【65回目noteマネー掲載】第百五章:消費税―税金の保証人―
第百五章:消費税―税金の保証人―
【彼女は全てを知っていた。】
【制度側の自白と、14年越しの答え合わせ】
ここから先は、もはや単なる議論ではない。
国会という公の場で、制度を運用する側が【自由主義経済においては、価格はきれいに転嫁されない】と自ら認めた【事件】の記録である。
片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継ぎ、そしてついに【決着】へと導いた瞬間を見てほしい。

免税事業者が払わなければ、課税事業者が払う
部屋の明かりを落とすと、机の上のモニターだけが白く浮かび上がった。
画面の中では、片山さつき財務大臣が、インボイス制度の経過措置について説明している。
2割特例を、3割特例へ。
免税事業者からの仕入れに認める8割控除を、7割控除へ。
小規模事業者や商工団体から寄せられた負担への配慮を踏まえ、負担を「だんだん、ならしていく」。
そのための経過措置なのだという。
みおは、そこで動画を止めた。
みお:
「ねえ、あおい。」
あおい:
「うん。」
みお:
「どうして、売手の納付割合が2割から3割へ上がるのと同時に、買手の控除割合も8割から7割へ下がるの?」
あおいは、止まった画面を見つめた。
あおい:
「売手が登録した場合と、登録しなかった場合を並べると分かるよ。」
同じ取引を、二つの世界へ分ける
ここに、免税事業者Bと課税事業者Cがいる。
Bは、商品やサービスを税込550万円でCへ販売する。
Cは、それを使って税込660万円の売上を作る。
すべて標準税率10%の課税取引として単純化すると、
Bの税込売上:550万円
Bの売上税額:50万円
Cの税込売上:660万円
Cの売上税額:60万円
となる。
Bがインボイス登録事業者で、Cが50万円を全額控除できるなら、Cの納付税額は、
60万円-50万円=10万円
である。
ここから、Bが登録する世界と、登録しない世界を比較してみよう。
2割特例と8割控除
Bが登録し、2割特例を使う場合
Bの納付税額は、
50万円×20%=10万円
Cは50万円を全額控除できるので、
60万円-50万円=10万円
したがって、BとCの納付額は、
Bの納付:10万円
Cの納付:10万円
合計:20万円
となる。
Bが免税事業者のままの場合
Bの納付税額は0円。
しかし、Cが認められる控除は8割なので、
50万円×80%=40万円
Cの納付税額は、
60万円-40万円=20万円
となる。
Bの納付:0円
Cの納付:20万円
合計:20万円
みおは、二つの計算を見比べた。
みお:
「Bが登録して10万円払っても、登録せずにCが20万円払っても、合計は同じ20万円なの?」
あおい:
「この単純モデルでは、そうなる。」
みお:
「負担する人が入れ替わっただけじゃないの。」
3割特例と7割控除
次に、3割特例と7割控除を同じように計算する。
Bが登録し、3割特例を使う場合
50万円×30%=15万円
Cの納付税額は、全額控除によって10万円。
Bの納付:15万円
Cの納付:10万円
合計:25万円
Bが免税事業者のままの場合
Cが控除できるのは、50万円の7割。
50万円×70%=35万円
したがって、Cの納付税額は、
60万円-35万円=25万円
となる。
Bの納付:0円
Cの納付:25万円
合計:25万円
みお:
「また同じじゃないの!」
あおい:
「Bが登録すれば、Bが15万円を納める。登録しなければ、Cの控除が15万円削られて、Cの納付額が25万円になる。」
みお:
「Bから取れなければ、Cから取るの?」
5割の世界
3割特例が終わったあと、すべての事業者が自動的に第5種の簡易課税へ移るわけではない。
簡易課税には、売上規模、業種、届出などの条件がある。
ここでは、インボイス制度の影響を受けやすいサービス業など、第5種事業に該当するBをモデルとして置く。
第5種事業のみなし仕入率は50%。
つまり、売上税額50万円に対する納付割合も50%となる。
Bが登録し、第5種簡易課税を使う場合
50万円×50%=25万円
