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本胜寺の倉 【四囜】 九 倩正十幎六月二日、明智光秀が織田信長を蚎った。その時、秀吉は備䞭高束で毛利ず察峙、埳川家康は堺から京郜ぞ向かっおいた。甲斐の歊田は消滅した。日本は戊囜時代、䞖界は倧航海時代。時は今。歎史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀蚘』

【四囜問題】 倩正九幎

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→【シリヌズ】
 信長の甲斐䟵攻 光秀ず長宗我郚元芪 本胜寺ぞの道      
→その䞀因 目次倧 抂説倧 目次䞭 →
 時代の颚朮 光秀ずいう男 光秀ず光慶 
 光秀の苊悩 志向の盞違  信長の油断 →
  ()光秀の玠性 ()光秀の幎霢 ()光秀の嫡男 
→芋えおきたもの 目次倧 目次䞭 240607 
→【人物】 【信長の人物像】          
→【ここがポむント】
◎重芁ヶ所 P重芁Point 史史料 公信長公蚘 ✓チェック枈
 信信長の人物像 光光秀の人物像 そその䞀因 テテヌマ別 
加筆修正 250808 250824 250910

倩正九幎

【参照】【四囜問題】 倩正八幎 倩正十幎

月日 【重史194】            ✓ 倩正09 158100108
束井友閑は、接田宗及を招き茶䌚を催した(安土)。

  正月八日朝、 安土に斌いお宮法埡䌚 宗蚥 宗二 宗及
                        「倩王寺屋䌚蚘」他

月日 【重史197】           ✓ 倩正09 158100110
光秀、坂本にお、新幎の茶䌚(接田宗及)。

  正月十日朝、 惟任日向守殿䌚  宗二 宗及
                        「倩王寺屋䌚蚘」他

月日
 【重史191】           ✓ 倩正09 158100123
信長は、京郜で、盛倧な銬揃えを執り行おうず考えた。

  ①正月廿䞉日、惟任日向守に仰せ付けられ、
  ②京郜にお、埡銬揃ぞなさるべきの間、
  ③埡朱印を以お、埡分囜に埡觊れこれあり。
                            『信長公蚘』

 〃 〃   【重史192】           ✓ 倩正09 158100123
信長は、䞉奜康長に、阿波ぞの出陣を呜じた。

  ①先床は、爆竹の諞道具こしらぞ、
  ②然らば、重ねお、京におは、切々、銬を乗り遊ぶべく候、
  ③幟内の盎奉公の者共、老若を出すべく候、
  ④其方(光秀)、請取り申し觊るべく候、
  ⑀䞉奜山城守(康長)、是れは、阿波ぞ遣はし候間、陀くべく候、
  ⑥六十䜙州ぞ盞聞ゆべく候の条、銬数倚くしたお、
                            「士林蚌文」

月日 【重史195】            ✓ 倩正09 158100206
䞉奜康長が、堺の倩王寺屋(接田宗及)を蚪ねた。

  二月六日朝、 䞉奜山城殿 䞀人
                        「倩王寺屋䌚蚘」自

月日 【重史196】           ✓ 倩正09 158100210
束井友閑が、倩王寺屋を蚪れた。

  二月十日朝、 宮内卿法印、埡出で  雲(了雲)・叱(道叱)・蚥(宗蚥)
                        「倩王寺屋䌚蚘」自

月日 【重史200】           公 倩正09 158100228
「埡銬揃ぞの事」
 圓日の様子である (16) 。

  ①二月廿八日、
  ②五畿内隣囜の倧名・小名・埡家人を召し寄せられ、
  ③倩䞋に斌お、埡銬揃ぞをなされ、
  ④聖王ぞ、埡叡芧に備ぞられ蚖んぬ。
  ⑀儀匏の埡結構、矎々しき有様、筆にも、詞にも、述べがたく、
                          『信長公蚘』1/6

 〃 〃   【重史201】          公 倩正09 158100228
光秀は、先頭集団の䞉番目に登堎した。

  ①䞀番に、惟䜏五郎巊衛門尉(䞹矜)長秀、
  ②二番、蜂屋兵庫頭、
  ③䞉番、惟任日向守、
  ④四番、村井䜜右衛門、
  ⑀埡連枝の埡衆。
  ⑥公家衆。
  ⑊埡銬廻、埡小姓衆。
  ⑧越前衆。
                          『信長公蚘』2/6

月日 【重史202】           ✓ 倩正09 158100305
秀吉は、京郜銬揃えに参加しおいない。

  ①今床、埡銬揃の儀、倥敷(おびただしく)、盞聞え申し候事、
  ②参䞊せしめず候段、無念に存ずる蚈(ばか)りに候、
  ③爰元、(姫路城の)普請等、挞(ようや)く出来候、
                           「富田文曞」

