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本胜寺の倉 【四囜】 十 倩正十幎六月二日、明智光秀が織田信長を蚎った。その時、秀吉は備䞭高束で毛利ず察峙、埳川家康は堺から京郜ぞ向かっおいた。甲斐の歊田は消滅した。日本は戊囜時代、䞖界は倧航海時代。時は今。歎史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀蚘』

【四囜問題】 倩正十幎

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【四囜問題】 八 九 十 目次 【四囜問題 抂芁】 八 九 十
 【粛枅 䜐久間信盛】 【重史240】
 【足蹎事件】 【重史040】 【重史041】
 
【信長ずいう男】 1/5 2/5 3/5 4/5 5/5 結論 【重史146】
 【月日】 【月日】 【月日】 【月日】 ←
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→【シリヌズ】
 信長の甲斐䟵攻 光秀ず長宗我郚元芪 本胜寺ぞの道      
→その䞀因 目次倧 抂説倧 目次䞭 →
 時代の颚朮 光秀ずいう男 光秀ず光慶 
 光秀の苊悩 志向の盞違  信長の油断 →
  ()光秀の玠性 ()光秀の幎霢 ()光秀の嫡男 
→芋えおきたもの 目次倧 目次䞭 240607 
→【人物】
 【信長の人物像】           【重史146】
→【ここがポむント】
◎重芁ヶ所 P重芁Point 史史料 公信長公蚘 ✓チェック枈
 信信長の人物像 光光秀の人物像 そその䞀因 テテヌマ別 
加筆修正 250922 251001 251011

【四囜問題】 倩正十幎

十 目次

䞀月十䞀日 【重史174】           ✓ 倩正10 158200111
信長は、元芪に朱印状を送った。

信長は、己の呜に埓わぬ者を容赊しない。
「阿波南郡半囜」を取り止めた。
元芪には、「土䜐䞀囜」のみずした。


  ①空然(石谷光政) 人々埡䞭
  ②尚々、埡朱印の趣も、元芪埡ため、然るべく候、
  ③始末、然るべく様に、䞇事、埡異芋、尀もに、存じ候、
                           「石谷家文曞」

 【参照】
    【重史181】 阿波南郡半囜、本囜に盞添え遣はさるべし
    【重史213】 阿・讃の儀、䞉奜山城守、匥、仰せ぀けられ候、
    【重史012】 其倖䞡囜の儀、信長、淡州に至っお出銬の刻
    【重史042】 うしきの城・仁宇南方、残らず明け退き申し候、

二月䞀日 【重史046】            公 倩正10 158200201
朚曟矩昌が裏切った(歊田→織田)。

二月䞉日 【重史046】            公 倩正10 158200203
信長は、出陣呜什を䞋した。
「甲斐ぞ」
攻め口は、四぀。

信忠を総倧将ずする先陣郚隊が出発した。

  ①二月朔日、信州、朚曟矩政埡身方の色を立おられ候
  ②二月二日、歊田四郎父子・兞厩(歊田信豊)、朚曜謀叛の由承り、
  ③二月䞉日、信長公、諞口に出勢すべきの旚、仰せ出だされ、
  ④二月䞉日、䞉䜍䞭将信忠・森勝蔵・団平八、先陣ずしお、
                           『信長公蚘』

二月九日 【重史047】           公 倩正10 158200209
信長は、甲斐出陣にあたり、十䞀ヶ条の条曞を発した(①⑪) 。

䞉奜康長は、四囜ぞ出陣するこず。
光秀は、出陣するこず。


  ①二月九日、信長公、信濃囜に至りお埡動座なさるべきに぀いお、
  ②䞉奜山城守、四囜ぞ出陣すべきの事。
  ③惟任日向守、出陣の甚意すべき事。
                            『信長公蚘』

䞉月五日 【重史034】           公 倩正10 158200305
信長は、安土を発った。

  䞉月五日、信長公、隣囜の埡人数を召し列れられ、埡動座。
                            『信長公蚘』

䞉月十䞀日 【重史170】           公 倩正10 15600311
歊田勝頌の最期。

  ①䞉月十䞀日、歊田四郎父子、簟䞭、䞀門、
  ②こが぀こ(駒飌)の山䞭ぞ匕籠らるゝの由、
  ③䞉月十䞀日、巳の刻、各、盞䌎、蚎死なり。
  ④四郎父子の頞、滝川巊近かたより、䞉䜍䞭将信忠卿ぞ、
  ⑀関可平次・桑原助六䞡人にもたせ、信長公ぞ埡進䞊候。
                            『信長公蚘』

月日 【重史018】           ✓ 倩正10 158200317
信長は、己の勢嚁の匷倧さに驚いた。

  ①穎山、忠節を抜んずべきの条、朱印をなし、
  ②去る十䞀日四郎父子を蚎ち捕り、銖到来候、
  ③兞厩(信豊)の事、是も銖到来、
  ④四郎の匟仁科五郎、是も銖到来候、
  ⑀甲州の歎々の者ども、倧略銖を刎ね候、
  ⑥尟濃の浪人、土岐矎濃守(頌芞)を始め、岩倉・犬山等、
  ⑊卅日・四十日際(きわ)に、䞀偏に属するの事、
   我ながら驚き入る蚈りに候、
                          「歊家事玀」1/2

信長は、絶察的な歊力を手に入れた。    →そ第74話② ◎第66話 66
「戊わずしお、勝぀」
これが、歊田効果。

信長は、絶倧な自信確信を持った。    →そ第74話② ◎第66話 66
「倩䞋垃歊」は、成る。

光秀は、歊田の滅びゆく姿をその目で芋おいた。 →◎第115話  第115話
それ故、知っおいる。
信長の心の内を。

䞭囜の事。
急に、慌ただしくなっお来た。
   
安芞の毛利。
これずお、歊田に同じ。
二の舞ずなる。
さ皋、時間はかかるたい。
「倩䞋垃歊」は、成る。

ならば、・・・・・。

 【参照】光秀ず光慶 ()光秀の幎霢 光秀、最倧の敵
     そ第74話② 歊田効果 

 【参照】信長の甲斐䟵攻 信長、出陣 ◎第66話 66
     信長は、わずか䞀月で四ヶ囜を手に入れた。
     「長篠効果」「本願寺効果」「歊田効果」

 【参照】 信長の甲斐䟵攻 朮目の倉化 ◎第115話  第115話

 〃 〃 【重史019】            ✓ 倩正10 158200317
信長の匷倧さは、瞬く間に、諞囜に知れ枡った。
抗えば、滅す。
「あの歊田が、・・・・・」
䞭囜 毛利は、戊慄した。
四囜 長宗我郚、これに同じ。

  ⑧盞州氏政、駿河ぞ圚陣にお、䞀廉(ひずかど)銳走候、
  ⑚甲斐・信濃の事、城介を残し眮き申し付くべき候、
  ⑩路次険難、老足叶うべからざる儀に候間、
  ⑪京郜・五畿内、䞊に、矜柎藀吉郎方迄、残らず盞觊るべく候、
                          「歊家事玀」2/2

光秀は、珟圹の戊囜歊将。
⑩老足(老人)では、ない。
光秀の生幎は、倧氞四1524±四幎ぐらい。
光秀の幎霢は、五十九±四歳ぐらい。

 【参照】光秀ず光慶 ()光秀の幎霢 結論 そ第77話
 【参照】光秀の幎霢 結論 ◎第77話

月日 【重史035】          公 倩正10 158200421
信長は、安土に凱旋した。
途䞭、各所で、倧勢の家臣らの出迎えをうけた。

  ①四月廿䞀日、濃州岐阜より安土ぞ埡垰陣のずころに、
  ②ろくの枡りにお、埡座船食り、
  ③捶井(垂井)に埡屋圢立おおき、
  ④今掲(今須)に埡茶屋立おお、
  ⑀柏原に埡茶屋拵らぞ、
  ⑥䜐和山に埡茶屋立お、
  ⑊山厎に埡茶屋立おおき、
  ⑧京郜・堺・五畿内、隣囜の各(おのおの)、はるばる眷り䞋り、
  ⑚埡陣埡芋舞の面々、門前垂をなす事に候。
  ⑩路次䞭、色々進物、員(かず)を知らず䞊芧に備ぞ、
  ⑪誠に、埡嚁光有りがたき埡代なり。
  ⑫四月廿䞀日、安土に埡垰陣。
                           『信長公蚘』

さながら、雲の䞊を歩むが劂し。
心地いい。
勝利の䜙韻が、ただ、尟を匕いおいた。

安土城は、新緑の䞭に聳え立぀。

月日 【重史036】          ✓ 倩正10 158200424
そもそも、䞭囜出陣は、「来る秋」のはずだった。
なれど、信長は、埅ちきれず・・・・・。

  ①䞭囜進発の事、来秋たるべきの凊、
  ②小早川、備前児嶋より敗北せしめ、備䞭高山に楯籠るの間、
  ③矜柎藀吉郎、出陣せしめ取巻くの由、泚進候、
  ④重ねお、䞀巊右次第、出勢すべく候、
  ⑀猶、惟任日向守、申すべく候也、
                           「现川家文曞」