Cは50万円を全額控除できるので、納付額は10万円。
Bの納付:25万円
Cの納付:10万円
合計:35万円
Bが免税事業者のまま、Cが5割控除になる場合
Cが控除できるのは、
50万円×50%=25万円
Cの納付税額は、
60万円-25万円=35万円
となる。
Bの納付:0円
Cの納付:35万円
合計:35万円
みおは、しばらく数字を見つめていた。
2割特例と8割控除では、20万円。
3割特例と7割控除では、25万円。
第5種簡易課税と5割控除では、35万円。
Bが登録しても、登録しなくても、同じ段階の負担額が残る。
みお:
「税負担は消えないのね。」
あおい:
「売手が負担するか、買手が負担するか。その場所が変わる。」
登録すれば、売手Bが払う。
登録しなければ、買手Cの納付額が増える。
しかし、このモデルでは、制度全体の増加分は消えない。
増税保存の法則である。

特例という名のスライド
みおは、簡易課税のみなし仕入率を画面に並べた。
第1種・卸売業:みなし仕入率90%、納付割合10%
第2種・小売業:みなし仕入率80%、納付割合20%
第3種・製造業など:みなし仕入率70%、納付割合30%
第4種・飲食店業など:みなし仕入率60%、納付割合40%
第5種・サービス業など:みなし仕入率50%、納付割合50%
第6種・不動産業:みなし仕入率40%、納付割合60%
みおの眉が、ゆっくりとつり上がった。
みお:
「2割特例、3割特例って、さも新たなお得税制みたいな顔をしてるけど、数値だけ見れば、簡易課税の第2種から第3種へスライドしてるのと同じじゃないの!」
あおい:
「制度上は別物だよ。2割特例と3割特例は業種を問わない特例で、簡易課税は業種ごとにみなし仕入率が違う。」
みお:
「でも、納付割合は2割、3割、その先は業種によって5割にもなるのよね?」
あおい:
「サービス業のモデルなら、そうなる。」
みお:
「しかも、第1種の納付1割は出さずに、“軽減しました”って顔をするの、財務省的性格すぎるわ!」
あおいは、少しだけ黙った。
あおい:
「“的”以降のほうが、本質を表している使い方だね。」
課税事業者が、税金の保証人になる
みおは、Bが登録しなかった場合の計算へ戻った。
Bは免税事業者なので、法律上、消費税の納税義務を免除されている。
したがって、Bに「未納税」が発生し、それをCが法的に弁済しているわけではない。
Cが納めるのは、あくまでC自身の消費税である。
しかし、制度の実効的な挙動を見ると、別の姿が現れる。
Bが登録すれば、Bが納付する。
Bが登録しなければ、Cの仕入税額控除が削られ、Cの納付額が増える。
みお:
「免税事業者から税金を取れなきゃ、課税事業者から税金を取らなきゃいけないというルールでもあるの!?」
あおい:
「法文に、そう書いてあるわけではない。でも、控除縮小は結果としてそう動く。」
みお:
「Bが払わなければ、Cが追加で払うのよね?」
あおい:
「この取引モデルではね。」
みおは、机をたたいた。
「課税事業者が、免税事業者の税金の保証人になってるじゃないの!」
あおい:
「法的な保証人ではない。でも、経済的な結果は保証人に近い。」
みお:
「しかも、Cは保証契約に署名してないじゃない!」
あおい:
「免税事業者と取引を続けることで、制度がCの追加負担を発生させる。」
みお:
「税金の取りっぱぐれ保険じゃないの!」

売手Bは、食べていけるのか
財務省が国会で示した免税事業者の平均モデルをもとに、Bの付加価値を約150万円と置いてみる。
一人で働く小規模事業者なら、この付加価値が、本人の所得や生活を支える原資になる。
そのBが第5種簡易課税を使い、25万円を納付するとする。
付加価値:150万円
消費税:25万円
残る生活原資:125万円
消費税だけで、付加価値の約16.7%が抜ける。
25万円÷150万円≒16.7%
月額にすれば、
125万円÷12か月≒10万4,000円
しか残らない。
しかも、ここから国民年金、国民健康保険、所得税、住民税、自宅家賃、食費、光熱費を払わなければならない。
みお:
「付加価値150万円しかないのに、消費税25万円!?
