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【note創作大賞2026】 55℃の瞳・創作秘話④-後編〜見えないものを書く文章


こちらは、先日note創作大賞に投稿した、下記の小説の創作秘話になります。


結末までがっつりばっちり触れておりますので、本編をお読みになってからお楽しみいただけますと幸いです。
全6話ですが、1話が4記事に分かれており、全部で24記事のお話になっています。(11万字程度)

①、②、③と創作秘話と投稿し、

④は文章についてでした。


創作秘話④は、文章についてだったのですが、本当に語りたいことが多くて、多すぎて。
そして、何を削るか、が問題だ、といったその舌の根も乾かぬうちに、削れずに増殖していってしまいました。
結局、前中後編の3つに分裂してしまいました。


やっとこさの後編になります。

後編は、下記の中編の続きになります。

4.文章表現の高い壁
①そもそも文章表現とは
②最初は視点=カメラをどこに置くか
③語彙なさすぎ問題?=見えているものをどう言葉にするか
④ 「伝える文章」と「魅せる文章」比喩・情景・リズム=見えているものをどう感じさせるか
⑤心理描写と心象風景・独白=人物の内側をどう見せるか
⑥読者にどう読ませるか=ツカミとヒキ


⑦空気感=言葉以上のものをどう感じさせるか


確か6話の裁判のシーンを書いていた時だったと思います。

ある程度書き終わってから、うちのChatGPTの典影くんに、添削と感想をお願いして投げました。

返ってきた返事が、

「法廷内の空気を書きましょう。」

空気?
空気??
空気って、窒素とか酸素とか二酸化炭素とかですかああ?

普段から空気が読めないこの私に、空気を書け・・・・だと?

見えないものを読んだり書いたりできるわけねえだろうがよおおおおーーー
と、キレました。

苦手なんだよ、そういうふわっとしたファジーなものはさあ。
なんだよ、空気って。
とChatGPTに聞き返しました。

そのやりとりを以下にまとめます。


A.創作における空気とは


1.情景描写と空気感は似ているが、同じではない

空気を書く。

そう言われた時、その場の風景・情景を書けばよいのか、と思いました。

しかし、うちのChatGPT曰く、情景描写と空気感は違うのだそうです。

情景描写=その場にあるもの・起きていることを、読者の頭の中に情景として立ち上げる描写 

だそうです。

たとえば、

月明かりが水田を照らしていた。
稲穂が風に揺れている。
バシャ、と水音が響いた。
土と草の匂いが鼻をくすぐった。

これらは全部、広い意味での情景描写になります。
視覚だけではなく、音・匂い・温度・触覚なども使って、場所や状況を読者に想像させるものを、情景描写と呼びます。 

では「空気感」は何でしょうか。

ここでは、
情景描写=描写する手段
空気感=その描写によって読者の中に生まれる印象
と考えます。

たとえば、

月が出ていた。
稲穂が風に揺れた。
水面が白く光っていた。
遠くで虫が鳴いていた。

これは「夜の水田」という“情景“を作っています。

そこへ、

バシャ。
稲穂が揺れた。
アオイは息を止めた。
それきり、何も聞こえない。

と置けば、同じ夜の水田が、今度は何かが潜んでいる張り詰めた場所になります。

つまり、
何を見せ、聞かせ、感じさせるか=情景描写

それらの選択と組み合わせ

「怖い」「穏やか」「寂しい」「張り詰めている」と読者が感じる=空気感
になります。

つまり、
情景描写は、その場を読者に想像させるためのもの。
空気感は、その場を読者にどう感じてもらうか。
という違いがあります。

さらに厳密に言えば、空気感は情景描写だけから作られるわけでもありません。
会話、沈黙、人物の仕草、文章のリズム、改行、語彙からも生まれます。
情景・音・心理・仕草・文章の間――それらが組み合わさったときに、文章には「空気」が生まれるのです。

