【73回目noteマネー掲載】第百十四章:消費税―益税のようなものは、いなかった―
第百十四章:消費税―益税のようなものは、いなかった―
【存在しないものが、消える?】

―食料品1%が生む「還付されない35万円」―
夜。
みおは、片山財務大臣の国会答弁を見ていた。
画面の中では、免税事業者の「益税」が議論されている。
片山財務大臣の説明を要約すると、こうなる。
法的には、益税は存在しない。
しかし、「益税のようなもの」はある。
みおは、動画を止めた。
みお:
「益税は法的にはない。でも、益税のようなものは存在する。あおい、一体どういうこと?」
あおい:
「訳が分からないね。」
みお:
「え?」
あおい:
「え?」
二人は、しばらく画面を見つめていた。
法的には、益税は存在しない
まず、法的な話を整理しよう。
消費税の納税義務を負うのは、消費者ではない。
事業者である。
免税事業者は、法律によって消費税の納税義務を免除されている。
したがって、免税事業者が、
消費者から預かった税金を、国へ納めずに自分のものにしている
という法的構造ではない。
税込価格の中に税相当額が表示されていても、それは商品の対価の一部である。
消費者が国へ納める税金を、農家が一時的に預かっているわけではない。
あおい:
「だから、法的な建て付けでは、益税は存在しないんだ。」
みお:
「じゃあ、“益税のようなもの”って何?」
あおい:
「どうやら、経済上の差額のことみたいだね。」
「益税のようなもの」は、経済上の話
では、経済上の「益税のようなもの」とは何だろう。
ここで、売上側だけを見てはいけない。
農家は、農産物を販売するとき、売価の中に税相当額を含めることがある。
しかし同時に、
肥料
農薬
燃料
農業資材
農業機械
などを仕入れるときにも、税相当額を負担している。
経済上の利益を調べるのであれば、売上側と仕入側の両方を見なければならない。
実は、制度側も同じ説明をしている。
財務省は、免税事業者について、仕入価格が上昇した分を超えて価格を引き上げた場合にだけ、「益税」の問題が生じると説明している。
1996年の政府答弁でも、免税事業者が仕入価格の上昇分を超えて価格を引き上げた場合、その差額に相当する「益税」が発生する、と整理されていた。
つまり、政府の説明に従っても、見るべき式はこれである。
売上に含まれる税相当額
-仕入れに含まれる税相当額
=経済上の「益税のようなもの」
みお:
「売ったときに受け取った分だけじゃなくて、仕入れで負担した分も見るのね。」
あおい:
「経済上の話をするなら、両方を見ないと計算できない。」
このモデルは、制度上の「80%」を基にしている
では、実際に計算してみよう。
ここでは、免税事業者である農家の数字を、次のように置く。
税抜売上 500万円
税抜課税仕入れ 400万円
仕入率は80%である。
この80%は、説明のために都合よく置いた数字ではない。
財務省は、簡易課税のみなし仕入率について、仕入高が売上高に通常占める割合を勘案して定めると説明している。
そして、軽減税率の対象となる食用農産物を生産する農業には、80%のみなし仕入率が設定されている。
もちろん、すべての農家の実際の仕入率が80%という意味ではない。
しかしこれは、制度側が食用農業について置いている、公式の計算基準である。
そこで本稿では、
売上500万円、課税仕入れ400万円
を基準として、お金の流れを確認する。
あおい:
「制度側が置いた80%を使って、“益税のようなもの”が本当にあるのか確かめてみよう。」
みお:
「運営の数字で、運営の説明を検証するのね。」
現行8%では、益税は0円だった
現在、食料品には8%の税率が適用されている。
税抜500万円の農産物を販売すると、受取額は540万円になる。
売上に含まれる税相当額は、
540万円×8/108=40万円
一方、肥料や農薬などの課税仕入れは、10%とする。
税抜400万円の仕入れに対して、支払額は440万円。
仕入れに含まれる税相当額は、
440万円×10/110=40万円
したがって、
売上側の税相当額40万円
-仕入側の税相当額40万円
=0円
みお:
「売上と仕入れの税相当額が同じ……。」
みお:
「益税なんてないじゃない!」
お金の流れでも確認してみよう。
消費税がない世界では、
売上500万円-仕入れ400万円=100万円
現行税率では、
受取額540万円-支払額440万円=100万円
どちらも、売上と仕入れの差は100万円である。
売上側には40万円の税相当額がある。
しかし、仕入側にも40万円の税相当額がある。
両方を見ると、差額は消える。
みお:
「経済上の“益税のようなもの”まで、いないじゃない!」
あおい:
