定線観測2 馬と街道
街道歩きは退屈との戦い。
ゆっくり進む故、退屈な風景の中にも一定間隔で同じものが目に焼き付き、いつの間にか観察力が身に付きます。
この一連の流れを”定線観測”と呼び、シリーズで紹介していきます。
2026年は午年、街道歩きの速さは馬の如くとは行きませんが、馬の如くまっすぐ前を向いて、今年も歩みを進めて行きます。
今回の投稿は、今まで街道を歩いた中で目にしてきた、馬と街道についてのエピソードを紹介します。
1.馬頭観世音
街道沿いには多くの石碑が建っています。多く目にするのが庚申塔・二十三夜塔・馬頭観世音(ばとうかんぜおん)など。

栃木県大田原市
馬頭観世音とは、仏教の六道の一つ畜生道(動物の世界)を救う菩薩です。
参考までに、畜生道以外の五道は、天道・人道・阿修羅道・餓鬼道・地獄道。
人が死後、六道の世界を廻り再び生を受けて再び六道の世界へ、繰り返し廻り廻る事を"輪廻転生"と言います。
街道沿いで目にする馬頭観世音の建立目的は、荷物を運ぶ途中で亡くなった馬の供養や、旅人の安全や無病息災を願う意味合いが強いと思われます。
街道で目にした様々な馬頭観世音を、7つに分類して紹介します。
隙間型
交差点などの、歩道と車道の隙間に建てられています。
都市部や市街地など、比較的土地が狭い場所で良く目にします。

埼玉県本庄市

栃木県壬生町
専用敷地型
馬頭観世音などの石碑専用の敷地に建てられています。
稀に人の背丈位もある大きな碑を目にします。

長野県軽井沢町

栃木県宇都宮市
斜面型
坂道沿いの坂道の法面に建てられている。
坂道の途中で命が途絶えた、馬の供養が目的と思われる。

岐阜県端浪市

茨城県北茨城市
併設型
道標・庚申塔・祠・地蔵堂などの、人が集まる場所の隣や、社寺仏閣の境内に建てられている。
宅地開発などで、他の場所から移転されまとめられている場合が多い。

新潟県妙高市
祠型
屋根付きの祠の中に建てられている。
極めて希少な例で、地域の方々の愛を感じる事ができる。

埼玉県東松山市
馬面型
石碑に馬面が彫られている。
この形状は極めて珍しく、殆ど目にする事がない。

栃木県那須町

愛知県豊橋市
空き地型
空き地の隅に建てられている。
土地に余裕がある地域で目にする事が出来る。

長野県塩尻市
場所により呼び方が、馬頭観音、馬頭観世音、馬頭尊、馬頭様など異なりますが意味合いは同じです。
馬は街道と最も縁が深い動物、今年もたくさん拝ませていただきます。
2.馬肉
馬肉の生産量が多い都道府県は、1位熊本県・2位福島県・3位青森県と続きます。
その熊本県と青森県で、馬刺しを食べた時の想いで深い話を2つ紹介します。
薩摩街道 日奈久温泉
熊本県八代市
2025.03.07
薩摩街道を鹿児島まで南下した際、熊本平野から山間部に入り、山と海岸線を繰り返す道中の、熊本県八代市の日奈久温泉で馬刺し料理をいただきました。

日奈久温泉は、600年以上の歴史ある温泉街。共同浴場が3カ所と温泉旅館が数件あります。

中でも有名な宿が、明治43年に建てられた木造3階建ての金波楼、国の登録有形文化財に指定されています。

日奈久温泉には、俳人種田山頭火が滞在していました。
日奈久温泉駅には彼が詠んだ多くの句が紹介されています。


ばんぺいゆとは、世界最大の柑橘類で国内では主に熊本県八代市で生産されています。

街道沿いのばんぺいゆの直売所、今にも道に転がってきそうでした。

日奈久はちくわが有名、温泉街や街道沿いにて販売しています。

街道沿いにちくわ工場と直売所があり、1本いただきました。

熊本県は伝統的に石工の技術が進んでおり、今でも街道沿いには多くの石橋が現役で活躍しています。

この日は日奈久温泉に宿泊し、夕食は居酒屋"ゆだまり"でいただきました。

馬刺しや竹輪の磯部揚げなどを満喫。
熊本県に入って4日目、なかなか馬刺しを提供している店にありつけず、ついに念願が叶いました。

店内には沢山の切絵が貼ってあります。
撮影し忘れましたが、等身大の大谷翔平の切絵があり、オーナーとお話をしていると、ご主人が独学で作成したとのこと。
彼の経歴がユニークで、サラリーマン→住職→居酒屋店主、かなり前向きな人生を歩んでる方でした。

