【土を育てる。】第422章:冷蔵庫を開ける前に、庭を見る朝ができた
【ミニトマト編】
第422章:冷蔵庫を開ける前に、庭を見る朝ができた
朝ごはんを作ろうとして、冷蔵庫を開ける。その前に、ふと庭を見るようになりました。赤いミニトマトがあるかもしれないからです。
毎日きちんと世話をするのではなく、暮らしの途中で植物を見る。
家庭菜園が、少しずつ生活習慣になってきました。

朝です。
今日も、
いつもの一日が始まります。
カーテンを開けます。
顔を洗います。
朝ごはんを、
どうしようかなと考えます。
パン。
卵。
ヨーグルト。
冷蔵庫には、
昨日買ったものがあります。
いつもなら、
そのまま冷蔵庫を開けます。
でも、
最近、
その前に、
一つだけすることが増えました。
庭を見ます。
特別な理由ではありません。
ミニトマトが、
赤くなっているかもしれないからです。
昨日は、
まだ少し橙色だった実。
今朝は、
どうなったかな。
窓から、
少し見る。
赤いものが見えたら、
庭へ出ます。
一個。
二個。
今日は、
三個ありました。
「あ、赤くなってる。」
その三個を、
朝ごはんに使うかもしれません。
夕食まで、
取っておくかもしれません。
その場で、
一個食べるかもしれません。
まだ、
何も決めなくて大丈夫です。
まず、
庭を見る。
それだけです。
前の章では、
朝ごはんに、
庭のミニトマトを二個添えました。
料理は、
しませんでした。
洗って、
いつもの朝ごはんに、
置いただけです。
でも、
その二個を採るために、
朝、
庭へ出ました。
そして、
次の日も、
なんとなく、
庭を見ました。
気づけば、
冷蔵庫を開ける前に、
庭を見る朝ができています。
家庭菜園を始める前には、
なかった習慣です。
別に、
毎朝必ず、
収穫できるわけではありません。
今日は、
何も赤くない。
そんな日もあります。
昨日採ったばかりだから、
今日は一個もない。
それでも、
庭を見ます。
赤い実がなくても、
別のものが目に入ります。
新しい花。
まだ小さな青い実。
少し大きくなった実。
葉っぱ。
土。
朝露。
昨日との、
ほんの小さな違い。
最初の頃は、
ミニトマトを見る時、
「何をすればいいんだろう。」
と考えていました。
水をあげる?
肥料をあげる?
わき芽を取る?
支柱は大丈夫?
何か、
作業を探していました。
でも、
今は少し違います。
庭へ出ても、
何もしない日があります。
土は、
まだ湿っています。
水はいりません。
株も、
元気そうです。
肥料も、
今日は必要ありません。
赤い実も、
ありません。
では、
今日は終わりです。
見るだけ。
それで、
家へ戻ります。
家庭菜園というと、
毎日、
植物の世話をするものだと、
思うかもしれません。
でも、
実際には、
毎日何かをする必要はありません。
むしろ、
毎日見ることと、
毎日手を出すことは、違います。
ここは、
一株を育ててみると、
少しずつ分かってきます。
見る。
でも、
必要がなければ、
触らない。
土が乾いていなければ、
水をあげない。
株が元気なら、
肥料を増やさない。
まだ青い実なら、
赤くなるまで待つ。
以前なら、
何かをした方が、
育てている感じがしたかもしれません。
でも、
今は、
何もしないで帰ることも、
お世話の一つだと分かってきました。
これは、
少し不思議な変化です。
家庭菜園を始めた時は、
植物について、
ほとんど知りませんでした。
だから、
説明を読みます。
調べます。
迷います。
これで合っているかな。
そんなことを、
何度も考えます。
でも、
毎日、
同じ一株を見ていると、
少しずつ、
その株のことが分かってきます。
昨日より、
土が乾いている。
今日は、
葉が元気。
昨日より、
実が赤い。
新しい花が、
咲いた。
難しい知識ではありません。
ただ、
昨日との違いが、
少し見えるようになった。
それだけです。
でも、
家庭菜園では、
それが、
結構大事なのだと思います。
朝、
庭を見る。
一分。
二分。
長くても、
ほんの少し。
それだけなのに、
一日の中に、
植物を見る時間ができます。
スマートフォンを見る前。
テレビをつける前。
冷蔵庫を開ける前。
庭を見る。
もちろん、
毎日そうしなくてもいい。
忙しい日は、
忘れても大丈夫です。
でも、
ふと思い出した朝に、
庭へ出ます。
昨日まで青かった実が、
少し赤くなっている。
「明日くらいかな。」
そう思って、
その日は採りません。
次の朝。
また、
見ます。
今度は、
ちゃんと赤い。
採ります。
洗います。
朝ごはんに添えます。
この繰り返しが、
少しずつ、
暮らしに入ってきます。
最初は、
家庭菜園のために、
時間を作っていました。
でも、