「売上側の40万円だけを見れば、農家が得をしているように見える。でも、仕入側の40万円を入れると0円になる。」
政府自身も、「益税」は価格転嫁の程度によって発生するため、その額を正確に把握することは困難だと説明している。
それにもかかわらず、
免税農家は、受け取った8%を手元に残している
という説明だけが広がっている。
そこには、仕入れで負担した40万円がいない。
では、食料品が1%になったら
ここから、税率を動かしてみよう。
食料品の税率を、8%から1%へ下げる。
税率の影響だけを見るため、税抜売上500万円と税抜課税仕入れ400万円は変わらないものとする。
税抜500万円の農産物を1%で販売すると、受取額は505万円になる。
売上に含まれる税相当額は、
505万円×1/101=5万円
一方、肥料や農薬などは10%のままである。
仕入れの支払額は440万円。
仕入れに含まれる税相当額は、
440万円×10/110=40万円
したがって、
売上側の税相当額5万円
-仕入側の税相当額40万円
=マイナス35万円
みおは、計算式を見つめた。
みお:
「どういうこと……?」
あおい:
「売上側では5万円しか回収できない。でも、仕入側では40万円を負担している。」
みお:
「35万円分、足りないじゃない!」

免税事業者には、35万円が還付されない
免税事業者は、消費税を申告し、納付する必要がない。
しかし同時に、仕入れで負担した税相当額の還付も受けられない。
食料品が1%になった場合、免税農家のお金の流れは、
受取額505万円-支払額440万円=65万円
現行税率では、100万円だった。
100万円-65万円=35万円
売上と仕入れの差が、35万円減少する。
あおい:
「存在していた益税が消えるわけじゃない。現行8%のモデルでは、益税は0円だった。」
あおい:
「食料品を1%にすることで、還付されない35万円が新しく発生するんだ。」
みお:「益税を取り上げる話じゃなくて、35万円が回収できなくなる話じゃない!」
免税とは、税金を納めなくてよい制度である。
しかし、この税率差の中では、別の意味を持ち始める。
税金を納めなくてよい。
ただし、仕入れで多く負担しても返さない。
免税制度が、還付を受けるための壁へ反転する。
35万円を取り戻せるのは、本則課税
みお:
「じゃあ、1%になったら、農家さんはどうしたらいいの?」
あおい:
「税金だけを考えるなら、課税事業者になって、本則課税を選ぶ方法がある。」
本則課税では、実際の売上税額と仕入税額を使って計算する。
このモデルでは、
売上税額5万円-仕入税額40万円=マイナス35万円
となる。
一定の要件を満たして仕入税額控除を受けられれば、差額35万円が還付される。
売上と仕入れの差65万円+還付35万円=100万円
みお:
「本則課税なら、35万円得するの?」
あおい:
「違う。元の100万円に戻るだけだよ。」
還付金は、余計にもらえるボーナスではない。
税率差によって生じた35万円の減少を、元へ戻しているだけである。

簡易課税と3割特例では、35万円を取り戻せない
みお:
「簡易課税は?」
あおい:
「簡易課税では、実際に仕入れで負担した40万円を使って計算しない。だから、この35万円は還付されない。」
食用農産物を生産する農業のみなし仕入率は80%。
売上税額が5万円なら、
売上税額5万円-みなし仕入税額4万円=納付額1万円
となる。
手元に残る額は、
65万円-納付額1万円=64万円
みお:
「35万円が返ってこないうえに、1万円納めるの!?」
一定の個人事業者が利用できる3割特例では、納付額を売上税額の3割として計算する。
売上税額5万円×30%=納付額1万5,000円
手元に残る額は、
65万円-納付額1万5,000円=63万5,000円
整理すると、こうなる。
免税事業者のまま
還付なし → 手元に残る額65万円課税事業者・本則課税
35万円還付 → 手元に残る額100万円課税事業者・簡易課税
1万円納付 → 手元に残る額64万円3割特例の対象者
1万5,000円納付 → 手元に残る額63万5,000円
みお:
「本則課税、簡易課税、3割特例。名前だけなら、3割特例が一番安そうなのに……。」
あおい:
「このモデルでは、一番手元に残らない。」
みお:
「事務を簡単にしてあげるから、還付はしません。さらに税金を納めてください……?」
あおい:
「実際の仕入税額を使わずに、売上税額だけから計算するからね。」
みおが固まった。
本則課税には、別の壁がある
税額だけを見れば、本則課税が最も有利である。
しかし、本則課税を選ぶと、別の負担が発生する。
領収書や請求書を保存する
取引ごとに税率を区分する
インボイスの有無を確認する