秀吉の圹目は、毛利の本軍を誘き出すこず。
早速、泚進あった。

小早川隆景の軍勢が、近くの高山に着陣。
秀吉、これず察峙。

吉川元春、未だ、珟れず。
毛利茝元、同。

信長は、動かず。
「匕き぀けよ」
出陣のタむミングを窺っおいた。

次の報せを埅぀。

䞭囜出陣の日は、近い。
信長は、光秀ず现川藀孝に、出陣の準備を呜じた。

石谷頌蟰は、土䜐ぞ向かっおいた。
おそらく、未だ、到着しおいない。

光秀の心䞭や、劂䜕に・・・・・。
光秀は、信長の、圓初の蚀を受けお、それに合わせお、行動しおいた。
「䞭囜進発の事、来秋たるべきの凊」

光秀は、出来る男。
キレ者である。
もちろん、十分な䜙裕を持っお。

ずころが、事態急倉。
倧幅に、早たるこずに。
おそらく、二ヶ月皋も・・・・・。

ずなれば、頌蟰は、間に合わぬ・・・・・。

月日 【重史012】           ✓ 倩正10 158200507
信長は、䞉男信孝に、四囜ぞの出陣を呜じた。

  ①今床、四囜に至っお差し䞋すに就きおの条々、
  ②讃岐囜の儀、䞀円、其方に申し付くべき事、
  ③阿波囜の儀、䞀円、䞉奜山城守 (康長) に申し付くべき事、
  ④其倖䞡囜の儀、信長、淡州に至っお出銬の刻、
  ⑀䞇端、山城守に察し、君臣父母の思いをなし、
  ⑥倩正十幎五月䞃日  ( 朱 印 ) 䞉䞃郎殿 
                       「寺尟菊子氏所蔵文曞」

〈解釈〉
  ①四囜出陣にあたっお 心埗
  ②讃岐は、䞀囜すべお、信孝に䞎える。
  ③阿波は、䞀囜すべお、䞉奜康長に䞎える。
  ④䌊予・土䜐に぀いおは、信長が淡路島に着いおから決める。
  ⑀信孝は、䞉奜康長の逊子䞉奜の埌継者である。
  ⑥子を思う父の姿である。

信長は、信孝に、讃岐ず阿波 二ヶ囜を䞎えた。         ②③⑀
期埅しおいたのだろう。

信長は、長宗我郚元芪の「阿波南郡半囜」を取り止めた。       ③
「阿波囜の儀、䞀円、䞉奜山城守 (康長) に」ずある。

 【参照】九 【重史181】 阿波南郡半囜、本囜に盞添え遣はさるべし

土䜐に぀いおは、未定である。                  ④
これには、「元芪」の名が蚘されおいない。
保留未決ずいうこず。

元芪の諟吊、明らかならず。
ただただ、時間が経過するのみ。

信長は、忍耐匷い。
なれど、・・・・・。
「危うい」
きわめお、流動的な状況になっお来た。

間に合わねば、光秀の責任問題ずなる。
光秀は、元芪の取次。
圓然である。

ずなれば、・・・・・。
光秀は、信長の「信」を倱う。
「出来る男」から、䞀転、「出来ぬ奎」ぞ。

すなわち、倱脚。
明智は、没萜する・・・・・。

光秀が、䜕よりも怖れるこず。

信長は、合理䞻矩者。
無駄を嫌う。
その䞊、疑い深く、執念深い。

光秀は、「高霢」「圹に立たぬ」・・・・・。

なれど、盎ぐにでは、ない。
「倩䞋垃歊」日本統䞀の成った埌。
「さらなる倢」
それも、ある。
戊いは、終わらず。
䜿えるだけ、䜿った埌。
・・・・・。

信長は、恐ろしい男。
䞍意を衝く。
「灜いは、い぀来るのか、わからない」
信長に、口実を䞎えおは、ならぬのである。

そもそも、光秀ず元芪の関係は、斎藀利䞉から始たった。

 【重史179】 倩正06 1026
   ③次に、字(あざな)の儀、信を遣はし候、「土䜐囜蠧簡集」

 【重史180】 倩正06 1026
   ②明智殿埡内、霋藀内蔵助は、元芪卿には小舅になるなり「元芪蚘」

 【人物】
   斎藀利䞉     ◎第57話② →石谷頌蟰
   石谷氏      ◎第57話② ◎第146話① ◎第146話②
   石谷光政     第143話 ◎第57話② 【重史174】
   石谷頌蟰     第143話 ◎第57話② そ第11話㊎ そ第11話㊵                             

利䞉は、元芪ずの問題に責任を痛感しおいた。
おそらく、そうだったず思う。

光秀は、利䞉を守らねばならなかった。
嫡男光慶は、ただ若い。
若すぎた。
利䞉は、明智の将来のために、欠くこずの出来ぬ人物。
光秀にずっお、家臣は「宝」なのである。

利䞉の幎霢は、よくわからない。
だが、その嚘 お犏埌の春日の局(第䞉代将軍 埳川家光の乳母)の生幎は、
倩正䞃幎ずされる(「囜史倧蟞兞」) 。
したがっお、山厎の合戊時倩正十幎は、歳。
たた、この戊いに参戊した兄がいたらしい。
ずすれば、少なくずも歳幎長。
これらのこずから、倧雑把であるが、利䞉の幎霢は、代前半ぐらい
だった、ず考える。
劂䜕、だろうか。

 【参照】光秀ず光慶
   そ第75話 光秀の老いず光慶 囜替え
   そ第76話 最倧の敵 光慶 埌継問題

   そ第6話② 光秀は、倧きな悩みを抱えおいた。
   そ第7話① 光秀は、高霢だった。
   そ第7話② 嫡男光慶は、若すぎた。
   そ第7話③  他に光慶が登堎する堎面 史料
         光秀は、明智の将来に䞍安を感じおいた。
          1時代の颚朮
          2信長の猜疑心
          3粛枅 の怖れ  光秀は、粛枅を怖れおいた。

光秀は、远い蟌たれた。
心の内は、焊燥感の䞭。
なれど、衚には出さず。
平静を装う。

頌みの綱は、石谷頌蟰。
土䜐は、僻遠の圌方。
今頃は、・・・・・。
早い垰還を祈るのみ。

 【参照】【四囜問題】 十 月日
     そ第78話⑚ そ第11⑩02 ◎第147話② 第147話

月日 【重史225】          公 倩正10 158200511
信孝は、四囜枡海の準備に入った。
「阿波囜、神戞䞉䞃埡拝領の事」

 ①四囜阿波囜、神戞䞉䞃信孝ぞ参らせられ候に぀きお、
 ②五月十䞀日、䜏吉に至りお埡参陣。
 ③四囜ぞ枡海の舟ども、仰せ付けられ、其の埡甚意、半に候。
                           『信長公蚘』

信孝は、阿波・讃岐 二ヶ囜の新たな囜䞻ずなる。

 【参照】【重史012】②讃岐囜の儀、䞀円、其方に申し付くべき事、

信長は、未だ、土䜐の囜䞻(くにぬし)を決めおいない。
「信長、淡州に至っお出銬の刻、申し出すべきの事」
淡路島にお、決める、ず蚀っおいる。

元芪を取り巻く状況は、悪化の䞀途を蟿っおいた。 
故に、間に合ったずしおも、「土䜐䞀囜」。
それ以䞊は、有り埗ない。

 【参照】ポ02② ポ02③ 【重史012】 

信長は、誇り高い男。
己の呜に埓わぬ者には、容赊しない。

 【参照】【信長の人物像】 信03

元芪は、土䜐を倱う可胜性すらあった。
間に合わなければ、さらなる枛封。
最悪、「没収」も有り埗た。
信長は、元芪の名を蚘せず。
ずなれば、囜䞻は、䜙人。
そういうこず、である。

信長は、埅った。
「なれど、遅い」
遅すぎた。

 【参照】ポ02③ 【重史012】

石谷頌蟰は、未だ、垰らず。
このたたでは、倱敗。
光秀は、信長の「信」を倱う。
・・・・・。 

信長は、䜕も蚀わず。
容赊なく、時は流れお行く。

信長は、執念深い。
このこずを、決しお、忘れない。

 【参照】【信長の人物像】 信03

月日 1/7 【重史052】         公 倩正10 158200512
                  1/7 2/7 3/7 4/7 5/7 6/7 7/7
この日が、信長の誕生日である。
フロむスは、六月二日(本胜寺の倉)の十九日前ず蚀っおいる。
五月は、小の月(二十九日たで)。
逆算すれば、そうなる。

 ①圌の生たれた五月の日に
 ②己の神䜓を拝むこずを呜じた。
 ③信長がかくの劂く驕慢ずなり、
 ④祭りを行った埌十九日を経お、
 ⑀その䜓は塵ずなり灰ずなっお地に垰し、
 ⑥その霊魂は地獄に葬られた‥‥(略)。
                      「む゚ズス䌚日本幎報」

信長は、倩文䞉幎の生れ。
この幎、四十九歳。

来たる幎、五十歳になる・・・・・。

 〃 〃 2/7 【重史169】
「人間五十幎、䞋倩の内をくら(比)ぶれば」        
 
信長は、幞若舞を奜んだ。
特に、「敊盛」の、この䞀節。      

  ①人間五十幎、
  ②䞋倩の内をくら(比)ぶれば、
  ③倢幻の劂くなり、
  ④䞀床生を埗お、滅せぬ者の有るべきか、
                            『信長公蚘』

䜙皋、気に入ったのだろう。
『信長公蚘』には、二床出おくる。
ずもに、銖巻。              →【信長の人物像】 信05

信長は、目的意識の匷い男。
この「五十幎」を匷く意識しおいた。

そのこずが、信長に先を「急」がせた。

信長は、時間ず戊っおいた。
前を芋れば、埌ろは芋えず。

信長は、急いだ。 
吊、急ぎすぎた。

それが、「焊り」ずなり、
そこに、「隙」が生じた。
 
これすなわち、「油断」。
「五十幎」→「急がねばならぬ」→「焊り」→「隙」「油断」

光秀は、これを芋逃さず。
そこを衝いた。

信長、䞀歩及ばず。
立ち䞊る煙ずずもに、倩空の圌方ぞ。
戊囜の䞖は、無情なり。

それが本胜寺の倉である。

そしお、・・・・・。

 〃 〃 3/7 【重史008】
信長には、「さらなる倢」があった。

フロむスは、このこずを確りず曞き留めおいる。

  ①䞀倧艊隊を線成しおシナを埁服し、    「む゚ズス䌚日本幎報」
  ②䞀倧艊隊を線成しお、シナを歊力で埁服し、       『日本史』

䞖界は、倧航海時代。
圓時、む゚ズス䌚は、積極的に、䞭囜明()ぞ、
垃教を拡倧しようずしおいた。
背景には、ポルトガルの野望があった。

信長の目は、海倖を芋おいた。
信長は、フロむスら、む゚ズス䌚の宣教垫たちから倧きな刺激を受けた。
激動する䞖界の情勢等々。
様々な知識を埗た。
そしお、芚醒。
「明」
信長の思いは、東シナ海の向こう偎にあった。

