定線観測3 茅の輪と街道
街道歩きは退屈との戦い。
ゆっくり進む故、退屈な風景の中にも一定間隔で同じものが目に焼き付き、いつの間にか観察力が身に付きます。
この一連の流れを”定線観測”と呼び、シリーズで紹介していきます。
6月と12月に神社で行われる参拝の儀礼"茅の輪くぐり"。
2022年夏に成田街道の道中、東京の江戸川区内で茅の輪くぐりを知り、足掛け2年でようやく体験出来るまでの長い道のりを紹介します。
茅の輪くぐりとは

三重県鈴鹿市
茅の輪と書いて”ちのわ”と読みます。
神社の境内に置かれた、茅やススキで作られた茅の輪をくぐる参拝儀礼が茅の輪くぐり、無病息災のご利益があるといわれています。
紀元前に1年間が6か月間だった頃の年末の慣習で、1年間(当時の6か月)の不浄なものを祓い(はらい)、清らかな身体で新年を迎えるために行われていました。

三重県鈴鹿市
今日まで代々引継がれており、大祓(おおはらえ)という名の行事がそれにあたります。
6月末は夏越の大祓、12月末は年越しの大祓と呼びます。
上の画像は、伊勢参宮道を歩いた時に目にした、三重県鈴鹿市内の八幡神社祇園祭の告知物。
”夏越大祓式”
”茅の輪くぐりを行ってください”
と書いてあります。
北は岩手県平泉町から、岡山県総社市まで、茅の輪くぐりと街道の、8つの物語を紹介します。
1.成田街道の茅の輪くぐり
北野神社
東京都江戸川区
2022.06.25

東京都葛飾区
成田街道は、東京都葛飾区水戸街道の新宿(にいじゅく)から、千葉県成田市の成田山新勝寺を結ぶ参詣の道。
元々は途中にある、千葉県佐倉市の佐倉城までを結ぶ佐倉道として栄えていましたが、ある出来事をきっかけに、佐倉の先の成田まで行く道が賑わうようになります。
その立役者は、歌舞伎役者の初代市川團十郎でした。

千葉県成田市
ある出来事とは江戸時代に遡ります。
跡継ぎに恵まれなかった初代團十郎が、成田山薬師堂で子授けを祈願し、待望の長男を授かりました。
御礼に親子で共演した、成田山を舞台にした演目が大当たりしたことをきっかけに、庶民の成田山参詣が大流行。現代でも初詣ランキングは明治神宮に次いで第2位です。
市川家が成田屋の屋号を使うきっかけも、そこから来ています。

話を成田街道に戻します。
街道は葛飾区から江戸川区に入り、江戸川を渡る手前の関所跡近くにある北野神社に、茅の輪くぐりがありました。

参道の奥に茅の輪くぐりが見えます。

只今の時刻は07:33。
残念なことに祭事が9時から17時まです。

近づくとくぐれない様に縄がかかってました。
説明書を読むと、芽の輪くぐりは単純にくぐるだけではなく、往時は家族の名前を書いた人形を持って輪をくぐり、江戸川に流していたそうです。
風情がありますね。
2.西国街道 山陽道の茅の輪くぐり(1)
西国街道 御嵜宮
岡山県総社市
2023.08.10

日本遺産に指定された桃太郎伝説の地を西に進むと岡山県総社市に入ります。
総社の近くには、奈良平安時代の地域の政治を司る場所の国府があるので、国分寺などの史跡に出会えるか楽しみに歩いていました。

突然古墳が現れました。
上に登ると周辺にも古墳が残っています。

今度は国分寺の五重塔が突然里山の中に現れ感動。
良いか悪いかわかりませんが、旅前にあまり予習せずに、その場での感動を求めて街道を歩く醍醐味です。

平山郁夫が取材するということは、美しさのお墨付きです。


上の画像が、歩いた日に何枚も撮影した五重塔の中のベストショットです。
備中国分寺跡は、暑くて寄り道する気力がありませんでしたので、別の機会に又行きます。

上の画像の夏祭りの告知に、八月十五日夕、旧暦6月晦日、茅の輪を三回くぐってお参りください、と書いてあります。
先ほど紹介した東京都江戸川区北野神社は、6月の最後の土曜日でしたので、地域によって茅の輪くぐりを行う暦の解釈が異なるようですね。
残念ながら本日は8/10、茅の輪くぐりには5日早かったです。
成田街道でくぐれなかった茅の輪くぐりは、この日もお預けとなりました。
3.美濃路の茅の輪くぐり
八幡社 名古屋市西区
神明社 愛知県清須市
2024.06.15

