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【77回目noteマネー掲載】第百十八章:消費税―食料品1%、仕入れは10%のまま―

第百十八章:消費税―食料品1%、仕入れは10%のまま―

――ポーランドは、肥料もゼロにした――

夜。

みおは、スマホで国会中継を見ていた。

画面の中では、2026年7月27日の衆議院予算委員会。

国民民主党の長友慎司議員が、食料品の消費税率を1%へ引き下げた場合の農家への影響について質問していた。

話題は、簡易課税へ移る。

売上高1000万円超から5000万円以下の農家は約10万経営体。

そして長友議員は、その農家について、

「その多くが簡易課税者になります」

と説明した。

農業の簡易課税では、みなし仕入率80%を使って消費税を計算する。

ところが――。

食料品の税率を、

8% → 1%

へ下げる。

すると、売上にかかる消費税額は大きく減る。

簡易課税では、それに80%を掛けて仕入税額控除相当額を計算するため、控除額も小さくなる。

しかし、農家が肥料や農業資材などを購入するときに負担する10%は、そのまま残る。

長友議員は、実際の仕入時に支払った10%の消費税を十分控除できず、大きな負担になる恐れを指摘した。

そして、農家に残される選択肢を並べる。

本則課税へ切り替える。
販売価格にコストを上乗せする。
あるいは、自腹を切る。

みおの指が止まった。

みお:
「……待って。」

あおい:
「どうしたの?」

みお:
「販売価格に上乗せするって言った?」

あおい:
「言ったね。」

みお:
「食料品を1%にするのに?」

あおい:
「うん。」

みおは画面を二度見した。

みお:
「減税するのに、値上げする可能性があるの!?」


答えは、算数だった

前章で使った大根の模型を、もう一度見てみよう。

話を分かりやすくするため、農家さんの経営を極端に単純化する。

農家さんは、大根を作るために肥料、農薬、燃料、農業資材などを買う。

その税込仕入価格を、

440円

とする。

そして作った大根を、

税込 540円

で販売している。

すると、

540円-440円=100円

が残る。

厳密な会計上の付加価値とは少し違うが、本稿でも、この100円を農家さんの生活と経営を支える、

生活原資

と考える。

この100円から、

生活する。

人を雇う。

農機具を直す。

次の作付けをする。

農業を続ける。


食料品を1%にすると、大根は505円?

大根の税抜価格を500円とする。

消費税8%なら、

500円+40円=540円

である。

では、食料品を1%にする。

税抜価格500円をそのままにすれば、

500円+5円=505円

になる。

消費者から見れば、

540円 → 505円

35円の値下げである。

みお:
「ほら。やっぱり35円安くなるじゃない。」

あおい:
「じゃあ、農家さんの財布も見てみよう。」

税込仕入は、

440円

のまま。

税込売上は、

505円

だから、

505円-440円=65円

になる。

生活原資は、

100円 → 65円

へ減る。

みおの顔が固まった。

みお:
「……35円消えた。」

あおい:
「うん。」

みお:
「大根が35円安くなったんじゃない。」

みおは電卓を指差した。

「農家さんの100円から、35円削ってるじゃない!」


仕入れは、1%になっていない

ここが今回の核心である。

食料品の消費税率を1%にしても、

農家さんが買うものまで、全部1%になるわけではない。

本稿の単純モデルでは、

大根の売上側 1%

に対して、

農業投入側 10%

が残ると考える。

たとえば、税抜400円の仕入れなら、

400円+40円=440円

である。

売る大根は1%。

でも、大根を作るために負担した税金は10%。

みお:
「出口だけ下げて、入口はそのままなのね。」

あおい:
「そう。」

みお:
「じゃあ35円値下げしろって言われても……。」

あおい:
「その35円が、どこから出るのかを考えないといけない。」


本則課税なら、35円が戻ってくる

では、本則課税ならどうなるだろう。

税抜仕入は、

400円

仕入側の消費税額は、

400円×10%=40円

税抜売上は、

500円

食料品1%なら、売上側の消費税額は、

500円×1%=5円

したがって、

5円-40円=-35円

となる。

つまり、

35円還付

である。

この35円が戻れば、

505円-440円+35円=100円

となる。

農家さんは税込価格を505円まで下げても、従来の生活原資100円を維持できる。

ここで初めて、

大根を35円安くする原資が生まれる。


でも、農家さんの多くは本則課税ではない

ここで、先ほどの国会質疑が効いてくる。

長友議員は、売上1000万円超5000万円以下の農家約10万経営体について、

「その多くが簡易課税者」

と説明している。

さらに、その下には売上1000万円以下の小規模農家が大量に存在する。

長友議員は、小規模農家では食料品1%によって販売側の消費税相当額が小さくなる一方、肥料や飼料などの購入時には10%負担が残り、農家の手取りが減る恐れがあると国会で指摘している。