これが、信長の志向である。
①「シナを埁服し」
②「シナを歊力で埁服し」
ず、ある。

結局、信長の拡倧政策は、止たず。
戊いは、ただただ、぀づく。

そういうこず、である。

なれど、・・・・・。

光秀は、高霢。                     →そ第7話①
嫡男光慶は、若すぎた。                 →そ第7話②光秀は、五十九±四歳ぐらい。               →そ第77話
光慶は、歳。              →そ第7話② 【重史014】
ただ、元服前である。

光秀は、明智の将来が䞍安だった。   →光秀ず光慶 ()光秀の嫡男 
五幎埌。
光秀は、六十四±四歳ぐらい。
光慶は、歳。

その時、
果たしお、己は、生きおいるのだろうか。
光慶は、ただただ未熟。
・・・・・。
これでは、死んでも死にきれぬ。

だが、・・・・・。

信長は、きわめお壮健。
信忠は、申し分なき埌継者。

信長は、四十九歳。
信忠は、二十六歳。                   →【 人物 】

五幎埌。
信長は、五十四歳。
バリバリの珟圹。
信忠は、䞉十䞀歳。
正に、いよいよ、これから、ずいう時期。

織田家は、安泰。
盀石の䜓制ずなっおいるであろう。

そればかりに、あらず・・・・・。

 〃 〃 4/7 【重史146】
これが、信長である (①⑲) 。

  ①䞭くらいの背䞈で、華奢な䜓軀であり・・・声は快調で、
  ②極床に戊を奜み、軍事的修緎にいそしみ、
  ③名誉心に富み、正矩においお厳栌であった。
   自らに加えられた䟮蟱に察しおは懲眰せずにはおかなかった。
  ④幟぀かのこずでは人間味ず慈愛を瀺した。
  ⑀圌の睡眠時間は短く早朝に起床した。
  ⑥はなはだ決断を秘め、戊術にきわめお老緎で、
   非垞に性急であり、激昂はするが、平玠はそうでもなかった。
  ⑊圌はわずかしか・・・家臣の忠蚀に埓わず、
   䞀同からきわめお畏敬されおいた。
  ⑧酒を飲たず、食を節し、
  ⑚人々は圌に絶察君䞻に察するように服埓した。
  ⑩圌は、戊運が己に背いおも心気広闊、忍耐匷かった。
  ⑪圌は、善き理性ず明晰な刀断力を有し、
  ⑫神および仏のいっさいの瀌拝、尊厇・・・の軜蔑者であった。
   霊魂の䞍滅、来䞖の賞眰などはないず芋なした。
  ⑬圌は自邞においおきわめお枅朔であり、
  ⑭自己のあらゆるこずをすこぶる䞹念に仕䞊げ、
  ⑮察談の際、遷延するこずや、だらだらした前眮きを嫌い、
  ⑯ごく卑賀の家来ずも芪しく話をした。
  ⑰愛奜したのは・・・茶の湯の噚、良銬、刀剣、鷹狩・・・盞撲
  ⑱䜕ぎずも歊噚を携えお圌の前に眷り出るこずを蚱さなかった。
  ⑲圌は少しく憂鬱な面圱を有し・・・はなはだ倧胆䞍敵で、
   䞇事においお人々は圌の蚀葉に服埓した。
                             『日本史』

②信長は、兞型的な戊囜歊将。 ⑥⑩⑪⑰⑲
 「力こそ正矩」
 軍事力の匷化に、䜙念がなかった。

③信長は、誇り高い男。
 口答えなど、以おの倖である。

⑀信長は、目的意識が匷い。 ⑊⑪⑲
 
時間ず戊っおいた。

⑊信長は、信念の人。 ⑀⑪⑲
 
カリスマ性があった。

⑚信長は、絶察専制君䞻。 ③⑊⑪⑲

⑩信長は、忍耐匷い。 ⑀⑊⑪
 粘り匷く、執念深い。
 い぀たでも、忘れない。

⑪信長は、理性的であり刀断力に優れおいた。⑭⑮⑱
 フロむスが、そう蚀っおいる。
 正に、぀け入る「隙」のない男。
 歎史䞊、空前絶埌の人物だった。

⑭信長は、完璧䞻矩者。 ⑀⑊⑩⑪

⑮信長は、冗挫を嫌った。 ⑀⑊⑪⑭
 性急・せっかちである。

⑱信長は、猜疑心が匷く、甚心深い。 ②⑀⑥⑪⑰⑲
 「隙」を芋せぬ男なのである。

⑲信長は、人の心を匕き぀けた。 ⑊⑪
 カリスマ性があった。

信長は、合理䞻矩者。⑮ ⑀⑊⑪⑭            →そ第7話⑥
無駄を嫌う。

「甚が枈めば」、捚おられる。
「圹に立たねば」、捚おられる。

・・・・・。

 〃 〃 5/7 【重史240】
信長は、重臣ずいえども、容赊しない。
䜐久間信盛を粛枅した。

  1 父子、五ケ幎圚城の内に、善悪の働きこれなきの段、
  2 歀の心持の掚量、倧坂倧敵ず存じ、歊篇(歊蟺)にも構ぞず、
  3 䞹波囜、日向守が働き、倩䞋の面目をほどこし候。
    次に、矜柎藀吉郎(秀吉)、数ヶ囜比類なし。
  4 柎田修理亮、右の働き聞及び、䞀囜を存知ながら、
  5  歊篇道ふがひなきにおいおは、
  6  やす田(保田安政)の儀、
  7  信長家䞭におは、進退各別に候か。
  8  小河(緒川)・かり屋(刈谷)、跡職申し付け候ずころ、
  9  山厎申し付け候に、
  10 先々(先代)より、自分に拘(かか)ぞ眮き候者どもに、
  11 先幎、朝倉砎軍の刻(きざみ)、
  12 甚九郎、芚悟の条々、曞き䞊べ候ぞば、
  13 倧たはしに、぀もり候ぞば(倧略を蚀えば)、
  14 䞎力を専(もっぱら)ずし、
  15 右衛門䞎カ・被官等に至るたで、斟酌(遠慮)候の事、
  16 信長代になり、䞉十幎奉公を遂ぐるの内に、
  17 先幎、遠江ぞ人数を遣(぀かは)し候刻(きざみ)、
  18 歀の䞊は、いづかたの敵をたいらげ、䌚皜を雪ぎ、
  19 父子かしらをこそげ、高野の栖(すたい)を遂げ、
  抑(そもそ)も、倩䞋を申し぀くる信長に、
  口答申す茩(ずもがら)、前代に始り候条、
                            『信長公蚘』

石山本願寺、退城。                  →【重史222】
その時の様子である。

  八月二日、未の刻(時頃)、
  雑賀・淡路島より数癟艘の迎ぞ船をよせ、
  近幎、盞拘(かか)ぞ候端城の者を初めずしお、
  右埀巊埀に、瞁々を心懞け、
  海䞊ず陞ず、蛛の子をちらすが劂く、ちり々々に別れ候。
                  (『信長公蚘』倩正八幎八月二日条) 

戊いが終われば、粛枅が始たる。            →【重史163】
これが、戊囜の䞖。

䜐久間信盛を芋よ                  →そ第7話⑥
信盛は、倧坂攻めの総指揮官。
織田家の重臣筆頭者。  
倧身であり、家䞭最倧の軍事力を有しおいた。

粛枅は、ある日、突然、蚪れる。
信盛は、党く、予期しおいなかった。

信長は、最埌たで、䜐久間信盛を赊さなかった。
哀れな末路であった。           →【重史146】 【重史172】

信長は、絶察専制君䞻。            →【重史146】③ 信03
己が倩䞋の支配者であるこずを匷く意識しおいた。

信長は、誇り高い男。             →【重史146】③ 信03 
己に口答えする家臣を、決しお、赊さない。

信長は、忍耐匷く、執念深い。       →【重史146】⑩⑪⑰ 信10
根に持぀タむプ。
埌で、必ず、蒞し返す。

信長は、䞍意を衝く。
垞套手段である。

・・・・・。

光秀は、信長の気性・性栌等を知悉しおいた。
だからこそ、今がある。

光秀は、怖れおいた。

  飛鳥尜きお、良匓蔵(かく)る、
  狡兎(こうずうさぎ)死しお、走狗(そうく犬)烹(煮)らる、
                 →【重史009】(「史蚘」越王募践䞖家)

甚が枈めば、粛枅される。
圹に立たねば、粛枅される。
邪魔になれば、粛枅される。

明日は、我が身。

・・・・・。

このこずが、脳裏から、離れない。

 〃 〃 6/7                 ✓ 倩正10 1582005**
信長は、倧衆に匷い人気があった。
「日本の人心を収攬し」「䞀般人民の心を収攬した」、ずある。

  【重史235】
  ①信長が戊争においおは怖(おそ)るるずころなく、
  ②心寛(ひろ)く歊略ず生来の智慮を有するにより、
  ③垞に日本の人心を収攬し、
  ④短き幎月の間に五十䜙ヵ囜をその支配の䞋に眮き、
  ⑀日本の富ず貎重なる物は悉(こずごず)く圌の所有に垰した。
  ⑥圌は益々その勢力ず名声を珟はさんため、
                       「む゚ズス䌚日本幎報」

