【75回目noteマネー掲載】第百十六章:消費税―食料品1%は、6.7%だった―
第百十六章:消費税―食料品1%は、6.7%だった―

――免税農家で止まる減税――
「1%」のはずだった
夜。
みおは、ノートに三つの数字を書いていた。
8%
1%
6.7%
しばらく眺めたあと、みおは顔を上げた。
みお:
「どうして1%に下げたのに、6.7%になるのよ!」
あおい:
「法定税率が6.7%になるわけじゃない。」
みお:
「じゃあ、何が6.7%なの?」
あおい:
「サプライチェーン全体で発生する、消費税の総納付額だよ。」
みおはノートを閉じた。
みお:
「それ、減税が途中で止まってるじゃない!」
四段階のサプライチェーン
次の四段階で農産物が消費者へ届くモデルを考える。
第1段階・課税事業者
第2段階・課税事業者
農家・免税事業者
最終事業者・課税事業者
消費者
税込価格は、現行制度では次のように流れる。
330万円
↓
440万円
↓
540万円
↓
660万円
第1段階と第2段階の取引には10%。
農家の農産物販売と、最終事業者の食料品販売には8%が適用される。
農家は免税事業者とする。
また、農家から仕入れる最終事業者は、農協・卸売市場特例によって、農家の販売額に含まれる税額相当分を仕入税額控除できるものとする。
現行8%では、控除チェーンがきれいにつながる
第1段階・課税事業者
税込売上は330万円。
売上税額
330万円×10/110=30万円
仕入れはないものとして、
納付額30万円
第2段階・課税事業者
税込売上は440万円。
売上税額は40万円。
第1段階からの仕入税額は30万円。
40万円-30万円=10万円
したがって、
納付額10万円
農家・免税事業者
農家は440万円で仕入れ、農産物を540万円で販売する。
農産物の税率は8%なので、売上に含まれる税額相当分は、
540万円×8/108=40万円
しかし免税事業者なので、申告・納付は行わない。
納付額0円
同時に、仕入れで負担した40万円について、仕入税額控除や還付を受けることもできない。
最終事業者・課税事業者
最終事業者は農産物を540万円で仕入れ、660万円で販売する。
売上税額は、
660万円×8/108=48万8,889円
農協・卸売市場特例による仕入税額控除は40万円。
48万8,889円-40万円
=8万8,889円
全体の納付額を足してみる
各段階の納付額は、
第1段階:30万円
第2段階:10万円
免税農家:0円
最終事業者:8万8,889円
合計すると、
30万円+10万円+8万8,889円
=48万8,889円
これは、最終売上660万円に含まれる8%の税額と一致する。
660万円×8/108
=48万8,889円
みお:
「途中に免税農家がいても、全体の納付額は最終売上税額と一致してる。」
あおい:
「現行8%では、そう見える。」
みお:
「そう見える?」
あおいは、二つの40万円を指さした。
農家が仕入れで負担した税額:40万円
農家の売上に含まれる税額相当分:40万円
40万円と40万円。
偶然、同じ金額になっていた。
8%が隠していたもの
農家の税抜仕入額は400万円。
そこに10%がかかり、仕入税額は40万円になる。
一方、農家の税抜売上額は500万円。
そこに8%がかかり、売上税額相当分も40万円になる。
400万円×10%=40万円
500万円×8%=40万円
みお:
「仕入れで払った40万円と、売上に含まれる40万円が、たまたま一致してたの!?」
あおい:
「そう。このモデルではね。」
最終事業者は、農協・卸売市場特例によって、農家の販売額に含まれる40万円を控除できる。
その結果、農家より前で納付された40万円が、後段の控除ときれいに対応しているように見えた。
控除チェーンが完全だったのではない。
40万円と40万円が、偶然重なっていたのである。
食料品を1%にしてみよう
ここで、食料品の税率を8%から1%へ引き下げる。
比較をきれいにするため、各段階が生み出す税抜の取引価値は変えないものとする。
税込価格は次のようになる。
330万円
↓
440万円
↓
505万円
↓
617万2,222円
農家の税抜売上は500万円。
食料品1%なら、
500万円+5万円=505万円
最終事業者の税抜売上は611万1,111円。
食料品1%なら、
611万1,111円+6万1,111円
=617万2,222円
一見すると、最終売上には1%しかかかっていない。
