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中国人に伝わる「偽中国語」についての考察

 「対多」というアプリをご存じだろうか。「偽中国語」と呼ばれる、ひらがな・カタカナを用いない漢字のみによるコミュニケーションを行う掲示板アプリで、2024年12月ごろ公開された。リリース直後はサーバーがダウンするほどの人気となったが、現在はすっかり過疎っている。


 筆者はこれについてのニュースを聞いた当初は大いに喜んだ。「対多」内には「本物中国人(実際の中国人)」もいると聞いたので、日本人と中国人の間で、英語を用いる必要もなく、互いの言語を学ぶコストもなしにコミュニケーションできる場が成立したのだ、と歓喜したのをよく覚えている。


 もっとも、使ってみてから分かったが、「対多」は日中間の交流の場という性格が薄く、多くの場合は専ら日本人同士でコミュニケーションを行っている。日本語を学習している中国人でなければ、ほぼ理解できない投稿が大半である。また、残念ながら政治的な話題を持ち出したり、攻撃的・差別的な内容を投稿する者もいる(長いこと見ていないので、最近どうであるかは知らない)。


 とはいえ、筆者は「偽中国語」は日中間の共通言語になり得る潜在的な可能性を持っている点で注目に値すると思っている。筆者は以前よく「対多」で中国人に「繁体字を使って文言文(漢文のこと)を書けば日本人には分かるよ」と呼びかけていたことがある。実際にはそれだけで日本人に分かるということはないのだが、簡体字で書かれた現代中国語よりは、中国語を学習していない日本人にも比較的意味が伝わりやすいと思ってそうしていた。筆者の影響かどうかは分からないが、「対多」では文末に「也」をつける投稿が流行したのを記憶している。ただ、漢文(文言文)であれ、どんな文でも文末に「也」をつけるわけではなく、何にでもつけるのは過剰一般化である。漢文で「也」をつけるのは主にA=Bの主語述語文の場合だ。


例文
孫悟空はスーパーサイヤ人である。


現代中国語:孙悟空是超级赛亚人。
(「A是B」でA=Bの意味になる)


古典中国語:孫悟空超級賽亞人也。
(「AB也」でA=Bの意味になる)


 先述のとおり、筆者は以前「対多」でしばしば中国人に対し「①繁体字を使うこと②文言文(漢文)を書くこと」の2点を伝えていたが、中国人にだけそのようなことを言うのはフェアではないので、本記事では日本人サイドからはどのようなことを心がければ中国人に伝わる「偽中国語」が書けるかを考察してみたい。


1,当て字や訓読みで読まれる語彙を使用しない


 特に中国語を学習したことがない方でも、当て字で書かれた言葉が中国人に伝わることがないのは想像できると思う。もちろん、中国の当て字も日本人には理解できない。例えば、


特朗普

川普


 これらはトランプ(米大統領)のことである。特朗普(Tè lǎng pǔ)は主に大陸で、川普(Chuān pǔ)は台湾で使われる。意味が反映されているわけではなく(そもそも固有名詞であるし)、単に中国語の似た音でTrumpを表現しているだけなので、日本人には分からない。同じように日本の当て字も中国人には分からない。


 そもそもどんな漢字語彙であれば中国にも日本にもあるのか、というのは中国語を学習しないと分からないし、何なら中国語を勉強していても分からない時はある。筆者はある程度中国語を学習してはいるが、時々「この言葉中国語でも使うっけ…?」となることはある。また、意味が日本語と概ね同じであっても、日本語とは使用頻度や使用場面において異なっていたりすることがある。例えば、筆者の中国語が初級レベルの頃よく、次のようなシチュエーションがあった。


筆者:「我理解了」(私理解した)

中国語母語話者:「"理解了"吗w」(「理解」したのかw)


 「理解」を使うと若干笑われてしまうことがあったのだが、筆者も最初はどうしてか分からなかった。「理解」は中国語にも日本語にもあって、意味も基本的には同じであるため筆者は初心者のころ多用してしまっていたのだが、「理解」は日常的な場面での使用頻度は高くなく、「分かった」に相当する語としては「明白」と「懂」の方が多用される(「明白」は中国語では動詞としても使われる)。