今は、
朝ごはんの途中に、
家庭菜園があります。
これは、
かなり違います。
家庭菜園をする時間
ではなく、
家庭菜園のある生活
になり始めています。

大げさな変化ではありません。
朝四時に起きて、
畑仕事をするわけではありません。
長靴を履いて、
一時間作業するわけでもありません。
ほんの数分です。
窓を見る。
庭へ出る。
赤い実があるか見る。
土を見る。
戻る。
それだけ。
でも、
それが続くと、
少しずつ、
庭が遠い場所ではなくなります。
家の中と、
庭の間にあった境目が、
少し薄くなります。
冷蔵庫には、
食べ物があります。
庭にも、
食べ物があります。
もちろん、
庭にあるのは、
ほんの少しです。
ミニトマト一株。
それだけ。
でも、
朝ごはんを考えた時、
冷蔵庫だけではなく、
庭も、
頭の中に入るようになりました。
「トマト、赤くなってたかな。」
そんなふうに。
この感覚は、
家庭菜園を始める前には、
ありませんでした。
食べ物は、
スーパーで買って、
冷蔵庫へ入れるもの。
そこから、
料理するもの。
それが、
普通でした。
今も、
ほとんどはそうです。
パンも、
卵も、
牛乳も、
スーパーで買います。
家庭菜園を始めたからといって、
生活が急に、
自給自足になるわけではありません。
でも、
ミニトマトだけは、
少し違います。
朝、
庭から来ることがあります。
その一つが、
暮らしの中に、
別の道を作りました。
スーパー → 冷蔵庫 → 食卓
だけではなく、
庭 → 台所 → 食卓
という、
短い道です。
ほんの二個。
三個。
でも、
その道が、
家の中にできました。
家庭菜園を始める時、
私は、
野菜を育てることばかり、
考えていました。
どう植えるか。
どう水をあげるか。
どんな肥料を使うか。
どうすれば、
実がつくか。
でも、
実際に一株を育ててみると、
その先があります。
育ったものが、
生活の中へ戻ってきます。
朝ごはんになります。
夕食になります。
家族が食べます。
そして、
次の日、
また庭を見ます。
植物を育てることと、
暮らすことが、
少しずつ、
つながってきました。
朝、
庭へ出ると、
空気が少し違う日があります。
今日は、
暑くなりそう。
昨日より、
少し風がある。
雨が降りそう。
夏の終わりが、
少し近づいている。
天気予報を見れば、
もっと正確に分かります。
でも、
庭に出ると、
数字とは少し違う形で、
季節を感じます。
葉が揺れる。
土が乾く。
実が色づく。
花が咲く。
虫がいる。
植物は、
その日の天気の中にあります。
だから、
毎朝少し見るだけでも、
自然と、
外のことを気にするようになります。
昔より、
天気を見るようになった。
雨が降ったら、
今日は水やりしなくていいな。
暑い日が続いたら、
土はどうかな。
そんなふうに、
少し考えるようになります。
家庭菜園を始めて、
急に園芸の専門家になったわけではありません。
まだ、
分からないことはたくさんあります。
でも、
一つだけ、
確実に変わったことがあります。
見るようになりました。
土を、
見る。
葉を、
見る。
実を、
見る。
天気を、
見る。
家庭菜園を始める前は、
そこにあっても、
あまり見ていなかったものです。
庭の土なんて、
ほとんど意識していなかったかもしれません。
でも今は、
ミニトマトの株元を見る時、
自然と、
土も見ます。
乾いている。
少し湿っている。
表面だけ乾いている。
雨のあとだから、
今日はまだ大丈夫。
少しずつ、
違いが分かります。
最初に土づくりをした時、
私は、
土のことを、
それほど知りませんでした。
何を混ぜればいいのか。
どのくらい水を含むのか。
植物が育つ土って、
どんな土なのか。
よく分かりませんでした。
でも、
一株を育てて、
毎朝少し見るうちに、
土は、
ただ植物を植える場所ではないと、
少しずつ感じるようになりました。
水を受け止めます。
根があります。
植物を支えています。
乾いたり、
湿ったりします。
目には見えないところで、
根が、
そこで暮らしています。
まだ、
全部分かったわけではありません。
でも、
土を見るようになった。
それだけでも、
家庭菜園を始める前とは違います。
そして、
面白いことに、
その変化は、
勉強しようとして起きたわけではありません。
朝ごはんに、
ミニトマトが欲しかった。
だから、
庭を見ました。
そこからです。
家庭菜園の勉強を、
始めよう。
そう思って、
机に向かったわけではありません。
庭に、
一株あったから。
毎日、
少し見ていたから。
気づけば、
少しずつ、
植物を見る目が変わっていました。
家庭菜園は、
こういう学び方でもいいと思います。
先に、