ところが、サプライチェーンを上流までたどると、別の数字が現れる。
第1段階と第2段階の40万円は消えない
第1段階と第2段階の税率は10%のままである。
したがって、納付額も変わらない。
第1段階
納付額30万円
第2段階
売上税額40万円-仕入税額30万円
=納付額10万円
農家へ届くまでに、
30万円+10万円=40万円
がすでに納付されている。
農家の売上側は5万円になる
農家の税込売上は505万円。
売上に含まれる1%相当額は、
505万円×1/101=5万円
農家は免税事業者なので、
納付額0円
最終事業者が農協・卸売市場特例によって控除できるのも、農家の仕入れで実際に負担した40万円ではない。
農家の販売額に対応する、
5万円
である。
みお:
「ちょっと待って。」
あおい:
「うん。」
みお:
「農家さんが仕入れで負担したのは40万円なのに、後ろへ通せるのは5万円だけなの?」
あおい:
「食料品の税率を1%にすれば、そうなる。」
最終事業者の納付額
最終事業者の売上税額は、
617万2,222円×1/101
=6万1,111円
仕入税額控除は5万円。
6万1,111円-5万円
=1万1,111円
したがって、各段階の納付額は、
第1段階:30万円
第2段階:10万円
免税農家:0円
最終事業者:1万1,111円
合計すると、
30万円+10万円+1万1,111円
=41万1,111円
みおは、電卓を二度確認した。
みお:
「納付額、41万円もあるじゃない!」
本来の1%なら、6万1,111円で終わる
この商品系列が生み出した税抜付加価値の合計は、
611万1,111円
である。
控除チェーンが最後までつながり、すべてが1%で精算されるなら、総納付額は、
611万1,111円×1%
=6万1,111円
になるはずである。
しかし、免税農家を挟んだモデルでは、
総納付額 41万1,111円
その差は、
41万1,111円-6万1,111円
=35万円
食料品を1%にしても、
35万円が消えずに残っている。
35万円の正体
農家より前の段階で発生した税額は40万円。
一方、農家の売上に対応して後段へ通せる税額は5万円。
40万円-5万円=35万円
これが、控除チェーンの途中に残った税額である。
みお:
「農協特例があっても、40万円全部を通してくれるわけじゃないのね。」
あおい:
「農協・卸売市場特例は、農家が実際に仕入れで負担した税額を、そのまま後段へ移す制度ではない。」
みお:
「農家の売上に対応する税額を、買い手が控除できる制度。」
あおい:
「8%では、それが偶然40万円だった。」
みお:
「1%にしたら5万円まで細くなって、35万円が詰まった!」
8%では隠れていた。
1%にすると、黒い35万円が現れた。
食料品1%は、6.7%だった
サプライチェーン全体が生み出した税抜付加価値は、
611万1,111円
総納付額は、
41万1,111円
したがって、
41万1,111円÷611万1,111円
=約6.73%
法定税率は1%。
しかし、モデル上の実効総納付率は約6.7%。
みお:
「食料品1%じゃない!」
あおい:
「表示される税率は1%だよ。」
みお:
「でも、サプライチェーン全体では約6.7%納めてるじゃない!」
あおい:
「だから、1%という法定税率と、全体で残る税金コストを分けて見る必要がある。」

減ったのは、最後の付加価値だけだった
現行8%での総納付額は、
48万8,889円
食料品1%での総納付額は、
41万1,111円
減少したのは、
48万8,889円-41万1,111円
=7万7,778円
最終事業者が生み出した付加価値は、
611万1,111円-500万円
=111万1,111円
その付加価値について、税率が8%から1%へ7ポイント下がると、
111万1,111円×7%
=7万7,778円
総納付額の減少分と一致する。
みお:
「減税されたのは、最後のお店が増やした付加価値だけなの!?」
あおい:
「このモデルでは、そうなる。」
免税農家より前で発生した40万円は変わらない。
食料品1%は、免税農家の手前で止まっていた。
発生した税金コストは、誰かが負担する
35万円は、計算から消えたわけではない。
国庫へ納付された税金である。
したがって、そのコストはサプライチェーンの誰かが負担する。
農業資材の生産者
卸売事業者
農家
小売事業者
消費者
そこで働く労働者
価格へ転嫁されれば、消費者が負担する。