 もっとも、「偽中国語」を日中間でとりあえずのコミュニケーションを成立させるための便宜的な道具として考えるなら、大意が伝わればいいので上述のような使用場面・頻度の問題は些末である。問題はそもそも相手の言語に存在しない語彙で、これは線引きが難しいのだが、とりあえずの基準として訓読みで読まれる語彙は避けるということを設定できると思う。いわゆる重箱読みと湯桶読み(訓読みと音読みが混在した語彙)も同じである。具体的には、「台所(「どころ」が訓読み)」、「敷金(「しき」が訓読み)」など。


 ただ、この基準にも限界はあって、例えば「火事」は音読みで読まれる語彙だが、中国語にはない。中国人に伝わるようにするには「火災」か「失火」と書く必要がある。「火事」はもともと「ヒノコト」という和語(純日本語)だったからである。また、逆に「手続」、「取消」など訓読みで読まれる語彙でありながら中国語に存在する語彙もある。こういった日本語発で中国語・韓国語・ベトナム語に流入した語彙については以下の記事で書いた。



 音読みだからといって必ずしも中国語に存在する(日常的に使われる)語彙とは限らないし、訓読みだからといって必ずしも中国語にないとは限らない。とはいえ、どのような語彙を使用するかについては、とりあえず「当て字を避ける」、「訓読み語を避ける」の2点を守れば、(それらを使用するよりは)中国人に伝わりやすい文になるものと思われる。


2,「和習」を避ける


 「和習」についても以下の記事で以前触れたことがある。



 「和習」とはかつて日本人が漢文を書く際に避けられていた、日本語の語順で漢文を書いてしまう誤りである(厳密にはもっと広い概念で、語順の問題に限らないが、ここでは語順にフォーカスする)。日本語はSOV語順なのに対し、中国語はSVO語順(いわゆる「把構文」など例外はある)なので、動詞を主語の後に置いた方が中国語母語話者には分かりやすい文になる。なお、これは文法レベルだけでなく語彙レベルでもそうで、動詞+目的語の組み合わせの漢字二字漢語の意味を日本語で言ってみれば日中間の語順の違いが分かりやすいと思う。


左側は伝統的な語順で並べられた漢字二字熟語。右側はその意味を日本語で書いたもの。『鬼滅の刃』の「鬼滅」のように、目的語を先に置くような造語は「和習」である


 「対多」では日本語の語順で動詞を文末に置くような文が散見されていたのを記憶しているが、もし中国語母語話者とのコミュニケーションを目的として書くなら、動詞を主語の後に置くのが無難である。ただ、先ほども触れたように「把」という語を用いれば目的語を先に置くことも可能なのだが、そこまでするともはや普通の中国語になってしまう。


おわりに


 筆者は以前、漢文と現代中国語と日本語とベトナム語を組み合わせた人工言語「共通東洋語」を創ったことがあり、そもそもこのブログを始めたのもこれを普及するのが目的であった。



 残念ながら誰も見向きもしなかったし、筆者自身も「できる限り学習コストを下げる」というコンセプトをより徹底する方がいいと考えを改めたので、現在は「共通東洋語」をどうこうすることは考えてはいない。東洋各民族間のコミュニケーションを可能にするためにほかの手段は何かないかと日々模索している。


 「英語でいいじゃん」と思われる方もいるかもしれないが、英語は韓国人とベトナム人の10%程度しか話せず、中国と日本の英語話者の割合は10%以下である。漢文を復活させるというアイデアも考えたが、漢文は本質的には中国語なので、やや中国人に有利になりすぎるきらいがある。


 現在の筆者は人工言語「トキポナ」(わずか120語からなるシンプルな人工言語)を漢字を使って再構成できないか、という考えに傾いている。これに関しては、もし創ったら記事にしてアップするつもりではいる。ただ、筆者の個人的な意見だが、「トキポナ」はやや過大評価されている面もあり、漢字を使って「トキポナ」を書き直してもそれほど役には立たないのではないかと予想している。やるとしたらある程度の改良を加えなければいけない。もしくは、「偽中国語」を日中両国民に同じ程度にアクセスしやすいものにブラッシュアップした方が早いかもしれない。今後もこの問題については考えてみたいと思う。

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