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【74回目noteマネー掲載】第百十五章:消費税―消える仕入税額―

第百十五章:消費税―消える仕入税額―

――輸出には返す。農家には返さない。――

35万円は、どこへ行くのか


夜。

みおは、ノートに書かれた数字を見ていた。

35万円

食料品の税率を1%にしたとき。
ある農家さんが、本則課税なら国から還付してもらえる金額である。

みおは首をかしげた。

みお:
「これ、本則課税なら35万円が戻るのよね?」

あおい:
「うん。」

みお:
「じゃあ、免税のままなら?」

あおい:
「戻らない。」

みお:
「簡易課税は?」

あおい:
「戻らない。むしろ納付が出る。」

みお:
「3割特例は?」

あおい:
「それも戻らない。納付が出る。」

みおは、もう一度ノートを見た。

みお:
「……35万円は、どこへ行くの?」


まず、農家さんの現在地を見る

分かりやすく、農産物の本体価格を500万円とする。

肥料。
農薬。
燃料。
段ボール。
農機具。
ビニールハウス。

こうした仕入れは、税込440万円とする。

現行の食料品8%では、

売上:500万円+40万円=540万円
仕入れ:400万円+40万円=440万円

売上に含まれる税額相当分は40万円。
仕入れに含まれる税額相当分も40万円である。

売上税額40万円-仕入税額40万円=0円

みお:
「売上で40万円を受け取っていても、仕入れで40万円を負担している。」

あおい:
「このモデルでは、差額はゼロだね。」

みおは少し考えた。

みお:
「じゃあ、売上側の40万円だけ見て、『農家さんは益税で得をしている』と言うのは変じゃない?」

あおい:
「仕入れ側の40万円を消している。」

売上側だけを見ると、益税が生まれる。

仕入れ側まで見ると、益税は消える。


食料品が1%になると、35万円が現れる

ここで、食料品の消費税率が8%から1%になったとする。

農産物の本体価格500万円が変わらないなら、売上は、

500万円+5万円=505万円

一方で、仕入れは10%のままとする。

400万円+40万円=440万円

このとき、

売上税額5万円-仕入税額40万円=−35万円

本則課税なら、この差額は還付される。

35万円還付

みお:
「仕入れで40万円分を負担しているのに、売上側では5万円分しか受け取れない。」

あおい:
「だから35万円を精算する。」

みお:
「それが、本則課税の還付なのね。」

食料品1%で起きるのは、

「益税が消える」ことではない。

仕入れで負担していた35万円が、見えるようになることである。


農家さんの前に、四つの出口が現れる

しかし、課税事業者になれば、誰でも35万円を還付してもらえるわけではない。

ここでは、前章と同じ条件で考える。

  • 食料品の税率は1%

  • 農家の税込売上は505万円

  • 仕入は税込440万円

  • 売上税額は5万円

  • 実際に支払った仕入税額は40万円

  • 簡易課税は、飲食料品を譲渡する農業の80%みなし仕入率モデル

  • 3割特例は、売上税額の30%を納付するモデル

農家さんの前には、大きく四つの出口が現れる。

① 免税事業者のまま

免税事業者は、仕入税額控除を使えない。

仕入時に支払った40万円に対し、売上に含まれる税額相当分は5万円。

不足する35万円は、還付されない。

505万円-440万円=65万円

手元に残る額は65万円


② 課税事業者になり、本則課税を選ぶ

本則課税では、実際に支払った仕入税額を使って計算する。

売上税額5万円-仕入税額40万円=-35万円

35万円の還付を受けられる。

65万円+35万円=100万円

手元に残る額は100万円


③ 課税事業者になり、簡易課税を選ぶ

簡易課税では、実際に支払った仕入税額40万円は計算に使わない。

代わりに、売上税額5万円のうち80%を「仕入税額だったもの」とみなす。

5万円 × 80% = 4万円
5万円 − 4万円 = 1万円

したがって、消費税は1万円の納付となる。

65万円 − 1万円 = 64万円

手元に残る額は64万円

みお:
「40万円払ったのに、控除は4万円しか見てもらえないの!?」

あおい:
「簡易課税は、実際の仕入れを数えない制度だからね。」


④ 課税事業者になり、3割特例を選ぶ

3割特例では、売上税額の30%を納付する。

5万円×30%=1万5,000円

1万5,000円を納付する

65万円-1万5,000円=63万5,000円

手元に残る額は63万5,000円


並べると、こうなる。

  • 免税事業者のまま:65万円

  • 課税事業者・本則課税:100万円

  • 課税事業者・簡易課税:64万円

  • 課税事業者・3割特例:63万5,000円

みおは、数字を見比べた。

みお:
「本則課税だけ、35万円が戻る。」

あおい:
「実際に支払った仕入税額40万円を、きちんと計算に入れるからね。」

みお:
「簡易課税と3割特例では?」

あおい:
「実際の仕入税額40万円は、計算に入らない。売上税額5万円から、制度が決めた割合だけを控除する。」

みお:
「40万円を払った事実が、消えてるじゃない!」

あおい:
「うん。本則課税以外では、35万円の黒いブロックは戻らない。」


みおは、もう一度、四つの数字を見た。

みお:
「3割特例が、一番減ってるじゃない!」


あおい:

「このモデルでは、名前が一番やさしそうな制度が、手元に残る金額では一番厳しい。」

みお:
「特例って、誰を助ける制度なのよ!」

そして、みおは気づいた。

みお:
「課税事業者になっても、手元のお金が増えるどころか減っているじゃない!」


本則課税だけが、35万円へ届く

本則課税では、実際に仕入れで負担した税額相当分を見る。

売上税額5万円-仕入税額40万円=−35万円
→35万円還付

簡易課税では、実際の仕入税額40万円を一つずつ精算しない。

売上税額5万円×20%=1万円納付

3割特例でも、実際の仕入税額40万円を精算しない。

売上税額5万円×30%=1万5,000円納付

つまり、このモデルでは、

本則課税だけが、仕入税額40万円を正面から見る。

免税のままなら、還付はない。

簡易課税や3割特例なら、仕入税額40万円を個別に精算しないまま、納付まで起きる。

みお:
「3割特例って、名前だけなら一番安そうなのに。」

あおい:
「還付を受ける制度ではないからね。」

みお:
「いちばん簡単そうな出口が、いちばん手元を減らしている!」


事務を軽くする。仕入税額は置いていく

本則課税には、事務の壁がある。

領収書を集める。
請求書を確認する。
税率を区分する。
帳簿をつける。
証憑を保存する。
申告する。
還付申告なら、確認も受ける。

もちろん、大きな仕入れだけを整理して、本則課税へ進める農家さんもいるかもしれない。

しかし、小規模な家族経営や高齢の農家さんにとっては、重い。

すると、事務が軽そうな制度が魅力的に見える。

簡易課税。
3割特例。

だが、このモデルでは、

事務を軽くする。
その代わり、35万円の仕入税額は戻らない。


運営の益税

本則課税なら、国は35万円を還付する。

しかし、簡易課税なら、還付を出さない。
それどころか、1万円を受け取る。

本則課税との差:36万円

3割特例なら、還付を出さない。
さらに、1万5,000円を受け取る。

本則課税との差:36万5,000円

みお:
「本則課税なら返すはずのお金を返さない。」

あおい:
「さらに、納付も受け取る。」

みお:
「36万円とか36万5,000円が、国庫に多く残る。」

あおいはうなずいた。

あおい:
「このモデルで本則課税と比べるなら、それが運営の益税だね。」

還付を出さない。

さらに納付を受け取る。

制度の出口までたどると、国庫に残る額が増える。


輸出には、仕入税額が見える

ここで、輸出還付金の説明へ戻ろう。

輸出企業については、こう説明される。

輸出売上は0%。
しかし、国内の仕入れには消費税がかかる。
だから、仕入れで負担した税額を還付する。
これは補助金ではなく、当然の精算である。

みお:
「輸出企業では、仕入れで払った分を見るのね。」

あおい:
「還付すべき税額として、説明の中心に置かれる。」

輸出企業が本則課税であれば、

売上税額0円-仕入税額40万円=−40万円
→40万円還付

仕入税額控除は、海外へ出す商品に国内の消費税を残さないための精算として扱われる。


農家さんでは、仕入税額が消える

農家さんも、課税事業者になって本則課税を選べば、輸出企業と同じように実額で計算できる。

売上税額5万円 − 仕入税額40万円 = −35万円
→ 35万円還付

ただし、輸出企業と免税農家は、法的に同じ立場ではない。

輸出は、売上の税率が0%でも仕入税額控除を使えるゼロ税率取引である。
一方、免税事業者は、そもそも消費税の申告・納付と、仕入税額控除の仕組みに入らない。

