応元維新――兆しは、すでに現れている④ 第四章 混沌の中の選挙
列島は、速報に追われるうち、次第に現実感を失っていった。
朝のニュースは昼には古くなり、夜の会見は翌朝には上書きされた。
厳重警戒。徹底捜査。断固たる措置。深い憂慮。
官房長官も警察庁長官も、似たような言葉しか持っていなかった。一つを締めれば、別の場所で別の個人が立つ。命令系統のない決起は、潰すべき中心を持たなかった。
まともな選挙ができるのか、と訝しむ声も大きかった。
この選挙はもはや、景気や福祉や外交を争う通常のものではないと国民は感じ取っていた。どの党が政権を取るかより、どの日本を残し、どの日本を終わらせるかが問われていた。
その重大さを、政府が本当に理解しているのかさえ、国民には怪しく見えた。
酷い現場映像は、まだ国民の記憶に新しかった。何度も流された悲鳴、倒れた身体、逃げ惑う群衆、取り押さえられる若者。事件のたびに撮影された数秒の映像が、国家の時間を切り刻んでいた。
候補者の遊説は縮小された。演説場所は直前まで伏せられ、警備費は膨れ上がり、街頭に立つ政治家の背後には以前の倍の人員が配置された。駅前で拡声器が止まり、予定されていた討論会が急に中止になった。制服警官の姿だけが増え、聴衆は拍手をしながらも周囲の手元を見ていた。
政治が市民の手から遠ざかってかなりの時間が過ぎた。そして政治への不信はいよいよ取り返しのつかないところまで来ていた。
民主主義は続いていると政府は言った。
だが、空気の方はすでに別のものになりつつあった。
決起への嫌悪は広く、深かった。
朝の番組で主婦が眉をひそめ、会社員が昼休みに首を振り、子を持つ親は「こんな時代にしてはいけない」と言った。財界人は秩序の崩壊を最大の損失と呼び、資産家は投資環境の劣化を憂い、経営者は「国家の信用が傷ついた」と同じ文句を繰り返した。
彼らの言葉には一理があったし、その一理は多くの人間にも理解できた。だが、理解と信頼は別だった。国民の多くは、そうした人々が長らくこの国の利益配分の上流にいて、腐敗の中心であったことを知っていた。だから彼らの秩序論は、空虚に見えた。
コメンテーターの自宅に脅迫文が送られ、報道関係者の個人情報が広く拡散し、テレビ局の周囲では小競り合いが起きた。
志士たちにとって、政治家だけでなく、長く現体制の空気を守ってきた言論人とその媒体としてのマスメディアもまた、標的と捉えていたのである。
もちろん、それは言論の自由への脅威として広く非難された。非難されるべきでもあった。
だが、そこでマスメディアが打った手は、ほとんどすべてが下策だった。彼らは自分たちへの攻撃を、ただちに「民主主義そのものへの攻撃」へ一般化した。番組では局員の疲弊が涙まじりに語られ、キャスターは「私たちは屈しません」と正面を見据えた。だが、それは視聴者にとっては被害者意識の誇示にしか見えないことが多かった。自分たちはずっと高い場所から世論を裁く側にいた。その自覚を持たぬまま「今度は私たちが狙われている」と訴えても、共感は広がらなかった。
若い離党者たちが、泡沫政党の残骸を母体に集まった。それが民主皇統主義党の始まりだった。
彼らはしかも、単なる寄せ集めではなかった。
暴力を明確に否定しつつ、暴力の原因としての体制腐敗を正面から認めたのである。
現政権では駄目だ。だが、ただの政権交代でも足りない。必要なのは制度の根本を書き換えることであり、そのためにこそ選挙を使う。そう言い切った。
この言い方が、時代に合った。
決起には共感しないとする者。決起を積極的に肯定する者。ともに、現体制に戻りたいとは思わないという点で一致していた。
そしてその層は、想像以上に大きかった。
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桐嶋壮一は選挙戦の終盤、あるウェブ媒体の取材にこう答えた。
「私は八策の全部を支持しない。天皇府の権限集中は、今も危うさを感じている。だが、今の制度がこのままでよいとも、もう言えない。変えるなら、変え方の議論が要る。それだけは確かだ」
記事の見出しは「桐嶋、部分的支持を示唆」とされ、広がった。彼の意図とは少し違ったが、時代はその程度の単純化しか受け取れなくなっているようだった。
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投票箱は、かつてなく厳かで、かつてなく重く見えた。
そして、誰もが知っていた。この一票の先にあるのは、単なる政権交代ではない。国家の形そのもののリセットなのだと。