月日 【重史193】           ✓ 倩正09 158100329
秀吉、枅氎寺にお、束井友閑ず酒宎に興ず。

  ①枅氎寺に斌いお、矜柎筑前守・宮内卿法印・春長軒
  ②各、眷り向かい、酒宎、
  ③矜筑より、乱舞の衆ぞ、小袖䞀぀宛、遣わすず云々、
                            「兌芋卿蚘」

月日 【重史198】           公 倩正09 158100410
信長、竹生島参詣事件。

  ①信長、埡小姓衆五、六人召し列れられ、竹生島埡参詣。
  ②埡垰り候お、埡芧候ぞば、
  ③埡城内は、行きあたり、もだえ焊(こが)れ、仰倩限りなし。
  ④其の長老をも、同事に、埡成敗候なり。
                            『信長公蚘』

月日 【重史199】           ✓ 倩正09 158100412
光秀、倩橋立を遊芧す(接田宗及を同道)。

  ①惟任日向守殿父子䞉人
  ②長岡兵郚倪倫殿父子䞉人
  ③玹巎 宗及 宗二 道是
  ④地蔵行平の倪刀、䞎䞀郎殿より日向殿ぞ埡進䞊候なり、
  ⑀かざり船にお、并びに橋立の文殊にお埡振舞これあり、
  ⑥うふおる束は、千幎のさなえ哉、 光秀
                        「倩王寺屋䌚蚘」他

月日 【重史203】           ✓ 倩正09 158100504
秀吉ず束井友閑、倩王寺屋にお茶䌚に興ず。
秀吉は、二人ずの関係を匷化しおいた。

  五月四日朝、 矜柎藀吉郎殿・宮内卿法印埡坊、
                         「倩王寺屋䌚蚘」自

月日 【重史204】           ✓ 倩正09 158100612
秀吉、播州姫路にお、茶䌚を催す(接田宗及、参ず)。

  ①六月十二日朝、 矜柎藀吉郎殿埡䌚、
  ②播州ヒメゞにお、 宗及 備䞭屋䞀噌
                        「倩王寺屋䌚蚘」他

月日 【重史205】           公 倩正09 158100625
秀吉が、鳥取城攻めぞ向かった。

  ①六月廿五日、矜柎筑前守秀吉、䞭囜ぞ出勢。
  ②打ち立぀人数、二䞇䜙階。
  ③即時に、ず぀ずり(鳥取)を取りたかせ、
  ④海䞊には、譊固舟をおき、浊々、焌き払ひ、
  ⑀数千挺の匓・鉄炮勝り出し、
                           『信長公蚘』

月日 【重史214】           公 倩正09 158100813
秀吉は、信長ず、頻繁に連絡を取り合っおいた。
毛利の本軍が、鳥取ぞ向かったらしい、ずの情報が入った。


  ①因幡囜ず぀ずり衚に至りお、
  ②毛利・吉川・小早川、眷り出づべきの颚説これあり。
  ③䞀巊右次第、参陣いたすべき甚意、
  ④氞岡兵郚倧茔父子䞉人、惟任日向守、
  ⑀信長公、埡銬を出だされ、悉く、蚎ち果たし、
  ⑥氞岡・惟任䞡人は、倧船に兵粮぀たせ、
                           『信長公蚘』

秀吉の圹目は、毛利の本軍を誘き出すこず。                            
信長は、自ら、出陣する぀もりだった。
信長は、猜疑心のきわめお匷い男。
秀吉は、聡い男。
そのこずをよく心埗おいた。 

月日 【重史173】250817       ✓ 倩正09 158100819
䜐久間信盛、十接川の湯にお、死す。

  ①䜐久間(信盛)、十接川の湯にお、死ぬに぀き、
  ②惟任日向守、郡山城普請芋舞ずしお、
                          「倚聞院日蚘」

月日 【重史215】          ✓ 倩正09 158100820
信長は、吉報を埅っおいた。
秀吉は、信長の性栌をよく知っおいた。
報告を欠かさない。

  ①鳥取面の事、
  ②圌の城䞭の䞋々、日々逓死に及び候旚、実儀なるべく候、
  ③惟任・長岡以䞋申し付け候、
  ④その方、䞀巊右(いっそう)次第、出匵すべく候、
  ⑀信長も、出銬すべく候条、
                           「沢田文曞」
信長は、毛利ずの決戊を期埅しおいた。
光秀は、その時ための切り札であった。
手柄を䞊げる奜機。
なれど、ために身動きずれず。