全部覚えなくていい。
育てながら、
必要なことを、
少しずつ覚える。
そして、
毎日の変化から、
少しずつ分かるようになる。
朝、
庭を見る習慣も、
誰かに言われて始めたものではありません。
「庭に赤い実があるかもしれない。」
それだけです。
だから、
続いているのかもしれません。
習慣というと、
毎日必ずやる。
忘れたら駄目。
そんなふうに、
考えることがあります。
でも、
家庭菜園の習慣は、
もっとゆるくていいと思います。
今日は、
見た。
昨日は、
見なかった。
でも、
その前の日は、
見た。
それでもいい。
植物のことを、
生活の中で、
少し思い出せれば十分です。
家庭菜園を、
義務にしなくていい。
水やりを、
仕事にしなくていい。
毎日の収穫を、
ノルマにしなくていい。
庭を見るのが、
ちょっと楽しみ。
そのくらいが、
長く続くには、
ちょうどいいと思います。
朝、
庭へ出ます。
今日は、
赤い実がありません。
でも、
一つだけ、
昨日より色が変わっています。
「明日かな。」
それだけ確認して、
家へ戻ります。
冷蔵庫を開けます。
今日は、
買ってきたミニトマトを、
使うかもしれません。
それでいい。
庭にない日は、
買えばいい。
家庭菜園を始めたからといって、
全部を、
庭に任せなくて大丈夫です。
無理をしない。
足りないものは、
買う。
採れたものは、
使う。
このくらいが、
暮らしには、
ちょうどいい。
次の日。
また、
庭を見ます。
昨日の実が、
赤くなっています。
今日は、
一個。
その隣にも、
もう一個。
二個です。
採ります。
こんな日が、
少しずつ続きます。
一個。
ゼロ。
三個。
二個。
毎日、
同じではありません。
そこも、
スーパーとは違います。
スーパーなら、
必要な数を、
買えます。
庭は、
こちらの都合に、
ぴったり合わせてはくれません。
今日は、
一個。
今日は、
五個。
今日は、
何もない。
植物には、
植物の時間があります。
最初は、
少し不便に見えるかもしれません。
でも、
その不揃いさにも、
少し慣れてきます。
今日は何個かな。
それを、
楽しめるようになります。
考えてみると、
ここまで来る間に、
私は、
待つことを、
何度も覚えました。
花が咲くまで。
実がつくまで。
大きくなるまで。
赤くなるまで。
そして今は、
次の実が赤くなるまで。
すぐに結果が出なくても、
少し待つ。
必要なことだけして、
また見る。
ミニトマト一株から、
何度も、
同じことを教えてもらいました。
そして、
朝の庭を見る時間も、
その続きです。
何かをするためではなく、
今日はどうかな。
と見るための時間です。
赤ければ、
採る。
まだなら、
待つ。
乾いていれば、
水。
湿っていれば、
そのまま。
難しいことは、
ありません。
最初は、
一つ一つ、
考えました。
でも、
少しずつ、
生活の中に入ってきました。
冷蔵庫を開ける前に、
庭を見る朝ができた。
ほんの小さな変化です。
誰かに自慢するような、
大きな成果ではありません。
でも、
家庭菜園を始める前には、
なかった朝です。
そして、
この朝ができたことは、
ミニトマトが育ったことと同じくらい、
少し嬉しいと思います。
植物だけが、
変わったのではありません。
暮らしも、ほんの少し変わりました。
庭を見る。
赤い実を見つける。
採る。
朝ごはんに添える。
また、
次の日を見る。
家庭菜園が、
特別なイベントではなく、
生活の中の、
小さな習慣になっています。
今日も、
冷蔵庫を開ける前に、
庭を見ました。
赤い実は、
二個。
それだけで、
少し嬉しい朝です。
そして、
最近、
もう一つ、
変わってきたことがあります。
庭へ出るたびに、
つい数えてしまいます。
一個。
二個。
三個。
「今日は、何個採れたかな。」
収穫量を競うためではありません。
ただ、
今日の小さな変化を、
楽しみにしています。
次の章では、
そんな時間を見てみます。
第423章:今日は何個採れたかな、が楽しみになる
たくさん採れなくても大丈夫です。
一個の日も、
五個の日も、
その日の一株から届いた、
小さな収穫です。
実際に育ててみた方は、ぜひコメントで体験談を書いてみてください。
「気づいたら、朝いちばんに庭を見るようになっていました」
「収穫できない日でも、ついミニトマトを見に行きます」
そんな短い一言でも十分うれしいです。
これから始める人にとっては、実際に育ててみた人の声がいちばん参考になります。
ここまで読んで、少しでも良かったと思っていただけたら、スキを押してもらえると励みになります。

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