愛知県名古屋市の東海道宮宿と、岐阜県垂井町の中山道垂井宿を結ぶ美濃路。
2日間の計画を立てて歩きましたが、多くの史跡が道中にあり、歴史音痴の私でももう一度歩きたくなる道でした。
後に司馬遼太郎の国盗り物語を読み、お恥ずかしながら武田信玄・織田信長・明智光秀・豊臣秀吉・徳川家康の関係を理解しました。

桶狭間の戦いに向かう前、信長が戦勝祈願に立ち寄った縁の神社です。
今年の大河ドラマ"豊臣兄弟!"にも出てくるかもしれません。
美濃路は、家康が関ヶ原の戦いの後に清洲城に凱旋する際に通った道で、吉例街道とも呼ばれています。

茅の輪くぐりの告知が掲示されていますが、まだ半月以上も先でした。

こちらの神明社の輪くぐり御祈祷も、まだまだ先でした。

清洲城。
成人式の前撮りと思われる方々が来てました。華やかで城と似合いますね。
茅の輪くぐりは一体いつできるのでしょうか。
4.伊勢参宮道の茅の輪くぐり(前編)
2024.06.30
久留真神社
三重県鈴鹿市

伊勢参宮道。
五街道や様々な脇往還を歩き、温存していた道が伊勢参宮道。
この道は江戸時代に、日本一多くの旅人が歩いた道かもしれません。

茅の輪くぐりの告知が貼られています。
開催日は2週間後の7/14ですが、淡い期待を抱き神社に向かいます。

境内を覗きましたが、茅の輪はありませんでした。

久留真神社から歩く事30分、八幡神社の参道の奥に茅の輪が見えます。

茅の輪があります。
2年前の成田街道の北野神社で、2時間差でくぐれなかった茅の輪で残念な思いをしてから、六度目の正直で遂にくぐる事ができました。
5.伊勢参宮道の茅の輪くぐり(後編)
市杵島姫神社
三重県津市
2024.07.01

伊勢参宮道を歩くと、この道を歩いた人の多さを体感することができます。
その代表的な遺構の一つが道標。
上の画像の様に、街中に堂々と残っていたり、田んぼの中の道の迷いそうなポイントに立っていたり、伊勢神宮までの距離をカウントダウンのように示してくれたり、まだまだ多くの道標が現役で活躍しています。

市杵島姫神社、夏越の大祓告知が道中の掲示板に貼られていました。
今日は7/1で告知版には、6月29から7月2日まであります、と書いてあります。
今日も茅の輪をくぐれそうです。



茅の輪くぐりの作法がわかりやすく説明されています。
手書きの美しい文字で、
「水無月の夏越の祓する人は千歳の命のぶというなり」と言って
今入りの後は右足から茅の輪を出ます
と書かれていました。
深いですね。
高茶屋神社
三重県松阪市
2024.07.01

高茶屋神社。
参道の奥、二の鳥居の中心に何かが建てられています。

神様の通り道である参道の中心に、何かが建てられている事は、極めて珍しい事です。

近付いてみると、紙垂(しで)を首に羽織った恵比寿様。
日本の福の神、神様なので参道の中央にいても良いお立場ですね。

なるほどと唸りながら、参道の階段を登ります。

階段を登りきると社務所の中から、
「お疲れ様でした!」
と元気な声が飛んできます。
そしてそこには茅の輪が。
市杵島姫神社で覚えた参拝方法を思い出しながら、自信なさげに左から一周右から一周と茅の輪くぐりをしていると、再び社務所の中から、
「左にもう一回転!」
と再び元気な声が飛んできました。
いい神社ですね。
6.西国街道山陽道の茅の輪くぐり(2)
吉備津神社
岡山県岡山市北区
2025.07.28

街道を歩いていると、時間がなくて立ち寄れない場所があります。
その地を歩く事に拘らず乗り物に乗って再訪する事を、"街道歩き温故知新"と定義付けて楽しんでいます。
気分的には大名行列の馬か駕籠に乗っている感覚。

2023年夏に西国街道 山陽道を歩いた際に、岡山市の吉備津神社の近くを夕方遅くに通りました。既に閉門しており翌朝も5時頃に出立する為、いつか来ようと心に決め、その日が2年後の夏にやってきました。