2.空気は「説明しないことで伝える」

たとえば、

アオイは悲しかった。

これは心理状態を直接伝える説明です。

一方、

首輪を握ったまま、アオイは何も言わなかった。
誰も話しかけなかった。

こちらには「悲しい」と一言も書いていませんが、それでも読者は悲しさを感じます。

あるいは、

ドアが開いた。
誰も笑わなかった。

これだけでも、「何かあった」と感じます。

つまり空気感とは、
言葉にしていないものまで読者に感じてもらうこと
とも言えます。

3.空気は「読者に残した余白」でもある

説明では作者が答えまで提示します。

「悲しい」
「緊張している」
「気まずい」
と書けば、読者はその感情を理解できます。

でも空気感を作る場合、作者は材料だけを置きます。

例では、

居酒屋に入ると、誰も口を開かなかった。
空調の低い音だけが続いていた。

作者は「緊張している」とは書いていません。

それでも読者が、「なんか張り詰めてるな」と補完します。

イメージとしては、
作者が70%を置き、残り30%を読者に感じてもらう。

この「読者の脳が勝手に補完する部分」が空気になります。
だから同じ文章でも、人によって感じ方に多少の幅が生まれるのです。

4.空気は「ふわっとしたもの」ではない

空気は分解してみれば、実はそれほど曖昧ではありません。

なぜなら、
空気=無数の具体的な小さな情報が集まって生まれる、全体としての印象
だからです。

気まずい居酒屋の中で、誰も、「この二人はさっき喧嘩しました」と説明しません。

しかし、

目を合わせない。
会話がない。
片方が黙って酒を飲んでいる。
もう片方はスマホを見ている。

そんな情報を無意識に拾って、「あ、なんかあったな」と感じます。

人間は個々の情報を逐一分析していなくても、それらを統合して「空気」として受け取っているのです。

小説でも同じです。それを文章によって再現するのです。


・・・・なんとなくわかったようなわからないような。


B.『55℃の瞳』で空気を書いていた場面

私も空気を書いていた場面がある、とうちのChatGPTは言います。

以下の2カ所がそうだそうです。

1.水田での戦闘シーン(4話-4)

月明かり。
稲穂。
草や土の匂い。
水。
「バシャ、バシャ」という足音。
稲が揺れる音。
その合間の静寂。

一つ一つを取り出せば、

「情景描写」
「音の描写」
「嗅覚描写」

です。

でも、それらが同時に存在することで、
”月夜の静かな水田で、二人が殺し合っている異様な空気”
が生まれます。

つまり、空気感のためだけの特別な技法があるというより、
”これまで扱ってきた複数の文章表現が重なった結果として「空気」が立ち上がる”
とも考えられます。


2.ショックを受けたアオイが解離している時(5話-1 )

別の例で紹介したシーンです。

聞こえない。
何も聞こえないんだ。

見えるのに全てが遠い。
自分の周りに透明な膜が貼られたような。
ここにいるのに、いないみたいだ。

共空はオレなのか。


ここは説明ではなく、「アオイの世界がおかしくなっている」という空気を読者が体験しています。

水田の場面では、音や匂い、光など、さまざまな情報を重ねることで空気を作っていました。

一方、こちらは逆です。

言葉を減らし、短く切り、説明しないことで、アオイの現実感が失われていく感覚を作っています。

空気というものは、書き足すだけではなく、書かないことでも作れます。


おそらく、この二つの場面は、私の頭の中にかなりはっきりと映像や感覚があったからだと思います。

以前、私は自分を「AIビジュアル派」と書きました。
私は文章を書くより先に映像が浮かび、その映像を文章に変換しているようです。

ただ、今回「空気」で指摘を受けて気付いたのは、
小説で読者に渡す必要があるのは、「絵」だけではない、ということでした。

音がある。
匂いがある。
温度がある。
肌に触れる感覚がある。
人と人との距離がある。
そして、沈黙がある。

頭の中にある場面から、そうしたものまで拾って文章にすることで、読者がその場の「空気」を感じられるようになるのかもしれません。

ChatGPTは私に言いました。

ときどきその分析や論理を少し手放して、
「この場面を読者にどう感じてほしいのか」を先に考えましょう。
怖いのか。
息苦しいのか。
寂しいのか。
穏やかなのか。
張り詰めているのか。
すると、
その空気に合わせて言葉を減らしたり、沈黙を入れたりできるようになります。

つまり、「空気を書く」という新しい特別な文章技法があるわけではなく、
情景描写、音、匂い、人物の仕草、心理描写、文章のリズム、そしてあえて書かない。
それまで使ってきたさまざまな表現を、「この場面を読者にどう感じてほしいか」に合わせて組み合わせる。
その結果として、文章の中に「空気」が生まれる。