つまり、

本則課税なら35円戻る。

しかし、

免税なら、その還付はない。

簡易課税でも、

実際に払った40円を、そのまま精算するわけではない。

だから、35円を誰かが負担しなければならない。

農家が負担するのか。

販売価格へ戻すのか。

制度側で補填するのか。


農家さんが生活するなら、540円に戻る

農家さんが従来と同じ100円を維持するなら、

売上-440円=100円

でなければならない。

したがって、

売上=540円

である。

税率1%でも、税込540円を維持するなら、

税抜約534.65円+約5.35円=540円

になる。

8%のときは、

500円+40円=540円

1%では、

約534.65円+約5.35円=540円

税込価格は変わらない。

変わったのは、

値札の中身

だった。

みお:
「税率は7ポイント下がった。」

あおい:
「うん。」

みお:
「でも、農家さんが生活するためには税込価格を下げられない。」

あおい:
「仕入側の税負担が残って、それを別の方法で精算できなければね。」

みお:
「……算数じゃないの。」


ポーランドは、どうしたのか

みおは、もう一度国会動画を再生した。

長友議員は、この問題について海外の制度を調べていた。

そして対応策を、大きく二つに整理している。

生産資材の税率を下げる。

または、

農家の税負担を別の方法で軽減する。

まず、ポーランド。

食料品を約2年間0%にした。

しかし、それだけではなかった。

肥料などの税率も、同時に0%にした。

カナダも、

食料品と農業資材を0%

としていると紹介された。

フランスでは、小規模農家に対して、みなしで仕入税額を計算して還付する仕組み。

イギリスでは、農家の収入を補うために農産物代金へ定額加算する仕組みが紹介された。

みおは、また動画を止めた。

みお:
「……これ、全部同じことしてない?」

あおい:
「方法は違うけどね。」


穴を作らないか、穴を埋めるか

ポーランドとカナダは、

仕入側の税率も下げる。

つまり、

そもそも35円の穴を作りにくくする。

フランスは、

みなしで還付する。

つまり、

できた穴を埋める。

イギリスは、

農家の収入側を補う。

つまり、

別の入口から穴を埋める。

やり方は違う。

しかし共通していることがある。

農家に、その穴を丸ごと自腹で負担させない。

のである。


では、日本は?

