映画を巡る果てなき饗宴! 稀代の映画狂三人による映画談義を全2冊に集成。「季刊リュミエール」連載の「映画季評」ほか、単行本未所載の座談会を多数収録。映画ファン、待望の書。 【目次】 ★=単行本初収録 はじめに 蓮實重彦 映画狂い 蓮實重彦 山田宏一 活劇の行方 山田宏一 山根貞男 映画を輝かせるために ★映画の快楽 70年代そして現在 蓮實重彦 山田宏一 山根貞男 ★ベスト・ワン’80 怠惰なフィルム的環境を撃つ! 蓮實重彦 山田宏一 山根貞男 かわなかのぶひろ(司会) 映画を演奏する時代 映画的環境をいかに活性化するか 蓮實重彦 山根貞男 上野昂志 ★ベスト・ワン’81 映画は終りだぜ! 蓮實重彦 山田宏一 山根貞男 かわなかのぶひろ(司会) ★嘘の体系としての映画をめぐる談話 蓮實重彦 山田宏一 山根貞男 ★映画季評1 映画を輝かせるために 蓮實重彦 山田宏一 山根貞男 ★映画季評2 山中貞雄に導かれて 蓮實重彦 山田宏一 山根貞男 ★映画季評3 面白さの論理は人生の問題なのだ 蓮實重彦 山田宏一 山根貞男 異貌の映画史 夢と欲望の映画史 女優がスターになるとき 山田宏一 山根貞男 ヌーヴェル・ヴァーグはここから始まる 50年代のアメリカ映画 蓮實重彦 山田宏一 「呪われた映画」の系譜 蓮實重彦 山田宏一 グリフィスによる映画史 蓮實重彦 山田宏一 淀川長治が語る映画史 蓮實重彦 山田宏一 ★レーザーディスク版「リュミエール・シネマテーク」のために 蓮實重彦 山田宏一
※2026年8月27日 9:31時点
歓談による魅惑の映画史! 稀代の映画狂三人による映画談義を全2冊に集成。鈴木清順をめぐる徹底討議を中心に入手困難な対談・座談会を多数収録。映画ファン、必読の書。 【目次】 ★=単行本初収録 わが映画作家たち 映画はひとを成熟させない 鈴木清順全映画 蓮實重彦 山田宏一 山根貞男 上野昂志(司会) ★わいせつがいっぱい 『暗殺のオペラ』をめぐって 蓮實重彦 山田宏一 ★トリュフォーを語る1 セーヌ右岸とヌーヴェル・ヴァーグ 蓮實重彦 山田宏一 トリュフォーを語る2 トリュフォー以後 蓮實重彦 山田宏一 ただ映画だけがある ハワード・ホークス讃 蓮實重彦 山田宏一 ★死者たちの去ったあと 蓮實重彦 山田宏一 なぜ森一生なのか 山田宏一 山根貞男 発掘された溝口健二 シンポジウムを終えて 蓮實重彦 山根貞男 山根貞男とともに “闘う妹”の魅力 志穂美悦子讃 山田宏一 山根貞男 宙吊りの楽しさに魅せられて 『日本映画の現場へ』の現場 蓮實重彦 山根貞男 発見という偶然を誘発しなければならない 幻の映画・夢の映画 蓮實重彦 山根貞男 題名は映画の顔である 『惹句術 映画のこころ』座談会 関根忠郎 山田宏一 山根貞男 映画は国境を越えて生きる 西本正の映画史 山田宏一 山根貞男 ★“日本映画史を網羅する”強靭な意志の達成 『日本映画作品大事典』 蓮實重彦 山根貞男 あとがきに代えて 山田宏一 索引(人名+映画題名)