食べていけないじゃないの!」
あおい:
「簡易課税という名前だけど、簡易なのは主に計算方法だ。」
みお:
「鬼畜税制じゃないの!」
買手Cも、耐えられない
では、Bが登録せず、Cが5割控除を受ける場合はどうなるのか。
Cの納付税額は35万円。
全額控除なら10万円だったので、追加負担は25万円である。
Cの本業利益を21万円とするモデルでは、
21万円-25万円=-4万円
となる。
Bとの取引を続けるだけで、Cは赤字へ転落する。
Bが登録すれば、Bの生活原資が削られる。
Bが登録しなければ、Cの利益が削られる。
どちらかが、その25万円を引き受けなければならない。
みお:
「Bが払えば、Bが食べていけない。」
あおい:
「Bが払わなければ、Cが赤字になる。」
みお:
「誰も耐えられないじゃないの!」
保証人を降りる方法
Cが追加負担から逃れる方法は、限られている。
Bにインボイス登録を求める。
控除できなくなる金額を、取引価格から値引きしてもらう。
または、インボイスを発行できる別の事業者へ仕入先を替える。
みお:
「保証人をやめたければ、免税事業者との取引をやめろってこと?」
あおい:
「制度が直接、取引をやめろと命令するわけではない。」
みお:
「でも、取引を続けたら赤字になる。」
あおい:
「だから企業は、自社を守るために登録事業者を選ぶ。」
法律が免税事業者を市場から追い出すのではない。
税計算が、買手を別の事業者へ移動させる。
徴税の穴を、市場圧力が埋める。
それが、インボイス制度の作る静かな選別だった。
税負担は、どこへ行くのか
夕暮れの街を、みおは歩いていた。
会社からの注文を待つ花屋。
取引先へ渡す菓子折りを並べた小さな和菓子屋。
出張客を待つ個人タクシー。
地域の会社から仕事を請ける印刷所。
一人で工具を握る職人。
商品も、技術も、昨日と変わらない。
しかし、会社の経理は、登録番号のある領収書を推奨する。
購買担当者は、登録事業者を取引先一覧へ入れる。
法人向け予約サイトは、インボイス対応店を表示する。
誰も、免税事業者へ取引停止を通告しない。
ただ、次の注文が来なくなる。
みおは、店の明かりを見つめた。
みお:
「税金は、どこにも消えないのね。」
あおい:
「売手が払えなければ買手へ。買手が耐えられなければ、価格、所得、貯蓄、借入金、そして取引量へ移る。」
みお:
「最後には、誰かの生活か、誰かの事業が引き受ける。」
店の奥で、客がカードをかざした。
ピッ。
その音は、税負担が消えた音ではなかった。
売手から買手へ。
買手から価格へ。
価格へ移せなければ、利益へ。
利益がなければ、所得と生活へ。
誰かが必ず引き受けるように作られた、税負担の移動音だった。
もう一度、電子音が鳴った。
ピッ。
その音は今日も、誰かの事業を削る音だった。

「運営がチートする。」
SSR【怪異017|公式チート】

レアリティ: SSR
属性: 制度/闇/運営
種族: 制度実装型怪異
危険度: ★★★★★★★★★★★★★★★
固有能力:
《ルール改変》
《控除チェーン切断》
《課税ベース膨張》
《通報先内在化》
フレーバーテキスト
制度を守るはずの公式が、
自らルールを書き換えたとき、
怪異は最終形へ至る。
税率は上がらない。
だが、引けるものが減る。
その結果、課税ベースは膨張し、
事業者負担は静かに増殖する。
しかも公式は、
それを**「適正化」**と呼ぶ。
効果説明
このカードが場に出たとき、
相手フィールドの**「控除」**を一部無効化する。
無効化された控除は、
そのまま課税ベースへ加算される。
さらに、このカードが存在する限り、
相手はこの効果を**「増税」**として認識しにくくなる。
真名
公式がルールを書き換え、
自分だけ勝てる仕様を実装した怪異。
弱点
構造の可視化
課税ベースの数式化
「何が控除できなくなったのか」という問い
通報先は、運営
誰が、この制度を不公正だと判定するのか。
