吉田健一(1912.4.1-1977.8.3) 嵐山光三郎(1942.1.10- )『文士の舌』新潮社 2010年12月刊 199ページ Chris Connor (1927.11.8-2009.8.29) "Stella by Starlight" (1954.8.21) 日記 2013年12月17日 ちりかかる紅葉ながれぬ大井河いづれ井堰の水のしがらみ 新古今和歌集 555
日記
2013年12月17日
7時5分起床
室温9度
猫がコタツに入らずに
私の膝の上で丸くなっていたけど、
寒くなったのか潜り込んで行った。
体重55.1㎏ BMI 20.5
懸垂7回
58歳11か月
Chris Connor (1927.11.8-2009.8.29)
"Stella by Starlight" (1954.8.21)
https://www.youtube.com/watch?v=lSwVmc6Aauc
Sings Lullabys Of Birdland (1954)
https://en.wikipedia.org/wiki/Chris_Connor_Sings_Lullabys_of_Birdland
https://www.amazon.co.jp/dp/B00004WH7K
https://www.jazzdiscography.com/Artists/Connor/Connor_Beth.php
歌詞・和訳
https://singersong-2.hatenadiary.org/entry/20101012/1286874089
高校生の頃(1970-72)から
ジャズを聴き続けてますけど、
ジャズヴォーカルは、
言葉が理解できないので、
あまり聴いてません。
クリス・コナーという歌手の名前も、
スタン・ケントン楽団(1952-53)にいた人
として知ってはいましたが、
アルバムを持ってはいません。
2004年11月うつ病発症休職以降に
福岡市総合図書館から、
CD2枚(22曲)
Chris (1955)
と
This Is Chris (1955)
を借りて、
パソコンのウィンドウズメディアプレイヤーに収納して
聴いてます。
この歌唱
"Stella by Starlight" (1954.8.21)
は。ユーチューブで初めて聴きました。
清原なつの(1956.8.8- )
「なつのさんと愛猫の '70s!
じゃあまたね 1978年編その1
にゃイドルが一杯」
2019.9.22
『じゃあまたね 2』
ホーム社(発行)
集英社(発売)2020年11月刊
Chris Connor (1927.11.8-2009.8.29)
"Come Rain Or Come Shine" (1959.9.21)
https://note.com/fe1955/n/nb7fae0437b5e

https://www.iwanami.co.jp/book/b259617.html
ちりかかる紅葉ながれぬ大井河いづれ井堰(せき)の水のしがらみ
大納言経信
後冷泉院御時、上(うへ)のをのこども大井河にまかりて、
紅葉浮水といへる心をよみ侍りけるに
新古今和歌集 巻第六 冬歌 555
「水面に散りかかる紅葉が流れずに浮んでいる大井川よ。
どれが井堰の、水をせく柵[しがらみ]なのであろう。
この紅葉であろうか。」
『新日本古典文学大系 11』岩波書店 1992.1 p.169
経信集「紅葉浮水」。
本歌
「山川に風のかけたるしがらみは流れもあへぬ紅葉なりけり」
(春道列樹 古今 秋下)。
後冷泉院 第70代天皇 1025-1068(在位1045-1068)。
上のをのこ 殿上人。
大井河 山城国の歌枕。
井堰 水を引くために川中に柵や石組を設けて水を塞き止めたもの。
大井川の景物で、大堰川とも書く。
水面に散り止まる紅葉を本歌によって柵と見、
本来の井堰の柵を揶揄して興じる。
「散る紅葉(落葉)に「川」を結ぶ」歌。
源経信
(みなもとのつねのぶ 1016-1097)
平安時代後期の公家・歌人。
源俊頼の父。
後拾遺集初出。
新古今十九首。
勅撰入集八十六首。
隠岐での後鳥羽院による
『時代不同歌合』では巻頭で柿本人麿と番えられている。
小倉百人一首 71
「夕されば門田の稲葉おとづれて芦のまろ屋に秋風ぞ吹く」
http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/sennin/tunenobu.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/源経信
2013年の立春、
2月4日から毎日一首づつ投稿し始めた
新古今和歌集の通読(つぶやき)が
四年かかって終わりました。
https://bookmeter.com/mutters/153791951
https://bookmeter.com/mutters/153744722
全二十巻
春夏秋冬賀哀傷離別羈旅恋雑神祇釈教
1978首
明日から再読
2017.3.26