伝説の批評、待望の増補決定版。 初期の短篇から『水死』『晩年様式集』まで――。「同時代の大江健三郎」に対峙し続けた批評家による、半世紀におよぶ批評を集成。 小説を「読む」という〈事件〉 ======== 目次 『懐かしい年への手紙』を読み直すことで、『集成』へと導入する――序に代えて I 作品と向かいあうこと――『大江健三郎論』 とりあえずの序章 第一章 数の祝祭に向けて 第二章 等号の無限連鎖 第三章 荒唐無稽な綱渡り 第四章 説話論的な葛藤 第五章 記号のメロドラマ 第六章 脆弱な仮設橋を渡る 第七章 不真面目な後継者 第八章 終末論的言説の零度 あらずもがなの終章 『大江健三郎論』あとがき 『大江健三郎論(新装版)』あとがき II 複数の作品をめぐって――『小説から遠く離れて』より 分身と激励(XIII) 神話的三角形の世界(XIV) 起源なき生誕(XVI) 装置と形式(XVII) 長篇小説の新たな定義に向けて(XVIII) もう一つの風俗小説論(XIX) 中継点としての長編小説(XX) III 作品から遠ざかることーー後期作品を読む 去年の暮れ、突然に――大江健三郎『臈たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ』 窮することで見えてくるもの――大江健三郎『水死』論 大江健三郎「私」論――『晩年様式集』をめぐって 補遺 1)書評・短評 小説の構造――大江健三郎著『小説の方法』書評 笑ってる場合か!――大江健三郎、古井由吉著『文学の淵を渡る』書評 大江文学の意味について 「最後の小説」 なだらかな文体にこもる終わりえぬものへの祈り 2)対談 青木保×蓮實重彦「二〇世紀のコスモロジー――大江健三郎をめぐって」 島田雅彦×蓮實重彦「大江健三郎を求めて――抑圧する父の消失・『同時代ゲーム』と『夢使い』・性の問題,語りの問題・読者層の変化をめぐって」 筒井康隆×蓮實重彦「同時代の大江健三郎」 3)追悼 ある寒い季節に、あなたは戸外で遥か遠くの何かをじっと見すえておられた 大江健三郎の周辺では、いま、現実の女性もフィクションの女性も、自分の言葉を滑らかに語り始めている 新発見の二作の小説によって、新たな『大江健三郎全集』に向けての時間が、いま艶やかに始動する――あとがきに代えて 初出一覧 索引
※2026年8月16日 17:33時点
精細きわまる読解が旧来の作品理解を一変させる 「読む」とはいかなることか 細部相互の齟齬と照応。差異と類似の共鳴。一個のテクストに対してここまで肉薄した試みはあっただろうか。著者の代表作にして批評の一大金字塔。 === 『ボヴァリー夫人』についてわれわれは何を知っているだろうか。散文形式のフィクションを読むにはどのような態度が必要なのか。「散文は生まれたばかりのもの」という歴史認識とともに書かれたフローベール最初の長編小説には、とらえがたい「不確かさ」と「曖昧さ」がある──。細部の意義深い配置である「主題論」的体系と語りの形式を含めた物語を意味する「説話論」的構造。テクストを組織する両者の絡み合いや発生する意味作用の精細な分析は、作品の思いもよらない側面を浮かびあがらせる。一個の作品に対し、かつてこれほどまで肉薄した試みはあっただろうか。関連論考を付した決定版。 【目次】 Ⅶ 類似と齟齬 Ⅷ 虚構と表象 Ⅸ 言葉と数字 Ⅹ 運動と物質 終章 読むことを終えるにあたって 註 補考 散文は生まれたばかりのものである――『ボヴァリー夫人』のテクストに挿入された「余白」についての考察 もろもろの謝辞――あとがきにかえて―― 文庫版あとがき 書誌 人名索引
※2026年8月1日 5:33時点