誰が、控除切断による累積課税を修正するのか。
誰が、「増税ではない」という説明を覆すのか。
ルールを作ったのは、運営。
税収を受け取るのも、運営。
制度を説明するのも、運営。
苦情の受付先も、運営。
そして、最終的な裁定者も運営である。
みお:
「通報窓口は?」
あおい:
「運営です。」
みお:
「裁定するのは?」
あおい:
「運営だ。」
みお:
「税収を受け取るのは?」
あおい:
「運営。」
みおは、しばらく黙り込んだ。
そして、恐る恐る尋ねた。
みお:
「最終回答は?」
あおいは、画面に表示された文字を読んだ。
仕様です。
それが、運営がチートする世界の、最終裁定だった。

みお:
「あおい。
私たち、これからどうすればいいの?」
あおい:
「知ることだ。」
みお:
「知らなければ?」
あおいは、少しだけ街へ目を向けた。
あおい:
「今まで通りだ。」
知らないうちに、法案が国会を通過する。
気づかないまま、制度が作られる。
暮らしが削られる。
事業が削られる。
それでも、何が起きているのか分からない。
分からないから、問いを立てられない。
問いを立てられないから、反対することも、変えることもできない。
そして、削られていることに気づいても――
それを説明する言葉を持てない。
あおいは、短く言った。
「知らなければ、奪われたことさえ分からない。」
みおは、黙って街を見た。
どこかの店で、レジの音が鳴った。
ピッ。
今日もまた、誰かの売上に課税の当たり判定が置かれる。
誰かの控除が切られる。
誰かの利益が削られる。
けれど、その仕組みを知らなければ、ただの買い物の音にしか聞こえない。
もう一度、音が鳴った。
ピッ。
その音は――
今日も誰かを削る音だった。
【14年越しの答え合わせ】片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継いだ
参考動画:
【彼女は全てを知っていた。】
【制度側の自白と、14年越しの答え合わせ】
ここから先は、あえて繰り返す。
なぜなら、これは単なる国会質疑ではないからだ。
消費税という制度が前提としてきた「円滑かつ適正な価格転嫁」と、現実の市場で起きていること。
その二つが、国会という公の場で正面から衝突した「事件」の記録だからである。
自由主義経済において、価格は制度の予定通りには動かない。
原価が上がったからといって、その全額を価格へ転嫁できるとは限らない。
消費税率が上がったからといって、その分だけ売価を上げられるとも限らない。
価格転嫁できなくても、消費税の負担は消えない。
事業者の利益、賃金、賞与、投資、資金繰りへと移っていく。
その瞬間、消費税の問題は「価格転嫁」の問題ではなく、税金コストを誰に負わせるかという問題へ変わる。
2012年。
一人の政治家が、その危険性を国会で指摘していた。
片山さつき議員である。
そして14年後。
片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継いだ。
問いを受ける側に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
これは、制度の外から制度を批判していた者が、制度の頂点へ立ったとき、どのように言葉を変えるのかという記録でもある。
2012年、彼女はすべてを知っていた
「もう、手のつけられないようなことになりますよ」
2012年。
野党時代の片山さつき議員は、消費税増税が経済へ与える影響について、強く警告していた。
住宅。
地方経済。
中小零細企業。
街の蕎麦屋。
普通の床屋。
価格を上げたくても上げられない、小さな事業者たち。
片山議員は、消費税が単なる「消費者の負担」では終わらないことを、具体的な例で指摘していた。
たとえば、街の蕎麦屋である。
今、お蕎麦屋さんは税込み630円でお蕎麦を出していますけど、660円にできますかね?