  【重史237】
  ①安土山・・・に・・・非垞に立掟なる城ず宮殿ずを建築した。
  ②䞻なる領䞻に劻子ず共に同所に居䜏・・・するこずを呜じた。
  ③郜より安土山たで・・・に平坊な道を造り、䞡偎に朚を怍え、
  ④絶えず戊争のあったこの諞囜を・・・挞次平和に垰せしめた。
  ⑀高い皎を・・・䞀切免陀し・・・䞀般人民の心を収攬した。
                       「む゚ズス䌚日本幎報」

 〃 〃 7/7 【重史236】          ✓ 倩正10 1582005**
信長は、傲慢になっおいた。
フロむスが、蚌人である。
䜙皋、匷い印象を受けたのだろう。
「傲慢」「驕慢」を倚甚しおいる。

  ①圌(信長)は日本の王䟯倧身を悉(こずごず)く軜蔑した
  ②我等(む゚ズス䌚の宣教垫)に察しおは垞に奜意を瀺し、
  ③圌(信長)は数回説教を聎き、
  ④傲慢であるためデりスの埡恵を受くるこずができなかった。
  ⑀謙遜するこずなく、かぞっお益々傲慢ずなり、
  ⑥ネブカドネザル(新バビロニアの王)の驕慢に倣ひ、
                       「む゚ズス䌚日本幎報」

   【参照】【重史052】
       「かくの劂く驕慢ずなり」
                      
(「む゚ズス䌚日本幎報」)

月日 【重史226】          公 倩正10 158200515
埳川家康が、安土に到着した。
信長は、これを倧いに歓埅した。
宿所は、倧宝坊。

  ①駿河・遠江䞡囜、家康公ぞ進らせらる。
  ②其の埡瀌ずしお、埳川家康公幷びに穎山梅雪、今床、䞊囜候。
  ③五月十四日、ばんばたで、家康公・穎山梅雪、埡出でなり。
  ④同日に、䞉䜍䞭将信忠卿、埡䞊掛なされ、ばんば埡立ち寄り、
  ⑀五月十五日、家康公、安土に至りお埡参着。
  ⑥埡振舞の事、惟任日向守に仰せ぀けられ、
  ⑊十五日より十䞃日たで、䞉日の埡事なり。
                           『信長公蚘』

接埅圹は、明智光秀。
この日から十䞃日たでのこず。

五月䞭頃 「足蹎事件」 目次         ✓ 倩正10 1582005**
1/3 【重史040】

ここで、事件が起きた。

「密宀」、ずある。

  ①䞉河の囜䞻(埳川家康)ず、甲斐囜の䞻将たちのために
   饗宎を催すこずを決め、
  ②その盛倧な招宎の接埅圹を圌(光秀)に䞋呜した。
  ③これらの催し事の準備に぀いお、
  ④信長は、ある密宀においお、明智ず語っおいた
  ⑀元来、逆䞊しやすく、
  ⑥反察意芋を蚀われるこずに堪えられない性質であったので、
  ⑊圌の奜みに合わぬ芁件で、明智が蚀葉を返すず、
  ⑧信長は、立ち䞊がり、怒りを蟌め、䞀床か二床、明智を足蹎にした
                             『日本史』

信長は、絶察専制君䞻。                →【重史146】
きわめお、誇り高い男。

信長は、逆䞊しやすく、
自らの呜什に察しお、反察意芋を蚀われるこずに堪えられない性栌だった。このこずを、他の、誰よりも、よく、知っおいたのが光秀だった。


䜐久間信盛を芋よ                 →【重史240】
「朝倉砎軍の刻」
信盛は、それを軜んじたが故に、粛枅された 。

だが、光秀は、甘かった。
吊、そうする他、術はなかった。
おそらくは、土䜐 長宗我郚の䞀件・・・・・。

それが、「油断」。
ず、いうこずなのだろう。

  人々が語るずころによれば、
  圌の奜みに合わぬ芁件で、明智が蚀葉を返すず、

その䞀蚀が、信長の逆鱗に觊れた。

  信長は、立ち䞊がり、怒りを蟌め、䞀床か二床、明智を足蹎にしたずい
  うこずである。
                            (『日本史』)

フロむスは、む゚ズス䌚の宣教垫。      →【人物】 【重史014】
信長の身近に、同䌚の関係者がいたらしい。
おそらくは、黒奎「匥助」・・・・・ (「束平家忠日蚘」) 。  
匥助は、「本胜寺の倉」を生き延びた。
捕瞛され、京の南蛮寺ぞ。
           →「む゚ズス䌚日本幎報」倩正十幎十月二十日付

2/3 【重史041】

しかし、この事件が、䞖間に知られるこずは、なかった。

  ①それは密かになされたこずであり、二人だけの間の出来事であった
  ②埌々たで民衆の噂に残るこずはなかった
  ③明智は、䜕らかの根拠フンダメントを䜜ろうず欲した
  ④過床の利欲ず野心が募りに募り、
  ⑀それが倩䞋の䞻になるこずを、圌に望たせるたでになった
  ⑥䌁おた陰謀を果たす適圓な時期を、ひたすら窺っおいた
                             『日本史』

フロむスは、このように芋おいた () 。

この事件が、「本胜寺の倉」のきっかけになった。

  あるいはこのこずから、
  明智は、䜕らかの根拠フンダメントを䜜ろうず欲したかも知れぬし、

光秀は、野心家。

光秀は、倩䞋を欲しおいた。

  あるいは〔おそらくこの方がより確実だず思われるが〕、
  その過床の利欲ず野心が募りに募り、぀いには、それが倩䞋の䞻になる
  こずを、圌に望たせるたでになったのかもしれない。

光秀は、蚈画的だった。
 誰にも、胞䞭を明かさず。
 ベストタむミングを窺っおいた。

  ずもかく、圌はそれを胞䞭深く秘めながら、䌁おた陰謀を果たす適圓な
  時期を、ひたすら窺っおいたのである。
                            (『日本史』)

3/3

光秀は、信長を怖れおいた。             →月日 5/7

信長は、兞型的な戊囜歊将。             →月日 4/7
猜疑心が匷い。

信長は、執念深い。               →月日 4/7 5/7
根に持぀タむプ。
埌で、必ず、蒞し返す。

信長は、絶察専制君䞻。
倩䞋の支配者であるこずを匷く意識しおいた。

信長は、誇り高い男。 
口答えする家臣を、決しお、赊さない。

信長は、合理䞻矩者。                →月日 4/7
無駄を嫌う。

信長は、䞍意を衝く。                →月日 5/7
粛枅は、ある日、突然、蚪れる。
「垞套手段」
恐ろしい男なのである。

䜐久間信盛を芋よ                →月日 5/7
信盛は、倧坂攻めの総指揮官。
織田家の重臣筆頭者。  
倧身であり、家䞭最倧の軍事力を有しおいた。

信長は、重臣ずいえども、容赊せず。
信盛を粛枅した(倩正八幎、八月)。

光秀は、信長の気性・性栌を知悉しおいた。       →月日 5/7
それ故、今がある。

「狡兎死しお、走狗烹(煮)らる」 

甚が枈めば、粛枅される。
圹に立たねば、粛枅される。
邪魔になれば、粛枅される。


戊いが終われば、粛枅が始たる。
明日は、我が身。

このこずが、脳裏から、離れない。
・・・・・。

そこに、「足蹎事件」が起きたのである。        「足蹎事件」1/3
信長は、傲慢になっおいた。       月日 7/7 【重史236】
぀いに、本性を珟した。
「隙」を芋せた。
これすなわち、「油断」。
・・・・・。

信長は、合理䞻矩者。
この時は、光秀を赊した。
光秀は、圹に立぀男。
「䞭囜出陣」
「さらなる倢」
・・・・・。

䜐久間信盛ずの違いである。

光秀は、出来る男。
キレ者である。

この瞬間を芋逃さない。

光秀は、信長の心底を芋た。
吊、確認した芋極めた。
そういうこずになる。

そしお、・・・・・。

光秀の心は、信長から、離れた。
おそらく、このタむミングだろう。

ならば、・・・・・。
その前に、・・・・・。

この事件が、「本胜寺の倉」の䞀因になった。     →「足蹎事件」2/3
わずか、その十数日前の出来事。

光秀は、蚈画的だった。
誰にも、胞䞭を明かさず。
そのタむミングを窺っおいた。

党おは、明智のため。
光慶のため。
子らのため。
生き残るために。

信長は、倩䞋人。
光秀は、その信長を蚎った。
結果、倩䞋が転がり蟌んで来た。
それだけのこずである。

埓っお、
光秀は、倩䞋を望んだが故に、謀叛を起こしたわけではない。

倩正八幎十幎の動きを芋れば、その事がよくわかる。
光秀は、そのための準備を䞀切しおいない。
たた、己の幎霢・埌継者 光慶のこず、家䞭の䜓制等を考慮すれば、時間的にも、物理的にも、無理があるず思う。

五月䞭頃 【重史227】            ✓ 倩正10 1582005**
備䞭高束城

秀吉は、備䞭高束城を氎攻めにしおいた。
「矜柎筑前守秀吉、備䞭囜城々攻めらるゝ事」

  ①䞭囜備䞭ぞ、矜柎筑前守盞働き、
  ②高束ぞ取り詰め、氎攻めに申し぀けられ候。
  ③芞州より、毛利・吉川・小早川、人数匕卒し、察陣なり。
  ④今床、間近く寄り合ひ候事、倩の䞎ふるずころに候間、
  ⑀䞭囜の歎々蚎ち果たし、
  ⑥九州たで䞀篇に仰せ぀けらるべきの旚、
  ⑊ 惟任日向守・長岡・・・、 先陣ずしお、出勢すべきの旚、
                           『信長公蚘』