著者の方法を全面展開した代表作、遂に文庫化! 明かされる「テクスト的な現実」 どこまでもその「テクスト的な現実」に即して『ボヴァリー夫人』を読解すること――。それによって作品は驚くほど豊かな相貌を見せることになろう。 === 「何も書かれていない書物」たることを夢見て生み出された『ボヴァリー夫人』。この作品をどこまでもその「テクスト的な現実」に即して分析したものが本書である。「エンマ・ボヴァリー」という固有名詞の不在の指摘を嚆矢として、手や足、数字といった細部の考察、さまざまなフィクション論などをめぐる批判的検討がなされる。周到かつ繊細な読解によって明らかとなる細部相互の齟齬と照応、差異と類似の共鳴。それらを通じ、テクストがまぎれもなく運動の惹起やみずからの変容、つまりは生成の流動とともにあることを読者はつぶさに知らされるだろう。蓮實批評の方法を大規模に示した代表作。 【目次】 凡例 序章 読むことの始まりにむけて Ⅰ 散文と歴史 Ⅱ 懇願と報酬 Ⅲ 署名と交通 Ⅳ 小説と物語 Ⅴ 華奢と頑丈 Ⅵ 塵埃と頭髪 註
※2026年7月30日 1:32時点
「映画館」という神聖な空間で語られる扇情的な映画論。 世界に誇る例外的な名画座=シネマヴェーラ渋谷で 約20年にわたり登壇してきた 20の大人気トークイベントを収録。 今すぐ映画館に駆けつけたくなる、甘く危険な語りの数々。 「ことによると、 人びとを映画館に向かわせるには、 悪意を秘めた何ごとかの方が 遙かに有意義であるかもしれません。 だとするなら、いかなる悪意とも 深く戯れる覚悟があると、 ここで秘かに告白しておきます。」 ─ 序文より ロバート・アルドリッチ、ドン・シーゲル、ジョン・フォード、ダグラス・サーク、吉田喜重、加藤泰、フィルム・ノワール、B級映画……。 トーク関連特集上映の詳細なデータ、あらすじも収録。 往年のファンはもちろん、“蓮實入門”としても最高の1冊。 〈 映画ファン垂涎、ゲストとのトークも収録! 〉 大九明子(映画監督)、久保田智子(兵庫県姫路市教育長/元TBSアナウンサー)、瀬川昌久(ジャズ評論家)、岡田茉莉子(俳優) 倍賞美津子(俳優)、鈴木則文(映画監督) / 聞き手・山根貞男(映画評論家) 内藤由美子(シネマヴェーラ渋谷支配人)
※2026年7月28日 22:33時点
収録作 映画の「未来」に向けて/スクリューボールまたは禁止と奨励 ハリウッド30年代のロマンチック・コメディー/オーソン・ウェルズはたえずフィルモグラフィーを凌駕しつづける/「黒さ」の誘惑 リタ・ヘイワースの曖昧さはいかにして「フィルム・ノワール」を擁護したか/これは、「黄昏の西部劇」である以前に、映画の王道に位置づけらるべき作品である サム・ペキンパー監督『昼下りの決斗』/ロッセリーニによるイタリア映画史/ロベルト・ロッセリーニを擁護する/娘のイザベラを使って、ロッセリーニに『イタリア旅行』のリメイクを撮らせたくてならなかった/ジャン・ルノワール論のために/レマン湖の畔にて ゴダールにとっての―あるいは、ストローブにとっての―スイスについて/署名の変貌――ソ連映画史再読のための一つの視角/寡黙なるものの雄弁 ホー・シャオシェンの『戀戀風塵』/吹きぬける風のかなたに「黒衣の刺客」/タイプライターとプロジェクターに護られて/ここでは、魂と肉体とが、奇蹟のように融合しあっている「アンジェリカの微笑み」/歳をとらずに老いるということの苛酷さについて ペドロ・コスタ『ホース・マネー』/このホークス的なコメディは、文字通りの傑作である ウェス・アンダーソン監督『犬ヶ島』/十字架 シャワー 濡れた瓦…… 『ヴィタリナ』をめぐってペドロ・コスタに訊いてみたい三つのことがら/抒情を排したこの寡黙な呟きに、ひたすら耳を傾けようではないか ―ケリー・ライカート小論―/黒沢清『スパイの妻』『蛇の道』/濱口竜介『悪は存在しない』/映画の「現在」に向けて ゴダールの『奇妙な戦争』に触れて思うこと/年間ベスト10