これは、単なる問いではない。
消費税の制度と市場の現実を知る者が、問いの形で提示した答えである。
全国一律の価格を持つ大手チェーンなら、まだ値上げしやすいかもしれない。
しかし、地域の客に支えられている小さな店はどうか。
街の蕎麦屋はどうか。
普通の床屋はどうか。
値上げによって客を失う可能性がある店に、「税率が上がったのだから、その分を価格へ転嫁すればよい」と簡単に言えるだろうか。
片山議員は当時、年間売上3000万円以下の中小零細企業について、5割から7割が価格転嫁できていないという調査があると述べていた。
さらに、滞納税額の約半分に当たる3400億円が消費税であるとも指摘した。
つまり、彼女は知っていた。
消費税は「価格へ転嫁されることを予定している」と説明される。
しかし現実の市場では、弱い立場の事業者ほど、その予定通りに転嫁できない。
消費税は、制度の予定と市場の現実が一致しなければ成立しない税だった。
2012年の片山さつきは、その矛盾を知っていた。
14年後、問いが戻ってきた
それから14年後。
今度は、参政党の国会議員として国政に復帰した安藤裕が、同じ問題を国会で問い始める。
答弁席に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
安藤議員が最初に確認したのは、消費税の納税義務者である。
法律上、消費税を納める義務を負っているのは誰なのか。
消費者なのか。
事業者なのか。
答弁は明確だった。
消費税法上の納税義務者は、事業者である。
政府は消費税について、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することを予定していると説明する。
しかし、それは経済的な負担についての予定である。
税法上の納税義務とは別の話だ。
税法上、消費者は消費税の納税義務者ではない。
消費税を申告し、納付するのは事業者である。
ここで安藤議員は、さらに問いを進めた。
消費者から受け取った消費税を税務署へ納めず、事業者が自分の利益にしているとされる、いわゆる「益税」は制度上存在するのか。
これに対して片山財務大臣は、法律上はそのような関係にはならないと答えた。
消費者は、消費税法上の納税義務者ではない。
したがって、消費者が納めるべき税金を事業者が預かり、それを国へ納めずに利益にしているという法構造にはならない。
法律上、益税は存在しない。
ここで、長年語られてきた消費税の物語が揺らぎ始める。
完全転嫁という幻想
多くの人は、消費税を次のように理解している。
まず原価がある。
そこに適正な利益を乗せる。
そして、その上に消費税10%を上乗せする。
消費者がその10%を支払い、事業者が一時的に預かり、後から税務署へ納める。
このモデルでは、消費税によって事業者の利益が削られることはない。
人件費も削られない。
消費税は売価の外側へ完全に上乗せされ、最終消費者がすべて負担するからである。
しかし、このモデルが成立するためには、強い前提が必要になる。
すべての事業者が、原価と必要な利益を確保したうえで、消費税相当額を完全に価格へ上乗せできること。
つまり、価格転嫁率100%の市場である。
もし本当に、すべての取引がこの通りに行われているなら、赤字企業はほとんど存在しない。
低賃金労働者もいない。
買いたたきもない。
利益を確保したうえで、消費税分まで価格へ上乗せできるのだから、消費税を払えずに資金繰りへ行き詰まる事業者も存在しないはずである。
だが、現実は違う。
赤字企業がある。
低賃金労働者がいる。
買いたたきがある。
価格交渉力の弱い事業者がいる。
値上げすれば客を失う店がある。
原材料費が上がっても、売価へ十分に転嫁できない事業者がいる。
「原価+適正な利益+消費税」という美しいモデルは、現実の市場を表したものではない。
それは、制度を成立させるために置かれた予定である。
赤字でも消費税が発生する理由
消費税の納付額は、大まかに次の式で計算される。
消費税
=
売上にかかる税額 − 仕入れにかかる税額
標準税率10%、すべて税込金額という単純なモデルなら、次のように表せる。
消費税
≒
(課税売上 − 課税仕入)× 10/110
ここで重要なのは、法人税のように、売上からすべての費用を差し引いて利益を計算しているわけではないという点である。
給与や社会保険料、支払利息など、事業に必要な支出であっても、仕入税額控除の対象にならないものがある。
そのため、法人税上の利益が赤字であっても、
課税売上 − 課税仕入 > 0
であれば、消費税は発生する。
事業者が赤字か黒字かは、消費税の計算を止めない。