みおが聞いた。

みお:
「ポーランドは?」

あおい:
「肥料も0%。」

みお:
「カナダは?」

あおい:
「農業資材も0%。」

みお:
「フランスは?」

あおい:
「みなし還付。」

みお:
「イギリスは?」

あおい:
「定額加算。」

みおは少し間を置いた。

みお:
「じゃあ、日本は?」

あおいは、国会答弁を確認した。

高市総理は、簡易課税では還付が想定されておらず、本則課税で還付を受けるためには事務負担が生じるという課題を認識していると答弁した。

そして、仕入税額控除の還付を受けられない農業従事者については、

「現場の納得感のある対応を検討する」

としている。

長友議員から海外の具体例を示された高市総理は、それらについて、

「参考になりました」

と答えている。

あおい:
「……検討します。」

みおは黙った。

三秒。

みお:
「検討(笑)」


外食産業にも、同じ影が伸びる

問題は農家だけではない。

食料品を1%にすれば、外食産業にも影響が出る。

これまで、

食料品8%

外食10%

だった。

差は2ポイント。

しかし食料品が1%になれば、

食料品1%

外食10%

差は9ポイントになる。

長友議員は、この税率差が外食産業にとって死活問題になり得ると指摘している。

政府側も、内食と外食の税負担差の拡大が外食売上に影響する可能性が指摘されていることは承知している、と答弁した。

そして、対応策として出てきたのが、

「資金繰り支援等のための予算措置を検討する」

である。

みおの眉が上がった。

みお:
「資金繰り支援?」

あおい:
「融資などを含む支援が考えられるね。」

みお:
「……お金を貸すの?」


融資なら、利子が発生する

この点も、長友議員は国会で指摘していた。

資金繰りのために融資を受けても、

利子が発生する。

農家から、

なぜ、その利子まで自分たちで負担しなければならないのか

という声が出ているとして、利子部分への対応も検討すべきではないかと述べている。

みおは頭を抱えた。

みお:
「制度変更で苦しくなりました。」

あおい:
「資金繰りを支援します。」

みお:
「お金を借りられます。」

あおい:
「そういう方法もある。」

みお:
「返します。」

あおい:
「融資だからね。」

みお:
「利子も払います。」

あおい:
「……。」

みおは画面を指差した。

「日本は、『検討します。金貸します。』なの!?」


食料品を本当に安くしたいなら

もう一度、最初の大根へ戻ろう。

540円-440円=100円

これが農家さんの生活原資だった。

食料品だけを1%にして、

505円

まで価格を下げれば、

505円-440円=65円

になる。

35円足りない。

なら、

その35円をどこかで消さなければならない。

仕入税率を下げる。

還付する。

収入を補填する。

方法はいくつもある。

海外には実例もある。

しかし、

税率を8%から1%へ変更しただけで、35円が自然に湧いてくることはない。

のである。


みお、街を見る

国会動画を閉じたあと、みおは街へ出た。

スーパーの前を通る。

野菜売り場には、大根。

その隣にはキャベツ。

精肉売り場。

鮮魚売り場。

牛乳。

卵。

少し歩けば、小さな食堂がある。

その隣には弁当屋。

店の前へ、配送トラックが止まる。

以前のみおなら、

「食料品1%なら、安くなるはず」

と思ったかもしれない。

でも今は、その値札の向こう側が少し見える。

肥料を買う人。

飼料を買う人。

燃料を買う人。

機械を直す人。

商品を運ぶ人。

店を開ける人。

人を雇う人。

そして、

1%で売るために、10%で仕入れる人。

みおが、大根を一本かごへ入れる。

レジへ向かう。

画面には、

税率1%

と表示されている。

それでも、値段は思ったほど下がっていない。

以前なら、

「せっかく減税したのに」

と思っただろう。

でも今は違う。

値下げしなかった誰かが、減税分を奪ったのではない。

値下げするための原資そのものが、

最初から十分に作られていなかったのかもしれない。

レジが鳴る。

ピッ。

みおは、隣にある小さな惣菜店を見る。

その奥では、誰かが働いている。

食材を仕入れ、

家賃を払い、

電気代を払い、

人件費を払い、

借金を返し、

今日も店を開けている。

もう一度、レジが鳴る。

ピッ。

その音は今日も、

誰かの事業を削る音だった。


この章の前提

本稿は制度構造を分かりやすく確認するための単純化モデルである。

  • 農家の税抜仕入を400円、税込仕入を440円とする

  • 食料品8%時の税抜売上を500円、税込売上を540円とする

  • 「税込売上-税込仕入」を便宜上「生活原資」と表現する

  • 食料品の売上税率のみ8%から1%へ変更する

  • 農業投入側には10%課税される仕入れが残るものとして考える

  • 免税、簡易課税、本則課税では消費税の精算方法が異なる

  • 実際の農産物価格は、需給、競争、契約、原材料価格、物流費など多くの要因によって決まる

  • 海外制度の説明は、2026年7月27日の衆議院予算委員会で長友慎司議員が紹介した内容を基礎としている。

本稿の主旋律は、一つである。

食料品の税率を本当に価格へ反映させたいなら、出口だけではなく、入口に残る税負担まで処理しなければならない。

ポーランドは、肥料も下げた。

カナダは、農業資材も下げた。

フランスは、還付した。

イギリスは、収入側を補った。

そして日本では――

現場の納得感がある対応を、検討している。


このモデルの前提

本稿は制度構造を分かりやすく確認するための単純化モデルである。

  • 農家の税込仕入を440円で固定

  • 税率変更前の税込売上を540円とする

  • 本稿では「税込売上-税込仕入」を便宜上「農家さんの生活原資」と表現する

  • 農家は免税事業者を想定し、本則課税による仕入税額控除・還付を受けない

  • 食料品税率のみ8%から1%へ変更

  • 実際の販売価格は需給、競争、契約関係、原材料価格など多くの要因によって決まる

本稿の目的は、

「食料品の税率が下がれば、その分だけ税込価格も自動的に下がる」

とは限らない理由を、農家さんの財布から考えることである。


【14年越しの答え合わせ】片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継いだ

参考動画:

【彼女は全てを知っていた。】

【制度側の自白と、14年越しの答え合わせ】


ここから先は、あえて繰り返す。
なぜなら、これは単なる国会質疑ではないからだ。
消費税という制度が前提としてきた「円滑かつ適正な価格転嫁」と、現実の市場で起きていること。
その二つが、国会という公の場で正面から衝突した「事件」の記録だからである。
自由主義経済において、価格は制度の予定通りには動かない。
原価が上がったからといって、その全額を価格へ転嫁できるとは限らない。
消費税率が上がったからといって、その分だけ売価を上げられるとも限らない。
価格転嫁できなくても、消費税の負担は消えない。
事業者の利益、賃金、賞与、投資、資金繰りへと移っていく。

その瞬間、消費税の問題は「価格転嫁」の問題ではなく、税金コストを誰に負わせるかという問題へ変わる。


2012年。
一人の政治家が、その危険性を国会で指摘していた。
片山さつき議員である。
そして14年後。
片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継いだ。
問いを受ける側に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
これは、制度の外から制度を批判していた者が、制度の頂点へ立ったとき、どのように言葉を変えるのかという記録でもある。

2012年、彼女はすべてを知っていた

「もう、手のつけられないようなことになりますよ」
2012年。
野党時代の片山さつき議員は、消費税増税が経済へ与える影響について、強く警告していた。
住宅。
地方経済。
中小零細企業。
街の蕎麦屋。
普通の床屋。
価格を上げたくても上げられない、小さな事業者たち。

片山議員は、消費税が単なる「消費者の負担」では終わらないことを、具体的な例で指摘していた。

たとえば、街の蕎麦屋である。

今、お蕎麦屋さんは税込み630円でお蕎麦を出していますけど、660円にできますかね?

これは、単なる問いではない。

消費税の制度と市場の現実を知る者が、問いの形で提示した答えである。


全国一律の価格を持つ大手チェーンなら、まだ値上げしやすいかもしれない。
しかし、地域の客に支えられている小さな店はどうか。
街の蕎麦屋はどうか。
普通の床屋はどうか。
値上げによって客を失う可能性がある店に、「税率が上がったのだから、その分を価格へ転嫁すればよい」と簡単に言えるだろうか。

片山議員は当時、年間売上3000万円以下の中小零細企業について、5割から7割が価格転嫁できていないという調査があると述べていた。

さらに、滞納税額の約半分に当たる3400億円が消費税であるとも指摘した。

つまり、彼女は知っていた。


消費税は「価格へ転嫁されることを予定している」と説明される。

しかし現実の市場では、弱い立場の事業者ほど、その予定通りに転嫁できない。


消費税は、制度の予定と市場の現実が一致しなければ成立しない税だった。
2012年の片山さつきは、その矛盾を知っていた。

14年後、問いが戻ってきた

それから14年後。
今度は、参政党の国会議員として国政に復帰した安藤裕が、同じ問題を国会で問い始める。

答弁席に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。


安藤議員が最初に確認したのは、消費税の納税義務者である。
法律上、消費税を納める義務を負っているのは誰なのか。
消費者なのか。
事業者なのか。
答弁は明確だった。
消費税法上の納税義務者は、事業者である。
政府は消費税について、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することを予定していると説明する。
しかし、それは経済的な負担についての予定である。
税法上の納税義務とは別の話だ。
税法上、消費者は消費税の納税義務者ではない。
消費税を申告し、納付するのは事業者である。
ここで安藤議員は、さらに問いを進めた。
消費者から受け取った消費税を税務署へ納めず、事業者が自分の利益にしているとされる、いわゆる「益税」は制度上存在するのか。
これに対して片山財務大臣は、法律上はそのような関係にはならないと答えた。
消費者は、消費税法上の納税義務者ではない。
したがって、消費者が納めるべき税金を事業者が預かり、それを国へ納めずに利益にしているという法構造にはならない。
法律上、益税は存在しない。
ここで、長年語られてきた消費税の物語が揺らぎ始める。