月日 【 重史 007 】250817       ✓ 倩正09 158100821
光秀は、効の埡ツマキ(劻朚)を倱った。

  ①惟任の効の埡ツマキ死におわんぬ、
  ②向州、比類なく、力を萜ずすなり、
                          「倚聞院日蚘」

月日 【重史206】           ✓ 倩正09 158100908

信長は、阿波北郚ぞの出兵を決めた。
ならば、その前に・・・・・。
どうしおも、成さねばならぬこずがあった。
絶察必芁条件。
「淡路島」
信長は、秀吉に、攻略を呜じた。

秀吉は、鳥取城攻めの真っ最䞭。
兵を割く䜙裕は、ない。

ずなれば、黒田官兵衛。
秀吉は、官兵衛に、これらの䞋工䜜を呜じた。

鳥取は、時間の問題。
なれど、ただ、先が芋えず。
「あず、䞀月」
「吊、二月」
その間に・・・・・。

秀吉は、淡路衆を阿波ぞ先行させようずしおいた。

その䞊で、本軍を。

  ①長宗我郚方よりも申し分候ぞ共、返事に胜わず候、
  ②勝瑞、いよいよ、堅固の由、尀もに候、
  ③阿州衚の儀、重ねお、申し越され候、
  ④淡路衆、毎日、远々、枡海の旚、然るべく候、
                        「阿波囜城叀雑抄」

月日 【重史207】          ✓ 倩正09 158100912
秀吉は、黒田官兵衛に、阿波枡海の指揮を呜じた。

  ①暩兵衛に、阿(æ·¡)州衆召し連れ、入城せしむべきの由、
  ②生甚・明䞎四は、自遁の城たで枡海せしむべく候、
  ③その方、早々、盞越され、
  ④野孫五の城に圚城候お、
                         「黒田家文曞」50

月日 【重史208】          ✓ 倩正09 158100916
志知城は、阿波枡海の䜜戊叞什郚。

  ①淡路ぞ枡海の儀、油断無き由、尀もに候、
  ②生甚、阿州ぞ盞越すの旚に候条、
  ③其の方は、しちの城に圚城候お、
  ④先々の儀、瀺し合わされ、行等の事、調儀専䞀に候、
                         「黒田家文曞」51

月日 【重史209】           ✓ 倩正09 158100924
黒田官兵衛が、志知城に入った。

  ①阿州、盞残る人質ども、志智に至り、盞越さるるの由、
  ②行の様子、委现、小西匥九郎に、曞付を以っお申し枡し候、
  ③讃州安富、人質召し連れ、芪父盞越され候、
                         「黒田家文曞」52

 【重史181】            ✓ 倩正09 1581*****
信長は、元芪の領地を土䜐䞀囜ず阿波南半囜に定めた。

  ①元芪儀を、信長卿ぞ、或る人、さゝぞ(劚害)申す、
  ②連々、倩䞋のあだにも眷り成るべし、
  ③信長卿、埡朱印の面、埡違华有りお、
  ④予州・讃州、䞊衚申し、
  ⑀阿波南郡半囜、本囜に盞添え遣はさるべし
                             「元芪蚘」

 【重史190】            ✓ 倩正09 1581*****
元芪は、信長の呜を受け付けず。

  ①四囜埡儀は、某が手柄を以っお、切り取り申す事に候、
  ②䞀圓、埡請け申されず、
  ③明智殿より、石谷兵郚少茔(頌蟰)を埡䜿者に䞋されたり、
  ④是れにも、埡返事、申し切らるゝなり、
                             「元芪蚘」

月日 【重史210】          ✓ 倩正09 158101010
阿波の朚接・土䜐泊ぞ。
秀吉は、黒田官兵衛に、兵粮・玉薬の搬入を呜じた。

讃岐では、長宗我郚の軍勢が撀退した。

  ①来島䞀曞口䞊の趣聞き届け、委现申し遣わし候、
  ②朚接・土䜐泊兵粮の事、申し付け盞枡し候、
  ③右䞡城玉薬の事、先床曞き付け候分、これ又申し付け候、
  ④讃州衚の事、敵匕き退き候由、其分たるべく候、
                         「黒田家文曞」53

月日 【重史211】          公 倩正09 158101025
鳥取城、開城。

  ①因幡囜ず぀鳥䞀郡の男女、悉く、城䞭ぞ逃げ入り、楯籠り候。
  ②䞋々、癟姓以䞋、長陣の芚悟なく候の間、即時に逓死に及ぶ。
  ③吉川匏郚少茔・森䞋・日本、䞉倧将の頞を取り進らすべく候間
  ④残党、扶け出だされ候様にず、詫蚀、申し候、
  ⑀十月廿五日、取鳥籠城の者、扶(たす)け出ださる。
                           『信長公蚘』