仕入税額控除の対象になるか判定する
会計ソフトへ入力する
消費税を申告する
還付申告へ対応する
自分でできなければ、税理士へ依頼する費用もかかる。
しかも、仕入時に負担したお金が、その場で返ってくるわけではない。
いったん支払い、申告し、還付を待つことになる。
あおい:
「課税事業者になれば、自動的に解決するわけじゃない。35万円を取り戻すには、本則課税を選び、実際の仕入れを記録しなければならない。」
みお:
「免税のままなら、35万円が返ってこない。本則課税なら返ってくるけど、今度は経理の負担が増える……。」
あおい:
「そう。」
正解ではなく、損失を選ぶゲーム
みお:
「結局、どれが正解なの?」
あおい:
「税額だけなら、本則課税だよ。」
みお:
「じゃあ、本則課税が正解?」
あおい:
「農業経営全体では、そうとも言い切れない。事務負担や税理士費用、還付までの資金繰りがあるからね。」
みお:
「免税のまま35万円を失うか、本則課税の事務負担を引き受けるか……。」
あおい:
「どちらを選んでも、今まで存在しなかった負担が発生する。」
みお:「正解を選ぶゲームじゃなくて、損失を選ぶゲームじゃない!」
本則課税の農家が、35万円得をするわけではない。
免税農家の「特権」が、本則課税によって消えるわけでもない。
本則課税は、食料品1%によって新しく生じる35万円の減少を、事務負担と引き換えに回避できるだけである。
少なくとも、制度上の80%を使ったこのモデルでは、現行8%の「益税のようなもの」は0円だった。
そして1%になると、0円が消えるのではない。
マイナス35万円が、新しく現れる。
みお、街を見る
動画を閉じて、みおは街へ出た。
夕方。
スーパーマーケット。
野菜売り場には、大根、キャベツ、トマト、キュウリが並んでいる。
値札に書かれているのは、商品の価格と、食料品の税率1%。
しかし、その野菜を作った農家の机には、
肥料10%。
農薬10%。
農業資材10%。
燃料10%。
農業機械10%。
いくつもの領収書が積み上がっている。
その差額を取り戻すには、課税事業者となり、本則課税を選ばなければならない。
誰かが領収書を集める。
誰かが税率を確認する。
誰かがインボイス番号を確認する。
誰かが会計ソフトへ入力する。
ある農家は、本則課税を選ぶ。
ある農家は、35万円を諦める。
どちらを選んだのかは、店頭の値札には書かれていない。
みおは、大根を一本手に取った。
レジへ持っていく。
店員が、バーコードを読み取る。
ピッ。
画面には、1%と表示される。
その数字の向こう側には、10%で仕入れた肥料がある。
還付されなかった35万円がある。
還付を受けるために増えた仕事がある。
次の商品が通る。
ピッ。
みおは、白いレシートを見つめた。
そこには、農家が諦めた金額も、領収書を整理した時間も書かれていない。
最後に、大根が袋へ入れられる。
ピッ。
その音は今日も、
誰かの生活を削る音だった。

※本稿は、食料品の税率が1%となった場合の税率差だけを観察するため、税抜売上500万円、税抜課税仕入れ400万円を固定した単純モデルです。実際の販売価格、仕入構成、設備投資、控除要件などによって結果は異なります。
※みなし仕入率80%は、すべての農家の実測仕入率が80%であることを意味しません。本稿では、財務省が「仕入高の売上高に通常占める割合」を勘案して設定している制度上の数値を、検証モデルの基準として使用しています。
※本則課税の還付は、モデル上の課税仕入れが仕入税額控除の要件を満たすものとして計算しています。簡易課税は売上税額にみなし仕入率を掛けて納付額を計算するため、実際の仕入税額が売上税額を上回っていても、その差額による還付は生じません。
※3割特例は、インボイス登録によって免税事業者から課税事業者となった一定の個人事業者が、令和9年分・令和10年分の申告で利用できる措置です。すべての農家が利用できる制度ではありません。
【14年越しの答え合わせ】片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継いだ
参考動画:
【彼女は全てを知っていた。】
【制度側の自白と、14年越しの答え合わせ】
ここから先は、あえて繰り返す。
なぜなら、これは単なる国会質疑ではないからだ。
消費税という制度が前提としてきた「円滑かつ適正な価格転嫁」と、現実の市場で起きていること。
その二つが、国会という公の場で正面から衝突した「事件」の記録だからである。
自由主義経済において、価格は制度の予定通りには動かない。
原価が上がったからといって、その全額を価格へ転嫁できるとは限らない。
消費税率が上がったからといって、その分だけ売価を上げられるとも限らない。