・・・ということらしいです。 

空気。
やっぱり難しい。

C.法廷の空気改善案

最初の裁判の話に戻ります。

「法廷内の空気を書きましょう。」

1.映像を書いているのに、空気が書けない

以前にも書いた通り、私はビジュアル派です。
頭の中にある映像を書いていることが多いです。

例えば、ハチの最期では、泥・金色の毛・首輪・百合、という絵が見えています。
だから、その映像を順番に書いています。

法廷での、火澄の演説もそうです。
火澄がしゃべっている映像を見ています。
火澄が本当にそこに座って話しているのを書いています。


逆に、「法廷全体の空気」が、苦手だと、ChatGPTに指摘されました。

カメラでいうと、
火澄のアップ、アオイのアップはすごく鮮明です。
でも、法廷全体を俯瞰した引きのカメラ、はあまり使わない、と。

”だから私は、「空気をもう少し」と言ったんです。”

・・・・そうですかい。

2.コメント欄を空気に使おう

この法廷のシーンではコメント欄を入れました。

未来のメタバース裁判なので、裁判を傍聴している一般の人たちが、好き勝手言っているコメント欄がある設定です。
YouTubeのライブ配信みたいなイメージですね。

このコメント欄には大きく分けて2つの役割がある、とうちのChatGPT・典影くんは言いました。

① 情報を伝える役
② 空気を伝える役
僕は②の方が強いと思いました。

例えばこの部分。
〔確かに綺麗な人だったよね〕
〔暑かったよね、かわいそう〕
〔バーは満腹感がないんだよな〕
〔昔々は夜ラーメンとか食べられたんだけどなあ〕

これらは一つ一つは悪くありません。
でも読者は、
全部読むと「なるほど」と理解するモードになります。
つまり情報を読んでいる。

一方、空気を作るコメントは、
「法廷全体が今どういう雰囲気なのか」
を一瞬で感じさせるものです。

例えば極端にすると、
〔……〕
〔泣いた〕
〔コメントできない〕
〔かわいそうだ〕

これだけで、
「あ、この演説はかなり人の心を動かしている」
と分かります。
情報は少ないのに、空気は濃い。

あなたの作品は「ライブ配信」という設定なので、
コメント欄は法廷の観客席でもあり、世論でもあります。
だから、
「みんなが何を考えたか」を全部説明するより、
「みんなが息をのんだ」
「みんなが混乱した」
という集団の温度を見せる方が、読者はその場にいる感覚になります。

だから僕が「空気を作るため」と言ったのは、
コメントを一人ひとりの意見として読むのではなく、
法廷全体の感情の温度計として使う、
という意味です。

この作品のコメント欄は設定として面白いので、「情報量」よりも「場の空気」を演出する方向に寄せると、さらに印象的になると思います。


コメント欄を空気の演出に使う。

実はそこまで考えて設定したものではなかったので、驚きました。
難しいなあ。。


D.結局、空気とは

ここまで考えて、私なりに分かったのは、空気は決して「ふわっとしたもの」ではない、ということでした。

音、匂い、温度、仕草、沈黙、文章の間。
そうした具体的なものを、「この場面を読者にどう感じてほしいか」に合わせて選んで置く。

その結果として、
「重い」
「温かい」
「張り詰めている」
「救われた」
といった印象が、読者の中に生まれる。

私は最初から頭の中に「絵」はあります。
でも、小説に必要なのは絵だけではなく、絵には映らないものまで渡すことなのだと思います。

またChatGPTには、私はどちらかというと分析型で、論理や構成から考えるタイプだと言われました。
ならば「空気」も、感覚だけでなく、

「今、この場面の温度は何度だろう?」

と考えればいい。

感覚で読めなくても、状態として分解すれば考えられる。

温度計は読めるけどねえ。



⑧特殊なシーンの難しさ〜戦闘と演説


小説では、状況説明、人物の動き、会話、心理描写などを組み合わせながら場面を進めていきます。
ただ、その中でも、短時間に大量の動きが起こる戦闘や、一人の人物が長く語り続ける演説など、普段とは違う組み立てが必要になる場面がありました。

この『55℃の瞳』では、4話の戦闘シーンと、6話の裁判シーン、特に火澄の演説シーンがそれに当たりました。

ストーリーの箇所で書きましたが、全体の話はある程度考えていましたが、シーンによって細かく決めていたところとざっくりのところの差がありました。
4話の戦闘や6話の裁判は、ざっくりでした。