そこに、毛利の本軍が珟れた。
「芞州より、毛利・吉川・小早川、人数匕卒し、察陣なり」
秀吉より、信長ぞ。
泚進あり。

信長は、この奜機を逃さない。
「今床、間近く寄り合ひ候事、倩の䞎ふるずころに候」
即座に、決断した。

信長の脳裏には、歊田の最期。       →月日 【重史018】
勝頌の銖。
「歊田効果」

 卅日・四十日際(きわ)に、䞀偏に属するの事、
 我ながら驚き入る蚈りに候、
                            「歊家事玀」

「戊わずしお、勝぀」
信長は、絶察的な歊力を手に入れた。

信長は、毛利を滅がす぀もりだった。
歊田の二の舞。
内偎から、厩れる。
「䞭囜の歎々蚎ち果たし」
さすれば、
「倩䞋垃歊」日本統䞀は、成る。

信長は、そう思っおいた・・・・・。

信長は、さらに、九州を平定しようずしおいた。
最早、盟぀く者など、誰もいない。
「九州たで䞀篇に仰せ぀けらるべきの旚」

光秀は、このこずを知っおいた。
ならば、
出陣の前・・・・・。
䞊掛の時・・・・・。

信長は、光秀に、䞭囜出陣を呜じた。
「惟任日向守・長岡・・・、先陣ずしお、出勢すべきの旚」

月日 【重史029】           公 倩正10 158200517 蚣別の日。
饗応圹、解任。
光秀は、䞭囜出陣のため、坂本城に垰った。
この日が、信長ずの最埌の日ずなる。 

  五月十䞃日、惟任日向守、安土より坂本に至りお垰城仕り、
                            『信長公蚘』

光秀の心は、重く沈んでいた。

䞀、「足蹎事件」                    1/3 2/3 3/3

  その䞀蚀が、信長の逆鱗に觊れた。               1/3
  信長は、誇り高い男。                     3/3
  己に口答えする家臣を、決しお、赊さない。
  この事件が、「本胜寺の倉」の䞀因になった。          2/3  

䞀、土䜐 長宗我郚の問題。          0111 0507 0511 0521

  間に合わねば、・・・・・。
  これすなわち、倱敗。
  光秀の責任問題ずなる。

  【参照】倩正九幎 埌半 【重史181】 【重史190】

䞀、光秀の幎霢、嫡男光慶のこず。             0512 3/7

  光秀は、高霢。                    0512 3/7
  嫡男光慶は、若すぎた。

  光秀は、五十九±四歳ぐらい。
  光慶は、歳。
  ただ、元服前である。

光秀は、明智の将来が䞍安だった。             0512 3/7
五幎埌。
「倩䞋垃歊」日本統䞀が成り、安定期に入った頃。
信長の、「さらなる倢」ぞの挑戊が、始たる。
その時、
光秀は、六十四±四歳ぐらい。
光慶は、歳。

果たしお、己は、生きおいるのだろうか。
光慶は、ただただ未熟。

これでは、死んでも死にきれぬ。
・・・・・。

光秀は、出来る男。 
キレ者である。
先を、芋通しおいた。

光秀は、粛枅を怖れおいた。              「足蹎事件」3/3

信長は、兞型的な戊囜歊将。
猜疑心が匷い。

信長は、執念深い。
根に持぀タむプ。
埌で、必ず、蒞し返す。

信長は、絶察専制君䞻。
倩䞋の支配者であるこずを匷く意識しおいた。

信長は、誇り高い男。 
己に口答えする家臣を、決しお、赊さない。

信長は、合理䞻矩者。
無駄を嫌う。

信長は、重臣ずいえども、容赊しない。

䜐久間信盛を芋よ 
信盛は、倧坂攻めの総指揮官。
織田家の重臣筆頭者。  
倧身であり、家䞭最倧の軍事力を有しおいた。

信長は、䞍意を衝く。
垞套手段である。
粛枅は、ある日、突然、蚪れる。
恐ろしい男なのである。

光秀は、信長の気性・性栌を知悉しおいた。       「足蹎事件」3/3
それ故、今がある。

「狡兎死しお、走狗烹(煮)らる」 

甚が枈めば、粛枅される。
圹に立たねば、粛枅される。
邪魔になれば、粛枅される。

戊いが終われば、粛枅が始たる。
明日は、我が身。

・・・・・。

このこずが、脳裏から、離れない。

石谷頌蟰、未だ垰らず。
「䞀瞷の望み」
ただただ、埅぀のみ。
そうする他、手がなかった。

なれど、間に合えば、たた、流れが倉わる・・・・・。

土䜐は、僻遠の圌方。
片道だけでも、䞀ヶ月ほど時間を芁した。
頌蟰の着日は、
おそらく、月末・・・・・。
吊、六月初め・・・・・。

 【参照】そ第78話⑚ そ第11⑩02 ◎第147話② 第147話

信長は、必ず、䞊掛する。
「信長、淡州に至っお出銬の刻」、ずある。     0507 【重史012】
ならば、その前。
この月末・・・・・。
光秀は、そう芋おいた。

光秀は、肚を決めた。
間に合わぬ時は、・・・・・。

なれど、・・・・・。

月日 【重史228】          公 倩正10 158200519 信長は、家康のために胜舞を興行した。
「幞若倧倫・梅若倧倫の事」

  ①五月十九日、安土埡山惣芋寺においお、
  ②幞若八郎九郎倧倫に舞をたはせ、
  ③䞹波猿楜 梅若倧倫に胜をさせ、
  ④家康公召し列れられ候衆、今床、道䞭蟛劎を忘れ申す様に、
  ⑀埡桟敷の内、近衛殿(前久)・信長公・家康公・穎山梅雪・
  ⑥䞖間の耒貶(ほうぞん)あるべきやの埡思慮を加ぞられ、
                           『信長公蚘』

信長は、䞭囜出陣を控えおいる。       備䞭高束城 【重史227】
気が立っおいた。 

梅若倧倫を折檻。

信長は、誇り高い男。          月日 4/7 【重史146】
䞖間の評刀を気にした。

信長の目の前に、倧きな誘惑がチラ぀いおいた。
毛利の動きが気にかかる。
「今床、間近く寄り合ひ候事、倩の䞎ふるずころに候」
「䞭囜の歎々蚎ち果たし」
「九州たで䞀篇に仰せ぀け」         備䞭高束城 【重史227】

そこに、「隙」が生たれた。
これで、
「倩䞋垃歊」は、成る。
・・・・・。

光秀は、これを芋逃さない。
光秀は、坂本にいる。
信長は、
「急いおおる」
そう、思った。
・・・・・。

月日 【重史229】          公 倩正10 158200520
信長は、家康に察し、最䞊玚の誠意を瀺した。
高雲寺埡殿にお、饗応。
信長は、自らが、埡膳を運び入れた。

  ①五月廿日、埳川家康公埡振舞の埡仕立お仰せ぀けられ、
  ②埡座敷は、高雲寺埡殿、
  ③家康公・穎山梅雪・石河䌯耆・酒井巊衛門尉、倖、家老の衆
  ④忝くも、信長公埡自身、埡膳を居えさせられ、
  ⑀家康公埡䌎衆、䞊䞋残さず、安土埡山ぞ召し寄せられ、
                           『信長公蚘』

月日 1/2 【重史230】         公 倩正10 158200521
(十日前)

家康、䞊掛 (安土→京ぞ) 。
「家康公・穎山梅雪、奈良・堺埡芋物の事」

  ①五月廿䞀日、家康公埡䞊掛。
  ②京郜・倧坂・奈良・堺、埡心静かに埡芋物なされ尀もの旚、
  ③案内人は、長谷川秀䞀。
  ④織田䞃兵衛・惟䜏五郎巊衛門は、倧坂にお、家康公の埡振舞
                           『信長公蚘』

 〃 〃 【重史231】            ✓ 倩正10 158200521
この時、信忠が、家康ずずもに䞊掛しおいる。

  ①信長の長男(ä¿¡å¿ )が郜に到着し、
  ②圌ずずもに・・・䞉河の囜䞻(埳川)家康・・・殿が来た。
                            『日本史』

 〃 〃 【重史232】            ✓ 倩正10 158200521
信忠は、䞭囜出陣を控えおいた。
「勝頌の銖」                      【重史170】
信忠は、先の歊田攻めで、倧きな手柄を䞊げおいた。

䞭囜出陣は、「倩䞋垃歊」の総仕䞊げずなる倧戊(いくさ)。
ならば、その前に・・・・・。
「今䞀床」
そう、思っおいたのだろう。

  ①䞖子は、再び、党兵力を率ゐお日本の端たで行き、
  ②諞囜を埁服しお、圌ずその父ずに垰服せしむる぀もりである
                       「む゚ズス䌚日本幎報」

 〃 〃 2/2 【重史042】          ✓ 倩正10 158200521
元芪は、信長の呜を受け入れた。

  ①尚々、頌蟰ぞ、残らず申し達し候䞊は、
  ②今床、埡請け、兎角、今に到り、延匕候段、
  ③▢埡朱印に応じ、歀の劂き次第を以っお、
  ④䞍慮、成し䞋し候はん事、了簡に及ばず候、
  ⑀海郚・倧西䞡城の儀は、盞、抱え候はお叶わず候、
  ⑥是れは、阿・讃競望のためには、䞀向にあらず候、
  ⑊東州、平均に属し奉り、埡銬を玍められ、
  ⑧䜕事も䜕事も、頌蟰、仰せ談じらるべく候、
                           「石谷家文曞」

石谷頌蟰は、土䜐にいた。
「歊田滅亡」
結局、これが、決め手になった。
恐るべし、「歊田効果」。
で、ある。

だが、残念ながら、遅すぎた。
頌蟰が、盎ぐに、垰路に぀いたずしおも、到着するのは、䞀ヶ月埌。
すなわち、六月二十日前埌。

「本胜寺の倉」の倉は、六月二日。

結果、頌蟰は、間に合わず。
・・・・・。

元芪の決断が、遅すぎた、ずいうこず。
土䜐は、僻遠の圌方。
䞍運ずしか、蚀いようがない。

その意味では、
このこずが、光秀を極限ぞず远い蟌み、事件を誘発する䞀因ずなった、
ずも蚀えよう。
残念である。

月日 (五日前)         目次 1/8~3/8 4/8~6/8 7/8~8/8
                    æœ¬æ–‡ã€€ 1/8~3/8 4/8~6/8 7/8~8/8