消費税は、利益ではなく、課税売上と課税仕入の差額を見ているからである。
一般に、事業者は仕入れた商品へ何らかの価値を加えて販売する。
100円で仕入れた商品を、毎回50円で売り続ける事業は成立しない。
100円の原材料を使い、50円で製品を売り続ける製造業も成立しない。
したがって、事業を継続している限り、一般には、
課税売上 − 課税仕入 > 0
となる。
企業全体では赤字でも、この差額は残り得る。
だから、赤字事業者にも消費税が発生する。
赤字でも「消費税が発生することがある」のではない。
事業が付加価値を生み出している限り、赤字でも消費税が発生する構造なのである。
付加価値の先取り
課税売上から課税仕入を差し引いたものは、概ね、その事業者が新しく生み出した付加価値に対応する。
単純化すれば、
付加価値
≒
課税売上 − 課税仕入
さらに、その付加価値は概ね、
付加価値
≒
利益 + 人件費
と捉えることができる。
したがって、消費税の構造は、概ね次の式で表せる。
消費税≒ 付加価値 × 10/110
さらに単純化すれば、
消費税≒(利益 + 人件費)× 10/110
となる。
ここで、何が起きているのか。
事業者が生み出した付加価値という一つのパイがある。
本来、その付加価値は、労働者の賃金と、企業の利益などに分配される。
しかし、消費税がある世界では、その分配より先に、国の取り分が決まる。
国が消費税を先に取る。
残った付加価値を、法人と労働者が分ける。
価格へ完全に転嫁できるなら、事業者の外側へ負担を押し出せるかもしれない。
しかし、価格転嫁できなければ、消費税は付加価値の内部に残る。
利益を削る。
賃上げ原資を削る。
賞与を削る。
採用を抑える。
設備投資を遅らせる。
資金繰りを圧迫する。
税負担が消えるわけではない。
負担する場所が変わるだけである。
安藤議員が述べた「賃上げする原資を持っていく前に、消費税を納税しろと言われている」という言葉は、この構造を表している。
消費税は、付加価値という一つの財布から、国が先に取り分を確保する税である。
その残りを、法人と労働者が分ける。
これが、「付加価値の先取り」である。
レシートに書かれた「内消費税」
安藤議員は、レシートの表示にも踏み込んだ。
たとえば、1100円の商品を買ったとする。
レシートには、
「内消費税100円」
と書かれている。
では、この100円は法律上、何なのか。
政府側の答弁は、次のようなものだった。
その取引について課されるべき消費税額に相当する額であり、課税資産の譲渡等の売上に対する対価の一部である。
つまり、レシートに「消費税」と書かれていても、それは消費者が税務署へ納めた税金そのものではない。
事業者が消費者から預かった税金そのものでもない。
事業者がそのまま税務署へ納付する金額でもない。
その売価で取引が成立したという事実と、その税込価格の内訳が表示されているだけである。
レシート表示からは、実際にいくら価格転嫁されたのか分からない。
事業者がいくら納付するのかも分からない。
その取引によって、事業者の利益がいくら残ったのかも分からない。
それでも、多くの人は「内消費税100円」という表示を見ることで、自分が100円の税金を納めたと認識する。
そして、事業者はその100円を預かっているだけだと考える。
ここから、「預かった税金を納めない免税事業者はずるい」という益税の物語が生まれる。
しかし、法構造は違う。
消費者は納税義務者ではない。
レシートに書かれた100円は、売上の対価の一部である。
事業者の納付額は、レシートの表示額ではなく、売上税額と仕入税額の差額によって決まる。
レシートは、価格転嫁に成功した証拠ではない。
預り金が存在する証拠でもない。
そこに記録されているのは、
「その価格で、一つの取引が成立した」
という事実である。
2012年の言葉と、2026年の言葉
2012年の片山さつき議員は、市場の現実を語った。
街の蕎麦屋は、630円を660円にできるのか。
中小零細企業は、本当に消費税を価格へ転嫁できているのか。
価格を上げられない事業者に、消費税は何をもたらすのか。
彼女は、制度の予定ではなく、現場で起きていることを見ていた。
それから14年後。
財務大臣となった片山さつきは、制度を守る側の言葉を語る。
消費税は、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することを予定している。
消費税相当額は、適切に価格へ転嫁される。
同じ人物の中に、二つの言葉が存在する。
市場の現実を見る言葉。
制度の予定を守る言葉。
片山さつきは、なぜ言葉を変えたのか。
本当に考え方が変わったのかもしれない。