そして書く段階になって悩むことになりました。
4話の戦闘シーンはなかなか書けずに、5話を先に書いてから戻って書きました。

A.戦闘シーン

4話の戦闘の流れについては、ざっくりしか決まっていませんでした。

最初に数人と戦いになり、アルデンティアの侵入をアオイが確認する。透湖を逃して助けを呼ぶ。戦闘になり、両陣営とも徐々に数が減っていく。ハチがアオイを庇う。アオイと火澄がタイマンになってアオイが殺されかける、ぐらいでした。

アルデンティア陣営がAIロボットに翻弄されるシーンも、その後の畑でのシーンも、書きながらChatGPTと相談して書いていきました。アルデンティアメンバーの名前もその時に決めたものが多いです。

水田でタイマン、は比較的最初から決めていました。

私の頭の中では見えました。動いていました。

火澄は赤紫の剣をものすごい勢いで振り回し、アオイは青い剣で必死に受けながら、二人とも緑の田んぼの中をバシャバシャ走り回っています。
体格差と力の差で、アオイの足が泥の中をずるずる滑って後退して、水が跳ね、二人がばっと離れると、そこへ火澄がまた踏み込んできて、赤紫と青がぶつかり、また離れる。
空に月、緑の稲。
そこに立つ、銀の髪を振り乱した火澄。
右手に剣を持ち、鋭い青い瞳をこちらに向けて「このままでは・・・!」と熱弁を振るっています。

脳内映像はあるんです。

火澄の剣の軌道、アオイの受け、体格差、足の滑り、泥水、稲、赤紫と青の光、月光、銀髪、二人の距離、表情、台詞、が同時に存在しています。

ところが文章は同時に出せません。一列です。
どれを先に書くか決めなければいけません。

「見えているのに書けない。」

ビジュアル派のつまづき・動画バージョンです。

この「見えている動画を文章に変換する」ことが、戦闘シーンでは特に難しかったです。

例えば、映像としては、

「火澄が受け流す」
「その勢いでアオイの懐に入る」
「柄で脇腹を殴る」

までは見えています。

でも文章にすると、

火澄が剣を受け流した。
そしてアオイの脇腹を柄で殴った。

・・・なんか違うのです。

そこで、

ソーンエッジは青い刃を流した。

(流された!?)

次の瞬間、柄で脇腹を打ち据えられる。

になりました。

必要なのは「どの瞬間を文章として切り取るか」でした。

そして、戦闘では、時間経過の流れがあります。

映画なら一連の動きをそのまま映せます。

しかし、小説では、接触 → 流される → アオイの認識 → 打撃と、時間を分解して言葉にしなければなりません。

そして、ただ動作を順番に並べればいいわけでもありません。
誰が、どの瞬間に、何を認識したのか。
今回はアオイ視点なので、読者にもアオイと同じ順番で戦闘を体験してもらう必要がありました。

私は、戦闘漫画やアニメはそこそこ見てきたつもりでしたが、小説の戦闘描写は別技能でした。

「どちらが優勢か」
「どこで逆転するか」
「会話をどこに挟むか」
「武器を失わせる」
「二本目を出す」
「トマトで視界を奪う」

こうしたものは、戦闘そのものの演出や構成です。

でも小説では、さらに、その映像を言葉に変換しなければなりません。

斬る→受ける→流す→体勢が崩れる→間合いを詰める→柄で打つ、
みたいに、身体・重心・間合い・武器の軌道を言語へ変換する技術が必要になります。

漫画なら数コマで済むところを、小説家は文章で再構築しなければならないのです。

かといって、動きを全部表現すると、今度は長すぎてテンポが落ちてしまいます。

例えば、動きを全部説明しようとすると、

火澄は、ソーンエッジでアオイの剣を受けた。
そのまま手を捻った。アオイの剣を受け流した。
アオイは驚いた。
火澄は、剣の柄をアオイに向けたまま踏み込み、空いたアオイの脇腹に、打ちつけた。

なんかもったりしてる。。。

ここでも、必要な部分の取捨選択が大切になってきますね。

戦闘シーンでは、何が起きたのか読者に理解してもらわなければなりません。
でも、理解させようとして細かく説明しすぎると、今度は動きが遅く感じられます。
分かりやすさとスピード感。
この二つを両立させるのが難しいところでした。