だから、免税のままでは還付を受けられない。


しかし、ここで見えてくるのは、説明の非対称である。

輸出企業で強調されるもの

仕入れで負担した税額

免税農家で強調されるもの

売上に含まれる税額

輸出企業については、こう説明される。

仕入れで負担した税額を、仕入税額控除で精算している。

一方、免税農家については、こう語られがちだ。

売上に含まれる税額を納めないので、益税を得ている。

同じ消費税なのに、見る場所が違う。

輸出企業では、仕入れで支払った側を見る。
免税農家では、売上に含まれる側だけを見る。

しかし農家さんも、肥料、農薬、機械、燃料を買うとき、仕入れに含まれる消費税を負担している。

そして免税事業者である限り、その仕入税額を控除・還付で回収することはできない。

みお:
「輸出では“払った分を返す”って言うのに、農家さんでは“売上に入った分は益税”なの?」

あおい:
「同じ評価軸を使うなら、農家さんが仕入れで負担した側も見なければならないね。」

みお:
「農家さんだって、仕入れでは払っているのに。」

あおい:
「でも、その仕入税額は、『益税』という言葉の裏へ消える。」


みお、制度の出口を見る

みおは、もう一度、四つの出口を見た。

免税のまま
35万円は戻らない。

本則課税
35万円は戻る。
ただし、事務の壁がある。

簡易課税
35万円は戻らない。
さらに1万円を納める。

3割特例
35万円は戻らない。
さらに1万5,000円を納める。

みお:
「入力を変えても、本則課税以外では運営にお金が残るのね。」

あおい:
「本則課税という細い道だけが、仕入税額の精算へつながっている。」

みおは、ため息をついた。

みお:
「相変わらずの運営ね!」


みお、街を見る

翌日。

みおは、スーパーへ入った。

棚には、野菜が並んでいる。

その野菜が店へ届くまでに。

肥料がある。
農薬がある。
燃料がある。
資材がある。
段ボールがある。
運送がある。

誰かが、仕入れで税額相当分を負担している。

輸出では、それは精算すべき仕入税額と呼ばれる。

農家では、制度の出口で見えなくなる。

レジが鳴る。

ピッ。

売上側だけを税金と呼ぶ。

仕入れ側は、原価の中へ消える。

もう一度、レジが鳴る。

ピッ。

その音は今日も、

本則なら返るはずだった仕入税額が、

国庫へ残る音だった。


※本稿の簡易課税・3割特例の数字は、売上本体500万円、仕入れ本体400万円、食料品1%、仕入れ10%という単純化モデルに基づく比較です。実際の納税額は、売上・仕入れの内容、事業区分、適用要件、価格設定などによって変わります。


【14年越しの答え合わせ】片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継いだ

参考動画:

【彼女は全てを知っていた。】

【制度側の自白と、14年越しの答え合わせ】


ここから先は、あえて繰り返す。
なぜなら、これは単なる国会質疑ではないからだ。
消費税という制度が前提としてきた「円滑かつ適正な価格転嫁」と、現実の市場で起きていること。
その二つが、国会という公の場で正面から衝突した「事件」の記録だからである。
自由主義経済において、価格は制度の予定通りには動かない。
原価が上がったからといって、その全額を価格へ転嫁できるとは限らない。
消費税率が上がったからといって、その分だけ売価を上げられるとも限らない。
価格転嫁できなくても、消費税の負担は消えない。
事業者の利益、賃金、賞与、投資、資金繰りへと移っていく。