完全転嫁という幻想

多くの人は、消費税を次のように理解している。
まず原価がある。
そこに適正な利益を乗せる。
そして、その上に消費税10%を上乗せする。
消費者がその10%を支払い、事業者が一時的に預かり、後から税務署へ納める。
このモデルでは、消費税によって事業者の利益が削られることはない。
人件費も削られない。
消費税は売価の外側へ完全に上乗せされ、最終消費者がすべて負担するからである。
しかし、このモデルが成立するためには、強い前提が必要になる。
すべての事業者が、原価と必要な利益を確保したうえで、消費税相当額を完全に価格へ上乗せできること。
つまり、価格転嫁率100%の市場である。
もし本当に、すべての取引がこの通りに行われているなら、赤字企業はほとんど存在しない。
低賃金労働者もいない。
買いたたきもない。
利益を確保したうえで、消費税分まで価格へ上乗せできるのだから、消費税を払えずに資金繰りへ行き詰まる事業者も存在しないはずである。
だが、現実は違う。
赤字企業がある。
低賃金労働者がいる。
買いたたきがある。
価格交渉力の弱い事業者がいる。
値上げすれば客を失う店がある。
原材料費が上がっても、売価へ十分に転嫁できない事業者がいる。

「原価+適正な利益+消費税」という美しいモデルは、現実の市場を表したものではない。


それは、制度を成立させるために置かれた予定である。

赤字でも消費税が発生する理由

消費税の納付額は、大まかに次の式で計算される。

消費税

売上にかかる税額 − 仕入れにかかる税額


標準税率10%、すべて税込金額という単純なモデルなら、次のように表せる。

消費税

(課税売上 − 課税仕入)× 10/110


ここで重要なのは、法人税のように、売上からすべての費用を差し引いて利益を計算しているわけではないという点である。
給与や社会保険料、支払利息など、事業に必要な支出であっても、仕入税額控除の対象にならないものがある。
そのため、法人税上の利益が赤字であっても、

課税売上 − 課税仕入 > 0


であれば、消費税は発生する。
事業者が赤字か黒字かは、消費税の計算を止めない。
消費税は、利益ではなく、課税売上と課税仕入の差額を見ているからである。
一般に、事業者は仕入れた商品へ何らかの価値を加えて販売する。
100円で仕入れた商品を、毎回50円で売り続ける事業は成立しない。
100円の原材料を使い、50円で製品を売り続ける製造業も成立しない。
したがって、事業を継続している限り、一般には、

課税売上 − 課税仕入 > 0


となる。
企業全体では赤字でも、この差額は残り得る。

だから、赤字事業者にも消費税が発生する。


赤字でも「消費税が発生することがある」のではない。
事業が付加価値を生み出している限り、赤字でも消費税が発生する構造なのである。

付加価値の先取り

課税売上から課税仕入を差し引いたものは、概ね、その事業者が新しく生み出した付加価値に対応する。


単純化すれば、

付加価値

課税売上 − 課税仕入


さらに、その付加価値は概ね、

付加価値

利益 + 人件費


と捉えることができる。
したがって、消費税の構造は、概ね次の式で表せる。

消費税≒ 付加価値 × 10/110


さらに単純化すれば、

消費税≒(利益 + 人件費)× 10/110


となる。
ここで、何が起きているのか。

事業者が生み出した付加価値という一つのパイがある。


本来、その付加価値は、労働者の賃金と、企業の利益などに分配される。
しかし、消費税がある世界では、その分配より先に、国の取り分が決まる。

国が消費税を先に取る。


残った付加価値を、法人と労働者が分ける。
価格へ完全に転嫁できるなら、事業者の外側へ負担を押し出せるかもしれない。

しかし、価格転嫁できなければ、消費税は付加価値の内部に残る。


利益を削る。
賃上げ原資を削る。
賞与を削る。
採用を抑える。
設備投資を遅らせる。
資金繰りを圧迫する。
税負担が消えるわけではない。
負担する場所が変わるだけである。

安藤議員が述べた「賃上げする原資を持っていく前に、消費税を納税しろと言われている」という言葉は、この構造を表している。

消費税は、付加価値という一つの財布から、国が先に取り分を確保する税である。


その残りを、法人と労働者が分ける。
これが、「付加価値の先取り」である。

レシートに書かれた「内消費税」

安藤議員は、レシートの表示にも踏み込んだ。
たとえば、1100円の商品を買ったとする。
レシートには、
「内消費税100円」
と書かれている。
では、この100円は法律上、何なのか。
政府側の答弁は、次のようなものだった。
その取引について課されるべき消費税額に相当する額であり、課税資産の譲渡等の売上に対する対価の一部である。
つまり、レシートに「消費税」と書かれていても、それは消費者が税務署へ納めた税金そのものではない。
事業者が消費者から預かった税金そのものでもない。
事業者がそのまま税務署へ納付する金額でもない。