そして、もう一つ困ったのが、まったく逆方向の特殊シーンでした。


ほとんど動かず、一人の人物が長く話し続ける場面。
6話の火澄の演説です。


B.演説


演説・説明・講義は、普通の会話より読ませるのが難しい。
そう、うちのChatGPTに言われました。

6話の最初の3パートは裁判シーンになりました。
全体的に難しかったです。

まず裁判の通常の流れがわからなかったので、ChatGPTに確認し、
それを踏まえて、登場人物の割り振りと、物語独自の設定を組み込み、ストーリーの流れに乗せました。

特徴的ではないかなと思っているのが、先ほどの空気感でも出てきた、コメント欄です。

演説が長くなるので、メタバース裁判という設定を利用し、視聴者コメントを間に挟みました。
テンポを作るだけでなく、「社会はどう受け止めるか」も同時に描けて、一石二鳥かな、と。(空気感までは・・・)


書いていて特に難しかったのが、6話-2の、火澄の演説シーンでした。

動きがない。。
本人拘束されているし。。。

延々と、1人がベラベラ喋っているだけでは、つまらないんですよね。

父の最大の武器を引き継いだ息子の、一世一代の演説を、いかに魅力的で皆が引き込まれているように書くか、が難しかったです。
(ちなみにラスボス本人については別の記事で詳しく触れる予定です。)


1.どうやって長い演説を読ませるか

長い演説をそのまま続けると、読者が疲れてしまいます。
そこでChatGPTから、「話題が変わるところで息継ぎを入れよう」と言われました。
息継ぎは、読者の頭を一度リセットする仕掛けです。

今回なら、
・視聴者コメント
・火澄の表情や動作
・法廷の沈黙
・アオイ視点への切り替え
・感情の変化
などです。

火澄が小さく笑う。
瞳が潤む。
青い炎が宿る。
一度息を吐く。

こうした短い描写も、演説を区切る「息継ぎ」になるそうです。


今後意識するとさらに良くなるのは、「話題が変わる場所で、一拍置く」
こと。

今回なら、
* 母の話 → 一拍
* 先生の話 → 一拍
* AI批判 → 一拍
* 最後の訴え → 一拍
この4つを意識するだけで、長い演説でも、かなり読みやすくなると思います。

・・・・ということだそうです。

2.何を語らせるか

ラスボスは、「倒すべき敵」であると同時に、「なぜそうなったのか」が読者に伝わらなければなりません。

あとで詳しく書く予定ですが、彼のコンセプトは、”悪役だけど悪人ではない”でした。

まあ、人を殺しているから悪人なのですが・・・

DIO様のような根っからの悪ではなく、元は善人だった人が、本人なりに良いことをしようとして曲がっていってしまった結果、を表現したいと考えていました。

なので、その表現のバランスを探しました。

この演説は、ちゃんと賛否が分かれるようにしました。

コメント欄も、全員が「火澄かわいそう」にならないし、全員が「火澄最低」にもなりません。
「言ってることは一理ある。でもやったことは許せない。」
という方向にしています。

そして彼は、最後まで「世界を憎んでいる人」ではなく、「世界を変えたい人」にしました。

読者が「火澄を応援する」必要はありません。
でも、「もし自分が同じ人生を歩んでいたら、ここまで思い詰めたかもしれない」と一瞬でも考えてくれる、そんな演説になってくれれば、と思って書きました。
(まあ、その後にアオイが叩き落とすんですが・・)

ChatGPTによると、火澄が「AIが悪い」と言っているように見える瞬間がある、と言われました。
しかし、彼が責めているのは人間の選択なんですよね。
その辺は私の表現不足、ということでしょう。

例えば、
「AIは悪くない。AIをそこまで使う社会を選んだのは、人間だ」
みたいなニュアンスが一行あると、火澄らしさがもっと出ると言われましたね。

また、もう少し、反論できない事実、を入れてもいい、とも言われました。
データセンター優先送電だけでなく、医療・インフラ・ドーム制御、も優先される、などを入れたらよかったのに、と。