価格転嫁できなくても、消費税の負担は消えない。
事業者の利益、賃金、賞与、投資、資金繰りへと移っていく。
その瞬間、消費税の問題は「価格転嫁」の問題ではなく、税金コストを誰に負わせるかという問題へ変わる。
2012年。
一人の政治家が、その危険性を国会で指摘していた。
片山さつき議員である。
そして14年後。
片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継いだ。
問いを受ける側に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
これは、制度の外から制度を批判していた者が、制度の頂点へ立ったとき、どのように言葉を変えるのかという記録でもある。
2012年、彼女はすべてを知っていた
「もう、手のつけられないようなことになりますよ」
2012年。
野党時代の片山さつき議員は、消費税増税が経済へ与える影響について、強く警告していた。
住宅。
地方経済。
中小零細企業。
街の蕎麦屋。
普通の床屋。
価格を上げたくても上げられない、小さな事業者たち。
片山議員は、消費税が単なる「消費者の負担」では終わらないことを、具体的な例で指摘していた。
たとえば、街の蕎麦屋である。
今、お蕎麦屋さんは税込み630円でお蕎麦を出していますけど、660円にできますかね?
これは、単なる問いではない。
消費税の制度と市場の現実を知る者が、問いの形で提示した答えである。
全国一律の価格を持つ大手チェーンなら、まだ値上げしやすいかもしれない。
しかし、地域の客に支えられている小さな店はどうか。
街の蕎麦屋はどうか。
普通の床屋はどうか。
値上げによって客を失う可能性がある店に、「税率が上がったのだから、その分を価格へ転嫁すればよい」と簡単に言えるだろうか。
片山議員は当時、年間売上3000万円以下の中小零細企業について、5割から7割が価格転嫁できていないという調査があると述べていた。
さらに、滞納税額の約半分に当たる3400億円が消費税であるとも指摘した。
つまり、彼女は知っていた。
消費税は「価格へ転嫁されることを予定している」と説明される。
しかし現実の市場では、弱い立場の事業者ほど、その予定通りに転嫁できない。
消費税は、制度の予定と市場の現実が一致しなければ成立しない税だった。
2012年の片山さつきは、その矛盾を知っていた。
14年後、問いが戻ってきた
それから14年後。
今度は、参政党の国会議員として国政に復帰した安藤裕が、同じ問題を国会で問い始める。
答弁席に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
安藤議員が最初に確認したのは、消費税の納税義務者である。
法律上、消費税を納める義務を負っているのは誰なのか。
消費者なのか。
事業者なのか。
答弁は明確だった。
消費税法上の納税義務者は、事業者である。
政府は消費税について、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することを予定していると説明する。
しかし、それは経済的な負担についての予定である。
税法上の納税義務とは別の話だ。
税法上、消費者は消費税の納税義務者ではない。
消費税を申告し、納付するのは事業者である。
ここで安藤議員は、さらに問いを進めた。
消費者から受け取った消費税を税務署へ納めず、事業者が自分の利益にしているとされる、いわゆる「益税」は制度上存在するのか。
これに対して片山財務大臣は、法律上はそのような関係にはならないと答えた。
消費者は、消費税法上の納税義務者ではない。
したがって、消費者が納めるべき税金を事業者が預かり、それを国へ納めずに利益にしているという法構造にはならない。
法律上、益税は存在しない。
ここで、長年語られてきた消費税の物語が揺らぎ始める。
完全転嫁という幻想
多くの人は、消費税を次のように理解している。
まず原価がある。
そこに適正な利益を乗せる。
そして、その上に消費税10%を上乗せする。
消費者がその10%を支払い、事業者が一時的に預かり、後から税務署へ納める。
このモデルでは、消費税によって事業者の利益が削られることはない。
人件費も削られない。
消費税は売価の外側へ完全に上乗せされ、最終消費者がすべて負担するからである。
しかし、このモデルが成立するためには、強い前提が必要になる。
すべての事業者が、原価と必要な利益を確保したうえで、消費税相当額を完全に価格へ上乗せできること。
つまり、価格転嫁率100%の市場である。
もし本当に、すべての取引がこの通りに行われているなら、赤字企業はほとんど存在しない。