話の流れで、私の切絵を作ってくださることになり、1か月後くらいしたら自宅に届きました。
額縁に入っており、そのまま玄関に魔除けとして飾ってあります。
ありがとうございました。

娘がLINEスタンプのクリエーターなので、御礼にご夫婦と店の外観を描いてもらい、店に送りました。
不思議なご縁ができました。
薩摩街道日奈久宿を歩いた時の記録はこちら↓
奥州街道 五戸宿
青森県五戸町
2025.09.11
奥州街道を北上中、五戸町の寿司屋で思いがけない形で馬刺しをいただきました。

五戸町で夜営業をしていた飲食店は、精肉店併設の焼き肉屋・唐揚げが自慢の居酒屋・寿司屋の3店舗。
街を散策し、1人でゆっくり飲めそうな寿司屋を選択。




強面の常連さんとお会話をしていたら、馬刺しを食べたいか?と訊かれ、美味しい馬刺しが食べたいです、と返事をしたところ、15分くらいしたら奥様と思われる方が、馬刺しを届けてくださりました。

いままで食べた中で一番美味しい馬刺。
どうやら差し入れしてくださった常連さんが、精肉店のオーナーの様でした。

そんな感じで盛り上がっている間に、五戸町長も登場。
青森の酒はおいしく、ついつい飲み過ぎてしまいます。
忘れられない夜になりました。
3.馬の神事
馬にまつわる神事がある地域を2つ紹介します。
陸前浜街道 原町宿
福島県南相馬市
2024.03.12
陸前浜街道の原町宿は馬の街。
相馬野馬追という千年の歴史があると言われる祭りがあり、街の随所で馬との関わりを目にする事ができます。

相馬太田神社。
相馬野馬追の時に、出陣式が行われる神社。
南相馬市内にあり、相馬中村神社(相馬市)と、相馬小高神社(南相馬市)とあわせて相馬三社と呼ばれています。


こんな感じで、様々な場所で馬に出会えます。


南相馬博物館は、野馬追についての展示が中心。
見ているだけで気分が盛り上がります。

雲雀ヶ原祭場地。
相馬野馬追祭りのクライマックス、甲冑競馬と神旗争奪戦の会場。
甲冑競馬は、甲冑を纏った騎手が乗った馬による競馬。
神旗争奪戦は、祭場上空から落ちてくるご神旗を奪い合う戦い。
動画でした見た事がありませんが、物凄い迫力でした。

羊腸(ようちょう)の坂。
神旗争奪戦で、ご神旗を争奪した馬のみが昇ることを許された坂。

ここまで駆け昇って来て、ご神旗を差し出します。

皇族が観覧する、由緒ある祭事です。

陸前浜街道原町宿の中心地は野馬追通りと呼ばれ、相馬野馬追祭りの2日目には会場の雲雀ヶ原祭場地に向け、お行列と呼ばれる騎馬のパレードが執り行われます。
原町宿を歩いた時の記録はこちら↓
松前道 荒馬まつり
青森県今別町
2025.09.17
奥州街道 松前道を歩いた最終日、今別町で荒馬(あらま)まつりのポスターを何度か目にしました。


扇ねぶたの山車とねぶた衣装のハネトが荒馬を囲み、太鼓や笛の囃子に合わせて、ラッセラーの掛け声とともに町を練り歩く、珍しい形態のねぶた祭り。

上の今別マップにある様に、今別荒馬・大川平荒馬・二股荒馬、3つの荒馬があります。
今別荒馬は参勤交代で松前藩が松前街道を通った際の騎馬を表し、大川平荒馬と二股荒馬は農耕馬を表しています。