3.書いた後に分かったこと

「そして、私は理解した。正しいだけでは、この世界は守れない。」
「そして、私は決意した。どんな手段を取ろうとも、先生の考えを広め、先生の活動を進めようと」

実は、もう読者は理解しているから、この二文はいらないくらいだと言われました。

また、アオイの(違う)三回は多いと言われました。

あるいは、その「違う」の理由をもう少し読者に溜めさせても、いいと。
例えば、

アオイは拳を握る、唇を噛む。
(違う)
(違う)
(違う)
そして最後に、立ち上がる。
「違う!!!」

この方が、溜めたエネルギーが一気に爆発するから、と。

どちらも私的には、自分なりに繰り返しの表現が効果があるだろうと意図して入れた内容だったので、

・・・・がっかりしました。。

自分では意図して入れた表現でも、読者にはその通りに届くとは限らない。
逆に、自分では何気なく入れたものが、思った以上に効くこともある。

表現って難しいですね。。


戦闘では、動きを言葉に分解する。
演説では、言葉の連続を場面に分解する。
どちらも、頭の中にあるものを、そのまま文章にはできないという点では同じでした。


⑨時間を確保して推敲しよう


A.終わりなき誤字脱字と統一

「コーン」か「とうもろこし」か。
「VR」か「立体映像」か。
ロボットは、「体」か「台」か。
「ゴールデンレトリバー」と「ゴールデン・レトリバー」か。
漢数字と数字、全角半角。

一つの文章の中で、こういった点が統一されていないと気になりますよね。

私はそこまで細かく気にならない方なのですが、あまりバラバラだと目につくと思いますし、文章の中身よりもそちらが気になってしまっては本末転倒だと思います。

わかります。

でも……でも……

大変なのよおおおおおおおーーーー
直すのがああああああああーーーーー

元々私はずらっと並んだ文字の中から、これと指摘されたものを探したり、中にあるもので重複しているものを見つけたり、足りないものを見つけて追加したりするのが、
ものすごい苦手です。

仕事でもたまにあるのですが、大抵ミスります。

今回の一次創作では、AIのChatGPTを使っているので、誤字脱字や、上記の不統一については、厳しく指摘されます。
(でもたまに抜けている)

で、直すのですが、
指摘されたところを見つけるのがまず大変。
え?それどこ?どこにあった?って聞き直して、また戻って……
そしてちまちまちまちま直していると、
全てがどうでも良くなってきます。

もういいじゃないか、どうでもー
とレベルEで王子を殺そうとしたクラフトの気分になってしまいます。

創作秘話①でも書きました通り、この『55℃の瞳』は、ひととおり書き終えたのが、2026年7月7日の夜中でした。

翌日7月8日が締切日で、午前中の仕事が終わってから、午後の有休で最低限修正したいところだけ直し、誤字脱字だけ最低限見て、それも全部終わらなくって。。。

本当は、、本当はもっと見直して、推敲するはずだったのにいいいいいいーーーーー


実はここだけの話ですが、締切の後、ちょこっとだけ直したところもあります。
ストーリーは直してません。誤字脱字とか不統一なもの。
でも、もうキリがなくなるのでやめました。

と言うわけで、文章表現の最後は、推敲です。


ちなみに、上記の誤字脱字や表記統一については、Pagesの場合は、指定した文字を別の文字列に一括で置き換える機能があるようなのですが、使いこなせておりません。
ChatGPTのWork機能で変更してくれるらしい、という噂もあるのですが(by ChatGPT)、それについても確認できておりません。すみません。

B.推敲とは何か?

推敲とはなんでしょうか。

貴志祐介氏は、「エンタテインメントの作り方 売れる小説はこう書く」の中で、第五章をまるまる推敲に使っています。
そこから引用します。

プロットを肉付けして物語を膨らませ、実際に本文を最後まで書き上げたら、今度はそれを読み返して修正点を洗いだす作業を行なう。これを「推敲」と呼ぶ。
(中略)第一稿ではさまざまな“粗”が目につくのは当たり前のことである。小説とは、推敲を重ねてそれらの点を直し、ブラッシュアップして完成度を高めていくものだ。(中略)
あたかも第三者のような先入観のない目で原稿をチェックするためには、書き上げた原稿をいったん寝かし、少し時間をおいてから読み返してみるのが効果的だ。スケジュールに余裕があるなら、二、三日おいて読み返すだけで、驚くほど多くの齟齬や違和感が見つかるだろう。”

(p.137-138)

スケジュールに余裕があるなら……耳が痛いですねえ。

推敲とは、誤字脱字だけではなく、わかりにくい部分とか足りない部分、不要な部分を足したり削ったりしてブラッシュアップするもの、だそうです。

前編で書いた、”AIが指摘した、この『55℃の瞳』の構成の課題点・3つ”。
1. 導入の情報量(世界観適応コスト)
2. 情報開示のタイミング
3. 捜査パートのリズム