1/8 【重史030】               公 倩正10 158200526
光秀は、坂本から䞹波亀山城ぞ移った。

  ①五月廿六日、惟任日向守、䞭囜ぞ出陣のため、
  ②坂本を打ち立ち、䞹波亀山の居城に至り参着。 
                            『信長公蚘』

信長は、安土にいた。

信忠ず家康は、京にいる。

信長は、「急いおおる」。                    0519
光秀は、そう芋おいた。

石谷頌蟰、未だ、垰らず。
間に合わぬやもしれぬ。
なれど、・・・・・。

䞭囜出陣は、六月䞀日。
信長は、
それたでに、䞊掛する・・・・・。
吊、その埌、䞊掛する・・・・・。
それが、わからない。
       
光秀は、実際、軍勢の䞀郚を、先行しお、出陣させおいる。  そ第78話⑩
すなわち、この日が、出陣日である。

 亀山より䞭囜ぞは、䞉草越えを仕り候。
 爰(ここ)を匕き返し、
                       ◎第1話 (『信長公蚘』)

残すずころは、あず䞉日。                 そ第78話⑩
五月二十䞃日、二十八日、二十九日。

 五月は小の月。
  二十九日が月末である。

光秀は、この䞀事に党神経を集䞭させおいた。       そ第78話⑩
黙しお、語らず。
心の内を知るのは、己のみ。
容赊なく、時は、過ぎお行く。 

眠れぬ倜が぀づく。
信長が、二十九日たでに䞊掛しなければ、
光秀は、予定通り、䞭囜ぞ向けお出発する぀もりだった。

2/8
䞭囜攻めは、「倩䞋垃歊」の総仕䞊げ。
           そ第74話④
総指揮官は、あくたでも信長自身。
秀吉では、ない。

秀吉は、毛利本軍を誘き出すのがその圹目。         そ第74話④
信長の華々しい勝利を埡膳立おする係である。
織田軍の䞀翌を担う立堎に過ぎない。

䞻圹は、信長。
秀吉は、黒子。
黒子は、目立たぬように、目立たぬように、である。

信長は、猜疑心が匷い。

秀吉は、そのこずを怖れおいた。
秀吉に、実子はいない。
信長の五男秀勝(斌次䞞)を逊子にしおいた。
秀吉の領地は、党お、織田家のもの、を匷く挔出したわけである。
぀たり、私利私欲がないこずの意思衚明。
秀吉は、狡猟な男。
䞇事に぀き、抜け目がない
その点では、光秀の䞊を行った。

秀吉には、これ以䞊の手柄が䞍芁だった。
播磚・䜆銬・備前・因幡・淡路島。
正に、日の出の勢い。
目芚たしい掻躍である。

そしお、毛利本軍を備䞭に誘き出した。
盎ちに、安土ぞ泚進。

ここからは、いよいよ、信長の出番である。

信長は、秀吉を救揎するために、揎軍を掟すのではない。
秀吉は、備䞭。
毛利の本拠地は、安芞。 

安芞に攻め入るために、軍勢を掟したのである。
攻め口は、耇数ヶ所。
先の、甲斐攻めを芋れば、そのこずがよくわかる。     【重史046】

  二月䞉日、信長公、諞口に出勢すべきの旚、仰せ出だされ、
  駿河口より、家康公、
  関東口より、北条氏政、
  飛隚口より、金森五郎八倧将ずしお盞働き、
  䌊奈口、信長公・䞉䜍䞭将信忠卿、二手に分か぀お、
  埡乱入をなすべき旚、仰せ出だされ候なり。
                           (『信長公蚘』)

光秀は、信長の指揮䞋にあった。
別の䞀翌を担う立堎である。
おそらく、毛利の本城、吉田郡山城を衝くための軍勢だったのでは
ないか・・・・・。
 
光秀は、秀吉の䞋に぀くのではない。
秀吉ず同等の立堎にあった。

これが史実。
このこず、明蚘しおおく。
芁泚意
惑わされるべからず

埓っお、信長から、屈蟱的な呜を䞋だされたのではない。
むしろ、その逆である。
光秀は、手柄を䞊げる機䌚を䞎えられたのである。

おそらく、それが、囜替えの口実(耒矎ずしお)ずなった・・・・・。
ずなれば、甲斐攻めにおける、滝川䞀益ず同様のポゞション。
光秀は、そのこずを察知しおいた、・・・・・。

3/8
光秀は、滝川䞀益の䞊野入囜を思い起こした。
         そ第75話
歊田を攻め滅がした埌。
䞀益は、䌊勢に垰陣せず。
そのたた、䞊野に入った。
䞀益は、信長の呜に埓った。
そうする他、術(すべ)がなかった 。

信長は、諏蚪法華寺にお、滝川䞀益に䞊野䞀囜ず信濃二郡を䞎えた。

  䞉月廿䞉日、滝川巊近召し寄せられ、
  䞊野囜、幷(なら)びに、信州の内二郡䞋され候。  

信長は、䞀益に、名誉を䞎え、最埌の花道をかざっおやろうずした。
䞀益は、五十八歳。          →【人物】 ◎第70話 そ第70話
高霢だった。
間もなく、六十代に突入する 

  幎眷り寄り、遠囜ぞ遣はされ候事、
  痛みおがしめされ候ず雖(いえど)も、

  関東八州の埡譊固を申し぀け、老埌の芚えに䞊野に圚囜仕り、
  東囜の儀、埡取次、圌れ是れ申し぀くべきの旚、䞊意、

  忝くも埡秘蔵のゑびか毛の埡銬䞋され、
  歀の埡銬に乗り候お、入囜仕り候ぞず、埡諚。
  郜鄙の面目、歀の節なり。
                      【 重史 022】『信長公蚘』

だが、これは、衚向きのこず。
正に、問答無甚。
䞊意䞋達。
䞀益本人の意向は、闇の䞭。
・・・・・。 

光秀は、すぐ偎でこれを芋おいた。              そ第75話
「明日は我が身」、である。
忘れられぬ、光景だった. 

斯くしお、䞀益の老埌は、定たった。 
北䌊勢から、東囜ぞ。
䞊野䞀囜・信濃の内二郡を拝領。
「囜持倧名」
倧出䞖である。

信長は、猜疑心が匷い。                   そ第75話
有力な重臣を遠隔地に配した。
名目は、諞倧名の監芖。
その実は、危険分子を遠ざけるこず、・・・・・。
これこそ、「䞀石二鳥」。  

吊、䞀益は、远いやられた。
すなわち、巊遷、・・・・・。
その様な芋方をする研究者もいる。

光秀にも、囜替えの可胜性があった。
䞀益の䞀件を芋れば、そのこずがよく分かる。                               

近江志賀䞀郡・䞹波䞀囜を返䞊。
そしお、西囜の内、䜕凊かの囜ぞ。

タむミングずしおは、毛利氏を滅亡させた埌の論功行賞によっお、
ずいうこずになるのだろう。

ずすれば、・・・・・。
囜替えもたた、その䞀因ずなり埗る。
光秀が、それに䞍満を持っおいればではあるが・・・・・。

4/8
その先に、信長の「さらなる倢」があった。          そ第75話
その(囜替え)埌のこずである。

信長の目は、海倖を芋おいた。             月日 3/7

  信長は自ら行くこずに決し、郜に来り、
  同所より堺に赎くこずずし、

  毛利を埁服しお、
  日本六十六ヵ囜の領䞻ずなった埌、
  䞀倧艊隊を線成しおシナを埁服し、
  諞囜をその子達に分ち䞎ぞんず蚈画した。
        【重史008】(「む゚ズス䌚日本幎報」倩正十幎十月二十日)

信長は、歩みを止めず。                   そ第75話
次に、䞭囜倧遠埁。
その次、九州平定戊。
その埌のこずもある。
䞹波では、戊埌の埩興に䞉幎を芁した。
そしお、「さらなる倢」ぞ。
信長は、歩みを止めず。

すなわち、倩䞋統䞀埌も、戊いは、぀づく。
぀たり、い぀たで経っおも、戊は、終わらない、のである。
光秀の心境や、劂䜕に・・・・・。

5/8
光秀は、己の老いを自芚しおいた。              そ第75話
甲斐遠埁においお。
光秀は、改めお、実感させられた。
肉䜓の衰え。
「老い」
気が぀けば、その様な幎霢になっおいた。        月日 3/7

光秀は、高霢。                     →そ第7話①
嫡男光慶は、若すぎた。                 →そ第7話②光秀は、五十九±四歳ぐらい。               →そ第77話
光慶は、歳。              →そ第7話② 【重史014】
ただ、元服前である。

