳がうまくいかなくても、
「あとで聞けばいいか。」
今夜眠れなくても、
「明日は少し預かってもらおう。」
「◯時まで頑張ってみよう」
夫婦で意見がすれ違っても、
「一緒に相談してみよう。」
たとえご飯を作る体力がなくても
「美味しいご飯が届くから大丈夫。」
それは、一つひとつを見ると、とても小さなことなのかもしれません。でも、産後って、この小さな「大丈夫」がなく「不安」が積み重なる時期でもあると思うんです。
だから、Jiccaで届けたいものは、単に専門的な産後ケアのメニューではなく(そもそもメニューを作っていない)、その人にとっての安心を、帰宅後も見据えて一つずつ生活の中に増やしていくことなのかもしれません。
そう考えると、ケアの形は当然、一人ひとり変わります。
例えば、滞在中のご家族の写真。
私たちは写真館ではありません。
でも、その写真を見てスタッフが、「この滞在を残してあげたいな」と思ってコラージュを作ったら、それもケアになる。
例えば、食事。
栄養士でも料理人でもないけれど、食欲がなくて、お箸が進んでいない。だったら少し食べやすいように工夫できないかな、と考える。
パパが仕事帰りに来たなら、「パパもやってみます?」と声をかける。
上のお子さんが寂しそうなら、その子も一緒に家族として迎える。
おばあちゃんの子育て論にママの表情が陰っていたら、すかさず助産師としてレクチャーをする。
つまりJiccaでは、「誰をケアするのか」も、「何をケアと呼ぶのか」も、目の前の家族によって変わります。
これも、医療機関の中で求められてきた助産師の役割とは、少し違うかもしれません。
でも私は、むしろここに、助産師のものすごい可能性を感じています。
だって、私たちはもともと、病気だけを見る専門職ではないから。



妊娠を見て。
出産を見て。
身体を見て。
赤ちゃんを見て。
こころを見て。
家族を見て。
その人の生活まで想像する。
そんな専門職です。だったら、その力を「助産師業務」という箱の中だけに閉じ込める必要はないんじゃないか。
そう思うようになりました。
助産師がいるだけでは、「実家」にはならない、だから。
さて、そろそろ読み疲れてきましたよね。
時間ない方はここだけ読んでいただければと思います。
この記事のタイトルの話に戻ります。
助産師がいるだけでは、「実家」にはならない。
この言葉だけを見ると、「助産師を否定しているの?」と思われるかもしれません。
いいえ。むしろ逆です。私は、助産師という職業が大好きです。たぶん、結構な助産師オタクです。笑
だからこそ、その専門性を、
授乳。
乳房ケア。
沐浴や抱っこ。
ママや赤ちゃんの観察。
だけに閉じ込めるのが、もったいないと思っています。もちろん、それらは私たちにしかできない大切な専門的ケアです。でも、目の前のご家族が本当に求めているものが「安心」だとしたら、その安心をつくるために必要なことは、毎回違うのです。
時には掃除をする。
時にはご飯を工夫する。
時には写真を撮る。
時にはSNSで発信する。
時には「これ、本当に必要?」とコストを考える。
時には、自分の担当ではない課題に手を伸ばす。
だからJiccaでは、「これは助産師の仕事ですか?」という問いより、「目の前の家族に安心を届けるために、今の私たちに何ができる?」という問いを大切にしたいと思っています。
これは、簡単な働き方ではないと思います。むしろ、結構難しいです。
マニュアル通りに仕事をする方が楽な場面もたくさんあります。「それは私の担当(役割)ではありません」と言えた方が、自分の仕事の境界線は守りやすいですよね。わかります。
でも、新しいものをつくる時、その境界線の間にたくさんのボールが落ちます。誰かが拾わなければ、そのままになる。だからJiccaでは、自分から始めて、次に繋ぎ、最後まで見守る人と一緒に働きたいと思っています。
そして、今日中野でやったことが、中野だけで終わらないことも知っていてほしい。これは大きなあなたの助産師としての可能性です。
ある利用者さんへの声かけ。一つの工夫。一つの失敗。一つの改善。それを言葉にして、マニュアルにして、仲間に共有する。その一つひとつが、次のJiccaの「型」になります。
今日の実践が、未来のJiccaの文化になる。あなたのケアが、日本中の家庭を救う基準になるかもしれない。
そんな仕事です。結構ワクワクしませんか?大変だけど。笑
創るという楽しさはここにあります。
継続は決まった。
でも、ゴールではなく、むしろスタートになった。
冒頭にも書いた通り、Jiccaの継続が決まりました。でも、継続が決まったからといって、「よかった、これで安泰!」ではありません。笑
むしろ全然逆です。経営陣も、既存メンバーも燃えています🔥
課題は山積みです。
稼働率を上げる。
ケアの質をもっと安定させる。
採用の仕組みをつくる。
教育や評価制度を整える。
利用者さんが安心できる受け入れ基準をつくる。
スタッフも安心して働ける体制をつくる。
そして、事業として利益が生まれるところまで持っていく。
やることしかないです。
大変です。ひりひりします。それでも、続けます。
なぜなら、この半年間で、
「Jiccaがあった方がいい」ではなく、
「Jiccaを必要としている人が、本当にいる」
