定線観測31 北上川と街道
北上川。
名前は知っていましたが、どこを流れているのか意識した事がありませんでした。
岩手県内から南下して仙台付近から太平洋に注がれています。
奥州街道の道中で、北上川と出会ってから源流に辿り着くまで、6日間の記録を紹介します。
北上川

国土交通省 ポスター
上の画像のポスターは、岩手県岩手町にある北上川源流公園に貼ってあった国土交通省のポスターです。
岩手県北部の岩手町から、盛岡市・花巻市・北上市・奥州市・一関市までは奥州街道の近くを流れ、宮城県内を南下して仙台平野東部の石巻市内で、旧河川と新河川に分かれて太平洋に注がれています。

国土交通省ポスター
北上川の名の由来は、北上する川かと一瞬思ってしまいますが、川は南下しています。
国土交通省のホームページによると、日本書紀に北上川流域方面を"日高見国(ひたかみのくに)"と呼んでいる一節があり、その国を流れる川なので日高見川、それが転訛して北上川になったのではないかといわれています。
北上川の幹川流路延長は 249kmで国内5位、流域面積は 10,150㎢で国内4位、東北一の大河です。
参考までに全国の河川の延長と流域面積ベスト5を紹介します。
▽日本の幹川流路延長ベスト5
1位 信濃川
長野・新潟県
367 km
2位 利根川
群馬・栃木・茨城・埼玉・千葉
322 km
3位 石狩川
北海道
268 km
4位 天塩川
北海道
256 km
5位 北上川
岩手・宮城県
249 km
▽日本の川の流域面積ベスト5
1位 利根川
16,840㎢
2位 石狩川
14,330㎢
3位 信濃川
11,900㎢
4位 北上川
10,150㎢
5位 木曽川
9,100㎢
ランキングのベスト5に入っている北海道以外の河川は、全て街道歩きでお世話になっています。
参考までに、流域面積第5位、木曽川の記録をまとめてありますので、ご興味がある方はこちらをご覧ください↓
遊水地

北上川堤防
岩手県の平泉町に入り東北本線と合流すると、線路の向こう側に大きな堤防が現れます。
北上川が近づいている事には気づいていましたが、地図上では近くに川がないはずです。

出典:国土地理院 地理院タイル(標準地図)
堤防の写真を撮影したのが、上の地図の+の印がある場所で、北上川まで3km近く離れています。
調べてみると堤防の先の広大な土地は、"北上川一関遊水地"でした。
今度は遊水地の広さを調べてみると、日本国内で3番目の面積でした。
▽日本の遊水地面積ランキング
1位 釧路遊水地
釧路川 北海道 9,160ha
2位 渡良瀬遊水地
利根川 栃木・群馬・茨城・埼玉 3,300ha
3位 一関遊水地
北上川 岩手県 1,450ha
4位 田中調節池
利根川 千葉県 1,175ha
5位 千歳川遊水地群
千歳川 北海道 1,150ha
2023年8月23日に奥州街道を歩いた時の記録はこちら↓

西根地区
暫くは、遠目に北上川の堤防を眺めながら北上していきます。
堤防がじわじわと近づいてきて、遂に北上川を拝めるかと心躍らせた場所が岩手県金ケ崎町。
崎が付く地名と川に突き出た宿場町の地形から期待が膨らみましたが、残念ながら後一歩のところで出会う事ができませんでした。

金ケ崎宿

金ケ崎要害歴史館
その、あと一歩の場所にある、北上川から300m位の高台にある武家屋敷街の、金ケ崎要害歴史館に立ち寄ってみました。
要害とは、崖や川などの自然の険しさを活かした防衛拠点。金ケ崎宿は北上川の地形を活用した要害でした。
上の画像は、歴史館に掲示してあった奥州仙台領国絵図。北上川が上から下に地を切り裂く様に描かれています。地域での存在感の強さを地図から実感できました。
2023年8月24日に奥州街道を歩いた時の記録はこちら↓
初対面

石鳥谷地区
平泉町で遊水池の堤防を見てから2日後、花巻市の石鳥谷宿で初めて北上川を拝む事が出来ました。
堤防を登ってから川面を見た瞬間は、鮮明に覚えています。ゆっくりと力強く流れていました。

大正橋
上流に架かる大正橋と北上川の穏やかな流れをを眺めながら、これから上流まで何度も会う事になり、どの様に姿を変えていくのか想像していました。

大正橋

上好地地区の遺跡・文化財案内図
花巻市上好地区の遺跡文化財の案内図では、上の方に北上川が太く描かれています。
地図上の川辺には、"船場道"や"境渡"などの標記があります。先程眺めていた大正橋が架けられる前の、往時の渡船場の跡が地図から窺えました。
2023年8月25日に奥州街道を歩いた時の記録はこちら↓

岩手山
盛岡市内に入り暫く歩き、ちょうど雨が上がった頃、中心部に入る手前で再び北上川に出会いました。
川の向こうには、南部片富士と呼ばれる岩手山が聳え立っています。
これからは岩手山の姿が道標になりそうです。

明治橋

左 雫石川 右 北上川
奥州街道を歩いて初めて北上川を渡ります。
橋の名前は明治橋、完成する1874年までは、南部船橋と呼ばれる船橋が架けられていました。
橋の中央からは、北上川に合流する雫石川の水面からは、夏にもかかわらず川霧が上がっていました。
2023年8月26日に奥州街道を歩いた時の記録はこちら↓
四十四田ダム

街道説明看板
ここ数年は毎年猛暑と言われており、毎年夏の街道歩きは、暑さとの戦いでした。
奥州街道も苦戦が予想されましたが、拍子抜けするくらい涼しい日が続き、道中はかなり楽でした。
この日は早朝から本降りの雨が降ってきて、寒いくらいです。街道は緩やかな坂道を登り続けると、突然景色が一変します。