価格へ転嫁できなければ、事業者の利益が減る。
農家が販売価格を下げれば、農家の所得が減る。
賃金原資を削れば、労働者が負担する。
仕入価格を下げれば、その前段階の事業者が負担する。
発生した消費税コストは、
誰かが負担するまで消えない。
「価格転嫁できる」という説明を採用するなら
政府は、消費税は価格転嫁を通じて最終的に消費者が負担すると説明する。
その説明を、この35万円にも同じように適用するならどうなるだろう。
農家は、仕入れで負担した40万円を売価へ反映しなければ、生産を続けられない。
小売事業者も、農家からの仕入価格を売価へ反映する。
すると、表示上の税率が1%になっても、上流で残った35万円は商品の原価として価格へ入る。
すべてが価格転嫁されるなら、消費者が負担する税金コストは、
41万1,111円
になる。
つまり、
総付加価値 611万1,111円
総税金コスト 41万1,111円
実効 約6.7%
みお:
「運営のせいで、私の大根が101円にならないじゃないの!」
あおい:
「上流の税金コストが原価へ残れば、単純に本体100円+1円とはならないね。」
みお:
「1%って言ったのに約6.7%! 景品表示法違反じゃないの!」
あおい:
「法定税率そのものは1%だから、直ちにそういう話ではない。」
みお:
「でも、値札に書かれない税金コストが中にいる。」
あおい:
「そう。それが今回見えた黒いブロックだ。」

農家が本則課税を選べば、1%へ戻る
なお、農家が課税事業者となり、本則課税で実際の仕入税額を精算するなら、
売上税額5万円-仕入税額40万円
=-35万円
35万円が還付される。
全体の納付額は、
30万円+10万円-35万円+1万1,111円
=6万1,111円
総付加価値の1%に戻る。
しかし、簡易課税や3割特例では、実際に支払った仕入税額40万円をそのまま精算しない。
「課税事業者になれば解決する」のではない。
実際の仕入税額を精算する本則課税だけが、35万円を消せる。
ただし、本則課税には帳簿、証憑、税率区分、申告などの事務が必要になる。
小規模な農家ほど、その細い道を選びやすいとは限らない。
みお、街を見る
翌日。
みおは、スーパーの野菜売り場に立っていた。
大根。
キャベツ。
トマト。
じゃがいも。
値札の横には、小さく税率が書かれている。
食料品1%
けれど、その野菜がここへ届くまでには、
肥料がある。
農薬がある。
燃料がある。
農機具がある。
ビニールハウスがある。
段ボールがある。
運送がある。
上流で発生した10%の税額は、農家が免税事業者である限り、本則課税の仕入税額控除では精算されない。
農協・卸売市場特例が後段へ通すのは、農家の売上に対応する1%相当額だけ。
8%では、二つの40万円が偶然重なっていた。
1%になった瞬間、その重なりは崩れた。
レジが鳴る。
ピッ。
表示された税率は、1%。
けれど、サプライチェーンには41万1,111円が残っている。
もう一度、レジが鳴る。
ピッ。
その音は今日も、
1%の値札の奥で、
減税から取り残された35万円が、
誰かの生活へ移される音だった。
このモデルの前提
本稿は制度構造を確認するため、次の仮定を置いた単純化モデルである。
上流二段階の税率は10%
食料品の税率は8%から1%へ変更
税率変更前後で、各段階が生み出す税抜取引価値は固定
農家は免税事業者
最終事業者は農協・卸売市場が発行する書類により、農家からの仕入れについて適用税率相当額を仕入税額控除
価格転嫁、所得減少、利益圧縮などの経済的負担は別途考える
本文中の約6.7%は法定税率ではない。
このモデルにおける、
サプライチェーン全体の総納付額÷税率変更前の総付加価値
で求めた、実効総納付率である。
実際の制度改正では、特例、還付措置、価格形成、取引形態などによって結果が変わる可能性がある。
参考資料
【14年越しの答え合わせ】片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継いだ
参考動画:
【彼女は全てを知っていた。】
【制度側の自白と、14年越しの答え合わせ】
ここから先は、あえて繰り返す。
なぜなら、これは単なる国会質疑ではないからだ。
消費税という制度が前提としてきた「円滑かつ適正な価格転嫁」と、現実の市場で起きていること。
その二つが、国会という公の場で正面から衝突した「事件」の記録だからである。
自由主義経済において、価格は制度の予定通りには動かない。