北海道新幹線の奥津軽いまべつ駅には、荒馬まつりのポスターが何枚も貼られていました。
荒馬まつりが行われている、青森県今別町を歩いた日の記録はこちら↓
4.競馬
街道を歩くと時々目にする、競馬場や競馬関連施設を、ダイジェストで紹介します。
競馬場
北から順に、6ヵ所の競馬場を紹介します。
競馬場には中央競馬と地方競馬がありますが、街道沿いで見た競馬場は全て中央競馬でした。
奥州街道 福島競馬場
福島県福島市
2025.07.15

木下街道 中山競馬場
千葉県船橋市
2025.01.14

甲州道中 東京競馬場
東京都府中市
2021.09.11

東海道 中京競馬場
愛知県豊明市
2022.12.29

京街道 京都競馬場
京都府京都市伏見区
2022.11.11

中山道 栗東の飛び出し坊や
滋賀県栗東市
2021.08.22

競馬関連施設
競馬場以外にも、訓練施設・牧場・練習場などの前を通過する事もあります。
木下街道 日本中央競馬会競馬学校
千葉県白井市
2025.01.14

陸前浜街道 山元トレーニングセンター
宮城県山元町
2024.03.14

奥州街道 七戸競走馬の里
青森県七戸町
2025.09.13


5.馬が付く地名
中山道 洗馬宿
長野県塩尻市
2024.07.22

中山道と善光寺西参道の追分がある洗馬宿。信濃國から木曽路に入る手前の、静かな宿場町です。

洗馬の名の由来は諸説ありますが、木曽義仲が疲れ果てた愛馬の足を、この地にある"あふたの清水"で洗ったところ、元気を取り戻したからとも言われています。

真夏日に歩いた時はで、この清水を頭から被りました。
中山道 馬籠宿
岐阜県中津川市
2021.07.11

中山道を象徴する宿場町の妻籠。
西に向かって歩くと、馬籠峠から降った坂道の途中にあります。

馬籠宿の名の由来は、馬を囲い込むような狭い谷間にあるというなど、諸説あります。
街道沿いの狭い谷間に、建物が肩を寄せ合って立ち並んでいます。

宿場町を過ぎるとそこは美濃國。
木曽路には無かった水田が広がり始め、標高を下げながら中津川盆地に入って行きます。
三国街道 馬越
新潟県長岡市
2022.09.23

三国街道を北上し、長岡宿から日本海に向かった途中、与板宿のはずれの集落に、馬越と書かれた立派な看板が立っています。

馬越宿の名の由来は、船荷などを馬の背に乗せて、山越をすることができた地形に由来していると、伝えられています。

田園風景の中に咲く彼岸花が、秋の訪れを感じさせてくれました。
松前道 三厩宿
青森県外ヶ浜町
2025.09.17

松前道の終点三厩(みんまや)宿。
馬小屋を表す厩の文字が入っていますので紹介します。
三厩の名の由来は、源義経の北行伝説に遡ります。
兄の源頼朝に追われた義経が、三厩の地まで辿り着きましたが強風に足止めされます。巨岩の上に上り守り本尊である観音像を安置させ、風がやむ事を念じ続けました。
その岩が上の画像の厩石です。

三日三晩経つと仙人が現れ、三頭の龍馬を与えられ無事に蝦夷まで辿り着いたと伝えられています。
その巨岩にある三つの岩窟が三頭の龍馬の厩だった事から、三厩と呼ばれるようになったそうです。
上の画像の岩窟がその厩です。
そもそも、義経の終焉の地は岩手県平泉説が有力なので、どこまで正確かは分かりません。

厩岩の横の高台にある寺が義経寺(ぎけいじ)。
境内からは津軽海峡の彼方に、北海道の松前半島が望めました。
松前道は対岸の松前港から函館の奉行所まで約130km、羆(ひぐま)の被害が治まったら歩くことにします。
6.馬の信仰と逸話
現代に形を変えて引き継がれた馬の信仰と、馬が関わった歴史的な出来事を紹介します。
馬の信仰
京街道 藤森神社
京都府京都市伏見区
2022.11.11

京街道を東に向かい、京都教育大学の前の坂を登り切った辺りにある藤森神社、看板に、"勝運" "馬の杜"と書かれています。

午の方角の洛南の守護社であることから、馬を守護する神としても信仰を集め、今では競馬好きの方や競馬関係者に人気のスポットになっています。

レース前は特に賑わいそうですね。
逸話の舞台
北陸道 木之本宿
滋賀県長浜市
2024.09.06

北陸道を越後國から近江國まで歩く道中、最大の難所が福井・滋賀県境の栃ノ木峠。
標高は500m程度ですが、夏の山道で商店や飲食店が無い区間が30㎞近く続く為、精神的に追い込まれます。
その峠を越えて到着する宿場が木ノ本宿。
宿場に入ると、”木ノ本宿牛馬市跡”の石碑が目を引きます。

