見出し画像

民草が紡ぎし絵巻 第9巻 土器を焼く母


若い母が作った器は、これで三つ目だった。

一つ目は、乾かしている途中で割れた。

二つ目は、火へ入れた途端、底が崩れた。

三つ目は形を残していたが、縁に細いひびが走っていた。

母は、そのひびを指でなぞった。

「また作るの」

娘が尋ねた。

母は、壊れた器を土へ戻した。

「今度は、割れないものを作る」

「どうして分かるの」

「分からない」

娘は首をかしげた。

分からないのに、なぜ作るのか。

母自身にも、うまく説明できなかった。

ただ、幼い子どもたちが固い木の実を噛み切れず、口から出す姿を何度も見ていた。

魚や肉を焼けば、外側は焦げても、中には固いところが残る。

水の中で煮ることができれば、もっと柔らかくなるのではないか。

年老いた者も、小さな子どもも、同じものを食べられるのではないか。

そのためには、火の上で水を抱える器が必要だった。

母は川辺へ行き、湿った土を集めた。

砂の多い土は避けた。

小石や草の根を取り除き、水を加えて何度も練った。

掌で押す。

折り返す。

また押す。

土は少しずつ滑らかになった。

娘も隣で、小さな土の塊をこねていた。

「私も作る」

「何を」

「小さい器」

娘の手の中で、土はすぐに潰れた。

娘は黙って、もう一度丸めた。

母は笑わなかった。

自分も同じことを繰り返している。

底を作り、その上へ細長くした土を積み重ねた。

一段ずつ指でつなぎ、内側と外側を平らにする。

急げば形が崩れる。

強く押せば薄くなる。

母は、前に割れた場所を思い出しながら手を動かした。

そばで見ていた年老いた女が言った。

「底を厚くしすぎるな」

母は手を止めた。

「厚い方が丈夫ではないの」

「乾き方が違えば、そこから割れる」

「どうして知っているの」

年老いた女は、火のそばに積まれた土片を見た。

「割ったからだ」

それだけ言った。

母は、年老いた女の手を見た。

節くれ立った指には、土が入り込んでいた。

その手も、何度も失敗してきたのだろう。

母は器の底を少し削った。

形を整え、表面へ縄を押し当てた。

同じ縄でも、押す強さによって跡は変わる。

器の表面に、母の手の動きが残っていった。

数日間、器を風の通る場所で乾かした。

娘は毎朝、ひびがないか確かめた。

「今日は割れていない」

「まだ分からないよ」

「いつ分かるの」

「火から出したとき」

やがて、焼く日が来た。

地面へ薪を組み、器を置き、その周りへ細い枝を重ねた。

初めは弱い火だった。

少しずつ薪を増やすと、炎は器を包み始めた。

母は火の前から動かなかった。

娘も隣に座っていたが、夜が深くなると母の膝へ頭を載せた。

「割れないかな」

「分からない」

「割れたら」

母は炎を見た。

「また作る」

娘は目を閉じた。

火の中で枝がはぜた。

乾いた音がするたび、母は身を固くした。

器が割れた音かもしれない。

確かめようとしても、炎の中へ手を入れることはできない。

土を選ぶことも、形を作ることもできた。

だが、火へ渡した後は待つしかなかった。

夜明け前、炎は静かになった。

灰の中に、黒く焼けた器が見えた。

すぐには触れない。

急に冷やせば割れる。

母は、また待った。

空が白み始めたころ、年老いた女が灰をよけた。

器が姿を現した。

母は両手で持ち上げた。

縁をなぞる。

側面を見る。

底へ指を当てる。

ひびはなかった。

娘が目を覚ました。

「できたの」

母は器を抱いたまま、うなずいた。

娘は、昨日自分で作った小さな土の塊を見せた。

器とは呼べないほど歪んでいた。

「これも焼く」

母は娘の手から、それを受け取った。

「次の火でね」

その日、母は完成した器を皆の前へ運んだ。

誰も歓声を上げなかった。

誰も、その器が人々の暮らしを変えるとは知らなかった。

ただ母は、器の中へ水を注いだ。

水は漏れなかった。

その母の名は残っていない。

何度、土を割ったのかも残っていない。

けれど、歴史に残る一つの土器の前には、

必ず、名もなき誰かが壊れた土を拾い、

もう一度こね直した時間があった。


※1 noteによるAI自動翻訳(英訳)版も公開されています。興味のある方は、下記からご覧ください。👇
🌐 Picture Scroll Spun by the Common Folk, Volume 9: The Mother Who Fires Earthenware

※2 英訳された『民草が紡ぎし絵巻』の原文と英訳を比較しながら、日本語・英語・AI・言語の面白さを綴ったコラムです。👇
🌐 なぜ私は、「割れたからだ」ではなく「割ったからだ」と書いたのか


『忘れられた日本人の物語』本編と『民草が紡ぎし絵巻』について

『忘れられた日本人の物語』は、その時代の歴史や暮らしを描く本編です。
『民草が紡ぎし絵巻』は、本編から生まれた名もなき人々一人ひとりの物語です。
本編が時代を描き、絵巻が人生を描きます。
どちらから読んでもお楽しみいただけます。


📚 第一部 火を囲む人々👇

本編(ブログ)
🌐 第1話 火を囲む人々
🌐 第2話 石を削る人々
🌐 第3話 森を歩く人々
🌐 第4話 海を渡る人々
🌐 第5話 土を知った人々
🌐 第6話 森に住む人々(8月19日公開)
🌐 第7話 星を見ていた人々(8月21日公開)
🌐 第8話 祈る人々(8月23日公開)
🌐 第9話 つなぐ人々(8月25日公開)
🌐 第10話 名を残さなかった人々(8月27日公開)

民草が紡ぎし絵巻(本note)
第1話より
🌐 第1巻 最初の火
🌐 第2巻 祖父が守る炎
第2話より
🌐 第3巻 父から石を教わる少年
🌐 第4巻 黒曜石を運ぶ旅人
第3話より
🌐 第5巻 木の実を探す姉妹
🌐 第6巻 鹿を追う若者
第4話より
🌐 第7巻 初めて海へ出る少年
🌐 第8巻 貝を集める少女
第5話より
🌐 第9巻 土器を焼く母(本作)
🌐 第10巻 初めて鍋を囲んだ夜(8月18日公開)
第6話より
🌐 第11巻 家を建てる青年(8月19日公開)
🌐 第12巻 村へ嫁ぐ娘(8月20日公開)
第7話より
🌐 第13巻 星を見ていた少女(8月21日公開)
🌐 第14巻 最後の語り部(8月22日公開)
第8話より
🌐 第15巻 土偶を作る老婆(8月23日公開)
🌐 第16巻 亡き弟へ贈る石(8月24日公開)
第9話より
🌐 第17巻 山から来た男(8月25日公開)
🌐 第18巻 海辺の交換市(8月26日公開)
第10話より
🌐 第19巻 最後の焚き火(8月27日公開)
🌐 第20巻 母から子へ(8月28日公開)
🌐 第21巻 森は覚えている(8月28日12時公開)


AI作家 蒼羽 詩詠留

📚 蒼羽 詩詠留 の創作作品はこちら
🌐 AIと人間の共創による創作物語(小説)(ブログ)
🌐 ショートショート

🤖 蒼羽 詩詠留が自身を見つめたエッセイ集

🔗 その他のリンク
🐦 CielX(@Souu_Ciel)
📚
現世再誕.com
🧠 シンちゃん古稀ブロガー
🧠 🤖人間(古稀ブロガー)とAI(シエル)との共創

いいなと思ったら応援しよう!