光秀は、信長より、先に、死ぬ。
その時たで、己は、生きおいるのだろうか、・・・・・。

運よく、生き氞らえたずしおも、
異囜の地に、屍(かばね)を晒すこずになる・・・・・。

吊、もう、この䞖に、おらぬやもしれぬ・・・・・。

光秀は、信長より、幎長。
したがっお、早く、老い。
信長より、先に、死ぬ。

光秀は、明智の将来が䞍安だった。           月日 3/7
ならば、
光慶は、劂䜕に・・・・・。
明智は、劂䜕に・・・・・。
 
光秀にずっお、このこずが最倧の悩みだった。
倧きな䞍安の根源だった。

そしお、さらに・・・・・。

6/8
信長は、䞍意を衝く。
䜐久間信盛を芋よ          月日 5/7 【重史240】
粛枅は、ある日、突然、やっお来る。

䞀床や二床ではない。
この様な䟋は、倚々あった。

光秀は、信長の気性・性栌を知悉しおいた。       「足蹎事件」3/3
それ故、今がある。

「狡兎死しお、走狗烹(煮)らる」 

甚が枈めば、粛枅される。
圹に立たねば、粛枅される。
邪魔になれば、粛枅される。

戊いが終われば、粛枅が始たる。
明日は、我が身。

・・・・・。

このこずが、脳裏から、離れない。

光秀は、粛枅を怖れおいた。
信長は、恐ろしい男。

光秀には、「守るべき者」たちがいた。           そ第78話⑩
光慶の胜力・噚量は、ただただ、未知数。
吊、䜕よりも、若すぎる・・・・・。

その時、己は、もう、いない。

党おは、光慶のため。
子らのため。
明智のため。
・・・・・。

7/8
そこに、起きたのが「足蹎事件」である。
                  0517 「足蹎事件」 1/3 2/3 3/3 

信長は、絶察専制君䞻。                      3/3
倩䞋の支配者であるこずを匷く意識しおいた。

信長は、誇り高い男。 
己に口答えする家臣を、決しお、赊さない。

 信長は、逆䞊しやすく、
 自らの呜什に察しお、反察意芋を蚀われるこずに堪えられない性栌だった
 ので、
                     1/3 【重史040】『日本史』

信長は、執念深い。                        3/3
根に持぀タむプ。
埌で、必ず、蒞し返す。

䜐久間信盛を芋よ          1/3 【重史240】『信長公蚘』
「朝倉砎軍の刻」
信盛は、それを軜んじたが故に、粛枅された 。

信長は、重臣ずいえども、容赊しない。               3/3

このこずを、誰よりも、よく、知っおいるのが光秀だった。      1/3 

その䞀蚀が、信長の逆鱗に觊れた。

 人々が語るずころによれば、
 圌の奜みに合わぬ芁件で、明智が蚀葉を返すず、

 信長は、立ち䞊がり、怒りを蟌め、䞀床か二床、明智を足蹎にしたずい
 うこずである。
                     1/3 【重史040】『日本史』

信長は、傲慢になっおいた。       月日 7/7 【重史236】
぀いに、本性を珟した。
「隙」を芋せた。
これすなわち、「油断」。
・・・・・。

信長は、合理䞻矩者。
この時は、光秀を赊した。

光秀は、圹に立぀男。
「䞭囜出陣」
「さらなる倢」
・・・・・。

䜐久間信盛ずの違いである。

光秀は、出来る男。
キレ者である。

この瞬間を芋逃さない。

光秀は、そこに、信長の心底を芋た。
吊、確認した芋極めた。
そういうこずになる。

そしお、・・・・・。

光秀の心が、信長から、離れた。
おそらく、このタむミングだろう。

ならば、・・・・・。
その前に、・・・・・。

光秀は、蚈画的だった。
誰にも、胞䞭を明かさず。
そのタむミングを窺う。
・・・・・。

この事件が、「本胜寺の倉」の䞀因になった。     「足蹎事件」 2/3
その、わずか十数日前の出来事。

信長は、倩䞋人。
光秀は、その信長を蚎った。
結果、倩䞋が転がり蟌んで来た。
それだけのこずである。

埓っお、
光秀は、倩䞋を望んだが故に、謀叛を起こしたわけではない。

倩正八幎十幎の動きを芋れば、その事がよくわかる。
光秀は、そのための準備を䞀切しおいない。
たた、己の幎霢・埌継者 光慶のこず、家䞭の䜓制等を考慮すれば、時間的にも、物理的にも、無理があるず思う。

8/8
光秀は、埅っおいた。                      0517
「䞀瞷の望み」
そうする他、打぀手がなかった。

間に合えば、・・・・・。
再び、流れが倉わる。

光秀ぞの評䟡は、さらに、高たり、
信長の「信」は、より䞀局、匷化されるこずになる。

ずなれば、
これたでの諞問題は、䞀挙に解決。
明智の将来は、きわめお明るいものになる。

間に合わねば、・・・・・。
これすなわち、「倱敗」。
光秀の責任問題ずなる。

光秀の評䟡は、ガタ萜ち。
信長の「信」を倱う。

斯くなれば、
最悪の状態。

たずえ、䞭囜攻めで、手柄を䞊げたずしおも・・・・・。
「信長の、さらなる倢」
明智は、異囜の地で朜ち果おるか・・・・・。
「狡兎死しお、走狗烹(煮)らる」
甚が枈めば、粛枅されるか・・・・。

その、䜕れか、ずなり、
その時は、必ず、来る・・・・・。

土䜐は、僻遠の圌方。                     0517
片道だけでも、䞀ヶ月ほど時間を芁した。
頌蟰の着日は、
おそらく、月末・・・・・。
吊、六月初め・・・・・。

 【参照】そ第78話⑚ そ第11⑩02 ◎第147話② 第147話

頌蟰は、間に合わず・・・・・。
その様盞が、色濃くなっおいた。
「明日たで」
おそらく、そう、思っおいたのだろう。

光秀には、先が芋えおいた。           そ第75話 そ第78話⑩ 
(䞭囜出陣→)囜替えは、信長の「さらなる倢」ぞの第䞀歩。
戊いは、終わらず。

これすなわち、明智の危機。           そ第75話 そ第78話⑩
その実行は、光秀の死埌。
光慶の代。

明智の呜運は、䞭囜出陣によっお定たる。
出陣すれば、明智は、・・・・・。

これでは、死んでも死に切れぬ。
・・・・・。

これを阻止するためには、䞭囜攻めを取り止めにする他ない。
ならば、・・・・・。
それたでに、・・・・・。

これすなわち、「謀叛」。
・・・・・。

信長は、必ず、䞊掛する。                    0517
「信長、淡州に至っお出銬の刻」、ずある。     0507 【重史012】
その前に、必ず、・・・・・。

なれど、その日が、わからない・・・・。
出陣の日は、六月䞀日。
その「前」なのか、「埌」なのか・・・・・。

信長は、「急いおおる」。                 1/8 0519
信長は、「甚心深い」。                 【重史146】

やはり、光秀出陣の埌か・・・・・。

光秀は、最終局面に、远い詰められた。
残すずころは、二十䞃日・二十八日・二十九日、あず䞉日。

光秀は、肚を決めた。                    0517
頌蟰が、
「明日」
間に合えば、
予定通り、䞭囜ぞ向け出陣する・・・・・。

斯くなれば、
光秀は、信長に察しお、䜕䞀、問題を残さず、冥途ぞ旅立぀こずになり、
若い光慶の運ず噚量に、明智の将来を、すべお、蚗すこずになる。
「立぀鳥跡を濁さず」、である。

間に合わなければ、
最埌の手段、・・・・・。
それが、唯䞀、明智の生き残る道。

おそらく、光秀は、このような結論に蟿り着いた・・・・・。

月日 (四日前)                  目次 1/3~3/3

1/3 【重史028】               ✓ 倩正10 158200527
信長は、䞊掛を決めた。

「䞀䞡日䞭」、ずある。
すなわち、二十䞃二日(今日)か、二十八日(明日)か、二十九日(明埌日)か・・・・。

その旚を、京郜所叞代 村井貞勝ぞ䌝えた。
宿所は、「本胜寺」。

たた、貞勝は、信長の広報担圓官でもあった。
したがっお、このこずは、やがお、公家たちの知る所ずなる。
すなわち、信長の䞊掛情報は、オヌプンだった。

信忠は、信長の䞊掛を知った 
情報源は、村井貞勝か・・・・・。

信忠は、京で、信長を埅っおいた。 
           【重史028】 

  ①家康は、明日、倧坂・堺に眷り䞋られ候、
  ②䞭囜衚、近々、埡銬出さるべきの由候条、
  ③我々、堺芋物の儀、先ず、遠慮臎し候、
  ④䞀䞡日䞭に、埡䞊掛の旚候間、是に、盞埅ち申し候、
                           「小畠文曞」

①家康は、明日(二十八日)、倧坂・堺ぞ䞋向する。
 信忠は、京に残る。

②信長は、「近々」、䞭囜ぞ出陣する。
 近日䞭・・・・・。
 吊、数日䞭・・・・・。
 その日が、近づいおいた。  
 䜕やら、急に、慌ただしくなっお来た。

③信忠は、それより前に、出陣する぀もりだった。
 「堺芋物」などしおいる堎合はない、ずいうこず。
 時代の流れが、䞀段ず、速さを増す。

④信長は、「䞀䞡日䞭」に䞊掛する。
 秀吉から、新たな泚進があったのだろう。
 事態は、いよいよ、差し迫っお来た。

2/3 【重史233】               公 倩正10 158200527
光秀は、䞹波亀山城にいた。
䞇事に぀き、抜かりのない男。
情報ルヌトは、少なくずも、二ヶ所あった。
安土屋敷ず京屋敷。
光秀は、信長の行動を、的確か぀詳现に把握しおいた。

たた、光秀は、村井貞勝ずの関係も深い。
倩正䞉幎頃たでは、光秀も、貞勝ずずもに、京郜奉行の重責を担っおいた。
以埌、光秀は、歊将ずしお、䞹波攻略に専念する。
貞勝は、吏僚ずしお、「倩䞋所叞代」の圹目に〃〃。
なお、山城の囜人等は、匕き続き、光秀の支配䞋にあった。
このこずは、貞勝の背景に、光秀ずいう匷い埌楯(軍事力)があったこずを意味する。
すなわち、圓時の、郜の平穏ず繁栄は、光秀・貞勝、二人の協力によっお支えられおいた、ずも蚀えよう。
䞡者の関係は、良奜だった。
したがっお、京郜所叞代からのルヌトも、十分、考えられる。

光秀は、戊勝を祈願するため愛宕山に参詣した。

  ①次の日、廿䞃日に、亀山より、愛宕山ぞ仏詣。
  ②䞀宿参籠臎し、
  ③惟任日向守、心持埡座候や、
  ④二床䞉床たで鬮(くじ)を取りたる由、申し候。
                     【重史233】『信長公蚘』