ことを知ってしまったから。本当に、知ってしまったから。
何か困難な背景があっても、産後に「ちょっと帰っておいで」と言ってくれる場所が、社会の中にある。
そしてそこには、助産師がいる。そんな場所を、もっと増やしたい。
何度も言いますがTHE CAREで広くつながって、人生の中の小さなSOSを拾う。
そして、本当にしんどい時にはJiccaで深く支える。
私は、この両方が全国にある状態をつくりたいと思っています。
Jiccaを、一つの施設から、社会の文化へ。ここからが2nd Seasonのスタートです。
だから今、With Midwife史上、かなり本気で助産師を募集します。
ようやく採用の話にきました。長かったですね。笑
もし採用考えてくれている人が読んでいたら離脱しているレベルですよね。笑
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。
でも、ここまで読んでくれた方にこそ、応募してほしいなと思います。
今回、JiccaのSecond Seasonに向けて、With Midwifeで一緒に働く助産師を、本格的に募集します。
これまでWith Midwifeも、もちろん助産師の採用はしてきました。
でも実は、「助産師を大規模に採用する」ということは、そんなに簡単ではありませんでした。なぜなら、私たちがこれまでつくってきた仕事は、
いい意味でも悪い意味でも、「これまでの助産師っぽくない仕事」が多かったからです。
助産師が企業へ行く。
経営者に営業する。
人事と共に制度設計をする。
企業の福利厚生を理解する。
働く人のメンタルや介護相談を受ける。
コンテンツをつくる。
文章を書く。
他分野のセミナーをする。
新規事業をつくる。
マーケティングをする。
プロジェクトマネージャーだって担う。
正直、「え、私、助産師として入社したんですけど……」と思った人もいると思います。笑
ね?澪さん、あやちゃん、ゆずちゃん、優美香、まいまい、あーの…(笑顔で手を振るね。🙌笑)
でも、それも私たちにとっては最高の挑戦でした。
助産師の可能性を、病院の外に広げたかったから。
一方で、そこまで新しい働き方に挑戦することを不安に感じる方がいたのも事実です。
「やっぱり赤ちゃんに触れたい」
「妊娠・出産・産後のケアがしたい」
「助産師としての経験を直接活かしたい」
そう思うのは当然です。
だからこそ、今回そこにものすごく大きな扉が開きました。
産後ケアでの採用です。
妊娠管理、分娩に次いで、助産師の専門性のど真ん中にある「産後」。
これまで病院で積み重ねてきた経験が、直接生きる。
授乳ケアも。新生児ケアも。
産褥の身体や生活の理解も。
メンタルヘルスや家族支援も。
その全部が使える仕事です。
でも、そこは確かに私たちWith Midwifeがずっと挑戦してきた、
「病院の外で、助産師の価値を広げる」
というDNAもある場所です。
私は、今回のJiccaプロジェクトは助産師という仕事の原点と、未来が交わる場所になるんじゃないかと思っています。
だから、これまでWith Midwifeを見ながら、「面白そうだけど、私にはちょっと遠いかな」と思っていた助産師さんにも、今回こそ来てほしい。
病院で働いている方も。
産院でバリバリ分娩を取っている方も。
育児などで臨床から少し離れている方も。
働き方を変えたいと思っている方も。
自分の助産師人生の次の一歩を考えている方も。一度、Jiccaを知ってほしいです。もう、Jicca住み込みでもいいです。(憧れのリゾートバイトみたい)
ただ、
誰とでもJiccaをつくりたいわけではありません。
ここまで「来てください!」と言っておきながら、急に何を言い出すんだという感じですが。笑
これは今回のnoteを書いた理由でもあるし、ここはとても大切なので正直に書きます。
私たちは、誰とでもJiccaをつくりたいわけではありません。
資格がある。経験年数が長い。分娩件数が多い。
それだけでは、今回の採用を決めません。
なぜなら、この半年で、前述したようにJiccaのケアは、助産師がもつ技術だけではつくれないと分かったからです。
私たちが一緒に働きたいのは、
With Midwifeが目指す未来に共感してくれる人。
変化を受け身で待つのではなく、一緒につくれる人。
安全を大切にしながらも、支援の可能性を簡単に諦めない人。
分からないことや失敗を、正直に共有できる人。
仲間の専門性や尊厳を大切にできる人。
「ここまでが私の仕事」と閉じず、事業全体を自分ごとにできる人。
そして、中野の一施設だけではなく、
その先にあるJiccaを一緒に想像できる人です。
一方で、決められた業務を、決められた範囲でしっかりやりたい。
自分の専門職としての業務境界を明確にしたい。
新しいやり方を考えるより、既存の仕組みの中で仕事をしたい。
楽にゆっくり働きたいから産後ケアをしたい。
そういう働き方を大切にしている方にとって、Jiccaは少ししんどい職場かもしれません。
これは、良い悪いではありません。相性だと思っています。
だからこそ、今回の採用では、私たちだけが応募者を「選考する」という形にはしません。助産師さんにも、Jiccaを選んでほしい。そのために、少し変わった採用フローにします。
まず45分、私たちの「本音」を見てください。