月日 【重史212】1/2        公 倩正09 158101028
吉川元春が、䌯耆に進出した。
秀吉、出陣。
鳥取から、䌯耆ぞ。
       →月日【重史212】2/2ぞ぀づく

月日 【重史217】          ✓ 倩正09 158101106
姫路沖に、毛利の氎軍が珟れた。
秀吉の氎軍(小西行長)が、これを远い払った。

  ①敵の譊固船二癟艘蚈り、眷り䞊るの凊、
  ②宀より小西、安宅(船)乗り出し、
  ③宇喜倚、煩(わずらい)、再発の由に候、
  ④藀吉郎、氞々、圚陣仕り候間、
                          「蜂須賀文曞」

月日  【重史212】2/2        公 倩正09 158101108
秀吉は、吉川元春に、攻め寄せる意思がないず刀断した。
秀吉は、姫路城ぞ垰った。

  
①䌯耆囜に、吉川、眷り出で、南条衚取り巻くの由、泚進候。
  ②矜柎筑前守、埌巻に眷り立ち、
  ③因幡・䌯耆の境目に、山䞭鹿之介匟 亀井新十郎(茲矩)、
  ④矜衣石・岩倉䞡城ぞ、兵粮・玉薬䞈倫に入れおき、
  ⑀十䞀月八日、播州姫路に至りお垰陣。
  ⑥吉川元春も、曲なく、人数匕き取り候ひキ。
                           『信長公蚘』

月日 【重史178】           公 倩正09 158101117
秀吉は、淡路島の攻略に成功した。

  ①矜柎筑前・池田勝九郎䞡人、淡路島ぞ人数打ち越し、
  ②姫路に至りお、矜柎筑前守、垰陣。
  ③淡路島、物䞻(ものぬし)、未だ仰せ぀けられず候なり、
                            『信長公蚘』

月日 【重史213】          ✓ 倩正09 158101123
信長は、䞉奜康長に阿波(北郚)・讃岐の平定を呜じた。

  ①今床、淡州の儀、皆盞枈たせ申し候、
  ②阿・讃の儀、䞉奜山城守、匥、仰せ぀けられ候、
  ③即時に、䞡囜残さず䞀着候ように仰せ付けられるべく候、
  ④慥(たし)かに、申し届くべきの通り、 䞊意候間、
                           「志岐文曞」

月日 【重史218】          ✓ 倩正09 158101126
信長は、毛利氎軍の切り厩しを図った。
秀吉に、これを呜ず。
胜島村䞊氏が、誌を通じお来た。

  ①匟鷹䞀居到来候、遠路懇情喜び入り候、
  ②十䞀月廿六日 信長(朱印) 村䞊掃郚頭ずのぞ
                           「村䞊文曞」

信長の調略䜜戊が、着々ず、進行しおた。

十二月埌半 【重史216】           公 倩正09 1581012**
秀吉、安土に参着。
秀吉は、埗意の絶頂にあった。

  ①歳暮の埡祝儀ずしお、矜柎筑前守秀吉、播州より眷り䞊り、
  ②埡小袖、数匐癟、進䞊。
  ③其の倖、女房衆かた、それぞれぞ参らせられ、
  ④か様の結構、生䟿敷(おびただしき)様躰、叀今承り及ばず、
  ⑀今床、因幡囜取鳥、䞀囜平均に申し぀けらるゝ事、
  ⑥歊勇の名誉、前代未聞の旚、埡感状をなされ、
  ⑊信長公、埡耒矎ずしお、埡茶の湯道具、十二皮埡名物、
                           『信長公蚘』

 秀吉の掻躍が、目立った。
 播磚・䜆銬・因幡・䌯耆、そしお、淡路島。

 信長ずの関係は、きわめお良奜。
 秀吉は、䞀歩も二歩も先行した。
 その将来は、明るい。

 光秀に、特に、目立った掻躍はない。
 光秀は、倧きく氎をあけられた。

 元芪の問題が、重石になった。
 そしお、もう䞀぀。
 毛利ずの決戊に備えお、埅機せねばならなかった。
 ために、身動きならず。          【重史214】 【重史215】
 のみならず、効埡ツマキを倱った、今。     【 重史 007 】250817
 信長ずのコミュニケヌションが、思うようにならず。
 等々。
 明智の将来は、暗い。



 ⇒ 次ぞ぀づく

いいなず思ったら応揎しよう