原価が上がったからといって、その全額を価格へ転嫁できるとは限らない。
消費税率が上がったからといって、その分だけ売価を上げられるとも限らない。
価格転嫁できなくても、消費税の負担は消えない。
事業者の利益、賃金、賞与、投資、資金繰りへと移っていく。
その瞬間、消費税の問題は「価格転嫁」の問題ではなく、税金コストを誰に負わせるかという問題へ変わる。
2012年。
一人の政治家が、その危険性を国会で指摘していた。
片山さつき議員である。
そして14年後。
片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継いだ。
問いを受ける側に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
これは、制度の外から制度を批判していた者が、制度の頂点へ立ったとき、どのように言葉を変えるのかという記録でもある。
2012年、彼女はすべてを知っていた
「もう、手のつけられないようなことになりますよ」
2012年。
野党時代の片山さつき議員は、消費税増税が経済へ与える影響について、強く警告していた。
住宅。
地方経済。
中小零細企業。
街の蕎麦屋。
普通の床屋。
価格を上げたくても上げられない、小さな事業者たち。
片山議員は、消費税が単なる「消費者の負担」では終わらないことを、具体的な例で指摘していた。
たとえば、街の蕎麦屋である。
今、お蕎麦屋さんは税込み630円でお蕎麦を出していますけど、660円にできますかね?
これは、単なる問いではない。
消費税の制度と市場の現実を知る者が、問いの形で提示した答えである。
全国一律の価格を持つ大手チェーンなら、まだ値上げしやすいかもしれない。
しかし、地域の客に支えられている小さな店はどうか。
街の蕎麦屋はどうか。
普通の床屋はどうか。
値上げによって客を失う可能性がある店に、「税率が上がったのだから、その分を価格へ転嫁すればよい」と簡単に言えるだろうか。
片山議員は当時、年間売上3000万円以下の中小零細企業について、5割から7割が価格転嫁できていないという調査があると述べていた。
さらに、滞納税額の約半分に当たる3400億円が消費税であるとも指摘した。
つまり、彼女は知っていた。
消費税は「価格へ転嫁されることを予定している」と説明される。
しかし現実の市場では、弱い立場の事業者ほど、その予定通りに転嫁できない。
消費税は、制度の予定と市場の現実が一致しなければ成立しない税だった。
2012年の片山さつきは、その矛盾を知っていた。
14年後、問いが戻ってきた
それから14年後。
今度は、参政党の国会議員として国政に復帰した安藤裕が、同じ問題を国会で問い始める。
答弁席に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
安藤議員が最初に確認したのは、消費税の納税義務者である。
法律上、消費税を納める義務を負っているのは誰なのか。
消費者なのか。
事業者なのか。
答弁は明確だった。
消費税法上の納税義務者は、事業者である。
政府は消費税について、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することを予定していると説明する。
しかし、それは経済的な負担についての予定である。
税法上の納税義務とは別の話だ。
税法上、消費者は消費税の納税義務者ではない。
消費税を申告し、納付するのは事業者である。
ここで安藤議員は、さらに問いを進めた。
消費者から受け取った消費税を税務署へ納めず、事業者が自分の利益にしているとされる、いわゆる「益税」は制度上存在するのか。
これに対して片山財務大臣は、法律上はそのような関係にはならないと答えた。
消費者は、消費税法上の納税義務者ではない。
したがって、消費者が納めるべき税金を事業者が預かり、それを国へ納めずに利益にしているという法構造にはならない。
法律上、益税は存在しない。
ここで、長年語られてきた消費税の物語が揺らぎ始める。
完全転嫁という幻想
多くの人は、消費税を次のように理解している。
まず原価がある。
そこに適正な利益を乗せる。
そして、その上に消費税10%を上乗せする。
消費者がその10%を支払い、事業者が一時的に預かり、後から税務署へ納める。
このモデルでは、消費税によって事業者の利益が削られることはない。
人件費も削られない。
