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守田を呼べば勝てた?森保は一番大事な試合で臆病になった

「感動をありがとう」の思考停止を、あと何度繰り返すのか。ブラジル戦の自滅が暴いた森保ジャパンの限界

北中米ワールドカップ、日本代表の挑戦はベスト32で幕を閉じた。
世界屈指の強豪・ブラジルを相手に先制しながらも、1-2の逆転負け。試合直後、世間やメディアには「強豪相手によくやった」「感動をありがとう」という言葉が溢れかえった。

もういい加減にしてくれ。

私たちはこの「美談による幕引き」を、一体あと何度繰り返せば気が済むのだろうか。結果だけを見れば大健闘かもしれない。だが、ピッチ上で起きていた事象を冷徹に紐解けば、今回の敗戦は選手たちの力不足などではなく、指揮官の「リスクマネジメントの怠慢」と「大一番での戦術的自滅」が招いた、極めて明確な「敗戦は監督のせい」とはっきり言えるケースであった。

■ 「言い訳」を暴いた守田英正の未招集

今大会の敗退後、NHKの解説を務めた本田圭佑氏は「たらればを言い始めたらキリがない」と前置きした。しかし、本田圭佑は大きく間違っている。サッカーとは「たられば」のスポーツであり、それによって生じる全責任を引き受けることこそが、結果を残せなかった監督の宿命だからだ。

今回の守田英正の未招集に関しては、今後厳しく追及されるべきである。

最初は「戦術的理由だ」と言い訳もできたかもしれない。しかし、中盤の絶対的支柱である遠藤航が離脱したことで、それが本当にただの言い訳に過ぎなかったことが完全に知れ渡った。

遠藤という同ポジションの選手が離脱し、中盤の層を厚くしなければならない、誰がどう見ても「守田を呼べばいいだけ」という状況になっても、森保監督は動かなかった。コンディションも「万全で」、これまでの「直近のチャンピオンズリーグでも活躍して国際舞台で結果を出し続けている」守田英正だけは、何がなんでも呼ばなかった。 この不自然極まりない頑なな選考が、のちに大一番でのチーム崩壊の引き金となる。

もし、ここに守田がいれば、どのような戦術的選択肢(理論)が可能だったか。 森保監督は先発ボランチに鎌田大地と佐野海舟、シャドーに伊東純也と前田大然、サイドに堂安律と中村敬斗を置いたが、守田がいれば「日本」の選択は違っただろう。

【守田がいた世界線の「攻め続ける」理論】

  • スタメン(ベース)

    • ボランチ: 守田英正 / 佐野海舟

    • シャドー: 鎌田大地 / 田中碧

    • ウイングバック(サイド): 堂安律 / 中村敬斗

  • 試合終盤(交代策)

    • 疲れてきた堂安と中村の配置転換に伴い、鎌田と田中を下げて前田大然と伊東純也をサイド(ウイングバック)に投入。

    • 堂安と中村をシャドーにする(サイドを走るよりは体力を消耗しない)。

このローテーションであれば、試合終盤になればなるほど、相手にとって最も脅威となる「前田・伊東」という圧倒的な快速プレーヤーが、疲弊したブラジルの背後を突き続け、文字通り「攻撃は最大の防御」の姿勢で最後まで攻め続けることができたはずなのだ。

■ 自らハシゴを外した、大一番での「戦術的自己否定」

そもそも、ウイングバックに頑なに本職の守備の選手を配置しないという森保監督のこれまでの拘りは、「ブラジルのようなサイド攻撃も中も強いチーム」にW杯という大舞台で対抗するための戦術だったはずである。

「守勢に回ったらジリ貧になる。だからこそ、こちらからも攻撃的な刃を突きつけ続けてサイドの主導権争いで根比べを挑む。そうしないと勝てないから」という論理があったはずなのだ。当然、ブラジルがサイドから猛攻を仕掛けてくることも、すべて想定済み、百も承知のはずだった。

しかし、最も大切で、最も耐え忍ばなければならなかったブラジル戦の終盤、森保監督は慌ててしまい「今まで積み重ねてきた考え」を放棄した。

堂安と中村を下げ、守備の選手である菅原由勢や鈴木淳之介を投入して、実質的な守備固めに回ったのだ。この「今まで積み上げてきた戦術はなかったことしよう!」にした瞬間、日本は完全に押し込まれた。ブラジル側は「裏に走られる脅威」から完全に解放され、ノーリスクで前がかりに波状攻撃を仕掛けることができるようになった。守り切るための交代が、結果としてブラジルの猛攻をさらに加速させる最悪の呼び水となった。

中盤をコントロールできる守田という存在を自ら排除した結果、ベンチにいる監督自身が「この中盤では耐えられない」と恐怖心に負け、自らの戦術を信じきれずに自滅したのだ。ピッチ上で戦った選手たちには何の責任もない。

■ 「感動」で終わらせているうちは、4年後も同じ景色を見る

ファンが求めているのは、4年ごとに繰り返されるお涙頂戴のストーリーではなく、「世界トップ8、トップ4」という現実的な結果だ。

「よくやった」「感動をありがとう」という言葉は、一見温かいようでいて、その実、監督の致命的な失策や一貫性のなさを有耶無耶にする「思考停止の免罪符」でしかない。これを毎回繰り返しているうちは、次の4年後も全く同じ景色を見て、全く同じ後悔を繰り返すことになる。本当につくづくセルジオ越後氏の言う通りだ。

ブラジル戦の1-2という結果は変わらない。だが、この敗戦を美談という名の逃げ道で終わらせず、不都合な真実と戦術的エラーを冷徹に突き詰め続けることこそが、日本サッカーが本当の意味で世界の壁を破るための、唯一の第一歩である。

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