低賃金労働者もいない。
買いたたきもない。
利益を確保したうえで、消費税分まで価格へ上乗せできるのだから、消費税を払えずに資金繰りへ行き詰まる事業者も存在しないはずである。
だが、現実は違う。
赤字企業がある。
低賃金労働者がいる。
買いたたきがある。
価格交渉力の弱い事業者がいる。
値上げすれば客を失う店がある。
原材料費が上がっても、売価へ十分に転嫁できない事業者がいる。
「原価+適正な利益+消費税」という美しいモデルは、現実の市場を表したものではない。
それは、制度を成立させるために置かれた予定である。
赤字でも消費税が発生する理由
消費税の納付額は、大まかに次の式で計算される。
消費税
=
売上にかかる税額 − 仕入れにかかる税額
標準税率10%、すべて税込金額という単純なモデルなら、次のように表せる。
消費税
≒
(課税売上 − 課税仕入)× 10/110
ここで重要なのは、法人税のように、売上からすべての費用を差し引いて利益を計算しているわけではないという点である。
給与や社会保険料、支払利息など、事業に必要な支出であっても、仕入税額控除の対象にならないものがある。
そのため、法人税上の利益が赤字であっても、
課税売上 − 課税仕入 > 0
であれば、消費税は発生する。
事業者が赤字か黒字かは、消費税の計算を止めない。
消費税は、利益ではなく、課税売上と課税仕入の差額を見ているからである。
一般に、事業者は仕入れた商品へ何らかの価値を加えて販売する。
100円で仕入れた商品を、毎回50円で売り続ける事業は成立しない。
100円の原材料を使い、50円で製品を売り続ける製造業も成立しない。
したがって、事業を継続している限り、一般には、
課税売上 − 課税仕入 > 0
となる。
企業全体では赤字でも、この差額は残り得る。
だから、赤字事業者にも消費税が発生する。
赤字でも「消費税が発生することがある」のではない。
事業が付加価値を生み出している限り、赤字でも消費税が発生する構造なのである。
付加価値の先取り
課税売上から課税仕入を差し引いたものは、概ね、その事業者が新しく生み出した付加価値に対応する。
単純化すれば、
付加価値
≒
課税売上 − 課税仕入
さらに、その付加価値は概ね、
付加価値
≒
利益 + 人件費
と捉えることができる。
したがって、消費税の構造は、概ね次の式で表せる。
消費税≒ 付加価値 × 10/110
さらに単純化すれば、
消費税≒(利益 + 人件費)× 10/110
となる。
ここで、何が起きているのか。
事業者が生み出した付加価値という一つのパイがある。
本来、その付加価値は、労働者の賃金と、企業の利益などに分配される。
しかし、消費税がある世界では、その分配より先に、国の取り分が決まる。
国が消費税を先に取る。
残った付加価値を、法人と労働者が分ける。
価格へ完全に転嫁できるなら、事業者の外側へ負担を押し出せるかもしれない。
しかし、価格転嫁できなければ、消費税は付加価値の内部に残る。
利益を削る。
賃上げ原資を削る。
賞与を削る。
採用を抑える。
設備投資を遅らせる。
資金繰りを圧迫する。
税負担が消えるわけではない。
負担する場所が変わるだけである。
安藤議員が述べた「賃上げする原資を持っていく前に、消費税を納税しろと言われている」という言葉は、この構造を表している。
消費税は、付加価値という一つの財布から、国が先に取り分を確保する税である。
その残りを、法人と労働者が分ける。
これが、「付加価値の先取り」である。
レシートに書かれた「内消費税」
安藤議員は、レシートの表示にも踏み込んだ。
たとえば、1100円の商品を買ったとする。
レシートには、
「内消費税100円」
と書かれている。
では、この100円は法律上、何なのか。
政府側の答弁は、次のようなものだった。
その取引について課されるべき消費税額に相当する額であり、課税資産の譲渡等の売上に対する対価の一部である。
つまり、レシートに「消費税」と書かれていても、それは消費者が税務署へ納めた税金そのものではない。
事業者が消費者から預かった税金そのものでもない。
事業者がそのまま税務署へ納付する金額でもない。
その売価で取引が成立したという事実と、その税込価格の内訳が表示されているだけである。
レシート表示からは、実際にいくら価格転嫁されたのか分からない。
事業者がいくら納付するのかも分からない。
その取引によって、事業者の利益がいくら残ったのかも分からない。
それでも、多くの人は「内消費税100円」という表示を見ることで、自分が100円の税金を納めたと認識する。
そして、事業者はその100円を預かっているだけだと考える。