※2026年8月1日 20:35時点
「この書物には、その著者による『これこそ映画だ』という呟きがみちている(あとがきより) 映画批評の最高峰と称されるグリフィス論、ヒッチコックのショット分析からゴダール、イーストウッド、侯孝賢、ヴェンダース論に書き下ろし「殺し屋ネルソン」論まで。単行本未収録作17本を収めた、蓮實映画批評ベスト・オブ・ベスト! 収録作――『殺し屋ネルソン』――あるいはこの上なく不自然な自然さについて/単純であることの穏やかな魅力 D・W・グリフィス論/防禦と無防備のエロス――「断崖」の分析/周到さからもれてくるもの ヒッチコックの『めまい』の一シーン分析/囁きと銃声 ルキノ・ヴィスコンティの『イノセント』/緋色の襞に導かれて ロベール・ブレッソンの『ラルジャン』/揺らぎに導かれて――グル・ダット讃――/エリック・ロメール または偶然であることの必然/透明な痛みのために 『アンナ・マグダレーナ・バッハの日記』/孤独と音響的宇宙 クリント・イーストウッドの西部劇/彷徨える断片の確かな痕跡について ジャン=リュック・ゴダール監督『イメージの本』/寡黙なイマージュの雄弁さについて――侯孝賢試論――/静穏な透明さを超えて――エドワード・ヤン監督『クーリンチェ少年殺人事件』/ガラスの陶酔――ヴィム・ヴェンダース論/「撮る」ことの成熟、あるいはその理不尽な禁止について――『アネット』をめぐって/「冒険」について――ペドロ・コスタ試論――/『燃える平原児』 見るものから言葉という言葉を奪う この知られざる傑作について
※2026年7月31日 18:33時点
仏文学者の間で密かに語られてきた、幻の名著が音声付きでついに復活! 本書は、フランス文学者、評論家、小説家そして元東京大学総長と多面的な顔を持つ、著者唯一のフランス語教科書です。 1981年の刊行以降、革新的なスタイルと魅力的な例文の数々で、学生たちに衝撃を与え続けてきました。 厳選された例文を味わうもよし、一度はあきらめたフランス語の森へ再び分け入るもよし、参考書としても、読み物としても十分に楽しめるテキストです。 (刊行当初の形をそのまま再現しているため、仏文和訳、巻末練習問題の解答のご用意はございません。予めご了承ください)
※2026年8月4日 2:35時点
「社会とは、いくつもの齟齬感や、違和感や、隔たりの意識が複雑に交錯しあう苛酷な空間にほかなりません」――。 東大生の心を慄(ふる)わせた伝説の入学式式辞のほか、大学は知と人が行き交い別れる「寄港地」たれと説く「第三世代の大学」論、運動論、映画論など、仏文学・映画評論の大家が、学問と教育に関わるすべての人に真摯に呼びかける、知の革新のための書! [目次] いま、この書物の読者となろうとしているあなたに 一 齟齬の誘惑 二 真実の位置 三 第三世代の大学 四 東京大学をめざす若い男女に 五 視線の論理・視線の倫理 総長日誌 学術文庫版へのあとがき 「社会に生きているわたくしたちは、何かを理解することで変化するのだし、当然、その変化は社会をも変容させる契機をはらんでいるはずです。ところが、「何かを理解したかのような気分」の蔓延は、そうした変化や変容の芽を、いたるところでつみとってしまいます。」 ――「いま、この書物の読者となろうとしているあなたに」より
※2026年8月2日 23:32時点