嵐山光三郎(1942.1.10- )
『文士の舌』
新潮社 2010年12月刊
199ページ
福岡市総合図書館蔵書
2011年2月10日読了
https://www.amazon.co.jp/dp/4103601051
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784103601050
「鴎外、漱石から川端、三島、向田邦子、開高健まで
24人の「舌」が選んだ、明治・大正・昭和の味。
ミシュランにも負けない、文と食の達人「御用達の名店」徹底ガイド。
目次
森鴎外と「蓮玉庵」(上野・そば)
夏目漱石と「松栄亭」(神田淡路町・洋食)
泉鏡花と「うを徳」(神楽坂・割烹)
永井荷風と「アリゾナ」(浅草・洋食)
斎藤茂吉と「竹葉亭」(銀座・うなぎ料理)
高村光太郎と「米久」(浅草・牛鍋)
谷崎潤一郎と「浜作」(銀座・関西割烹)
岡本かの子と「駒形どぜう」(駒形・どじょう料理)
川端康成と「銀座キャンドル」(銀座・洋食)
林芙美子と「いわしや」(銀座・いわし料理)
〔ほか〕」
『文士の料理店』
新潮文庫 2013.5
『文士の舌』改題
https://www.amazon.co.jp/dp/4101419116
試し読み
https://bookwalker.jp/deb4c84c5b-59f1-4e84-9365-2a5ea6be16f5/
https://x.gd/j8obn


『小説新潮』
2008年5月号~2010年3月号
連載
森鴎外・夏目漱石から
向田邦子・開高健まで
24人の作家が通い、
今も営業している
料理屋24軒を紹介しながら、
作家とその作品に言及する文章です。
私が行ったことのあるお店は
神田のランチョンだけでした。
ランチョンの生ビールをまた飲みたいなぁ~。
本文中の料理の写真は残念ながら白黒ですが、
巻頭のカラー写真24枚が美味しそうで、
どれも食べてみたくなります。
「神田神保町の古書店街にあるランチョンは
吉田健一が応接間がわりに使っていたビヤホールである。
昭和38年、51歳の吉田健一は、
中央大学文学部の専任教授となり、
毎週木曜日の午前11時半にランチョンにやってきた。
ランチョンへは編集者や友人が集まってきて、
ビールを飲みながら、打ちあわせをしたり、
原稿の受け渡しをした。原稿料は現金で受け取った。
その金でオードブルやビーフシチューを肴にして
ビールを四、五杯飲んだ。
ビールを飲んだあと、甲高い声で
「ゴシュジーン」と叫び、
「リプトーン」と注文した。
カウンターの奥にいる主人が
沸騰したリプトンティーとサントリーオールドのボトルを
盆に乗せて持ってくると、紅茶にウィスキーダブルを入れた。
ほろ酔いになってから、外へ出て、
「オオイ、タァキシー」と声をあげてタクシーを止め、
大学へむかった。
中央大学での講義は「近代英文学」であった。」
p.103
「吉田健一と「ランチョン」」

https://note.com/fe1955/n/ned3d7688c9dc
「店に来られたお客様で思い出深いのは、何と言っても
吉田健一先生[1912.4.1-1977.8.3]。
ここでビールを四、五杯飲んでから、
中央大学に講義[1963~1969]にお出でになっていました。
出版社の方や助手の方とも打ち合わせでいらして
ウィスキーティーを飲む。
ティーと言っても四割くらいはウィスキーという濃いやつです。
飲んでいる間、私にもいろんな話を聞かせてくださいました。
文化全般、とにかく知識が広い方でしたから」
森まゆみ(1954.7.10- )
『東京老舗ごはん
ポプラ文庫』
ポプラ社 2017年3月刊
p.191
「ランチタイムにビールの愉楽
神田神保町 ランチョン
創業 明治四十二年(1909)」

https://note.com/fe1955/n/nefc4aef1ee06
「今日はランチョンと決めていた。
老舗のビヤホールだ。
カツサンドに決めていた。
あるのを知っていて、
まだ食べたことないから。
高くてボリューム多そうだったから。
今日は食べる要員が二人
[男性編集者IKと女性編集者SN]いる。
値段、改めてちゃんと見たら1550円!
高え!」
p.41
「IKは、たまにここのビーフパイを食べながら
生ビールを飲むと言う。
洒落たことするね、と言ったら、
吉田健一がそうしていたのを本で読んで
「真似して」だって。
なんだ。ミーハーな。
でもそんな歴史のある店なのだ。」
p.41
「厚切りトーストに、分厚いカツが挟まっている。
千切りキャベツも一緒に挟んである。
すごい。オイシイ。ウマイ。
ビールにもイイぞ。イイけど、ひと切れで十分だ。
3人いてよかった。」
久住昌之(1958.7.15- )
『麦ソーダの東京絵日記』
扶桑社 2021年7月刊
p.42
読書メーター
吉田健一の本棚
登録冊数26冊
刊行年月順
https://bookmeter.com/users/32140/bookcases/11091236


