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昨日のことわざ『悪縁契り深し』の深掘り


前回


というよりも、
では、わたしの恋人とはどうだったのかというおまけのお話です。

今回はわたし自身の実体験のお話ということもあって、
もしかしたらこっちの方が聞きたいという人の方が多いかもしれません。



そういうわけなので、改めてことわざとその意味をば。

悪縁契り深し


意味:
好ましくない縁にかぎって、
その結びつきは深く、関係を断とうとしても
断ち切れないものである。
(特に男女の道ならぬ関係は、いったん心をうばわれると、
離れようとしても、なかなか離れられない。)


彼女と別れた以上、
結ばれるご縁自体はなかったということにはなりますが、
悪縁だったか否かで言えば、
どちらかと言えば良縁ではあったとは思います。

(あちらにとっても)
悪縁だと感じたのは付き合った約3年間という時間くらいでしょうか。

しかし、
その時間もわたしにとっては大変有意義な経験となったことには
感謝してもしきれない一方で
彼女の若き3年を使わせてしまった申し訳なさもあります。

悪縁ができたとすればその報復くらいでしょうかね。



正直に言ってわたしは生活力に問題がある上に、
極端に一人でいることを好むような人間なので、
人生で恋人ができるなどとは
彼女と付き合うまでは微塵にもありませんでしたね。


彼女との出会いは、ただ一度、
わたしが手を差し伸べたことから始まりました。

わたしは元々、
見ず知らずでも困っている人や助けを必要としている人を見かけたら
迷わず手を差し伸べるような人間なので、
彼女のことはその中の一人でしかありませんでした。

彼女がとある場所で抱えた荷物を落とし、
紙やペンが散乱し、慌てふためいていても
周りの人は我知らずと道行く中、
わたしだけが手を差し伸べたことがきっかけでしたね。

それから数日と待たず
同じことが再び起き、彼女がお礼をしたいと言って
二人きりでお茶をして、
その時に彼女はわたしを
「面白い人」
「普通の人と観点が違う」
と惹かれたらしいのです。

それからというもの、
彼女は積極的にわたしが通る道をマークして接触を図ろうと
何度も会うわけですが、
わたしが脈なしだと分かっていても
彼女は健気にアタックしていたものです。

それを恋愛相談を受けていた
彼女の友人が知っていたからなのか、
ある日痺れを切らした彼女の友人を名乗る人物が
突然わたしの前に現れて
「あの子はあなたの事が好きなんだよ!」
と、キレ気味に伝えられましたね。

とはいえ、それまでのわたしは
動植物、人間、わたしをいじめた人にさえも
平等に扱っていたため、
特定の一人だけを愛することなどできるはずもなく、
彼女の思う恋愛はできないだろうと思い、
彼女を突き放すように拒絶し続けました。

「自分が何を感じているのかが分からない」状態を治療する、
その訓練を始めてまだ3年目の頃なのもあって、
自分に自信なんてなかったですからね。

今にして思えば彼女がわたしの性格を
「聖母みたい」
と言っていたのも、
わたしの異常性に惹かれていたということなのかもしれません。

結局わたしはそこまで好きでもない彼女に
ハートを模したとある手作りのアートを贈って、
自分の気持ちを偽って
彼女の想いを承諾することにしました。

その時のわたしの内面はというと、
「どうせ彼女は幻滅してすぐ別れるだろう」

「ずっと一緒にいれば彼女を好きになれるのだろうか」
という2つの感情に板挟みになっておりましたね。

それからというもの、
かなりの頻度で彼女と会うようになり、
他愛のない話、過去の話、日本の政治の話、
会社のお局の愚痴を聞いてあげたり、
一緒にゲームをしたり、色々したものです。

彼女は楽しそうにしてくれていて何よりではありましたが、
やはりわたしはいつまでも
「それでも貴女の隣はわたしではないと思う」
という気持ちが付き纏っておりました。

本当に「楽しい」や「幸せ」、「充足感」というものを
わたしは知らなかったことが大きかったのだと思いますけどね。

それでも他人を喜ばす術は知っており、
その己の空虚感との高低差にも苛まれておりましたね。

彼女もわたしをストーキングしたり、
他の女の子に現を抜かさないかなどと、
データファイルを管理したりなど、
なかなかに束縛の強い彼女ではあり、
わたしにキレていた彼女の友人からも
「めんどくさい女」と言われていたのだそう。

最も、わたしは束縛が強いな、
と感じる感性すらも当時はなかったわけですが。

それが原因で、付き合った後も知らない人(女性)を
付き合う前の感覚で助けたら、
二度ほど喧嘩しては仲直りしたりしたこともありましたね。

小動物のような彼女で、
容姿も非常に可愛らしく、
動きづらいと思いながらもべったりくっついてきておりましたね。

言葉遣いも「お酒」「お手紙」など
単語の前には必ず「お」を付ける品の良さを感じさせる子でした。

別れた今においても、それを倣っているわたしがいますね。

性格は真面目で、何事にも真剣には取り組むのですが、
不測の事態が起きるとすぐに慌てふためいたり、
何をするにしても言われた通りのことしかできない性格に
本人は苦悩していましたね。

「それは個性だから気にすることはないよ」
とわたしは受け入れておりましたが、
何をするにもわたしがリードしてあげないといけない性格で、
最終的にはそのキャパオーバーが原因で別れることになったわけですが
(-_-;)

わたしは彼氏でありながらも
愚痴や悩みを聞くことが多く、
やはり体質ゆえかその度に頭痛や気分が悪くなることも多かったのですが、
話の最後には我に返って「いつも私ばっかりごめんね」
と謝ってくれる彼女を責めることはできませんでした。

優しい子ではあるものの、
それらの性格全てを背負えるほど
わたしは彼女を愛せていなかったこと、
自分が無理をしていることに気が付いて、
最後はわたしが彼女に本心では思ってもいない嘘をついて別れさせました。

それでも勘の良い彼女は最後に
「あなたならなんでもやってくれる、
受け入れてくれると思っていたから、
その優しさに甘えすぎたよ。
次はもっと自分でできることは自分でやるようにする」
と言いましたね。
でっち上げの嘘だと看破していたようです。

最後までとても良い子でした。

わたしも彼女に甘えることができれば、
本心から好きになって関係も続いていたかもしれません。

極端に一人でいることが好き故に、
何でも自分でやらなければならなかった自分にはない感覚でした。

もっと人を頼ることを別れた後にわたしは教えられた気がします。




なので今のわたしはまずはnoteにおいて
積極的にコメントやフォローバックをするように心掛けておりますね。

相変わらず一人でいることは好きですが、
彼女が教えてくれた絶無という状況から少しでも脱しようと
行動しております。

ゆくゆくは色んな人との交流ができるようになりたいものですね。

一人が好きだという性格は変わらないでしょうが、
少しは人を信じてみて良い、
彼女との出会いと別れはその学びだったと思います。



「特定の誰か一人だけを愛することはできない」

この性格もまた、スターシードの特徴ですよね。

あの出会いもまた、これを意識させるものだったのかもしれません。

わたしは彼女を愛してはいましたが、
それが特別なものかは最後まで怪しかったです。

色んなコンテンツに触れてはきましたが、
わたしには「推し」というものができることは一度もありませんでした。

この心の飢餓(と思っているもの)を
満たすものを探し続けるのがわたしの天命なのか、
それとも最初から満たされているから感じられないのか。

答えを得られるかは分かりませんが、
わたしはこれからも心の赴くままに文字を紡ぎ続けます。




貴重なお時間を割いて、
最後までご拝読して下さいまして、心から感謝を申し上げます。


次回






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