その瞬間、消費税の問題は「価格転嫁」の問題ではなく、税金コストを誰に負わせるかという問題へ変わる。


2012年。
一人の政治家が、その危険性を国会で指摘していた。
片山さつき議員である。
そして14年後。
片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継いだ。
問いを受ける側に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
これは、制度の外から制度を批判していた者が、制度の頂点へ立ったとき、どのように言葉を変えるのかという記録でもある。

2012年、彼女はすべてを知っていた

「もう、手のつけられないようなことになりますよ」
2012年。
野党時代の片山さつき議員は、消費税増税が経済へ与える影響について、強く警告していた。
住宅。
地方経済。
中小零細企業。
街の蕎麦屋。
普通の床屋。
価格を上げたくても上げられない、小さな事業者たち。

片山議員は、消費税が単なる「消費者の負担」では終わらないことを、具体的な例で指摘していた。

たとえば、街の蕎麦屋である。

今、お蕎麦屋さんは税込み630円でお蕎麦を出していますけど、660円にできますかね?

これは、単なる問いではない。

消費税の制度と市場の現実を知る者が、問いの形で提示した答えである。


全国一律の価格を持つ大手チェーンなら、まだ値上げしやすいかもしれない。
しかし、地域の客に支えられている小さな店はどうか。
街の蕎麦屋はどうか。
普通の床屋はどうか。
値上げによって客を失う可能性がある店に、「税率が上がったのだから、その分を価格へ転嫁すればよい」と簡単に言えるだろうか。

片山議員は当時、年間売上3000万円以下の中小零細企業について、5割から7割が価格転嫁できていないという調査があると述べていた。

さらに、滞納税額の約半分に当たる3400億円が消費税であるとも指摘した。

つまり、彼女は知っていた。


消費税は「価格へ転嫁されることを予定している」と説明される。

しかし現実の市場では、弱い立場の事業者ほど、その予定通りに転嫁できない。


消費税は、制度の予定と市場の現実が一致しなければ成立しない税だった。
2012年の片山さつきは、その矛盾を知っていた。

14年後、問いが戻ってきた

それから14年後。
今度は、参政党の国会議員として国政に復帰した安藤裕が、同じ問題を国会で問い始める。

答弁席に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。


安藤議員が最初に確認したのは、消費税の納税義務者である。
法律上、消費税を納める義務を負っているのは誰なのか。
消費者なのか。
事業者なのか。
答弁は明確だった。
消費税法上の納税義務者は、事業者である。
政府は消費税について、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することを予定していると説明する。
しかし、それは経済的な負担についての予定である。
税法上の納税義務とは別の話だ。
税法上、消費者は消費税の納税義務者ではない。
消費税を申告し、納付するのは事業者である。
ここで安藤議員は、さらに問いを進めた。
消費者から受け取った消費税を税務署へ納めず、事業者が自分の利益にしているとされる、いわゆる「益税」は制度上存在するのか。
これに対して片山財務大臣は、法律上はそのような関係にはならないと答えた。
消費者は、消費税法上の納税義務者ではない。
したがって、消費者が納めるべき税金を事業者が預かり、それを国へ納めずに利益にしているという法構造にはならない。
法律上、益税は存在しない。
ここで、長年語られてきた消費税の物語が揺らぎ始める。

完全転嫁という幻想

多くの人は、消費税を次のように理解している。
まず原価がある。
そこに適正な利益を乗せる。
そして、その上に消費税10%を上乗せする。
消費者がその10%を支払い、事業者が一時的に預かり、後から税務署へ納める。
このモデルでは、消費税によって事業者の利益が削られることはない。
人件費も削られない。
消費税は売価の外側へ完全に上乗せされ、最終消費者がすべて負担するからである。
しかし、このモデルが成立するためには、強い前提が必要になる。
すべての事業者が、原価と必要な利益を確保したうえで、消費税相当額を完全に価格へ上乗せできること。
つまり、価格転嫁率100%の市場である。
もし本当に、すべての取引がこの通りに行われているなら、赤字企業はほとんど存在しない。
低賃金労働者もいない。
買いたたきもない。
利益を確保したうえで、消費税分まで価格へ上乗せできるのだから、消費税を払えずに資金繰りへ行き詰まる事業者も存在しないはずである。
だが、現実は違う。
赤字企業がある。
低賃金労働者がいる。
買いたたきがある。
価格交渉力の弱い事業者がいる。
値上げすれば客を失う店がある。
原材料費が上がっても、売価へ十分に転嫁できない事業者がいる。

