猪苗代湖と鬼沼の生態系、清水川の梅花藻
猪苗代湖の風物詩として知られる飛来する白鳥。
彼らの冬の越冬地として群れの餌を賄うことができる環境を、そして抜群の透明度を誇る天鏡湖としての姿を未来へとバトンするため、今、住民たちの手で北浜付近を舞台に持続的な保全活動が進められている。
そんな話を知ったのは、猪苗代湖一周を自転車で巡る「イナイチ」を終えて地元奈良に帰ってきてからだった。道すがら目の当たりにした猪苗代湖と遠くに見ゆる磐梯山の溶け合うような青さを振り返って、より一層心が洗われたものだ。

そして道中一番感動したのは、磐梯山と共に見晴らす景勝地「鬼沼」の眺めだった。
唐突に「清水川の梅花藻を見に行こう」と思い立って、日本で4番目に大きな湖の南側へ、猪苗代の町から赴く手段として「自転車」を選んだ。
ただそれだけのことで、これほどまでに自分の中に残るものたちに出会うとは思いもしなかった。
猪苗代湖についての覚え書き
日本で4番目に大きな湖(面積:約103平方 km、深さ:約93 m)
水質:弱酸性の貧栄養湖(透明度が高い)
生態系:国指定天然記念物ミズスギゴケの群落、白鳥の飛来地
別名:天鏡湖(四季折々の磐梯山の雄姿を映す)

猪苗代湖の魚を食べる
強酸性の中ノ沢温泉を源泉とした長瀬川からの流入により、猪苗代湖は酸性寄り。大抵の生物が生きられないからこそ素晴らしい透明度を誇り、それ故に「天鏡湖」とも称賛される。
一方で生息できる魚は、ウグイなど酸性環境に適応した種に限られる。

そんなウグイをこの辺りでは「アカハラ」と呼び、食されている。
赤はら
酸性湖でも生息可能な川魚ウグイ(ハヤ)の地域名。産卵期にお腹が赤くなることから、この界隈では「アカハラ」と呼ばれている。
だが、アカハラの漁獲量は年々減っているらしい。
猪苗代湖周辺でアカハラ漁をする方々が高齢化しつつあることに加え、個体数そのものも減っているという情報もある。加えて、猪苗代湖の水質が中性化しつつあることも原因の一つかもしれない。
猪苗代湖の名物「赤はら天ぷら丼」を提供するのも、こちらのお店くらいになってしまったようだ。
アカハラ漁師さんの高齢化や後継者問題についてはさておき、個体数の減少については、猪苗代湖の水質や生態系の変化が要因である可能性が高い。
以下2つの記事では、現地で釣りをされる方の視点で、猪苗代湖の水質環境の要因や魚類の生態系に詳しく触れられています。
とても参考になります。「イワナノドン」という命名がまたイイ!
有機物源が増えると、動植物プランクトンも、それらを食べる水生生物も増える。それまで天敵の居なかった環境に、アカハラの卵や幼魚を食べる種が現れたらどうだろう。
魚類の産卵数が比較的多いとはいえ、アカハラたちはその状況にどれくらい迅速に対応できるだろうか。
あるいは産卵場所の環境変化による可能性もある。
青森の下北半島、恐山のそばの宇曽利山湖のウグイは、特殊な塩類細胞をエラに持ち、その強力なイオン交換能(ポンプ&フィルター機能)により、強酸性水域での生存を可能にしていると言う。
普段は湖に棲息し、産卵期に中性の流入河川(産卵床)へ遡上するらしい。これは魚卵の膜や、もしかすると生まれたての幼魚にとっては厳しすぎる酸性度だからだろう。
それは宇曽利山湖の水質がpH3.2〜3.6と非常に高い酸性度であるからなのかもしれないが、猪苗代湖のウグイ(アカハラ)はどうしているのだろう。
清水川の梅花藻
イナイチ(猪苗代湖一周サイクリング)のお目当ては、「清水川の梅花藻」の見物であった。

今の時代、「人の暮らし」と「自然環境」が分断されているように感じることも少なくない。
そんな中、この清水川流域では近隣住民が主体となって、生活環境のそばにあるセンシティブな生態系が損なわれないよう活動しているというから、これは素晴らしいと思ったわけだ。

梅花藻
日本固有種の梅花藻はキンポウゲ科キンポウゲ属に分類される多年草の水草。水温14℃前後の清流にしか生息できないため、「きれいな水」の目安となる指標生物としての側面もある。その名の通り梅の花に似た形態の花を咲かせる藻で、開花時期はおおよそ7〜8月頃。
自生地の多くは水質が中性〜弱アルカリ性(pH6.5〜8.5)。

梅花藻は農薬や下水の流入による水質汚濁に弱く、多くの地域で絶滅危惧種に指定されている。透明度が高く、貧栄養な流水環境、とりわけ湧水や上流域でしか生きられない。
その一方で、常緑の沈水植物である梅花藻自身もまた、窒素やリンなどの栄養塩を吸収し、貧栄養な水質を維持する役割を担っているとも言える。

清水川の水は舟津川を通じて猪苗代湖に流入する。
つまりこの梅花藻が繁茂する小川の水質もまた、猪苗代湖の水質と無関係ではないのである。

鬼沼の地形と生態系
猪苗代湖へと流入する河川のほか、ここには珍しい地形が紐づいている。
それが冒頭で話題にした「鬼沼」である。
鬼沼は砂嘴(漂砂が静水域で堆積してできた嘴状の地形)として分断された水深1mほどの沼で、猪苗代湖南に形成されている。
この鬼沼と湖とを隔てる砂州は完全ではなく、これまた幅1mほどの出入り口で猪苗代湖と繋がるワンド(湾処)と見られている。

酸性で魚が少ない猪苗代湖とは水質も異なり中性に近いため、ウグイ以外にもウナギやナマズも生息しているらしい。準絶滅危惧種(NT)に指定されるアサザやイチョウウキゴケも生息しており、調査や保全の対象として注目されている。
もしかしたら猪苗代湖のウグイも、酸性度の弱まる鬼沼の水草の陰や清水川からの流れをくむ船津川(禁猟区に指定されている)など、猪苗代湖の南方の流域で産卵し、その命を繋いでいるのかも知れない。
そういう意味では猪苗代湖そのものだけでなく、一帯の流域全てを見渡して、そこにある環境と人間の暮らしがどのように成立しているかを考える視点が大事だろう。

鬼沼の伝承
面白いことに、この未完の砂州は「弘法橋」と呼ばれているらしい。
これはある伝承に起因し、おそらくは「鬼沼」という名の由来でもある。
周辺の村々で大蛇などの魔物が蔓延り、疫病が蔓延しているところへ弘法大師が通りかかった。退治の準備のため、沼の入り口に橋を作ろうと夜通し作業したが、まもなく完成というところで天邪鬼が鶏の声を真似て鳴いたので、弘法大師は夜明けと勘違いして工事を止めてしまった。
この話の出典は明らかではないけれど、恐らくは地域に口承で語り伝えられてきたのだろう。結局、魔物退治や疫病はどうなったのかが気になるが、この話の肝はそこではないと思う。
恐らくこの土地の信仰体系と結びついていて、その観点から考えてみれば面白い考察ができるかも知れない。

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