エントリーしてくださった方には全員に、面談の前に、「Jicca 2nd Season|『実家』を社会の文化にする仲間へ」という動画をお送りします。
約45分あります。長いです。笑
採用動画で45分。タイパの時代に逆行しています。涙
でも、私はそれくらいちゃんと知ってから決めてほしいと思っています。だから私もかなり熱をこめました。これは採用向けに綺麗につくったプロモーション動画ではありません。途中うるうるもしているし、生々しい数字も開示しています。
なぜWith Midwifeをつくったのか。
なぜJiccaなのか。
この半年でできたこと。
逆に、全然できなかったこと。
事業としての厳しさ。
これからどこを目指すのか。
With Midwifeで絶対に守ってほしいこと。
Jiccaで大切にしたい行動。
そして、どんな人とこれから働きたいのか。
かなり率直に話しています。私の圧の強さも、たぶん隠れていません。笑
まぁ、このnoteで随分お分かりかと思いますが。笑
なので、まずエントリーして見てください。もちろん知っていただいて「思っていたのと違った」となったら、その時点で面談を辞退していただいて大丈夫です。むしろ、その方がお互い幸せです。
逆に、「これ、私もやりたいかもしれない。」と思っていただけたら、その時に初めてお話ししましょう。採用されるために会社へ合わせる必要はありません。私たちも、良いところだけ見せて入ってもらいたくありません。
人生の大切な時間を使って一緒に働くのだから、
お互い、ちゃんと知った上で選びたい。
そう思っています。
※ちゃんと対峙したいから、動画だけの一般公開はしていません。
そして、新規応募者は全員、私・岸畑が面談します。
もう一つ。今回、新しくJiccaへエントリーしてくださった方は、
私、岸畑が全員面談します。
代表が全件面談。
経営効率としてどうなのかと言われると、
まあ、あまり良くないでしょうね。笑
でも、今回はそうします。
それくらい本気だからです。
Jiccaはこれから、一店舗の事業ではなくなっていきます。
今採用する人が、
次の拠点を立ち上げるかもしれない。
次の仲間を育てるかもしれない。
Jiccaの新しいケアをつくるかもしれない。
数年後、「Jiccaではこれが当たり前だよね」と言われている文化を、今入った人がつくるかもしれない。
だから私は、履歴書の経歴だけで決めません。
あなたが助産師として何を大切にしてきたのか。
何が嬉しかったのか。
これまで何がしんどかったのか。
これから何をやってみたいのか。
Jiccaの動画を見て、どこに共感して、どこに違和感を持ったのか。
そんな話をしたいし、これまでもしてきました。
この未来面談は、採用される側だけが緊張する面談ではありません。
私たちも選ばれる側です。
だから、遠慮なく質問してください。
「ここ、おかしくないですか?」でもいい。
むしろそうやって、ちゃんと自分の頭で考えてくれる人と話したいなと思っています。
一緒に、「実家」を社会の文化にしませんか。
半年前。
私は、「一緒に、これからの話をしよう。」というnoteを書きました。
あの頃のJiccaは、本当に何も分かりませんでした。
半年後、続いているのかすら分からなかった。
どれくらいの人が来てくれるのかも。
どんなケアが必要になるのかも。
どんな仲間が残ってくれるのかも。
分からないことだらけでした。
でも半年経って。
少しだけ、分かるようになりました。
Jiccaを必要としてくれる人がいること。
「また帰ってきたい」と言ってくれる人がいること。
この事業が、やっぱり難易度高いということ…!
良いケアだけでも続かないこと。
経営だけ考えても、私たちのJiccaではなくなること。
そして何より、誰とつくるかが、Jiccaそのものになること。
半年前は、「一緒につくってください」と書きました。
今は、もう少し具体的に言えます。
一緒に、社会の中に「実家」をつくりませんか。
一人目のJiccaをつくった人たちは、道がないところを歩いてくれました。
ここから入ってくださる人たちは、その道をもっと歩きやすくして、
そして次の街まで伸ばしていく仲間です。
産後ケアを、困った一部の人が利用する「特別なサービス」ではなく。
出産した家族が、「ちょっと実家に帰ってくるね」と言えるくらい当たり前の文化にしたい。
血縁がなくても。
地元じゃなくても。
頼れる親がいなくても。
この社会の中に、帰れる実家はつくれる。
私は、本気でそう思っています。
そして、これを一社だけで、一人だけで実現できるとは思っていません。
だから、助産師さん。力を貸してください。
あなたがこれまで現場で積み上げてきた経験と想いを、Jiccaで使ってください。そして、まだこの社会にない「助産師の仕事」を、一緒につくってください。
エントリーして、私の想いを聞いて、「やっぱり違う」と思ったら、それでも大丈夫。
でも、「ちょっと、この未来を一緒に見てみたい。」そう思ってくださったら。
ぜひ、未来面談でお会いしましょう。
楽しみにしています。
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株式会社With Midwife
代表取締役/助産師
岸畑 聖月