「原価+適正な利益+消費税」という美しいモデルは、現実の市場を表したものではない。


それは、制度を成立させるために置かれた予定である。

赤字でも消費税が発生する理由

消費税の納付額は、大まかに次の式で計算される。

消費税

売上にかかる税額 − 仕入れにかかる税額


標準税率10%、すべて税込金額という単純なモデルなら、次のように表せる。

消費税

(課税売上 − 課税仕入)× 10/110


ここで重要なのは、法人税のように、売上からすべての費用を差し引いて利益を計算しているわけではないという点である。
給与や社会保険料、支払利息など、事業に必要な支出であっても、仕入税額控除の対象にならないものがある。
そのため、法人税上の利益が赤字であっても、

課税売上 − 課税仕入 > 0


であれば、消費税は発生する。
事業者が赤字か黒字かは、消費税の計算を止めない。
消費税は、利益ではなく、課税売上と課税仕入の差額を見ているからである。
一般に、事業者は仕入れた商品へ何らかの価値を加えて販売する。
100円で仕入れた商品を、毎回50円で売り続ける事業は成立しない。
100円の原材料を使い、50円で製品を売り続ける製造業も成立しない。
したがって、事業を継続している限り、一般には、

課税売上 − 課税仕入 > 0


となる。
企業全体では赤字でも、この差額は残り得る。

だから、赤字事業者にも消費税が発生する。


赤字でも「消費税が発生することがある」のではない。
事業が付加価値を生み出している限り、赤字でも消費税が発生する構造なのである。

付加価値の先取り

課税売上から課税仕入を差し引いたものは、概ね、その事業者が新しく生み出した付加価値に対応する。


単純化すれば、

付加価値

課税売上 − 課税仕入


さらに、その付加価値は概ね、

付加価値

利益 + 人件費


と捉えることができる。
したがって、消費税の構造は、概ね次の式で表せる。

消費税≒ 付加価値 × 10/110


さらに単純化すれば、

消費税≒(利益 + 人件費)× 10/110


となる。
ここで、何が起きているのか。

事業者が生み出した付加価値という一つのパイがある。


本来、その付加価値は、労働者の賃金と、企業の利益などに分配される。
しかし、消費税がある世界では、その分配より先に、国の取り分が決まる。

国が消費税を先に取る。


残った付加価値を、法人と労働者が分ける。
価格へ完全に転嫁できるなら、事業者の外側へ負担を押し出せるかもしれない。

しかし、価格転嫁できなければ、消費税は付加価値の内部に残る。


利益を削る。
賃上げ原資を削る。
賞与を削る。
採用を抑える。
設備投資を遅らせる。
資金繰りを圧迫する。
税負担が消えるわけではない。
負担する場所が変わるだけである。

安藤議員が述べた「賃上げする原資を持っていく前に、消費税を納税しろと言われている」という言葉は、この構造を表している。

消費税は、付加価値という一つの財布から、国が先に取り分を確保する税である。


その残りを、法人と労働者が分ける。
これが、「付加価値の先取り」である。

レシートに書かれた「内消費税」

安藤議員は、レシートの表示にも踏み込んだ。
たとえば、1100円の商品を買ったとする。
レシートには、
「内消費税100円」
と書かれている。
では、この100円は法律上、何なのか。
政府側の答弁は、次のようなものだった。
その取引について課されるべき消費税額に相当する額であり、課税資産の譲渡等の売上に対する対価の一部である。
つまり、レシートに「消費税」と書かれていても、それは消費者が税務署へ納めた税金そのものではない。
事業者が消費者から預かった税金そのものでもない。
事業者がそのまま税務署へ納付する金額でもない。