四十四田ダム湖下流
四十四田(しじゅうしだ)ダム。
北上川唯一の水力発電所のダムで、上流のダム湖からは南部片富士 岩手山が眺められる事から、南部片富士湖と呼ばれています。

四十四田ダム

ダム湖中流
ダム湖周辺のジャングルの様な風景は、まるで北海道に迷い込んだ感覚です。
本州の川沿いにこの様な壮大な場所は無いかもしれません。

獣道
途中橋の上から下を見下ろすと、増水すると川底に水没しそうな湿地帯があります。
覗き込んで見ていたところ、どう見ても人が行き着ける様な場所ではないのですが、まっすぐの獣道が見えました。

ダム湖上流
上の画像を撮影した時刻が09:44。
この日盛岡市内中心部のホテルを出発したのが05:00。
5時間弱でこんな景色に出会えるとは、想像もしていませんでした。

ダム湖上流
ダム湖もようやく川らしくなってきました。
道が高い場所を通っており見晴らしが良かったので、何度も何度も足を止めて、ゆったりとして雄大な北上川の姿を眺めていました。
この時の北上川の絶景は一生忘れないでしょう。

岩洞第二発電所 排水管

岩洞第二発電所
見事な蛇行です。
蛇行とは川が蛇の様にくねくね流れている様をいいます。
地図を見ていると、北上川は蛇行が多い気がします。
人の手が加えられていない川本来の姿なので、幸せな川なのかもしれません。

蛇行

岩手町子抱
ダイナミックな蛇行を撮影してから6時間後、北上川の流れは小川の様になってました。航空写真では川が判別できません。
川の姿は地形の変化やダムなどによって急変しますが、小川の様になった姿を見ると、そろそろ源流が近いのかと思い始めます。

国道4号道路標識
東京から567km、語呂が良い連番です。
距離計測の起点は日本橋、私は何日かけてここまで来たのか計算してみました。
歩き始めたのが2021年11月20日、その日からコツコツ歩くこと延べ23日、足掛け3年9ヶ月。
継続は力なり、珍しく自分で自分を褒めてあげたくなりました。
日本橋から歩き始めた日の記録はこちら↓

小川
北上川がどんどん細くなっていきます。
中山道を東から歩いた時は、木曽川の源流がある長野県木祖村から岐阜県各務原市まで、日に日に川幅が広くなる様を我が子の成長の如く楽しんでいました。
今回は、日に日に川幅が狭くなっていきます。
成長とは逆の現象で、うまく表現できない不思議な感覚です。

夜の北上川
沼宮内宿の宿で夕飯を済ませ、近くにあるバルまで向かう途中に撮影した夜の北上川。
写真を見て気づきましたが、山の奥に星が綺麗に輝いていました。

日本の川 きたかみがわ
バルから戻り、フロントにいた宿の女将に、北上川に寄り添うように歩いて来て、流れの美しさを熱く語っていたら、お部屋で読んでくださいと、絵本きたかみがわを渡されました。
2023年8月27日に奥州街道を歩いた時の記録はこちら↓
源流

沼宮内宿の北上川
最初に北上川の流れを目にしたのが3日前の8月25日、花巻市の石鳥谷宿でした。
今日は街道沿いに北上川の源泉地があります。
別れの日となりますので、目に焼き付けて噛み締める様に歩きます。

沼宮内宿

北上川名前の由来
今回の投稿の冒頭で紹介した北上川の名の由来の説明看板があります。
源流がある岩手町の北上川愛を感じました。

源流近くの北上川
童謡春の小川に出てきそうな流れになってきました。

蛇行する北上川
街道は蛇行している北上川と何度も交わり、その度に川幅が細くなっていきます。
その様子から、源泉が近づいていることが窺えます。

いわて銀河鉄道と北上川
いわて銀河鉄道線の線路が見えます。
東北新幹線が全通する前は、特急列車や夜行列車が行き交っていました。
そんな姿も北上川は見護っていたことでしょう。

北上川と街道
川の流れの画像はこれが最後。
地図を見ると、川の名前が朽木川になっていました。
街道は川と離れ、坂道を登り始めます。

北上山御堂観音堂

北上山御堂観音堂
遂に北上川源泉地に到達しました。
人気のない観音堂の山門には、凛とした空気が張り詰めています。

弓弭の泉
弓弭(ゆはず)の泉。
街道歩きで源泉の前を通る事は稀です。
北陸道を歩いた際に、福井・滋賀県境の栃ノ木峠に、琵琶湖を経由して大阪湾に流れる淀川の源流の石碑はありましたが、そこに泉はありませんでした。
ここには源泉が実際にあります。

弓弭の泉

弓弭の泉 説明看板
弓弭の泉の由来は、1057年に源頼義が北へ進軍中に、相次ぐ猛暑に兵馬ともに疲弊していました。
そんな時に頼義が大杉の根元を、弓弭と呼ばれる弓のつるをかける先端部分で突くと清水が湧き出し、兵馬共に元気になった場所が北上川の源泉になったと言い伝えられています。

北上川源泉

桃の差し入れ
観音堂前の広場で休んでいたら、住職さんから桃の差し入れをいただきました。この日は峠道で昼食を食べる店が全く無かったのでとても助かります。
道中熊に怯えながらも、美味しくいただきました。

北上川源流までの航空写真の記録をまとめました。
最後の方は細すぎて分かりません。
これにて北上川の定線観測は終了。
次は利根川を紹介します。
2023年8月28日に奥州街道を歩いた時の記録はこちら↓
定線観測シリーズは他にも、巨樹・熊・桜・酒・鉄道など、様々なテーマで記録をまとめていますので、詳しくは目次をご覧ください。