その売価で取引が成立したという事実と、その税込価格の内訳が表示されているだけである。


レシート表示からは、実際にいくら価格転嫁されたのか分からない。
事業者がいくら納付するのかも分からない。
その取引によって、事業者の利益がいくら残ったのかも分からない。

それでも、多くの人は「内消費税100円」という表示を見ることで、自分が100円の税金を納めたと認識する。


そして、事業者はその100円を預かっているだけだと考える。

ここから、「預かった税金を納めない免税事業者はずるい」という益税の物語が生まれる。


しかし、法構造は違う。
消費者は納税義務者ではない。
レシートに書かれた100円は、売上の対価の一部である。
事業者の納付額は、レシートの表示額ではなく、売上税額と仕入税額の差額によって決まる。
レシートは、価格転嫁に成功した証拠ではない。
預り金が存在する証拠でもない。
そこに記録されているのは、

「その価格で、一つの取引が成立した」


という事実である。

2012年の言葉と、2026年の言葉

2012年の片山さつき議員は、市場の現実を語った。
街の蕎麦屋は、630円を660円にできるのか。
中小零細企業は、本当に消費税を価格へ転嫁できているのか。
価格を上げられない事業者に、消費税は何をもたらすのか。
彼女は、制度の予定ではなく、現場で起きていることを見ていた。
それから14年後。
財務大臣となった片山さつきは、制度を守る側の言葉を語る。
消費税は、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することを予定している。
消費税相当額は、適切に価格へ転嫁される。

同じ人物の中に、二つの言葉が存在する。


市場の現実を見る言葉。
制度の予定を守る言葉。
片山さつきは、なぜ言葉を変えたのか。
本当に考え方が変わったのかもしれない。
財務大臣として税制全体を守らなければならないのかもしれない。
党内の力学や、財務省との関係が影響したのかもしれない。

あるいは、本質的な認識は変わっていないまま、立場によって使用する言葉だけが変わったのかもしれない。


その答えは、本人にしか分からない。
だが、確かなことが一つある。

2012年に指摘されていた問題は、14年後も解決していない。


価格転嫁できない事業者がいる。
赤字でも消費税が発生する。
消費税の滞納が続いている。
賃上げが必要だと言いながら、賃上げ原資から先に消費税を取る構造が維持されている。

そして今も、政府は消費税を「景気に左右されにくい安定財源」と説明する。

だが、景気に左右されにくいということは、裏返せば、景気が悪くても取り続けるということである。


人々の生活が苦しくても。
企業の経営が苦しくても。
赤字でも。
資金繰りが限界でも。
付加価値が残る限り、消費税は発生する。

それを、本当に「安定」と呼んでよいのだろうか。

これは事件の記録である

14年前、片山さつきは問いを残した。
そして今、安藤裕がその問いを引き継いだ。
問いを受ける側に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
2012年の片山さつきは、市場の現実を語った。
2026年の片山財務大臣は、制度の予定を語った。
変わったのは、市場ではない。

彼女が座る椅子だった。


制度の外から市場を見れば、価格転嫁できない事業者が見える。
制度の頂点から税制を見れば、「円滑かつ適正に転嫁されることを予定している」という説明になる。
事実が変わったのではない。
観測する位置によって、使用する言葉が変わった。

制度という怪異の頂点に座った者は、その構造を守るための部品として再定義される。

14年前の彼女の言葉が正しければ正しいほど、現在の答弁は、この国の政治が市場の現実よりも制度の維持を選んだことの証明になる。

これは、片山さつき一人の変節を責める物語ではない。


誰がその椅子へ座っても、同じ言葉を語らざるを得ないのだとしたら、問題は個人ではなく構造にある。
だから、問いに向き合わなければならないのは、彼女だけではない。

その変節を制度の「仕様」として受け入れ、今日もレジの音を聞き流している、私たち自身である。

失われた30年をもたらしたのは、果たして誰なのだろうか。


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