桃太郎伝説の舞台の神社。
桃太郎は中華系の人に人気らしく、上の画像の前を歩いていた中華系の家族は、桃太郎の歌を日本語で歌っていました。

白い提灯が素敵でした。

菊紋入りの赤い提灯。
初めて見ましたが、インパクトあります。

拝殿と本殿は全国で唯一の、比翼入母屋造(ひよくいりもやづくり)という特殊な様式で建てられており、"吉備津造り"と呼ばれています。


見事な回廊が残されています。

回廊の総延長は398m、本殿・旧御供殿・御釜殿等の神殿を繋いでいます。

そして拝殿前には、見事な夏越の大祓の茅の輪が建てられていました。
7.奥州街道の茅の輪くぐり
白山神社
岩手県平泉町
2025.08.23

奥州街道のお楽しみが世界遺産の中尊寺。
ゆっくり巡れる様にこの日は歩く距離を短めに設定しました。
国内には26の世界遺産があり、街道歩きで今まで訪れた場所は7カ所あります。
姫路城
原爆ドーム
厳島神社
日光の社寺
琉球王国のグスク
富士山
佐渡島の金山
さぁ、8カ所目の世界遺産を満喫します。

杉並木の荘厳さに、日光の杉並木を思い出しました。

金色堂覆堂。
今の金色堂は覆堂という建物に覆われていて内部が撮影禁止ですが、先代の覆堂は移築されており見学が可能でした。
金色堂はありませんが、内部が撮影出来ます。

白山神社。
中尊寺の山内に白山神社があります。
寺の敷地に神社があるのは何故か、疑問に思いますが、それは神仏習合(しんぶつしゅうごう)の歴史を知ると理解ができます。
元々日本には神様を敬う神道が普及していましたが、後に仏教が日本に入って宗教戦争が勃発。
仏教を推す蘇我氏と神道を推す物部氏が争い、蘇我氏が勝利したものの、その後神社と寺は共存の道を選び、これを神仏習合と呼びます。
同じ敷地内で仲良くしたという事で、相手を滅ぼす様な宗教戦争と違い、素晴らしい日本の文化だと思います。

その神様には、特定の地域や場所を守る鎮守神(ちんじゅかみ)と、地域を守る神の氏神(うじがみ)にわかれ、白山神社は中尊寺を守る鎮守神になります。

なんとその白山神社の拝殿の柱に、茅の輪が固定されていました。
全国でも珍しい、通年で茅の輪くぐりが出来る神社のようです。
ここでは狭いので、左右左と三周している人はいませんでした。
8.結城街道の茅の輪くぐり
大洗磯前神社
茨城県大洗町
2025.12.28

2025年の歩き納めは、栃木県小山市の日光道中小山宿と、茨城県水戸市の水戸街道水戸宿を結ぶ結城街道。
参勤交代など武家の移動が頻繁ではなく、遺構はあまり残っていませんが、見所がたくさんありました。
紬で栄えた結城、商業で栄えた下館、石材で栄えた真壁、陶芸で栄えた笠間、親鸞聖人が20年の時を過ごした稲田郷、そして美しい稜線の筑波山。
その最終日が、今年の歩き納めの日と重なり、思い出深い一日になりました。

この日は冷えました。
歩き始めた頃は氷点下2℃で、日中も8℃くらいまでしか気温は上がらず。

水戸市内中心部に近づくと、鶴の群れが飛んでいます。
飛来する池が道中にあればいいなと、淡い期待を抱いていたら、街道の神様からのご褒美が待っていました。

綺麗に整備された大塚池に、30~50羽くらいの鶴が飛来しており、羽を休めています。

暫く眺めていると、バタバタと飛び立っていきます。

餌を探しに飛んでいくのでしょうね。

水戸といえば水戸黄門。
街道沿いには生誕の地もありました。

江戸街道起点。
ここが水戸街道の終点であり、結城街道の終点でもあります。
2022年6月、水戸街道を日光道中千住宿から、歩き終えてこの地に到着。
2024年2月、陸前浜街道を奥州街道岩沼宿まで、この地から歩き始めました。

歩き終えたので、この後は公共交通機関を使い普通に観光します。
向かった先は、太平洋に向かって建立された大洗磯崎神社。
歩き終えた地点の近くの本町商店街に、大洗行きのバス停留所がありました。

大洗磯崎神社の参拝の作法、まずは磯に建つ神磯の鳥居に参拝をします。

暫く海を眺めていました。

大鳥居をくぐり、長い階段を一気に登ります。

階段を登り切りふり返ると、神様が毎日眺めている風景が楽しめます。

そして参道を進むと、そこには茅の輪くぐりがありました。
2025年の街道歩き最後の日に、年越しの大祓、素晴らしい年の締めくくりでした。
来年も健康で楽しく歩けます様に。