牛馬市(ぎゅうばいち)とは、牛や馬の売買をする市。
木之本宿では室町時代から昭和初期まで、数百頭の牛馬が集まり年2回開かれていました。
牛は農耕用や荷車引に、馬は主に武士が買い求めていました。

馬宿 平四郎。
山内一豊が貧しかった頃に、妻が金を工面し名馬を購入した逸話の舞台。
その馬を見た織田信長が”鏡栗毛”と名を着け、一豊がその後初代土佐藩主まで出生しました。
神馬伝説
北陸道 十社大神
富山県射水市
2024.08.25 14:47 十社大神

北陸道、富山県の射水市内に神明造りの神社、十社大神があります。
神明造りとは、伊勢神宮を代表としてみられる様式。
上の画像、屋根の端から上斜めに伸びる千木(ちぎ)と、屋根の上に横たわる鰹木(かつおぎ)が、神明造りの特徴です。

室町時代に伊勢神宮の内宮外宮から分霊を迎えた古社で、遥拝所が境内にあります。

境内にある馬堂には、白と黒の木造神馬がいます。
伊勢神宮と所縁が深い馬で、晴れ乞いは白馬に、雨乞いは黒馬に祈るそうです。
今年の初詣は例年に増して賑わっていることでしょう。
7.馬像
街道にとって馬は、最も重要な輸送上の相方でした。神社や街道沿いには多くの馬像が建てられています。
その中で印象的だった、三つの馬像を紹介します。
現代アート
奥州街道 十和田市内
青森県十和田市
2025.09.12

十和田市は、江戸時代以降馬セリで賑わい、明治以降は陸軍の軍馬育成所が開設され、自動車が普及するまで馬産地として栄えていました。

陸軍軍馬育成所跡地を通る官庁街通りは駒街道と呼ばれており、所々に馬のオブジェが置かれています。

駒街道沿いにある十和田市現代美術館の入口では、韓国人アーティストのチェ・ジョンファの作品、フラワーホースがお出迎え。
市を代表する美術館の、一番目立つ場所に展示されていました。
午年の2016年は、市全体がきっと賑わっているでしょう。
馬ノ池の水
西国街道 調子八角
京都府長岡京市
2023.07.15

今まで歩いた街道で、一番暑かったのが2023年の夏に歩いた西国街道。
猛暑のピーク期に歩いた京阪神エリアが一番きつかったです。その京都府長岡京市内に、馬ノ池という池がありました。
名の由来はこの地で馬が身体を洗ったとのこと。
高速道路の下の日陰にあり涼しげだったので、池を眺めながら暑くなった身体を冷ましながら小休止しました。

池の畔には長岡京市の友好都市、中国寧波市から寄贈された馬の銅像がありまました。中国では”馬到成功”という、名馬が来ると事業が成功を収めるとされる諺があり、馬は縁起が良いとされている様です。

100%地下水の水道水の蛇口があり、スナックのママ風の人が業務用に使用するのか、大きなペットボトルを数本持参して汲みに来ていました。
往時はここ以外にも、街道沿いに馬が水を飲む場所が、たくさんあったのでしょうね。
木曽儀仲の大馬像
北陸道 倶利伽羅峠
富山県小矢部市
2024.08.26

北陸道を西に歩き、富山県と石川県の境にある倶利伽羅(くりから)峠。
印象的な地名なので知ってはいましたが、歴史的背景などは知らずに峠道に向かいました。
峠道の手前にある埴生(はにゅう)護国八幡宮の参道に、見たことがないくらいの大きさの馬像が聳え立っています。

頼朝の従兄弟、木曽義仲でした。
倶利伽羅峠で繰り広げられた源平合戦では、牛の角に松明を付ける奇襲"火牛攻め"を仕掛け、平家の陣に大きなダメージを与えました。

峠道の途中からは、金沢平野が少しだけ見えました。
午年の2026年、街道沿いで様々なケースで馬に会えることを楽しみにしています。