消費税は売価の外側へ完全に上乗せされ、最終消費者がすべて負担するからである。
しかし、このモデルが成立するためには、強い前提が必要になる。
すべての事業者が、原価と必要な利益を確保したうえで、消費税相当額を完全に価格へ上乗せできること。
つまり、価格転嫁率100%の市場である。
もし本当に、すべての取引がこの通りに行われているなら、赤字企業はほとんど存在しない。
低賃金労働者もいない。
買いたたきもない。
利益を確保したうえで、消費税分まで価格へ上乗せできるのだから、消費税を払えずに資金繰りへ行き詰まる事業者も存在しないはずである。
だが、現実は違う。
赤字企業がある。
低賃金労働者がいる。
買いたたきがある。
価格交渉力の弱い事業者がいる。
値上げすれば客を失う店がある。
原材料費が上がっても、売価へ十分に転嫁できない事業者がいる。
「原価+適正な利益+消費税」という美しいモデルは、現実の市場を表したものではない。
それは、制度を成立させるために置かれた予定である。
赤字でも消費税が発生する理由
消費税の納付額は、大まかに次の式で計算される。
消費税
=
売上にかかる税額 − 仕入れにかかる税額
標準税率10%、すべて税込金額という単純なモデルなら、次のように表せる。
消費税
≒
(課税売上 − 課税仕入)× 10/110
ここで重要なのは、法人税のように、売上からすべての費用を差し引いて利益を計算しているわけではないという点である。
給与や社会保険料、支払利息など、事業に必要な支出であっても、仕入税額控除の対象にならないものがある。
そのため、法人税上の利益が赤字であっても、
課税売上 − 課税仕入 > 0
であれば、消費税は発生する。
事業者が赤字か黒字かは、消費税の計算を止めない。
消費税は、利益ではなく、課税売上と課税仕入の差額を見ているからである。
一般に、事業者は仕入れた商品へ何らかの価値を加えて販売する。
100円で仕入れた商品を、毎回50円で売り続ける事業は成立しない。
100円の原材料を使い、50円で製品を売り続ける製造業も成立しない。
したがって、事業を継続している限り、一般には、
課税売上 − 課税仕入 > 0
となる。
企業全体では赤字でも、この差額は残り得る。
だから、赤字事業者にも消費税が発生する。
赤字でも「消費税が発生することがある」のではない。
事業が付加価値を生み出している限り、赤字でも消費税が発生する構造なのである。
付加価値の先取り
課税売上から課税仕入を差し引いたものは、概ね、その事業者が新しく生み出した付加価値に対応する。
単純化すれば、
付加価値
≒
課税売上 − 課税仕入
さらに、その付加価値は概ね、
付加価値
≒
利益 + 人件費
と捉えることができる。
したがって、消費税の構造は、概ね次の式で表せる。
消費税≒ 付加価値 × 10/110
さらに単純化すれば、
消費税≒(利益 + 人件費)× 10/110
となる。
ここで、何が起きているのか。
事業者が生み出した付加価値という一つのパイがある。
本来、その付加価値は、労働者の賃金と、企業の利益などに分配される。
しかし、消費税がある世界では、その分配より先に、国の取り分が決まる。
国が消費税を先に取る。
残った付加価値を、法人と労働者が分ける。
価格へ完全に転嫁できるなら、事業者の外側へ負担を押し出せるかもしれない。
しかし、価格転嫁できなければ、消費税は付加価値の内部に残る。
利益を削る。
賃上げ原資を削る。
賞与を削る。
採用を抑える。
設備投資を遅らせる。
資金繰りを圧迫する。
税負担が消えるわけではない。
負担する場所が変わるだけである。
安藤議員が述べた「賃上げする原資を持っていく前に、消費税を納税しろと言われている」という言葉は、この構造を表している。
消費税は、付加価値という一つの財布から、国が先に取り分を確保する税である。
その残りを、法人と労働者が分ける。
これが、「付加価値の先取り」である。
レシートに書かれた「内消費税」
安藤議員は、レシートの表示にも踏み込んだ。
たとえば、1100円の商品を買ったとする。
レシートには、
「内消費税100円」
と書かれている。
では、この100円は法律上、何なのか。
政府側の答弁は、次のようなものだった。
その取引について課されるべき消費税額に相当する額であり、課税資産の譲渡等の売上に対する対価の一部である。
つまり、レシートに「消費税」と書かれていても、それは消費者が税務署へ納めた税金そのものではない。