ここから、「預かった税金を納めない免税事業者はずるい」という益税の物語が生まれる。
しかし、法構造は違う。
消費者は納税義務者ではない。
レシートに書かれた100円は、売上の対価の一部である。
事業者の納付額は、レシートの表示額ではなく、売上税額と仕入税額の差額によって決まる。
レシートは、価格転嫁に成功した証拠ではない。
預り金が存在する証拠でもない。
そこに記録されているのは、
「その価格で、一つの取引が成立した」
という事実である。
2012年の言葉と、2026年の言葉
2012年の片山さつき議員は、市場の現実を語った。
街の蕎麦屋は、630円を660円にできるのか。
中小零細企業は、本当に消費税を価格へ転嫁できているのか。
価格を上げられない事業者に、消費税は何をもたらすのか。
彼女は、制度の予定ではなく、現場で起きていることを見ていた。
それから14年後。
財務大臣となった片山さつきは、制度を守る側の言葉を語る。
消費税は、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することを予定している。
消費税相当額は、適切に価格へ転嫁される。
同じ人物の中に、二つの言葉が存在する。
市場の現実を見る言葉。
制度の予定を守る言葉。
片山さつきは、なぜ言葉を変えたのか。
本当に考え方が変わったのかもしれない。
財務大臣として税制全体を守らなければならないのかもしれない。
党内の力学や、財務省との関係が影響したのかもしれない。
あるいは、本質的な認識は変わっていないまま、立場によって使用する言葉だけが変わったのかもしれない。
その答えは、本人にしか分からない。
だが、確かなことが一つある。
2012年に指摘されていた問題は、14年後も解決していない。
価格転嫁できない事業者がいる。
赤字でも消費税が発生する。
消費税の滞納が続いている。
賃上げが必要だと言いながら、賃上げ原資から先に消費税を取る構造が維持されている。
そして今も、政府は消費税を「景気に左右されにくい安定財源」と説明する。
だが、景気に左右されにくいということは、裏返せば、景気が悪くても取り続けるということである。
人々の生活が苦しくても。
企業の経営が苦しくても。
赤字でも。
資金繰りが限界でも。
付加価値が残る限り、消費税は発生する。
それを、本当に「安定」と呼んでよいのだろうか。
これは事件の記録である
14年前、片山さつきは問いを残した。
そして今、安藤裕がその問いを引き継いだ。
問いを受ける側に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
2012年の片山さつきは、市場の現実を語った。
2026年の片山財務大臣は、制度の予定を語った。
変わったのは、市場ではない。
彼女が座る椅子だった。
制度の外から市場を見れば、価格転嫁できない事業者が見える。
制度の頂点から税制を見れば、「円滑かつ適正に転嫁されることを予定している」という説明になる。
事実が変わったのではない。
観測する位置によって、使用する言葉が変わった。
制度という怪異の頂点に座った者は、その構造を守るための部品として再定義される。
14年前の彼女の言葉が正しければ正しいほど、現在の答弁は、この国の政治が市場の現実よりも制度の維持を選んだことの証明になる。
これは、片山さつき一人の変節を責める物語ではない。
誰がその椅子へ座っても、同じ言葉を語らざるを得ないのだとしたら、問題は個人ではなく構造にある。
だから、問いに向き合わなければならないのは、彼女だけではない。
その変節を制度の「仕様」として受け入れ、今日もレジの音を聞き流している、私たち自身である。
失われた30年をもたらしたのは、果たして誰なのだろうか。
《人気マガジン》
【土を育てる。】
※この連載は、家庭菜園から国土再生までを、【土を育てる】という一つの視点でつなげて考える物語です。雑草、落ち葉、水、有機物、放棄地、林業、地方――。身近な庭の話を入口に、土が人と地域を支える仕組みを、実際に使える形で書いています。
【みおとあおい】消費税怪異譚
※消費税とは何か。 レシート、預り金、価格転嫁、輸出還付金、インボイス――。 国会答弁や制度構造をもとに、みおとあおいが消費税の怪異を観測し、その真名を解き明かしていくシリーズです。
【日本が貧しくなった本当の理由】
※日本が貧しくなったのは、努力不足ではない。家計の手取りと消費を削り、企業の売上・投資を細らせてきた制度の積み重ねがある。消費税、社会保険料、緊縮財政、PB黒字化、インボイス。それらを一つの経済構造として読み解くマガジンです。
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