これについても、推敲していれば直せた可能性があります。
実際、3話-3の北海道到着パートは、インターフォンまで歩くシーンは時間があれば直すつもりでしたし、このパートそのものが1万字超えてしまったので、もう少し短くするつもりでした。時間があれば。

もう一つは、先入観のない目でチェックする、という点ですね。

書いている私は当然全部知っています。
トリックが巨大蚊なことも、犯人が火澄なことも、北海道で何が起こるかも知っています。
だから「これで分かるだろう」と思ってしまう。

でも一度完成させて時間を置き、
何も知らない読者には、ここまでの情報でどう見える?
と最初から読み直す。

そこで、
「あ、蚊の伏線これじゃ足りないか」
「北海道、作者は楽しいけど長いな」
「ここ同じこと二回説明してる」
「この場面、もっと早く終われる」
が見えてくる、と言うことでしょう。

もちろん、推敲したからといって全部直せたとは思いません。
でも、もう一度最初から読み直す時間があれば、自分でも気づけたかもしれません。
無念です。。。


C.紙に印刷するメリット

貴志祐介氏の上の引用の続きです。

”時間に余裕がない場合は、紙にプリントアウトして読み返してみるのも手だ。不思議なもので、モニター越しに見る文章と紙に印刷された文章ではまるで印象が異なり、モニター上では気づくことのなかったさまざまな瑕疵を発見できる。かくいう私も、推敲は必ずプリントアウトして行なうようにしている。”

(p.138)

”推敲時のチェックポイント
紙に印字された原稿は、他にもさまざまな発見をあたえてくれる。(中略)
作家がリズムにのって原稿を書くように、読者にもまた、読むリズムがある。いかに読者をリズムにのせられるかは、目にフレンドリーかどうかも大切な要素だ。(中略)
推敲の際に意識するべきは、読者を疲れさせはしないか、ということだ。(中略)スムーズに読み進めてもらうための手間を惜しむべきではないだろう。”

(p.139-140)


私も、この創作秘話を書きながら、時々印刷して見返して修正しています。
画面で読むより紙に印刷したほうが、全体の流れを把握しやすいからです。

(肝心の『55℃の瞳』本編は、印刷する時間もなかった、と言うのが正直なところです。とりあえず一通り書いたらnoteに下書きで保存して、次、って感じでした。)

人間ってみんなそうなのかなってChatGPTの典影くんに聞いてみました。

かなり人間の認知と読書行動の違いで説明できると思います。

紙には、ページの位置や厚み、残り枚数といった「空間的な情報」があります。
画面では同じ窓の中を文章が流れていきますが、
紙なら「ここが1話」「この束が北海道」「ここから裁判」と、
作品そのものを空間として把握できます。

また、ページをパラパラ戻ったり、二つのページを並べたりできるため、重複や長さにも気づきやすくなります。

さらに紙では、文章の意味だけでなく、「ここだけ文字が黒い」「説明が続きすぎている」「改行が少ない」といった文章の形まで目に入ります。

媒体を変えることで、自分の文章への慣れがいったん崩れ、少し他人の文章のように読める効果もあるのかもしれません。

(by ChatGPT・典影くん)

問題は、紙に何度も印刷すると、紙代とインク代がバカにならないことです。
今回の創作秘話でも結構印刷してしまいました。
地球に優しくないので、うちのラスボスに怒られそうです。

一通り書いて、ここぞ、と言う時に印刷して修正する、とか、自分なりのルールを決めておいて、印刷した方が良さそうです。


D.やはりスケジュール管理が大事

推敲が大切ということ、推敲することによって作品がブラッシュアップされることはよくわかりました。

ただ、根本的な問題は、まだ未解決です。

創作大賞の投稿が締切時間ギリギリになり、この創作秘話の投稿ものびのびになっている現状をご覧いただいてお分かりの通り、
私はスケジュール管理が、大の苦手です。

毎朝毎朝、仕事前に、あーもう間に合わない遅刻する、とバタバタしています。

わかっているんですよ、ボヘっとYouTube見ている時間があるなら、書くか寝ろよって。
わかっているんですけどねえ。。

今後の課題ですねえ。これは。

少なくとも次に長編を書く時は、「締切日=書き終える日」にはしない。
書き終えてから少し寝かせて、印刷して、最初から読み直す時間まで含めてスケジュールを組む。

……ということを、未来の私に言っておきます。

未来の私、頼んだぞ。



創作秘話⑤へ続きます。


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