SGディナモ・ドレスデンからブンデスリーガに加入した元サッカードイツ代表のレジェンドたち
SGディナモ・ドレスデンという存在

1989年11月9日、東ドイツ(ドイツ民主共和国)の政治家ギュンター・シャボフスキーの「誤った発言」によって起きた「ベルリンの壁崩壊」とヘルムート・コール元ドイツ首相の尽力によって、東西に分かれていたドイツの再統一がなされた。それにより、旧東ドイツのサッカーリーグ「DDRオーバーリーガ」は、ドイツ・ブンデスリーガに吸収合併されることとなる。
当然ながら、社会主義政権下にあった「旧東ドイツ」と資本主義を謳歌した「西ドイツ」ではサッカークラブも資金面で格差が生じており、東から西へと選手が流出することとなる。なかでも注目を集めたのは、1970年代後半からDDRオーバーリーガを席巻した「SGディナモ・ドレスデン」の選手たちであった。ディナモ・ドレスデンが注目を集めるのには、2つの理由があった。
1つ目は、1990年11月27日に行われた「ドイチュラントカップ」。ドイツ再統一を記念し、ドレスデンのルドルフ・ハルビッヒ・シュタディオンで1度だけ行われた大会で、ディナモ・ドレスデンは西ドイツ王者のFCバイエルン・ミュンヘンを破った。オラフ・トーンやシュテファン・エッフェンベルクを擁し、ユップ・ハインケスに率いられたチーム相手の勝利だった。
2つ目は、ディナモ・ドレスデンのユースが優れていた点だ。近年でもVfLヴォルフスブルクの主将マクシミリアン・アルノルトを輩出するなど、同クラブは近隣地域から優秀な選手を集め、育成する術に非常に長じていた。「バロンドール受賞者」を輩出した実績も誇る。本稿では、とくにディナモ・ドレスデンから西側クラブへ移籍して活躍した4選手に焦点を当てて紹介する。
Ⅰ. マティアス・ザマー

Matthias Sammer
生年月日:1967年 9月5日
出生地:ドレスデン, ザクセン州
身長:181cm 利き足:右足
主なポジション:フォアリベロ
ブンデスリーガ記録:178試合 41得点
経歴:
1985~1990 SGディナモ・ドレスデン
1990~1992 VfBシュトゥットガルト
1992~1993 インテル・ミラノ
1993~1998 ボルシア・ドルトムント
ディナモ・ドレスデンのユースが輩出した史上最高のサッカー選手は、間違いなく元サッカードイツ代表のマティアス・ザマーだ。1996年にバロンドールを受賞したことでも知られる同氏は、ディナモ・ドレスデンを経て加入したVfBシュトゥットガルトでブンデスリーガ優勝に貢献。またインテル・ミラノを経て加入したボルシア・ドルトムントでは、伝説的な活躍を披露する。
数々の実力者とともに1994/95シーズン、1995/96シーズンのリーグ連覇に貢献すると、1996年夏にはパベル・ネドベドを擁するチェコ代表を決勝で破ってUEFAユーロ優勝を成し遂げ、1996/97シーズンにはUEFAチャンピオンズリーグで優勝したのだ。「フォアリベロ」として知られたプレースタイルに加え、のちに監督としても発揮する戦術眼とリーダーシップを備えた選手だった。
Ⅱ. ウルフ・キルステン

Ulf Kirsten
生年月日:1965年 12月4日
出生地:リーザ, マイセン郡, ザクセン州
身長:175cm 利き足:右足
主なポジション:ストライカー
ブンデスリーガ記録:350試合 182得点
経歴:
1983~1990 SGディナモ・ドレスデン
1990~2003 バイエル・レバークーゼン
ライナー・カルムントSDのブラジル・コネクションの影響もあって、数多くの攻撃的なタレントが活躍したバイエル・レバークーゼンだが、同クラブの歴史上最高のストライカーが誰かと問われれば、ウルフ・キルステン以外にはありえない。1990年代のブンデスリーガを代表するストライカーだった彼は、比類ない結果を残してきた。記録を振り返るだけでもそれが分かる。
1992/93シーズンにアンソニー・イェボアとともにリーグ得点王に輝くと、1996/97シーズン、1997/98シーズンには22ゴールを積み重ねて単独で得点王に輝いたのだ。175cmと小柄な身長のキルステンの持ち味は、一瞬の爆発的なスプリント能力と無理な体勢からでもシュートを打つことのできる技術。得点を狙い続けるスタイルを武器に13年間に渡ってレバークーゼンを牽引した。
Ⅲ. アレクサンダー・ツィックラー

Alexander Zickler
生年月日:1974年 2月28日
出生地:バート・ザルツンゲン, テューリンゲン州
身長:188cm 利き足:右足
主なポジション:ストライカー, 左ウイング
ブンデスリーガ記録:232試合 55得点
経歴:
1992~1993 SGディナモ・ドレスデン
1993~2005 FCバイエルン・ミュンヘン
2005~2010 レッドブル・ザルツブルク
2010~2011 LASKリンツ
近年でいえば、マルコ・ローゼのアシスタントコーチとして活躍したイメージの強いアレクサンダー・ツィックラーもまた、ディナモ・ドレスデンユースが輩出したドイツを代表するストライカーだ。彼の武器はそのスプリント能力で、相手DFを抜き去って得点する技術に長じており、カットインのような形からのシュート技術でも魅せた。ティモ・ヴェルナーに近いプレースタイルである。
1998/99シーズンのチャンピオンズリーグ決勝ではカルステン・ヤンカーとの2トップで先発するなどバイエルンでは重宝され、7度のリーグ優勝と4度のポカール優勝に加え、2000/01シーズンのビッグイヤー獲得時にも途中出場から決勝でプレーし、PK戦では3人目のキッカーを務めた。晩年にはニコ・コヴァチやトーマス・リンケとともにレッドブル・ザルツブルクで活躍した。
Ⅳ. イェンス・イェレミース

Jens Jeremies
生年月日:1974年 3月5日
出生地:ゲルリッツ, ザクセン州
身長:177cm 利き足:右足
主なポジション:6番(守備的ミッドフィールダー)
ブンデスリーガ記録:251試合 9得点
経歴:
1993~1995 ディナモ・ドレスデン
1995~1998 TSV1860ミュンヘン
1998~2006 FCバイエルン・ミュンヘン
シュテファン・エッフェンベルクやローター・マテウス、ミヒャエル・バラックといった面々はバイエルンの歴史を代表する「8番」として知られるが、彼らがより攻撃的なプレーに終始することができたのは、イェンス・イェレミースという不動の守備的MFの存在があったからに他ならない。敵の攻撃の芽を刈り取ることに優れたイェレミースは、バイエルンの「黒子」として躍動した。
小柄ながら当たりに強く、パス捌きも見事で、プレーメイカーとしても優秀だった。2000/01シーズンのチャンピオンズリーグ準決勝レアル・マドリードCF戦で決めたゴールでも知られるイェレミースは、バイエルンで6度のリーグ優勝に貢献。2002年に行われた日韓ワールドカップでもドイツ代表として決勝の舞台で先発するなど、ルディ・フェラー監督からも信頼される存在だった。
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