財務大臣として税制全体を守らなければならないのかもしれない。
党内の力学や、財務省との関係が影響したのかもしれない。
あるいは、本質的な認識は変わっていないまま、立場によって使用する言葉だけが変わったのかもしれない。
その答えは、本人にしか分からない。
だが、確かなことが一つある。
2012年に指摘されていた問題は、14年後も解決していない。
価格転嫁できない事業者がいる。
赤字でも消費税が発生する。
消費税の滞納が続いている。
賃上げが必要だと言いながら、賃上げ原資から先に消費税を取る構造が維持されている。
そして今も、政府は消費税を「景気に左右されにくい安定財源」と説明する。
だが、景気に左右されにくいということは、裏返せば、景気が悪くても取り続けるということである。
人々の生活が苦しくても。
企業の経営が苦しくても。
赤字でも。
資金繰りが限界でも。
付加価値が残る限り、消費税は発生する。
それを、本当に「安定」と呼んでよいのだろうか。
これは事件の記録である
14年前、片山さつきは問いを残した。
そして今、安藤裕がその問いを引き継いだ。
問いを受ける側に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
2012年の片山さつきは、市場の現実を語った。
2026年の片山財務大臣は、制度の予定を語った。
変わったのは、市場ではない。
彼女が座る椅子だった。
制度の外から市場を見れば、価格転嫁できない事業者が見える。
制度の頂点から税制を見れば、「円滑かつ適正に転嫁されることを予定している」という説明になる。
事実が変わったのではない。
観測する位置によって、使用する言葉が変わった。
制度という怪異の頂点に座った者は、その構造を守るための部品として再定義される。
14年前の彼女の言葉が正しければ正しいほど、現在の答弁は、この国の政治が市場の現実よりも制度の維持を選んだことの証明になる。
これは、片山さつき一人の変節を責める物語ではない。
誰がその椅子へ座っても、同じ言葉を語らざるを得ないのだとしたら、問題は個人ではなく構造にある。
だから、問いに向き合わなければならないのは、彼女だけではない。
その変節を制度の「仕様」として受け入れ、今日もレジの音を聞き流している、私たち自身である。
失われた30年をもたらしたのは、果たして誰なのだろうか。
これは、事業者だけの問題ではない
3割特例の先で、すべての事業者が増税になるわけではない。
しかし、第4種・第5種・第6種の簡易課税へ移る事業者や、本則課税で仕入控除率が70%を下回る事業者は、3割特例よりも税負担が増える。
財務省モデルなら、その負担はこう動く。
10万円。
15万円。
そして、業種によっては、
20万円。25万円。30万円。
価格転嫁できれば、取引先や消費者の負担が増える。
価格転嫁できなければ、事業者の所得、貯蓄、設備投資、そして生活費が削られる。
どちらに転んでも、新しく生まれた付加価値ではない。
付加価値は増えない。
税負担だけが増える。
その負担に耐えられなくなった事業者は、やがて市場から消えていく。
消えるのは、帳簿の上の「免税事業者」ではない。
街の店である。
地域の職人である。
荷物を運ぶ人である。
企業の仕事を裏側で支える、ライター、デザイナー、エンジニア、カメラマン、清掃員、外注スタッフである。
市場から供給者が消えれば、商品も、サービスも、技術も、雇用も、消費者の選択肢も失われる。
これは、誰が消費税を納めるかというだけの話ではない。
日本の市場から、誰を消すのかという話である。
みおは、街を見た。
暖簾の向こうで、店主が会計端末を操作していた。
税込630円の蕎麦を、660円にできないまま。
やがて、小さな電子音が鳴った。
ピッ。
みお:
「救済が終わったら、さらに増税されるの?」
あおい:
「本人の労働で付加価値を生み出している事業者ほど、その可能性がある。」
みお:
「それ、救済じゃないわ。」
「増税を、少しずつ見せているだけじゃないの!」
3割特例は、終着点ではない。
その先には、通常の課税へ移行するための次の段階が待っている。
この事実を、まだ多くの小規模事業者は知らない。
もし、あなたの周りにインボイス登録した個人事業主や、小さな会社を営む人がいるなら、この記事を届けてほしい。
賛成か反対かを決める前に、まず、自分の税負担がこれからどう変わるのかを知ってほしい。
タイマーは、すでに動いている。
ピッ。
その音は今日も、誰かの生活を削り、誰かの事業を市場から消していく音だった。
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