事業者が消費者から預かった税金そのものでもない。
事業者がそのまま税務署へ納付する金額でもない。
その売価で取引が成立したという事実と、その税込価格の内訳が表示されているだけである。
レシート表示からは、実際にいくら価格転嫁されたのか分からない。
事業者がいくら納付するのかも分からない。
その取引によって、事業者の利益がいくら残ったのかも分からない。
それでも、多くの人は「内消費税100円」という表示を見ることで、自分が100円の税金を納めたと認識する。
そして、事業者はその100円を預かっているだけだと考える。
ここから、「預かった税金を納めない免税事業者はずるい」という益税の物語が生まれる。
しかし、法構造は違う。
消費者は納税義務者ではない。
レシートに書かれた100円は、売上の対価の一部である。
事業者の納付額は、レシートの表示額ではなく、売上税額と仕入税額の差額によって決まる。
レシートは、価格転嫁に成功した証拠ではない。
預り金が存在する証拠でもない。
そこに記録されているのは、
「その価格で、一つの取引が成立した」
という事実である。
2012年の言葉と、2026年の言葉
2012年の片山さつき議員は、市場の現実を語った。
街の蕎麦屋は、630円を660円にできるのか。
中小零細企業は、本当に消費税を価格へ転嫁できているのか。
価格を上げられない事業者に、消費税は何をもたらすのか。
彼女は、制度の予定ではなく、現場で起きていることを見ていた。
それから14年後。
財務大臣となった片山さつきは、制度を守る側の言葉を語る。
消費税は、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することを予定している。
消費税相当額は、適切に価格へ転嫁される。
同じ人物の中に、二つの言葉が存在する。
市場の現実を見る言葉。
制度の予定を守る言葉。
片山さつきは、なぜ言葉を変えたのか。
本当に考え方が変わったのかもしれない。
財務大臣として税制全体を守らなければならないのかもしれない。
党内の力学や、財務省との関係が影響したのかもしれない。
あるいは、本質的な認識は変わっていないまま、立場によって使用する言葉だけが変わったのかもしれない。
その答えは、本人にしか分からない。
だが、確かなことが一つある。
2012年に指摘されていた問題は、14年後も解決していない。
価格転嫁できない事業者がいる。
赤字でも消費税が発生する。
消費税の滞納が続いている。
賃上げが必要だと言いながら、賃上げ原資から先に消費税を取る構造が維持されている。
そして今も、政府は消費税を「景気に左右されにくい安定財源」と説明する。
だが、景気に左右されにくいということは、裏返せば、景気が悪くても取り続けるということである。
人々の生活が苦しくても。
企業の経営が苦しくても。
赤字でも。
資金繰りが限界でも。
付加価値が残る限り、消費税は発生する。
それを、本当に「安定」と呼んでよいのだろうか。
これは事件の記録である
14年前、片山さつきは問いを残した。
そして今、安藤裕がその問いを引き継いだ。
問いを受ける側に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
2012年の片山さつきは、市場の現実を語った。
2026年の片山財務大臣は、制度の予定を語った。
変わったのは、市場ではない。
彼女が座る椅子だった。
制度の外から市場を見れば、価格転嫁できない事業者が見える。
制度の頂点から税制を見れば、「円滑かつ適正に転嫁されることを予定している」という説明になる。
事実が変わったのではない。
観測する位置によって、使用する言葉が変わった。
制度という怪異の頂点に座った者は、その構造を守るための部品として再定義される。
14年前の彼女の言葉が正しければ正しいほど、現在の答弁は、この国の政治が市場の現実よりも制度の維持を選んだことの証明になる。
これは、片山さつき一人の変節を責める物語ではない。
誰がその椅子へ座っても、同じ言葉を語らざるを得ないのだとしたら、問題は個人ではなく構造にある。
だから、問いに向き合わなければならないのは、彼女だけではない。
その変節を制度の「仕様」として受け入れ、今日もレジの音を聞き流している、私たち自身である。
失われた30年をもたらしたのは、果たして誰なのだろうか。
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