その売価で取引が成立したという事実と、その税込価格の内訳が表示されているだけである。


レシート表示からは、実際にいくら価格転嫁されたのか分からない。
事業者がいくら納付するのかも分からない。
その取引によって、事業者の利益がいくら残ったのかも分からない。

それでも、多くの人は「内消費税100円」という表示を見ることで、自分が100円の税金を納めたと認識する。


そして、事業者はその100円を預かっているだけだと考える。

ここから、「預かった税金を納めない免税事業者はずるい」という益税の物語が生まれる。


しかし、法構造は違う。
消費者は納税義務者ではない。
レシートに書かれた100円は、売上の対価の一部である。
事業者の納付額は、レシートの表示額ではなく、売上税額と仕入税額の差額によって決まる。
レシートは、価格転嫁に成功した証拠ではない。
預り金が存在する証拠でもない。
そこに記録されているのは、

「その価格で、一つの取引が成立した」


という事実である。

2012年の言葉と、2026年の言葉

2012年の片山さつき議員は、市場の現実を語った。
街の蕎麦屋は、630円を660円にできるのか。
中小零細企業は、本当に消費税を価格へ転嫁できているのか。
価格を上げられない事業者に、消費税は何をもたらすのか。
彼女は、制度の予定ではなく、現場で起きていることを見ていた。
それから14年後。
財務大臣となった片山さつきは、制度を守る側の言葉を語る。
消費税は、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することを予定している。
消費税相当額は、適切に価格へ転嫁される。

同じ人物の中に、二つの言葉が存在する。


市場の現実を見る言葉。
制度の予定を守る言葉。
片山さつきは、なぜ言葉を変えたのか。
本当に考え方が変わったのかもしれない。
財務大臣として税制全体を守らなければならないのかもしれない。
党内の力学や、財務省との関係が影響したのかもしれない。

あるいは、本質的な認識は変わっていないまま、立場によって使用する言葉だけが変わったのかもしれない。


その答えは、本人にしか分からない。
だが、確かなことが一つある。

2012年に指摘されていた問題は、14年後も解決していない。


価格転嫁できない事業者がいる。
赤字でも消費税が発生する。
消費税の滞納が続いている。
賃上げが必要だと言いながら、賃上げ原資から先に消費税を取る構造が維持されている。

そして今も、政府は消費税を「景気に左右されにくい安定財源」と説明する。

だが、景気に左右されにくいということは、裏返せば、景気が悪くても取り続けるということである。


人々の生活が苦しくても。
企業の経営が苦しくても。
赤字でも。
資金繰りが限界でも。
付加価値が残る限り、消費税は発生する。

それを、本当に「安定」と呼んでよいのだろうか。

これは事件の記録である

14年前、片山さつきは問いを残した。
そして今、安藤裕がその問いを引き継いだ。
問いを受ける側に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
2012年の片山さつきは、市場の現実を語った。
2026年の片山財務大臣は、制度の予定を語った。
変わったのは、市場ではない。

彼女が座る椅子だった。


制度の外から市場を見れば、価格転嫁できない事業者が見える。
制度の頂点から税制を見れば、「円滑かつ適正に転嫁されることを予定している」という説明になる。
事実が変わったのではない。
観測する位置によって、使用する言葉が変わった。

制度という怪異の頂点に座った者は、その構造を守るための部品として再定義される。

14年前の彼女の言葉が正しければ正しいほど、現在の答弁は、この国の政治が市場の現実よりも制度の維持を選んだことの証明になる。

これは、片山さつき一人の変節を責める物語ではない。


誰がその椅子へ座っても、同じ言葉を語らざるを得ないのだとしたら、問題は個人ではなく構造にある。
だから、問いに向き合わなければならないのは、彼女だけではない。

その変節を制度の「仕様」として受け入れ、今日もレジの音を聞き流している、私たち自身である。

失われた30年をもたらしたのは、果たして誰なのだろうか。


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※【みおとあおい】第九十一章:消費税―付加価値の先取り―二人のカタヤマは、こちらを参照

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