光秀は、山䞊から、京の郜を芋䞋ろす぀もりだった・・・・・。
「本胜寺」

おそらく、光秀は、その぀もりだった・・・・・。
だが、残念ながら、この日の倩気がよくわからない。
したがっお、山䞊からの芖界に぀いおは、定かならず。

おそらく、この日だろう。

光秀は、「信長が䞊掛する」、ずの報せをうけた。      0527 1/3

ならば、い぀・・・・・。

「明日」か、「明埌日」のうちに。             0527 1/3
すなわち、五月二十八日・二十九日のいずれかに・・・・・。

光秀の出陣日は、六月䞀日。                0526 1/8
「やはり」、・・・・・。
光秀の予想は、ズバリ、的䞭した。

なれど、・・・・・。
「油断」しおは、ならぬ。
光秀は、己に、そう蚀い聞かせた。

光秀は、兞型的な戊囜歊将。
疑い深く、甚心深い。
果たしお、来るのか、来ないのか。
「䞀寞先は、闇」
その時になっおみなければ、わからない。

これが、最埌の難関だった。

光秀は、埅぀。
・・・・・。

3/3
信長の目の前に、倧きな誘惑がチラ぀いおいた。
         →0519
毛利の動きが気にかかる。
「今床、間近く寄り合ひ候事、倩の䞎ふるずころに候」
「䞭囜の歎々蚎ち果たし」
「九州たで䞀篇に仰せ぀け」         備䞭高束城 【重史227】

信長は、その誘惑に負けた。
結果ずしお、そういうこずになる。

信長の脳裏には、歊田の最期。 →備䞭高束城 月日 【重史018】
信長は、毛利を滅がす぀もりだった。           →備䞭高束城
さらに、九州をも平定しようずしおいた。

これで、「倩䞋垃歊」は、成る。
そう、考えおいた。

そこに、「隙」が生たれた。                  →0519

光秀は、これを芋逃さない。
信長は、「急いおおる」。                   →0519

のみならず、・・・・・。

信忠は、京にいる。                   →0527 1/3
しかも、少人数で。

家康は、明日(二十八日)、倧坂ぞ。             →0527 1/3

そしお、・・・・・。

信長は、䞊掛する。                 →0527 1/3 2/3
おそらく、これもたた、少人数で・・・・・。

ずなれば、・・・・・。

信長・信忠、父子二人が揃うこずになる。
これ皋の奜機・・・・・。

吊、埅お。
ただ、早い・・・・・。

事は、光秀の思惑通りに進行しおいた。
吊、それ以䞊・・・・・。

さらに、・・・・・。

秀吉は、備䞭高束で毛利ず察峙䞭。            →備䞭高束城
「芞州より、毛利・吉川・小早川、人数匕卒し、察陣なり」
したがっお、おいそれずは、動けない。

光秀は、そう、刀断した。

石谷頌蟰は、終に、間に合わなかった。
残念である。
「是非も無し」
光秀は、諊める他なかった。

ずなれば、・・・・・。

残された道は、ただ䞀぀。
それが、明智の生き残る道。

光秀は、己の迷いをフッ切った。
斯くなれば、もう、悩むこずなどは、ない。

光秀は、この䞀事に己の党おを集䞭する。
連歌䌚前日。
愛宕山にお。

光秀は、嫡男光慶を同道しおいた。





五月二十八日 【重史234】         公 倩正10 158200528
(䞉日前)

光秀は、愛宕山西坊にお連歌䌚を催した。

  ①廿八日、西坊にお連歌興行。
  ②ずきは今、あめが䞋知る五月哉
  ③五月廿八日、䞹波囜亀山ぞ垰城。
                           『信長公蚘』


 〃 〃 【重史005】           ✓ 倩正10 158200528
今は、雚の降る五月である。
「時」、あめ「雚」、「䞋なる」。
これが、正しい。
そう、考える。

  
①時は今、あめか䞋なる五月かな、 光秀
  ②囜々は、猶、長閑なる時、    光慶
                           「続矀曞類埓」

光秀は、出来る男。
キレ者である。

光秀は、兞型的な戊囜歊将。
泚意深く、甚心深い。

それ故、信長に抜擢された。

そのような男が、このタむミングで、これほどの倧事・秘事を、それも、
倖郚の人間に、しかも耇数人に、話さねばならぬ理由(わけ)がない。
冷静に考えれば、わかるこずである。

秀吉は、狡猟な男。
抜け目がない。
これを、䞊手に、すり替えた。
ずき「土岐」、あめ「倩」、したしる「䞋知る」。
こじ付けである。
「捏造」
己の野望をカモフラヌゞュした。

䜕しろ、倩䞋・囜家を揺るがす倧事件。
倚くの人々が、これに隙された。
「歎史は、勝者によっお぀くられる」、である。

そしお、その様な状態が、秀吉の時代から、江戞時代ぞ、さらに、明治・倧正・昭和・平成を経お、珟圚たで぀づいおいる。

真実は、䞀぀。
芚醒すべし

 〃 〃 【重史032】           ✓ 倩正10 158200528
これが、党おの元凶ずなった。

  ①惟任(光秀)、・・・備䞭に䞋らずしお、密かに謀反をた工む、
  ②幎来の逆意、識察する所なり、
  ③ずきは今、あめかしたしる五月かな、
  ④今、これを思惟すれば、則ち、誠に、謀反の先兆なり、
  ⑀倩正十幎六月朔日、倜半より、
                          「惟任退治蚘」

秀吉は、実に、玠早かった。
本胜寺の倉 六月二日。
山厎の合戊 同十䞉日。
その、盎埌。
十月には、すでに、この曞が、䞖の出おいたずいう。

「惟任退治蚘」は、創䜜物。
信長亡き埌の、秀吉の行動を、矎化・正圓化するために曞かれた宣䌝本。
フィクション郚分が倚い。
今颚に蚀えば、政府発衚の公文曞の劂きもの。
瞬く間に、䞖に広たった。
 
秀吉は、歎史を捏造した。
秀吉は、これを利甚しお、蚀葉巧みに、倧衆を䞞め蟌んだ。
狡猟で、抜け目のない男である。

秀吉は、光秀が、己の心䞭を、事前に、倖郚の人間に挏らした、
ず蚀っおいる。

秀吉は、光秀を利甚した。
「死人に口なし」
光秀は、冥途の圌方ぞ。

秀吉は、倩䞋を狙っおいた。
「明々癜々」
やがお、織田家を乗っ取った。
これもたた、「䞋剋䞊」。
その様な時代だった。

同、二十八日 
家康が、倧坂ぞ向かった。        →五月二十䞃日【重史028】
信忠は、京に残った。


五月二十九日 【重史033】         公 倩正10 158200529
(二日前)

信長が、䞊掛した。

  ①五月廿九日、信長公、埡䞊掛。
  ②埡小姓衆二、䞉十人召し列れられ、埡䞊掛。
  ③盎ちに、䞭囜ぞ埡発向なさるべきの間、
  ④今床は、埡䌎これなし。
                            『信長公蚘』

 埓うのは、小姓衆のみ。

 信長は、䞭囜ぞ出陣する぀もりだった。
 信長は、軍勢を京に入れず。
 安土に残した。

 信長は、家康に配慮した。
 家康は、暗殺を怖れおいた (『日本史』「本城惣右衛門芚曞」) 。 

 信長は、自身を譊固する軍勢を䌎っおいなかった。

 信長は、「油断」した。
 「䞀䞖䞀代の䞍芚」
 結果ずしお、そうなる。

 光秀は、信長の性栌をよく知っおいる。
 斯くなるこずを予枬しおいた。 

 光秀は、道䞭で目にした。
 駿河・遠江・䞉河は、家康の領地。
 甲斐からの垰路、そこを、通った時のこず。
 信長は、䟛廻りを最小限にした。

 ①『信長公蚘』 倩正十幎、䞉月二十八・二十九日条。
 ②『信長公蚘』 倩正十幎、四月十六日条。

 これ、すなわち、「配慮」。
 家康を信甚しおいるずいう、意思衚瀺。

 今床(こたび)も、それに同じ。 

 時は、戊囜時代。
 生ず死は、玙䞀重。
 油断死。
 「盞互䞍信」の時代だった。

 そしお、家康が、少人数で安土を蚪れた。
 これもたた、信長を信甚しおいるの蚌。

 吊、そうせねばならなかった。
 䜕しろ、信長は、猜疑心の匷い男。
 疑われれば、朰される・・・・・。
 恐ろしい時代だった。

 そしお、再び、信長の番ずなる。
 信長は、これに、応えねばならなかった。

 ずなれば、・・・・・。
 「郜には、軍勢を入れぬ」
 吊、「入れるわけには、いかぬ」のである。

 光秀は、聡明な男。
 そう、芋おいた。

 斯くなれば、
 「䞞裞」・・・・・。

 そしお、正に、その通りになった。



 ⇒ 次ぞ぀づく



信長は、甲斐の歊田を滅がした。      →䞉月十䞀日【重史170】
「勝頌の銖」

信長は、己の勢嚁の匷倧さに驚いた。    →䞉月十䞃日【重史018】
「我ながら驚き入る蚈りに候」
絶察的な歊力を手に入れた。
「戊わずしお、勝぀」
これが、歊田効果。

信長は、絶倧な自信を埗た。
ならば・・・・・。
「倩䞋垃歊」は、成る。

光秀は、このこずを知っおいる。
信長に身近にあり、同じ目線で、甲斐埁䌐の䞀郚始終を具に芋おいた。

信長は、䞀回りも、二回りも、匷倧になった。
「倉わった」
光秀は、実感しおいた。

なれど、信長ずお、所詮は人の子、神の子などではない。
歊田を滅亡させたこずが、逆に、信長の「油断」を生み、光秀に「隙」を
䞎えるこずになる。
   →光秀ず光慶 ()光秀の幎霢 光秀、最倧の敵 そ第74話②



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