https://note.com/fe1955/n/n81a272ef9d10
https://note.com/fe1955/n/n897faada90e4
https://note.com/fe1955/n/n4828247e2782
https://note.com/fe1955/n/n9615f504272b
https://note.com/fe1955/n/n341ad10c2b0e
河上徹太郎(1902-1980)
丸谷才一(1925-2012)
「吉田健一の生き方
アウトサイダーの文学と酒」
『海』1977年10月号
『文芸誌「海」精選対談集
中公文庫』
大岡玲編
中央公論新社 2006年10月刊https://note.com/fe1955/n/n2abd182e0a78
https://note.com/fe1955/n/n95eeda2b6ec9
https://note.com/fe1955/n/nd01d3bca4a1d
角地幸男
『ケンブリッジ帰りの文士 吉田健一』
新潮社 2014年3月刊
Dave Brubeck (1920.12.6-2012.12.5)
"Everything Happens to Me" (1965.2.15)
https://note.com/fe1955/n/nca259d9ef32a
吉田暁子
『父 吉田健一』
河出書房新社 2013年12月刊
https://note.com/fe1955/n/na79b9bf79e4d
「『日本文学史早わかり』といふ本を書いたことがある。
何につけても異を立ててゐる本だ。まづ時代区分が違ふ。
文学そのものによる時代区分を案出した。
…
巻末につけた年表に
「指導的な批評家」といふ項目を設けた。
第二期のそれは紀貫之、
第三期と第四期は藤原定家、
第五期は正岡子規。
…
指導的な批評家といふ概念は、
わたしが王朝和歌と
さんざんつきあつたあげくの
お土産である。
定家卿の権威が長くつづいたし、
その前には貫之の支配力がすごかつた。
そして子規は、本当は
定家を倒したかつたのに、
江戸後期における彼の声望が高かつたから、
ちよつとはづして貫之を叩いたのかもしれない。
とにかく日本文学は
この三人の詩人=批評家に導かれてゐる。
…
第五期はやがて終る。ひょつとすると、
もうすでに終つてゐるのかもしれない。
そして、第六期の指導的な批評家はおそらく
吉田健一だらう。」
丸谷才一(1925.8.27-2012.10.13)
「指導的な批評家」
初出
『図書』
2003年11月号
『無地のネクタイ』
岩波書店 2013.2
p.23-27
https://note.com/fe1955/n/ncecbb5720ade
丸谷才一(1925.8.27-2012.10.13)
『日本文学史早わかり』
講談社 1978.4
『無地のネクタイ』
岩波書店 2013.2
池澤夏樹(1945.7.7- )
「メイキング・オブ・文学全集」
『池澤夏樹、文学全集を編む』
河出書房新社 2017.9
「[吉田健一さん(1912.4.1-1977.8.3)は]
食堂車が大好きな人だった。
食堂車でハムを肴にビールを飲む楽しさを、
あんなに上手に書いた人はほかにゐない。
…
あの批評家は、卑俗な事柄を
たちまち高尚な文明論に転ずるのが得意だつた。
といふよりもむしろ、吉田さんの手にかかると、
世の中には卑俗な事柄なんかなくなつて、
すべて高雅な話題と化するのだつた。
あの脱俗の気風をわたしはなつかしむ。」
p.131
丸谷才一(1925.8.27-2012.10.13)
「犬だって散歩する 8
残念な話 食堂車 漱石の句」
え・和田誠(1936.4.10-2019.10.7)
『小説現代』1986年6月号
講談社 1986年5月刊
p.126-134
https://note.com/fe1955/n/n9332757af295
1955年生まれな私は、
横浜市民だった頃(1980-87)、
妻の実家の福岡への新幹線の往復で、
吉田健一の真似をして、
食堂車でハムサラダとビールを
楽しんでました。
丸谷才一(1925.8.27-2012.10.13)
『冗談そして閑談
丸谷才一対談集』
青土社 1983年6月刊
山本健吉(1907-1988)
大久保房男(1921-2014)
ドナルド・キーン(1922-2019)
「食べない・食べる・食べるとき
日本酒のおいしさをはじめてほんとうに
よく知るようになったのは、
吉田健一さんと親しくなってからです」
『風景』1976年1月号
吉行淳之介(1924-1994)
藤沢周平(1927-1997)
野坂昭如(1930-2015)
常盤新平(1931-2013)
井上ひさし(1934-2010)
https://note.com/fe1955/n/n032186fb2e99
丸谷才一(1925.8.27-2012.10.13)
『文学ときどき酒
丸谷才一対談集』
集英社 1985年9月刊
中公文庫 2011年6月刊
里見弴(1888-1983)
石川淳(1899-1987)
河上徹太郎(1902-1980)
河盛好蔵(1902-2000)
谷崎松子(1903-1991)
円地文子(1905-1986)
吉田健一(1912-1977)
ドナルド・キーン (1922-2019)
篠田一士(1927-1989)
大岡信(1931-2017)
清水徹(1931.3.31- )
高橋康也(1932-2002)
https://note.com/fe1955/n/ne794ce812fe8
https://www.facebook.com/tetsujiro.yamamoto/posts/589168017824508
